悪の枢軸V Evilism in Small World


 正義を語るうえで避けては通れぬ議題として『悪とは何か?』というものがある。
“悪”という不確定な概念は、物語において極めて重要な働きを持つ。主人公に敵対してその貫通行動を阻害する障害こそが悪の存在意義であるが、だからこそストーリーの面白さを左右する重大で魅力的な役割をも彼らは担っている。悪は正義と同じく、ヒューマニズムを顕現させる一側面なのである。 なかでも“小悪党”は人の心の弱さ、醜さ、卑劣さを象徴し、彼の犠牲の上で、主人公と悪の対立軸で導く行動と思想の偉大さは美しく花開かせてきた。

※1作品中に数多くの小悪党たちがいる場合、1名を代表として本書では挙げます
※小悪党の定義は現在でもまちまちなものであり、本書の選出は筆者の独断に基づいています。

ショウ・タッカー (鋼の錬金術師)

「人間の、己の知識を実践したいという欲望に限りなど無い」

 “綴命の錬金術師”の称号を持つ国家錬金術師。専門は生体錬金術、特に合成獣(キメラ)の分野。グラン准将の軍閥に属し軍事転用可能な合成獣開発を手がけ、その一環として人語を話す合成獣錬成に傾注していた。 だが一向に人語を話す合成獣ができないために査定試験に落ちつづけ、錬金術師資格の免許剥奪寸前に追い込まれた2年前に妻を、劇中ではさらに娘と愛犬を使って合成獣を捏造。一部始終が明らかになり軍部に捕縛された(あるいは原作ではたまたま通りかかったアンチ錬金術のテロリストの標的となって殺される)。
 錬金術師としては業績もなく、雑魚キメラを生産したこと意外には残念ながら一般人のそれとほぼ変わらない。しかし重要なのは主人公の錬金術への価値観に対するアンチテーゼというポジションにある。 知識欲と好奇心というポジティブな感性をのネガティブ面を主軸に、マイホームパパとマッドサイエンティストの二面性、天才主人公へ抱える嫉妬の炎メラメラの努力人、と多面的なテーマを一つの悪役性へ合体させた素晴らしきキメラキャラである。顔をさかさまにしてなお生き続ける足掻きっぷりには心励まされるものがある。諸兄も勘の良いガキが嫌いになること請け合いである。

昇紘 (十二国記)

「罰せると言うのか?天すらも罰せずにいる…この昇紘を!」

 慶国和州、止水郷の郷長を勤める人物。時の和州侯であった呀峰の庇護下にあってその悪事の汚れ役をかぶり、また同時に自らも治世において悪逆非道を働きつつその事をについて呀峰から庇ってもらっていた。重税を課す、払わぬ者を殺す、反抗する村を焼く、戯れに人狩りを行なう等、そのやり口は非道の限りを貫いている。 結局は民による一斉反乱蜂起と周到な作戦の前に敗れ、遂には反乱分子の中に潜んでいた王の手によって捕らえられた。
 原作小説ではただ横暴をほしいままに振る舞い、劣勢になれば怯えて尻込む小者に過ぎなかったのだが、アニメ化に伴い、悪役にしか持ち得ない独特のカリスマを獲得するに至り、民にこそ嫌われるも視聴者のハートをがっちりキャッチしたかもしれない。天意という宗教観で支配される世界にあって、天の存在とその意を量るべくあらゆる禁忌を犯すと豪語する彼の姿は、むしろ神の試練に自ら踏み出そうとする修道者の潔さすら感じさせる。不遜にして気高く、おそらく世界の誰よりも天の存在を確たるものと信じたかった漢の姿が、反乱を起こした農民たちの作戦にきりきり舞いさせられて怒号を張り上げる彼の背中にこそ筆者は見てとった。流石は教育テレビの放送。

ディスティ・ノヴァ (銃夢)

