魔術体系の開発、それは魔術師であれば誰もが志すであろう究極の分野である。最初にその世界の創造主が、偉大な力を以って世界に秩序をもたらしたものこそが最初の魔術であると考えるなら、
魔術体系の創造とはすなわち、その奇跡に倣い、世界の内に自ら新たな創造者としての秩序を加えるという神聖にして、倫理観によっては禁忌とされる領域である。
本項では、漫画『3×3EYES』に登場した大魔術師ベナレスが生み出した魔術体系『獣魔術』の構造をから、如何なる背景性と意図が魔術開発に関わってきたのかを考察する。
獣魔術はベナレス様が、大龍である自身に保持されている大量の精をより効果的かつ汎用的に使用するための手段として形成された魔術系統である点は前述したとおりである。 よって、獣魔術のラインナップとその開発コンセプトには、ベナレス様個人に基づく嗜好性が色濃く反映されている。 そうした観点から、ここでは各獣魔がもつ特性を分析、検証するものである。なお、本項で検証されていく獣魔術の並び方は作中登場順に準拠する(当ページでは14〜40巻)。
15巻から登場。失われた体の部分に取り付いて四肢を補う、義肢のような力を持つ獣魔。術者によって(取り付いた寄生対象者ではない点がこの獣魔の使いにくさを強調している)覚醒して鎌のような形状になったり、翼形状になったりする。寄生対象が死亡すると、自動的に術者の元に帰還する。 作中では主にハズラット・ハーンの右腕に寄生して不意打ちの形でしか用いていない。この獣魔術によって斬ることができたものは“グルミット家を守護していた番犬のような化け物”と“ムゲロの浮き城にあった呪力の伝達パイプ”のみである。 サルラーマがこのマイナー獣魔をどうして携帯したのかは謎だが、グルミット家の作品ラインナップから彼らが義手義足にあたる獣魔術に長じていたらしいことは推測される。
16巻から登場。卵守の一族グルミット家が培養していたオリジナル獣魔で、主人公の後期主戦力の獣魔術。人工培養種であったためか哭蛹の性質のためか、獣魔としてはかなり大きな卵で、しかも契約時には全く暴れようとしない温暖さが特色。 『精食粒』と呼ばれる呪術を無効化する粒子を散布、この精食粒を介して吠蛹は無効化した術の精を吸収する。哭蛹の使用には大量の精を消費するらしく、自在に扱うには相応の修行を積まなければならないらしい。 熟達すれば散布される精食粒の量や範囲も限定でき、最大規模なら月のクレーター全域、最小なら手元の鎖のみといったピンポイントの調節が可能。ただし1回の召喚で哭蛹が吸収できる精の量は限られているらしく、吸収し続けると暴発する模様。
影でできた龍のような形をした獣魔。光牙を一回り大きくしたような大きさだが、光牙と同様に一直線に進行し、対象を貫通するように攻撃する。通過線上の光術(光牙含む)を吸収したまま直進する性質をもつために相手の光術を相殺しながら攻撃できるが、光牙のように屈折をさせることは困難らしいらしい。 一定量の光術を吸収していくと消えてしまうものと思われる。やはり光術嫌いのベナレス様らしい、光術対策の一環と思われる獣魔術であろう(この獣魔術の存在もまた鏡蟲の存在を危ういものとさせている…)。主人公がベナレス様との戦いにあたって光牙を主力として用いるようになって以降、 ベナレス様は主人公の主力獣魔を封じる意味合いからことあるごとにこの獣魔を重用するようになった。
18巻から登場。髪の毛の塊のような姿をした獣魔で、召喚すると地面を這うように高速で走ってかなり広範囲にわたって毛を伸ばし、その範囲内の敵に対して絡みついて拘束する効果を持つ。鬼眼王の危機によって全力復活を果たしたベナレス様が使用。 後にも先にもこの1回のみの使用であり、その時ですら捕捉できたのは残念ながら主人公ではなく、彼が使用した操演の術によって飛んできた大岩だけだったため、捕縛する対象を指定できるわけではないようである。おそらくはかなり広範な対象を一度に捕縛するための、戦略規模における獣魔と思われ、 ベナレス様が三只眼世界で大暴れした際に、相手が複数の徒党を組んだ戦術を展開していることへの対応から発想した獣魔術であるものと思われる。
