戦略面での魔法U Strategic Magic


 「魔法」は偉大な力である。ケースによっては魔法技術の発達によって科学技術が進展しない(時には衰退してしまう)という事例も存在することから、魔法はそれ自体が科学に取って代わりうるだけの多様な側面を備えた文明体系として捉えることもできるだろう。
 ところが科学技術の戦争にもたらしてきた多様性に対し、魔法技術を戦力として捉える場合は単純火力として用いている場合がほとんどのようである。本書では、魔法の影響を単純火力や戦術面に限定せず、より大規模な戦略面での運用を考察し、既存の一般的ファンタジー世界では魔法がどのように戦争と結びつけ得るのかを仮定して論じてみるものである。

※本書の魔法分類には「スペルコレクション(富士見書房)」「GURPS MAGIC(富士見書房)」を参照とします
※TRPG内でこれらの運用を試みてこれらが適正に効果を発揮することは保証されません

呪文操作系魔法

 魔法の構造を操作する魔法体系。魔法の効力を減退や増幅、無力化や反射する働きを持つものが多い。 相手が魔法を使わない場合は呪文操作系の働きは少ない分野となるが、逆に敵軍が戦略に魔法効力を考慮に入れた場合、呪文操作系による無力化は相手の戦略に大きな痛手を与える。 魔法使いを「賢者」たらしめるのは、決して魔法発生器としての力だけでなく、相手の魔法を熟知し、逆手にとる視野と知恵を持つことに起因するとも言えるだろう。 スペルコレクションでは「祈願・呪い」系や「解除・回復系」の一部、GURPS MAGICでは「呪文操作系」がこの呪文操作系魔法に分類される。

・マジックプロテクション(保護)

 結界や魔方陣によって一定範囲内部にいる者たちを保護する魔法。呪文操作系のもっとも主流となる分野であり、“何から守るか”によって様々な魔法効果が考案されてきた。 その“何”にあたるものとしては一般的な物理的な攻撃、炎の吐息といった属性攻撃、敵からの魔法の効力、あるいは害意をもつ者の進入阻害といった概念的なものなど確認されている。
 マジックプロテクションの特性、すなわち「範囲内」というその効力上、これらの魔法は特に拠点防衛を主眼とした戦略において活用することで、その効果を最大効率化が可能となる。城砦なら要所の階段や建物の入口、駐留地、山道や谷間の要点や退却路など、敵の進軍ルートが絞られている戦局で有効となる。 また、魔法生物を近づけさせない効力を持つマジックプロテクションであれば、使い魔やインビジブルストーカー(透明生命体)といった、敵側からの魔法的密偵や暗殺者を防ぐにあたっても有用で、会議室や陣幕、王の寝室などのセキュリティとしても活用を心がけるべきだろう。
»参照魔法
 ・『プロテクションフロムイービル』(D&D)
 ・『カウンターマジック』『マジックプロテクション』(ソードワールドRPG)
 ・『感知防御壁』『矢よけ』『矢返し』『魔法障壁』(GURPS MAGIC)

・ブレス(祝福)

 厳密な効力は世界によって大きく異なるが、大抵は信者の願いや問題を達成する少しの後押しになる効果を発揮する。聖職にある僧侶や神官が用いられる魔法の1つであり、一方で他の補助魔法などと比しても低い効果であることが多い。
 実効果はそれほど高くないブレスの魔法だが、いくつかの戦略利点を備える。まず魔法がかかっていることが見かけでは分からないため、敵軍の魔法使いによって解除されるおそれが少ない。また、上述どおり聖職者なら誰でも使用できることため、特に宗教組織を軍に編入させる宗教国家では軍隊全体の均等な能力底上げになる点が大きい。 また、実効果よりも道徳思想として“対象者の行動が神の祝福を受けた”という事実の再認識ができる点も重要で、士気の回復と維持に大きく貢献できる。 ブレスは戦闘に限らず高い汎用性を持つ側面から、地域社会の生活とも密接に関わらせやすい。特に中央統治の届きにくい村落や街においては、教会支部構成員によるブレスの魔法を軸に間接統治力を発揮できるだろう。
»参照魔法
 ・『ブレス』『プレイヤー』(D&D)
 ・『ラック』『バトルソング』『ジハド』(ソードワールドRPG)
 ・『祝福』(GURPS MAGIC)

・カース(呪い)

