悪の枢軸V Evilism in Small World


 正義を語るうえで避けては通れぬ議題として『悪とは何か?』というものがある。
“悪”という不確定な概念は、物語において極めて重要な働きを持つ。主人公に敵対してその貫通行動を阻害する障害こそが悪の存在意義であるが、だからこそストーリーの面白さを左右する重大で魅力的な役割をも彼らは担っている。悪は正義と同じく、ヒューマニズムを顕現させる一側面なのである。 なかでも“小悪党”は人の心の弱さ、醜さ、卑劣さを象徴し、彼の犠牲の上で、主人公と悪の対立軸で導く行動と思想の偉大さは美しく花開かせてきた。

※1作品中に数多くの小悪党たちがいる場合、1名を代表として本書では挙げます
※小悪党の定義は現在でもまちまちなものであり、本書の選出は筆者の独断に基づいています。

薬師寺 天膳(バジリスク 甲賀忍法帖)

「早々に種子島を食らって死んでおり申した」

 伊賀鍔隠れの里の副首領。不死の体を備えて170年以上を生きる(もみあげの凄い)怪人。人外の類が群をなしている百鬼夜行な作中において生物としての一線を越えた存在と言えるだろう。 その三白眼の凄味と同様、忍びの中でも一際冷酷にして残忍な性格をしており、伊賀と甲賀の長年に渡り続く憎しみを最も体現している人物である。 武人然とした姿だがその本領は策謀にあり、死亡した首領に代わって、当てにならない後継者のヒロインの後見役となって伊賀鍔隠れ衆を率い、甲賀卍谷衆とのルール無用の忍術合戦に挑む。
 特技は特異体質である『不死』と、なぜか口から小器用に鍼を飛ばせる。刀を握ってはいるが作中における初手正面から相対しての戦果は捗々しいものではなく、 まず殺され、相手の忍術を把握し、油断をしている所を背後からばっさりという戦い方が主流。これは計画性はなく慢心のような形で殺されることから結果的に生まれた戦術のため、 圧倒的な存在感ともみあげに対して反比例した実力には失笑の声も多い。しかしそうした人柄も含め、別けても名無しの随従侍から「て、天膳殿が、また死んでおるぞー!」と驚かれる様子のシュールさはバジリスク最高の情景と筆者は評価したい。

狛枝 凪斗(スーパーダンガンロンパ2)

「最後には希望が勝つ!ボクはそう確信してるんだ!」

 私立希望ヶ峰学園の生徒の一人で、炎が揺れるような白髪に深緑色のコートが特徴の青年。15人の超高校級の生徒たちが繰り広げるコロシアイ修学旅行に巻き込まれたことで、調査や裁判を含めて各方面で活躍を見せる。当人は「超高校級の幸運」の持ち主だが、この能力に一種の自信は持つものの「くだらないゴミのような能力」とも批判しており、他の超高校級能力を持つ皆こそが“希望の象徴”だとしてその役に立つことを信条とする。一見、気の優しそうな好青年だが、実際には性格に一番難のある人物だと早々に判明する。
 特技は「超高校級の幸運」、他に優れた洞察力や行動力を持ち合わせる。癇に触る卑屈な性格で、自分のようなクズは希望の踏み台になると望むあまり、コロシアイの殺人犯にも助力、捜査撹乱や犯人への協力提案など主人公らを困難に相対させてより強い希望を実証してもらおうとする様子は間違いなく狂人のトリックスター。 しかし事件によっては彼の悪意を理解して至る真相があるなど、仲間意識と逆次元で主人公らと信頼を築く特異な人物像であり、モノクマという非人間的で理解不能な悪と別な、悪意なき邪悪さ、希望と希望の衝突などといった本作独特のテーマを体現している。

甘麻井戸 誠二郎(3月のライオン)

「俺ってカッコウみたいだな…って」

 主人公である川本三姉妹の生みの親(配偶者は病没)。現在では浮気により離婚して別の女性(甘麻井戸)と家庭を持ち、川本家とは絶縁状態にあった。ところが、現在ではさらに仕事場での違う女性との間の不倫騒動が発覚し、退職に追い込まれている中、病気である妻とその娘を川本家に押し付けよう(そして自分は新たな不倫相手と一緒になろう)と目論み、主人公たちの前に現れる。コードネームは「妻子捨男」。
 一見すると眼鏡をかけた優しい顔立ちの中年男性だが、本質は軽薄で自己中心的。無遠慮と無責任と無節操を満載させたマシンガントークを使って川本姉妹の情深い性格を揺さぶり戦意を喪失させることが得意。一方で根気強くない浮ついた気質で煽られることにも慣れておらず、主人公の1人である桐山零との口論に連敗、最後には姉妹たちからも絶縁を突きつけられ、情に訴えることは無理とあきらめて退散する。 強烈な人間性を持つことが多い登場人物の中で、彼はむしろ人の弱さや卑しさや浅ましさなどを象徴することでひときわ異彩を放っており、彼をめぐる一連の物語に苦々しくも痛快という素晴らしい読後感をあたえてくれる、華々しき小悪党である。