18巻から登場。眼球がついた円盤状の身体と、その周りに鎌状の手を高速回転させながら、敵に向かって飛行していく獣魔。鬼眼王の危機によって全力復活を果たしたベナレス様が使用。 後にも先にもこの1回のみの使用であり、その時ですら切り裂くことができたのは残念ながら主人公が使った呪縛蛇(スペルスネークバインド)のみ、飛行途中のところを主人公が呼び出した剣で2つにぶった斬られるあえない最期を遂げる。 しかし、仮にあのまま突進したとしてどうなるのかという感もあり(円盤が主人公に衝突することになるわけだが、いかにも弱点と思われる獣魔の前面についている眼球でぶつかるのは生物的に如何なものだろうか)、この獣魔術自体の戦術的用途については今ひとつ不明のままである。
18巻から登場。 炎をまとった髑髏のような頭を持った蛇状の獣魔。鬼眼王の危機によって全力復活を果たしたベナレス様が使用。この1回の使用のみであるが、 その獣魔の名前が文字として表記しがたい謎の漢字になっているだけでなく、主人公に対して何らダメージを与えていないことからどのような獣魔であるのかも謎に包まれている(いわば『終の秘剣 火産霊神』のようなものである)。 しかし、1度しか召喚されていない割に長時間その存在が戦場に確認されていることから、ゆっくりと対象へ向かって飛行しながら軌跡上に炎自体を長時間残留させる性質を持ち、対象に直接ダメージを与えるためではなく対象の行動範囲を狭めるための敷設攻撃をおこなうようなタイプではないかと推測される。
19巻から登場。氷の結晶のような形をした獣魔。命中した対象とその近辺を凍結させてしまう。亜空間に放り込むために叩きのめした主人公や、儀式中に暴れだした不遜な主人公が喚びだした哭蛹を凍結して黙らせるのに用いられた。 発射までに時間がかかるのか、攻撃速度や距離に問題が多いのか、ベナレス様もその2つのケース以外には用いていない。凍血球は“たった1名を一時的に拘束する”という地味な効力しか持たない獣魔術であり、単体の封印に使うなら縛妖蜘蛛などの別の獣魔のほうが有用性が高いためであろう。 ベナレス様の開発において冷却効果は、とりあえず凍血球だけで試行錯誤してみたといった感が強く、獣魔術には冷却に関するものは存在しないことから開発を断念した分野と推測される。
21巻から登場。亜空間へ出発する主人公への餞別の助力としてベナレス様が与えた獣魔の1つ。細長い体形をした巨大な魚の獣魔。頭部と鰭、尾部のみ実体を持ち、その間を繋いでいる主要な体部分は黒色の霧状になっている点が特色。 空中を泳ぐように移動し、泳いだ軌跡から染み出すようにあたりを黒霧の闇に包んで相手の目をくらませる効果を持つ。その効果からも分かるように、本来は用途に関してかなり限定的で、主人公もこの獣魔を本来の撹乱用途として使用したのは2回、うち1回は闇食魚に食べられてしまった…。 しかし一方で、単純に“空中を泳ぐ巨大な獣魔”であるという点から、主人公勢のうちの複数人員を空中運搬するための騎獣の一種という、いささか不本意な使われ方に甘んじている。
21巻から登場。亜空間へ出発する主人公への餞別の助力としてベナレス様が与えた獣魔の1つ。花の蕾のような形状で、中には蜥蜴のような頭部がおさまっている。この頭部から細い舌(糸?)が飛び出して、舌に触れた生命体は触れた箇所からどんどん石化していく効果を持つ。 石になっているのは、厳密には石そのものへの変成ではなく、呪的効果による擬似的な硬質化であり、哭蛹による呪術の無効化や、術者当人が一度死ぬことを契機に石化状態は解除される。 不死者にも石化効果は発揮される一撃必殺の獣魔で、終盤は光牙と同じく主戦力の1つとなった。ベナレス様もこの石絲のバランスの悪さはかねてより警戒していたのか、石絲を無効化するためだけに絲切頭という獣魔を自前に用意していた…。
21巻から登場。亜空間へ出発する主人公への餞別の助力としてベナレス様が与えた獣魔の1つ。円盤に女性の顔がくっついたような形状の獣魔で、その女性の顔から出される吐息のようなものを浴びせ掛けると対象の負傷は癒え、体力も回復するというもの。 また、遠位断端を再接着することも可能。しかし使用中は術者の精を大量に消費する上、術者自身は身動きが全く取れない状態になるらしい。他者にしか使用できないことから、やはり主目的である治療の使用頻度は2回程度とあまり多くない。 一方で、アマラの全獣魔召喚などに際して、出現するや体当たりするといった光景がよく目に映る。治療という本来の用途とのくい違いっぷりと、形状的な特徴とあいまって非常に印象深い獣魔術といえるだろう。