 瞬時に自分や他者を別の場所へ移送する魔法。どこでも移動するタイプと特定の場に移動するタイプの2種類がある。
 テレポートの有効性は何よりその結果的な移動速度と距離である。大抵の場合は単体しかテレポートの対象にはならないが、伝令が瞬時に伝えたい相手の場所まで行けるというだけで、その戦略的価値は高く、複数部隊との連携作戦、戦闘中での臨機応変な作戦伝達などにはこうした連絡係が不可欠であろう。 特定場所に限定されたテレポートは多くの場合、記憶に鮮明に残る我が家などだが、それでもなお遠征中において本国と一方通信に利用できる点は大きい。とかくファンタジー世界では情報伝達方法が早馬や伝令しかない状態であり、こうした移動系魔法はきわめて高い地位を占める。
 しかし軍兵力を大量にテレポートを用いて直接移送するという戦略は、魔法が単純に不発だった場合には無駄な兵力運用という戦略リスクに、致命的失敗となれば壁に埋まっているリソースリスクと繋がることから推奨はされない。
»参照魔法
 ・『コーズ・カース』『ギアス』(D&D)
 ・『ギアス』『クエスト』(ソードワールドRPG)
 ・『呪い』『命令』『大命』(GURPS MAGIC)

・ディスペルマジック(魔法解除)

 すでに効力を発揮している魔法のその働きを打ち消す魔法。呪文操作系の中でも一般的とされる魔法の1つである。大抵の場合、解除できる魔法は持続効果のあるタイプの魔法に限られ、マジックミサイルのように魔法の発動から効果発揮までが一瞬で完了する魔法に対しては意味をもたないことが多い(ディスペルマジックを発動させる間がないため)。
ディスペルマジックはおよそ戦術においては敵の魔法利用を無力化するという受動的な役割を担いやすい。しかし戦略面におけるディスペルの効果は、敵軍の魔法効果を任意に消失させ戦略の再構築を強要し、同時に自軍の戦力投入できるタイミングをはかれること自体が大きな戦略的能動性質に繋がる。 例えばロックのかかった扉、幻覚の撹乱戦略などは魔法戦略の基本ともされる手法であるが、敵軍の動向と自軍の配列や投入機会を鑑みて適切なタイミングでディスペルマジックすることは、ただの対応策としての無効化より、大きな戦略的アドバンテージを生み出すことに繋がるであろう。
»参照魔法
 ・『ディスペルマジック』『ディスペルイリュージョン』(D&D)
 ・『ディスペルマジック』『ニュートラライズエレメンタル』(ソードワールドRPG)
 ・『呪文障壁』『対抗呪文』『呪文消去』『魔力除去』(GURPS MAGIC)

幻覚魔法

 本来ありえない情報を対象に知覚させ、誤認させる魔法体系(中には仮想物質によって一時的に物質を作り出す魔法もこの分野に分類する場合もある)。 幻覚させる内容に関しては術者のカスタマイズ性が高く、その幻覚に信憑性をどう持たせるか、誤認内容からどう効力を生み出させるかに術者は特に腐心し、 幻覚の技術のみに熟練した幻術師という専門役職があるように、その技量に応じて高い汎用性と効果を発揮しうる。それはこの分野の戦略利用においても同様である。 スペルコレクションでは「幻覚系」、GURPS MAGICでは「幻覚・作成系」がこの幻覚魔法という分野に分類される。

・ミラーイメージ(分身)

 ミラーイメージは分身の幻を作り出して敵を撹乱させる魔法である。戦術的には主に自らの分身を作り出して、相手の攻撃を分身などに向けさせている隙に行動するという、自身の回避と攻性的な戦術利用をおこなうのが一般的である。
 これらの魔法は概ね、単体にしかかからないために戦略的に利用することは難しいが、もしもミラーイメージを複数や範囲対象に設定できたり、あるいは一部隊の構成する魔法戦士団がミラーイメージを修得しているのであれば、部隊全員をミラーイメージすることで、あたかも部隊の総数を何倍にも見せかけることができるだろう。 敵軍の撹乱などを目的とした傭兵部隊や伏兵などでは、兵力数による攻撃力よりも、むしろ相手軍の指揮系統に混乱を招くことこそが目的である。そのため実質兵数をいたずらに増やしてしまうと機動性を損なうことになる。そこでこのミラーイメージの魔法効果によって部隊の見せかけ上の兵数を増加させるほうが撹乱の目的にかなった成果を得ることができるだろう。
»参照魔法
 ・『ミラーイメージ』(D&D)
 ・------(ソードワールドRPG)
 ・『ぼやけ』(GURPS MAGIC)

