悪の枢軸V Evilism in Small World


 正義を語るうえで避けては通れぬ議題として『悪とは何か?』というものがある。
“悪”という不確定な概念は、物語において極めて重要な働きを持つ。主人公に敵対してその貫通行動を阻害する障害こそが悪の存在意義であるが、だからこそストーリーの面白さを左右する重大で魅力的な役割をも彼らは担っている。悪は正義と同じく、ヒューマニズムを顕現させる一側面なのである。 なかでも“小悪党”は人の心の弱さ、醜さ、卑劣さを象徴し、彼の犠牲の上で、主人公と悪の対立軸で導く行動と思想の偉大さは美しく花開かせてきた。

※1作品中に数多くの小悪党たちがいる場合、1名を代表として本書では挙げます
※小悪党の定義は現在でもまちまちなものであり、本書の選出は筆者の独断に基づいています。

一色 真 (ラーゼフォン)

「やった!やったぞ!!誰にも出来なかったことを、この一色真がだ!!」

 地球連合監察官。表向きは対MU戦略研究機関『TERRA』の協力者を名乗っているものの、実際にはそのTERRAのバックスポンサーであるバーベム財団の意向で動いている。
エリート意識が強く、主人公を含め殆どの人物に尊大な態度を取る。TERRA司令官解任後に自らが司令官に君臨、敵支配域、東京ジュピターへの侵攻となるダウンフォール作戦指揮を華々しくとるも、結果的には逆にMU側の侵攻を許す華々しい結果となり、その失態を理由に財団からも華々しく切り捨てられて放逐、最後は華々しく自暴自棄に倒れた。
 中盤まで動向も分からないただのスカシキャラの彼に焦点が当たるのは、唐突な彼視点の回想エピソードである第15楽章。 美しく神秘的な映像で語られる彼の両親への追憶に、勿論、筆者は「今更お涙頂戴か、はっ!」と感嘆を露わにしたわけだが、実際にはこれはオチへ向かう“持ち上げ”で、 以降の彼が本格的に活動を始める後半、TERRAを乗っ取っても人望がないわ、ヒロインに操り人形にされるわ、情報は副官に握り潰され失脚するわという、彼自身のダウンフォールが迅速かつ的確に展開。最期は幼馴染に“できそこない”呼ばわりで射殺されるご褒美をもらえ満足の憤死を遂げる。

シーマ・ガラハウ (機動戦士ガンダム0083)

「このシーマの上前をはねるつもりかい!?」

 旧ジオン公国軍突撃機動軍所属。中佐。自分と同コロニー出身者で構成されるシーマ艦隊を駆る。軍籍時は汚れ仕事専門だったためジオン内の評判が悪く、一年戦争敗戦後もアクシズ編入が認められず、民間や連邦軍、ジオン軍残党も略奪対象とする宇宙海賊を生業とした。 後にジオン残党軍のデラーズ・フリート運動に共闘関係として参加し、面従腹背で連邦軍やアナハイムとも裏取引、終盤はジオン残党軍を裏切って取引を優位に進めるつもりが想定外のジオンの殉教的行動から目算が崩れ、主人公との戦闘で串刺しにされ爆散する。
 世界観を勘違いした虎革の椅子や鉄扇、独特な副官とちょっと気の利いた皺がチャームポイント。作中、敵対組織であるジオン残党が忠義礼節に厚い武人のスタンスなのに対し、シーマは完全な悪党の憎まれ役だ。この対比がなかなか味わい深い。主人公が怨恨(?)、デラーズフリート代表のライバルが大義で戦う中、彼女だけは心底戦争を楽しみ、各々の主張でいがみ合う連中を鼻先で笑う。 そこには、自らの生存にこそ勝利を見出すしたたかな“傭兵”としての戦い方と生き方がある。同作の女々しいヒロインに代わり、筆者は彼女を本作品のヒロインと提案したいものと常々思っている。

ファイナ・S・篠崎 (無限のリヴァイアス)