「私はそんなこの世のすべてを憎む!熱力学第2法則を憎む!」

 作中世界でも随一の技術と知識とサイコっぷりを披露するマッドサイエンティスト。脳味噌のオブジェや螺子になった首だとか、凡そ猟奇殺人の見本市のような数多くの芸術作品とそれに裏打ちされた凶行を披露する。焼きプリンと主人公ガリィが好き。様々な分野に卓越した知見を持つが、目下の研究対象は業(カルマ)という、人間の意識と因果の物理学。
 その登場経緯から既にどうしようもない残虐なサイコ悪役路線をひた走るこの狂人は、だがこの作品を愛読している読者の多くから圧倒的な人気を得て、銃夢という作品に存在感を誇示している。それは、作中の退廃的世界の中で運命と世界と不条理な秩序に立ち向かおうとする孤高の挑戦者としての姿、そしてあまりに儚く生きて死んでいく作中の死生観を高度な哲学思想によって分析し続ける哲人の姿、何者にも束縛されず好奇心のままに自由と解放を求めて走り続ける道化師の姿、これら三様が電波博士のエキセントリックさと相まって単純なサイコより深いキャラクター性質へと作り込ませている事による。 彼の価値観にして研究対象である業(カルマ)は本作品のテーマの1つであり、主人公が出す回答と行動の在り様について語るおいちいキャラでもあるのだ。

ハキム・アシミード (プラネテス)

「君は何も学んでないのか?全て通り抜けるだけか?」

 軌道保安庁所属のエリート隊長をつとめる一方で、宇宙防衛戦線に所属するテロリスト。作中前半においては軌道保安庁の部隊長として主人公達デブリ屋の前に現れ、不法投棄といったデブリ関係の犯罪者検挙で協力することになる。後半からは木製往還船フォン・ブラウン号への搭乗試験のために主人公とチームを組んで試験に挑戦、あげくにテロリストとしての本性を表してフォン・ブラウンのエンジン爆破計画などにおいて主人公と敵対する。
 このように、ともかくシリーズを通し一番意外性高く動く人。主人公との間柄も「同じ先生に指導を受けた同門の士」「犯罪者検挙のための協力者」「フォン・ブラウン搭乗試験でのライバル&チームメイト」「主人公が敬意と共感を持った相手」「反宇宙主義と宇宙信者」「貧困の国家と恵まれた国家」といった多側面が見られ飽きがこない。 そうした様々な間柄を経て描かれる彼の多くの顔は、それだけでドラマ構造を持つ。視聴者に見せてきた彼の誠実さも優しさも厳しさも熱さも正義感も真摯さも、それら全ては偽物の仮面だったわけが(当人すら偽物という認識を偽っていた節があるが)、偽者だからこそそれは悪役にしか出せない味と言えるのではないか?

ウォルザ&ダイン&ガレス (ヴァルキリープロファイル)

「ほほぉ、そうきましたか?では私は……」

 亡失都市ディパンの王宮において三賢者と名を馳せた宮廷魔術師の3名。バルバロッサ王を唆して時間操作の魔術によって国を滅亡させた後、悪しき不死者とみなして征伐にきた主人公達に王の亡霊を差し向けたり、時間操作の魔術によって過去へ放逐するなどの策を弄する。 結局、過去から生還を果たした主人公達を余裕を以って(ステンドグラスの向こう側に隠れたりして姑息な待ち構えだったが)出迎えた割にはばっさりと成敗される。
 元々は専用グラフィックすらない雑魚敵の使いまわしである。だがそれで彼らを軽んじるその評価は間違っている。ヴァルキリーの来訪をなんか高い柱に乗っかって三方から見下し迎え、歌劇の如き大仰な口ぶり手振りで揶揄する挑発台詞。劇中、不死者からは忌み嫌われるか会話も成立しないかというヴァルキリーの来訪を、かくも雄大、劇的に歓迎するのは希少である。 その少数の中で複数人による漫才で楽しませてくれるのは彼らだけなのだ。これからの生死を賭けた決戦を前にして、それをあたかも遊戯として歓待する彼等の生き様をこそ“粋”と呼ぶに相応しいだろう。姑息さと小粋さ、結果ばかりにとらわれずその両立を世の小者の策略家の諸君には見習って欲しい。

大蛇丸 (NARUTO)