・インビジビリティ(透明)

 対象にかけることで、その者の姿が周囲風景と一体化するようになり、光学的に透明になる魔法。インビジビリティはあくまで見た目の上で透明だと錯覚させるだけの働きであり、実際には対象は物質的に存在し、触れるし音もたてる。
 戦略レベルでは透明になることは極めて有効である。インビジビリティは単体対象が限定のために部隊全域をくまなく適用することは難しいが、それでも敵軍前線への偵察や斥候、城内侵入とその配置確認、様々な面での情報収集に役立つ。自軍大将の姿を隠しておくこともできるが、味方の指揮系統に混乱が生じる可能性もあるのでこれはお勧めしない。 さらに変わった使い方に、敵軍が連絡に使う旗や狼煙などの視覚暗号を透明にしてしまうというものもある。 インビジビリティを戦術応用した有名な一例は、ロードス島でのダークエルフ部隊が透明なまま移動して神出鬼没な攻撃を繰り返す撹乱戦術などであろう。これは同魔法を習熟することが部族文化として定着しているからこそ実現できた戦略であろう。
»参照魔法
 ・『インビジビリティ』『インプルーブドインビジビリティ』(D&D)
 ・『カメレオン』『コンシールセルフ』『インビジビリティ』(ソードワールドRPG)
 ・『隠匿』『透明』『人払い』(GURPS MAGIC)

・イリュージョン(幻覚)

 一般に言われる幻術全般を示す魔法である。特定の物体や空間にかけ、その範囲の視覚的内容を術者の思いのままにかえることができる。一般に視覚以外はごまかせず、音や匂いや触感は再現できないものが多いが、中には五感全てに影響を及ぼしたり、幻覚と気づかなければダメージすら与えてしまう(実際にはそのように錯覚させる)種類も存在する。
 イリュージョンは極めて戦略的意義の高い魔法である。特に要点なのは、相手にかける魔法ではないために大多数を対象にかける必要がないために工作が1人で運用可能な点である。最も効率の高い使用方法としては幻覚で伏兵を隠蔽したり、幻の軍隊を遠目に作り出す方法である。怪物の幻覚でも相手の士気低下に繋がるかもしれないが、実害を及ぼせないとなると見抜かれる可能性があるのでお勧めはできない。 他に崖などに橋の幻覚を作って誘導、城の一角に火の幻覚を起こして城内の混乱誘発、第三勢力の幻の軍を装って敵側の戦略に混乱を引き起こすなど工夫次第で広い用途を持つ。
»参照魔法
 ・『ファンタズマルフォース』『ハルシネーションテレイン』(D&D)
 ・『クリエイトイメージ』『イリュージョナリービースト』『メイズウッズ』(ソードワールドRPG)
 ・『幻影』『幻覚』『完全幻覚』『幻覚かぶせ』『幻覚変身』『独立幻覚』(GURPS MAGIC)

・ベントリロキズム(幻聴)

 術者の考える幻の音を作り出す魔法。手元から鳴らせる場合もあれば、音源を別の空間に指定することもある。
視覚面に訴えるイリュージョンに比較して使い勝手はそれほど良くない印象を受けるが、使い方次第では低コストでイリュージョンに匹敵する効力を上げることもできる。最も汎用性の高い使い道として、三国志でもしばしば利用された“音だけの軍”である。 軍隊ラッパや大量の馬蹄の音によって、敵軍に大量の軍を見せかけ戦略を見誤らせたり士気を喪失させるのである。森や山間などの隠れる場所が豊富な地域ではイリュージョンよりも有効になる。 音源の場所を術者周囲以外にできるようであれば、さらにその方角を誤認させたり、周囲一帯から鳴らすことで包囲網が築かれていると思わせることも可能である。 また、マスケットなどの銃声、あるいはカノン砲などの砲声や爆発音などを鳴らすことで、自軍側の持っている武装の内容について敵側に誤認させて、対応戦略をまったく間違ったものにさせることも可能だろう。
»参照魔法
 ・『ベントリロキズム』『オーディブルグラマー』(D&D)
 ・『リプレイスサウンド』『ウィンドボイス』(ソードワールドRPG)
 ・『作音』『発声』(GURPS MAGIC)