「あなたは過去を捨てられなかった。だからあなたが私の過去になるのよ」

 天王星圏チタニア政府、首相ロレンスの孫娘。航宙士養成訓練所「リーベデルタ」にいたものの、劇中の事件に巻き込まれた際に主人公らの救出を受け、リヴァイアスに搭乗する。当初は一般乗員と変わらなかったもののツヴァイ失脚とブルー政権確立のゴタゴタに乗じて艦橋通信士となる。 同じ経緯で通信士となっていた主人公と徐々に恋人関係になっていくものの、一方で自分のために一線を踏み越えてくれない主人公に業を煮やし、やがて主人公が本当に大切な人が誰だったのか見出した事で。2人の間の関係は破局することとなった。
 同作中では魅力溢れる敵役にインプルス艦長とかヘイガーとか色々いるが、彼女はそれらの人物と完全に一線を画す。 チタニアに伝わる聖母アルネの教義を引用した考え方、おしとやかそうで積極的というミステリアスさ、ペットのラーフラも交えて純正ヒロインの可愛い立ち位置かと思いきや、 終盤は女子グループを洗脳して売春を指示、アルネの教えを曲解して「過去は断ち切る」と不都合な人を殺していた犯罪歴も明らかになるなど、女性としての甘さで包んだストーカーのどす黒さを凝縮した正体が明らかになり、逆にある種のカリスマ性として視聴者をブラックホールの如く惹きつけた。

“ファーザー”古水達興 (ウィッチブレイド)

「私はもう一度生まれるのだ!完全なる母胎から真実の私が生まれなければならない!」

 NswF(ナソエフ)財団の理事長にして児童福祉庁の創設者。慈善事業に率先して取り組み、温厚な顔つきと人柄からナソエフ職員やマスコミからは本名よりも尊敬と親しみをもって“ファーザー”と呼ばれるており、筆者も本名は全く覚えていない。ウィッチブレイドから創るネオ・ジーンという人工超人種の遺伝子で、最高の人間を創り出すことが目的らしい。
溢れんばかりの偽善的愛情とルックス、自分の遺伝子から創り上げた“姉妹たち”と呼ぶファーザーへの絶対的忠誠を従うネオ・ジーンが武器。しかし、その中の最優秀種の一人に彼の変態的本質を見限られ、惨めに殺される。 偉大な亡父を崇拝し、自分が子供を産めない身体的欠陥を持つことで亡母を憎み、あげくに自分の遺伝子から姉妹を創り、その姉妹の遺伝子と自分の遺伝子で更に姉妹を創り…、その果てに完全な母体を創りだしてそこで自分は生まれ変わるというこの発想は様々な点で常軌を逸している。 そこにはある種の生臭さと背徳感があり、彼の偽善の紳士面とあいまってかなり不気味な迫力がある。死ぬ間際の「わたじの遺伝子を…うぇ、うぉぁ、わだじがぁ…あぁ…おがあざぁ〜ん!」という視聴者を完全にドン引きさせる見苦しさの名演も評価が高い。

ノエイン (ノエイン もうひとりの君へ)

「君に伝えたいことがあるんだ。未来は…未来はね…、変わらないんだ……」

 シャングリラという未来の時空を治め、無限の選択肢から生まれる全未来を統合しよう全時空を侵略して回る謎の存在。白い幽体に仮面が浮いてるといったかなりの怪人。全時空をシャングリラに融合させようと、龍のトルクを持つ女主人公との接触および拉致を試みる。その正体は、女主人公の幼馴染である男主人公『ユウ』のたどった未来の姿の1つ。 圧倒的な戦力によって現実時空をシャングリラに侵入したユウおよび、ユウのもう1つの未来『カラス』に否定され、何者にも観測されなくなったことで存在できなくなり消滅してしまう。
 テレポートや物質透過もお手の物。見ただけで相手を吹き飛ばし押さえつけ、どこかに転送する圧倒的な謎の力を有し、手を何本もブンブン振り回すラリアットや手刀攻撃といったシュールな格闘戦も得意。 ノエインはユウがたどってきた絶望の未来、友人や女主人公を失ったことでどんな未来も変えられない絶望に憎悪するという壮大なスケールの自己中心主義者である。 それぞれの時空をかけてユウ、カラス、ノエインという3人の同一人物による衝突は“自分自身の戦い”というテーマを観念的な意味から一歩先へ進めたもので、まさにこのノエインによる多大な功績といってよいだろう。