24巻から登場。アマラが唯一正当に使った非常に珍しい獣魔(これがなければアマラが不死者であるかすら疑念をもたれるところである)。紐状の植物のようなものを対象周囲に繁茂させ、そのまま対象者を束縛する。 アマラ以外が使ったためしがない上に、土爪であっさり切り飛ばせるというとてつもない低性能であり、泥毛の縮小版といった趣をかもしだしている。その役立たずっぷりと、単体束縛という効果としての地味さ、そしてアマラ自身が植物の化身といった属性の妖魔であることとこの獣魔が植物系であるという共通項から考えて、おそらくはベナレス様の開発ではなくアマラのオリジナル獣魔と思われる。 縛妖芽の最大功績は結局のところ「アマラの獣魔召喚の詠唱が判明した」というのが筆者の評。
28巻から登場。主人公に相対するベナレス様が、主人公の闇魚を使った撹乱戦術に対して用いた獣魔術、真っ白い太刀魚の形状をしており、闇魚とその生み出した闇を捕食する性質を持っている。 ベナレス様は主人公の旅立ちの手向けとして闇魚、石絲、忌息と3匹もの獣魔を豪勢にプレゼントしたわけであるが、実際にはこうした拮抗策に使える獣魔があらかじめ存在したか、または対策の一環として新規の獣魔術開発を進めていたものと思われる。 ベナレス様の戦略的な抜け目なさが伺える。闇食魚もまたそうした特性から、獣魔術としては闇魚を捕食する以外には開発者も特に効力を持たせていないものと思われるが、あるいは影牙などの闇属性っぽい獣魔を総じて捕食できる汎用性を備えているかもしれない。
29巻から登場。主人公から放たれた光牙からの防御としてベナレス様が用いた獣魔術。巨大な亀の形状をしており、鏡蟲と同様にその甲羅は光り輝いている。鏡蟲と同じようにその甲羅によって光術を反射する働きを持っている。ベナレス様の光術嫌いが如実に反映された獣魔術である。 鏡蟲の反射能力の働きを強化させたものらしく、受け止めた光術を増幅して甲羅から周囲に反射することができるため、反射した光術を回避することは非常に困難になる。鏡蟲が自らの存在意義に危機感を覚えるのも当然と言えるだろう。 しかし召喚した鏡亀を支えるには両手が必要で、光術反射後の戦術に移行しにくいという特性を把握し、あくまで光術反射で相手に一定のダメージを与えることが前提の使用となるだろう。
33巻から登場。主人公が召喚した石絲の舌(糸)を噛み切ってその効力を封じた獣魔術。石絲と似たような蜥蜴の顔をした獣魔で、石絲の舌を噛み切るという非常に限定的な性質を持っている。 ベナレス様は主人公の旅立ちの手向けとして闇魚、石絲、忌息と3匹もの獣魔を豪勢にプレゼントしたわけであるが、実際にはこうした拮抗策に使える獣魔があらかじめ存在したか、または対策の一環として新規の獣魔術開発を進めていたものと思われる。 ベナレス様の戦略的な抜け目なさが伺える。ベナレス様は石化能力を解除する獣魔がないことから、石化を受ければ一撃必殺のクソゲーも同然(ラスボスだから石化が通じないなどという保証はこの世界には存在しない)、別途対策を採るのは当然であろう。
33巻から登場。人質になっていたヒロインを捕獲し行動を取れないようにしていた獣魔術。泡のような柔軟な膜状の体を持った脆そうな獣魔で、内部の人質を傷つけない程度に脅すというもはや何のために作ったのか分からない働きを備える。 戦闘中の主人公の活動を制限するために“転がってヒロインに悲鳴をあげさせて主人公の集中力を削ぐ”、“体内に液体を流してヒロインに悲鳴をあげさせて主人公の集中力を削ぐ”といった精神面での戦術活用に大きな効果を発揮した。 ベナレス様がこの獣魔術をどういった目的から作る気になったのか、大昔に作ったのだとしたら一体ナニに使う気であったのかが問われるが、少なくとも作中で戦局を左右するほどの重大な効果を発揮したことは、残念なことに間違いない。