大野 源平(ID:INVADED)

「大野さんはダメな人でね、全部やり直すために火を点けたんだよ」

 女子高生、菊池桂子を拉致して樽に詰めての殺害(さらには樽の中で被害者が死ぬまでの経緯をネット上に配信)を計画した異常殺人犯。この樽詰め殺人以外にも、過去には「全部やり直す」ために就寝中の家族全員を放火して殺したらしく、菊池桂子をその10年前の犯行の目撃者と疑い続けて狙っていた模様。
 人を樽に詰めて窒息死させ、その死ぬまでの光景をネット上にリアルタイム配信するという異常な殺人手段は、当時流行していた「墓掘り」という連続殺人犯のそれを模倣したものであり、彼はその連続犯行を偽装していたにすぎない。しかしその割には配信に対する人々の反応をPCでモニタリングしていたり、逮捕直後も狂ったように高笑いや薄ら笑いを続けて反省している素振りもなく、そもそも10年以上前の犯行の件を根に持ち続けて殺害を企図するなど、損得勘定や単なる模倣犯というには一線を画した異常性を持っている屈折した人物。 とにかく胸糞の悪い人物として描かれており、(脳内世界ではあるが)自身すら焼き殺して落下死する様子は実に胸がすっとする。後に電車にも轢き殺され1粒で2度美味しい。上の台詞は大野の脳内世界での菊池桂子の言。

カギ爪の男(ガン×ソード)

「私と一緒に、夢を見ませんか?」

 幸せの時計画を実行に移すべく、世界各地で暗躍している謎のカルト武装集団“組織”を率いている指導者の老人。常に温厚で寛容な物言いと風貌ながら、その右腕には禍々しい金色のカギ爪状の義手を装着している。本名はクー・クライング・クルー。
 抱擁した相手を思わず絞め殺す謎の戦闘力、旧人類の高度な技術の知見を持つも、作中ではむしろ不気味なほど人を惹きつける人的魅力が特徴で、組織の構成員からは多大な崇拝を受けている(一方、彼は上下関係を嫌い、すべての人員に公平に接することを望む)。
 人同士が争う忌まわしい過去を教訓に、「世の中から争いをなくす」ため、人類を含めて惑星そのものを破壊、再構築を目指す狂人であり、博愛的で穏やかな人柄の奥底で、仲間が死んでも妻が死んでも「自分の心の中で生き続けている」といって人の生死に頓着がないなどネジのとんだ死生観を持っている。フィアンセを目の前で殺されたことに復讐心をむき出しにして迫ってくる主人公に対しても、まるで腕押しされている暖簾のような調子であり、この両者の間柄は本作の一風変わった“お笑い復讐劇”を端的に表しているともいえるだろう。

大槻太郎(賭博破戒録カイジ)

「今日をがんばった者…今日もがんばり始めた者にのみ…明日が来るんだよ…!」

 帝愛グループが建設を進めている地下帝国、その地下労働者のE班の班長。帝愛グループの一部メンバーと癒着して地上からの嗜好品の持ち込みと販売、さらにはサイコロ賭博による賭場をもしきっており、子飼いの部下として石和、沼川をしたがえて、地下帝国でもそれなりに強い影響力を有している。一見すると人の良さそうな愛嬌のある小太りの中年親父のように見えるが、その実、詐欺やイカサマまでやって労働者たちのなけなしの金を吸い上げている銭ゲバであり、主人公との戦いに負けるまで、かなりの資金を貯めこんでいた。
 弁舌に優れ、特にその人の持つ感情や欲望を揺さぶることに長け、良心的な親父を演じるなどの人心掌握術を備える。また、特殊なサイコロを使ったイカサマなども必ず使うわけではなく、どう使えば危険がなく効果的かを見定めたりするなど頭の回転も速いが、一方で思いどおりにならない主人公への陰湿ないじめ、自身の欲望、報復したいという怒りなどに目がくらむ傾向もあり、それが原因で足下を致命的にすくわれる。その後の意地汚いノーカン悪あがきも含めてその人間味に魅了される者も多いことは、後のスピンオフ作品の登場からもうかがい知れる。

新しきボンドルド(メイドインアビス)