ジェレミア・ゴッドバルト (コードギアス 反逆のルルーシュ)

「全力を挙げて奴らを見逃すんだ!」

 ブリタニア軍所属の若手将校で、作中においては爵位は辺境伯から男爵まで幅広く下方変動。腹心に忠誠篤い女性仕官を従えた、ブリタニア人至上主義の純血派の急先鋒である。 当初、階級は管理官であったが、エリア11総督死後に代理執政官を兼任して人生の栄光を謳歌、後に主人公台頭の踏み台に利用された『オレンジ事件』が原因で失脚し、純血派の仲間からリンチで殺されそうになり、階級は三つ落ち、名誉回復の機会も与えられず、命令違反を承知で戦場に独断専行、主人公側の最新鋭機の噛ませ犬になる不遇の道を突き進む。
 ブリタニア軍最新鋭機サザーランドに騎乗。将校として政戦両方に長けるが、根底には純血派らしい猪突猛進な戦意と過剰なプライドがある。失地回復に血眼になる彼はかなりの行動派で空振りっぷりが微笑ましく、オレンジ事件での名錯乱っぷりと、以降のオレンジという愛称だけで過剰反応する様は、本作品の視聴者の多くを虜にして第1回キャラクター人気投票で栄誉ある5位を獲得。 小悪党としての魅力のあり方を万民に言行双方から訴えかける、素晴らしき好漢である。続編で失地回復の機会を得て見事に返り咲くも、その辺は筆者にとっては割りとどうでもいい範囲のことである。

“白鶏”ピッキオ (ピルグリムイェーガー)

「貴様も捕まるのが計画ならば抵抗するイミがないだろうが!手間をかけさすな!」

 ナポリ=アェルヌス領都市の法座教会で教会親衛隊を率いる若き隊長。欲望塗れの俗物司教や、ラテン語も読めない司教代理にかわって教会内の諸事を切り盛りしている。その正体は裏で暗躍する大罪者『孔雀』の指揮の下、教会にある免罪符の秤を中心として聖域を作って孔雀教団の手下となる魔性の存在を作り出している鶏鳴者の一人。
 得意技は自分の血や鶏リンゴ(?)などを用いて、魔性に侵されたアンデッドみたいな尖兵を作ること。また、全部で4名になる鶏鳴者の中でももっとも世事にも長ける。 人間社会に関わっていた時間が多いからか鶏鳴者の中でもかなり人間臭く、主人公達に聖域を破られて孔雀に泣きつき、復讐へ怒りを漲らせ、裏切り者と勘違いされそうになって恐怖に駆られて必死に弁明し、訪れたスペイン人を田舎者と内心でせせら笑うといった、豊かな喜怒哀楽を魅せる。 結局主人公達への復讐戦で突発的横槍のような牢屋攻撃をくらって潰れてしまったが、第一部登場人物中では一番必死でキリキリ舞いをしていた1人、第六巻の裏表紙に一人舞台の出番を賜るあたりからして魅力的な登場人物多いピルグリムイェーガー中でも特に愛されたキャラクターの1人と数えてよいだろう。

コルネリウス・アルバ (空の境界)

