悪の枢軸V Evilism in Small World


 正義を語るうえで避けては通れぬ議題として『悪とは何か?』というものがある。
“悪”という不確定な概念は、物語において極めて重要な働きを持つ。主人公に敵対してその貫通行動を阻害する障害こそが悪の存在意義であるが、だからこそストーリーの面白さを左右する重大で魅力的な役割をも彼らは担っている。悪は正義と同じく、ヒューマニズムを顕現させる一側面なのである。 なかでも“小悪党”は人の心の弱さ、醜さ、卑劣さを象徴し、彼の犠牲の上で、主人公と悪の対立軸で導く行動と思想の偉大さは美しく花開かせてきた。

※1作品中に数多くの小悪党たちがいる場合、1名を代表として本書では挙げます
※小悪党の定義は現在でもまちまちなものであり、本書の選出は筆者の独断に基づいています。

ギスカール公爵(アルスラーン戦記)

「もうたくさんだ。完全に形式を事実にしたがわせてやるぞ」

 ルシタニア王国の王弟、宰相と軍司令を兼任するルシタニアの実質支配者。信仰に没頭する兄王に代わって内外政を差配し、いずれ兄を廃して自ら王位に就こうという野心を秘める。40万の軍を運用してマルヤム王国とパルス王国占領といった大遠征を成功させたルシタニア随一の指導者である。しかし擁する人材はモンフェラートとボードワンの将軍2名と乏しく、狂信的聖職者と兵士の蛮行狼藉により内部崩壊を抱え、主人公たちパルス軍の進撃による敗退を重ねて、諸行無常を飾るように身一つでの敗残となった。
 知勇だけでなく、為政者としての酷薄さと度量と健全な欲望を兼ね備えた、有能な傑物と人間味ある悪党の両面の顔を持つ点が味わい深い。愚かさが王冠をかぶった兄王、暴走の限りを尽くす総大主教、何を考えているかわからない銀仮面など、周囲の人との軋轢で胃がねじ切れる日々を送っている作中最たる苦労人である。物語の進行上、主人公と相対する状況では必敗を余儀なくされるが、それ以外の悪党らと渡りあう時は頼もしさを感じさせる独特の風格があり、銀仮面やアンドラゴラス王とのお互い腹に一物を抱えあった丁々発止のやりとりは同作の悪党シーン、珠玉の1つである。

ベルフォメット・アーデライト(シャドウバース)

「未知はいらない、既知が世界だ!」

 高度なテクノロジーの発展によって統治されるディストピア的な国アイアロンに君臨する支配者。アイアロンの支配体制に反旗を翻したメカ娘三姉妹の生みの親であり、反乱に協力する主人公たちの前に最後に立ちはだかる存在。自分の気に入らないことに関しては一切許容せず、感情や決意といった「心」に特に否定的。その割に性格は感情的かつ極度な自己中心的で、相手をウザがらみするだけで実質対話にならないことも多い。粘着質な口調、感情がたかぶると一人称が「僕」「俺」「私」と不安定になるのが特徴。
 特技は機械の設計。自身の戦闘力は高くなく(ねちっこい搦め手が中心)、自身の手で設計したベルフォメットの親衛隊「憤怒のメガイラ」「不鎮のアレークト」「復讐のティシポネー」が圧倒的戦力を有する。反乱蜂起した三姉妹がお姉さんから幼女まで取り揃えられて彼の偏執的な完璧主義を垣間見られたり、続編で触手プレイ姿として強烈なインパクトをもって登場したり、自身の「未知なものへの嫌悪」という信条だけで神に刃向かったり、ただのウザがらみの中年オッサンの割に愛すべき悪党として少なくないファンを持っている。