「君となら、きっと越えられない夜などないはずです」

 大洞穴アビスに挑む冒険者、国に5名しかいないという最上位ランク「白笛」の探窟家の1人。真っ黒いパワードスーツとフルメットを装着しているまるでロボットのような姿をしており、アビス第五層にイドフロントという前線基地を設けて、その施設を中心にアビスに関する研究を重ねている。特に虫害の防止、新規ルートの開拓、アビス深層の拠点新設など、探窟家にとって多大な功績で知られる一方、そのやり方や不気味な存在感から敬遠されている面もある。通称は黎明卿。
 科学者ながら高い戦力を有し、アビスの技術で作られた「枢機へ還す光」「月に触れる」「明星へ登る」などの武装を駆使する力は計り知れない。温厚で子供好きな紳士という立ち居振る舞いでありながら人倫を踏み外すマッドサイエンティストの面も併せ持ち、実験のために自他ともに命を犠牲にすることをいとわない。一方で独特の価値観として愛と称賛を表現しており、悪意も害意も一切なく、憧れと好奇心によって未来を切り開くことだけを考える。本作でたびたび用いられている「憧れ」と「度し難い」をもっとも多く表すシンボル的な人物である。

須田 大作(東京トイボックス)

「俺の仕事は売れるもんを作らせることだ」

 ゲーム販売会社MMGの社長、主人公の所属するゲーム開発会社と契約していくつかのタイトルの販売を手がけてきたプロデューサー。代表作は「サムライ☆キッチン」「教科書DS」シリーズなど。風俗店通い、下品なセクハラトークやスケジュールのごり押しなどから、社員や主人公らスタッフにもまるで人望がない。加えて離婚歴あり。大手ゲーム会社ソリダスワークスのゲーム共同開発事業に参入し、開発会社との仲介役として立ち回るも、ソリダスの社内政治や主人公たちの暴走によく振り回されている苦労人である。
 開発者に呆れられる無茶振りを怒鳴り散らしたり、長いものに巻かれる姿勢も多く、主人公たちの開発会社とは何かと衝突する。セクハラ発言や自堕落でいい加減なふるまいから基本的にロクでもない中年。とはいえプロデューサーとしては現実主義で金回りにシビア、大人として妥協すべき点を厳しく言及するなど「ゲーム作りの難しさ」のリアリティを象徴している。須田自身もゲーム好きで、ゼビウスなど古典に詳しかったり、自分のプロデュース作品もちゃんとプレイし、夢は作品のTVCMを出すことだったり、しっかりゲーム作りの一翼を担うプロである。

曲世 愛(バビロン)

「悪には、意味があるわ」

 主人公の検察官が調査する政治犯罪の計画に加担、選挙工作や自殺法制定に向けて様々な形で暗躍しているらしい謎の女性。特に性接待に長けており、票の買収やキーパーソンの篭絡などを中心に活動しているが、それ以外にも独自に特異な性質を利用して勝手に人を自殺に追い込んだり、拉致監禁におよんだり、斧を振り回したり、非合理的な神出鬼没の行動をとることも多い。そこには彼女独自の「三度の飯より悪が好き」という価値観があるらしく、とりわけ主人公に自分の価値観を見せつけ嘲笑いながら理解を求める。
 雰囲気を変えるだけで別の女性としか思えない姿に変じる能力と、人を堕落させる異質な性的魅力を持つ。言葉1つで相手の意識に介入、当人の意識を「悪い方向」に向けて改ざんや堕落させ、その理不尽な力は劇中でも特異な存在感を発揮させている。ほとんどの悪役が目的に向けた「手段としての悪」を選ぶのに対し、彼女は「目的そのものが悪」という人智を越えた命題を提示する。彼女の行動に対して非人間的と目をそらし理解を拒みたくなる、その受け手の忌避感にこそ、この強烈なキャラクターと物語だけが描ける回答を知ることができるだろう。

森ノ目 品子(イエスタデイをうたって)

「昔好きだった人と、同じ気持ちにならないと嘘なんじゃないかと思ってたの」

 主人公の大学時代の同級生で、東京で教師を勤めている女性。主人公から憧れ混じりに惚れられているのだが、彼女は定職につかないでアルバイト暮らしをしている主人公のことを放っておけないと世話を焼く、できの悪い弟のような友達付き合いの関係を保っている。高校時代に初恋をしていた人物が早逝してしまったことで恋愛に複雑な苦手意識を持っており、主人公とヒロインの行動力によって三角関係に巻き込まれたり、かつての初恋相手の弟に付きまとわれたりと恋愛模様をめぐる心労が絶えない日々を送っている。
 得意技は煮え切らない態度と和食料理。本来であれば本稿に掲載されるようなことのない鞘当てヒロインであるはずの彼女だが、もう一方の正統ヒロインの持つ陽性な健気さと一々比較されることで陰湿なイメージが定着し、本作品の読者の多くから蛇蝎のように嫌われている。作者も確信的に彼女が不人気になるように描いている節があり、本作のプロットによって生まれた悲劇のモンスターといえるだろう。ここまで忌み嫌われるというのも小悪党として十分高く評価できるのではないかと考えるに至り、アニメ化にともない本稿に席を連ねることとなった。