「おまえ…お前は死んだはずだ。確かにこの手で息の根を止めてやった!」

 ドイツの有名錬金術師アグリッパの直系子孫、ロンドン魔術協会『時計塔』を卒業した魔術師。赤いシルクハットに赤マント姿の20代の青年姿だが実際には50歳近くの年齢で、シュポンハイム修道院の次期院長と目されているらしい。 神経質で自意識が強く、自分と同分野の魔術でより高く評価されている学友の女魔術師を殺そうと躍起になり、NGワードを喋ったがために彼女の逆鱗に触れ、彼女謹製の人形で念入りかつ悲惨な最期を迎える。
 気配消しや衝撃波などの基礎魔術はもちろん、ルーン魔術、人形制作に長じ、詠唱の組立と物質界へ働きかける回路の繋ぎ方が巧妙。短時間でかなり強力な攻撃魔術を行使できる高い実力は持っていた。劇中では脳髄保管の技術で敵アジトとなる祭壇作成にも寄与。もっとも当人が潔いほど自分第一主義のため、 協力していた作戦完遂はどうでもよく、映画版にいたっては攻撃も反撃の余地も見出せずに叩きのめされる。作中にわざわざ存在する意義を見出せない程の噛ませポジションだが、同作品において主人公から敵から何から変人揃いの中ではむしろ輝くほど卑俗的で普通なから“ほっとさせてくれる”癒し系キャラでもあるという点をこそ筆者としては大きく評価したい。

ニウェ (うたわれるもの)

「我らに存在するは食うか食われるかよ!かっかかか!」

 大陸中央に君臨する強大な軍事大国シケリペチム國の皇。元々は辺境の狩猟部族の長に過ぎなかったが、その優れた知勇の軍事手腕によって周辺にあった諸部族をたいらげて一代で大陸に覇を唱える三大強國の一柱にまでまとめあげることに成功している。 彼自身は非常に好戦的な性格をしており、シケリペチムの建国以降もその周辺諸国に対しては常に謀略をしかけて戦争の火種を送り、戦争状態を誘発させては率先して軍事侵略を繰り返している。
 いわゆる乱世の奸雄であり、支配者として高い知勇を持っている。特に大軍指揮においては登場人物中で一、二を争う戦上手であろう。加えて自身の戦闘力も高く、当人が“匂い”と呼んでいる天性の直感と分析力も特筆に価する。 しかし当人の出自の問題からか、自分以外のこと、人心掌握や管理能力を軽んじる傾向があり、ワンマン手腕と恐怖による支配力しか持たない。 そのため後継者やブレーンがおらず、首都陥落と当人の死を契機として大国も一瞬に解体してしまう(また当人は戦争行為を楽しむだけで、国家存続に興味がなかったと思われる)。 老人と思えぬほど愚直で自らの欲求に忠実、戦争と破壊に酔うその様には漢の生き様の一つの終着を見ることができるだろう。

野口 賢雄 (医龍)

「人間というものを美しいと思うなら、権力もまた美しい」

 明真大学付属病院の心臓外科教授にして、明真大学病院胸部心臓外科医局長。局内の権力を一手に握り、ミスが起これば部下に責任をなすりつけ自分の保身を図る矮小な老人。権威に対して強い価値観を持ち、自らの権威に対する強い上昇志向と、そのためには泥も舐める手段の選ばなさから独特なキャラクターとなっている。 丸メガネと笑顔がトレードマーク。劇中では主人公らバチスタプロジェクトを統括する加藤晶助教授の後見人、また加藤晶が内心で医局にはびこる老害、腐敗の象徴として追い落とそうとしている人物である。
 その医術技量は明らかではないが、政治手腕には非常に長け、権力妖怪といった様相を濃くしながらその不気味な影をストーリー混迷の度合いに応じて深めていく。 次期教授選挙での加藤ならびに霧島の造反、自身の心臓病の発覚など巻を重ねるごとに追い詰められつつ、常に堅固な切り替えしで地位を揺ぎないものとし、まさに複雑な現代社会の機構が生み出したモンスターと言えるだろう。 最後は心臓病を契機に医局から撤退を余儀なくされたが、後継者である加藤に権力のあり方と負の面について多くの示唆を与え、自分と違う道を期待するその様子から、貴重な“悪”の働きを残していった。