「チャクラ回復ねぇ……」

 元々は木の葉隠れの里にその名を響かせた伝説の三忍の一人。性格は冷酷で残忍。禁じられた不死の術開発を手がけてたことを知られて里を抜け、新興勢力である音隠れの里を作り出してその里長となる。他者の肉体に自分の精神を移植する転生術を完成させており、自分に相応しい素養の高い肉体の持ち主をつけ狙う。 木の葉隠れの里を崩壊させるべく、砂隠れの里と結託しての共同作戦“木の葉崩し”展開を契機として主人公達に立ちふさがる。
 かなりサイコでやっていることも狙っている事も、開発した不老不死の術までも意外性に欠けるこの人物だが、執拗な蛇を髣髴とさせる生理的嫌悪を催すデザインと、アニメ化に伴いあてられた声が一気にこのキャラを面白くさせている。演じられる声質が独特すぎるオカマっぽいような、しかし上品さが欠片も無く、ねっとり絡みつく病的な感触なのである。 最強を絵に描いた序盤の活躍はしかし爺を甘く見たせいで痛み分け、以降は長期にわたり治療に専念せざるをえず、実力を出ないために下手に出て、部下だけ放つ歯痒い日々を送る様子が悲しく同情を誘う。ちなみに多くの台詞を残す中であえて選抜した台詞はゲームでチャクラを回復させるアイテムを入手した時のボイス。

キリコ (ブラックジャック)

「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ……。」

 主人公のライバル的な立場として出現、主人公がどんな困難な病状からも高い治療費をもらって患者を救う闇医者なのに対し、キリコ氏は病状回復の見込みの無い患者を苦しまずに殺す「安楽死」を請け負う闇医者(おそらく麻酔が専門)。頬のこけた顔、長い白髪、片目は眼帯、無面目に時々浮かぶ不気味な笑みといった風貌からさながら死神。
 作中では主人公とひいては物語へのアンチテーゼを担う重要な存在。現在なおその是非が問われ続ける安楽死という難しいを問題を掲げ、彼自身が従軍医として戦場で幾多のもう治らない傷病兵、つまり「苦しみから解放を願う患者」を見てきた背景を持つということから独特の悲哀さを備え、そして自分のやる安楽死という手段を「俺の仕事は神聖なんだ」と言って誇りとプロフェッショナル意識を持つなど、極めてドラマティックなキャラクター性が成立している。 時には主人公と共同で手術をするなどと外科医としての技量も高く、主人公と同職の根底にある共通意識を垣間見せるなど奥深い人間性に裏打ちされた死生観は多くのファンを魅了している。絵は手塚治虫の原作絵を入手できなかったので、山本賢治によるリメイク版。上の大蛇丸とシルエットがかぶっている。

無常 矜持 (スクライド)

「そうです!これを待っていたぁぁ〜!」

 ホーリー部隊によるロストグラウンド治安維持能力が懸念され、司令官ジグマールの代わりとして本土から派遣された特別顧問。部隊の全指揮権が委譲されて以降は大規模な組織改編を強行。 部隊の下級隊員や捕縛されていたアルター能力の素養を持つ者を本土に移送、人工的な能力者へ精製して手駒として使う。アルターの根源を手に入れたり、ヒロインを捕縛したり、主人公の父親を殺害したりといった末、最終的にはロストグラウンド支配者として君臨するも、何も考えなしに強行突入してきた主人公達に何度も殴り飛ばされて敗れる。
 いかにも蛇のような執念深さを覚える風貌と粘着質な立ち居振舞い、そして能力「アブソープション」が相手のアルターの力を吸収することからも、都合の良い形で出現した諸悪の権化然。実際、シリーズを通して混乱を助長拡大させ、倒されることで一つの方向に終結させるていの良い狂言回しである。 にも関わらずこうして特筆できるのは、悪を体現するその秀逸なデザインと振る舞い、そうした外観に相応しく割り当てられている声優の名演にある。甲高くも陰湿さを備えた不快感、生理的嫌悪感を煽るようなその声質は、かつて主人公役を射止めた人間の出す声とは思えない。

テレンス (RED)

「……なあ、レッドよ。なあインディアンよ。キサマらは何をそんなに怒ってるんだ?んん?」

 ブルー小隊の副隊長、自らも分隊長としてB分隊を率いる。登場当初は冷徹な指揮、統率能力によって主人公を追いつめる狩人であったが、狙撃によって片目を射ち抜かれて以降は脳に鉄片でも入ってしまったのか、主人公の足取りを執拗に追跡しては招集をかけたブルー小隊の面子をぶつけて破られていく。 最後は上司にも見捨てられ、自ら主人公を迎え撃ち、本作が復讐劇を名乗るに相応しいだけ、憎々しげに、惨めに、そして哀れに散った。
 高い戦術眼と指揮能力を持つようだが、むしろブルー小隊の他面子が主人公に片っ端から殺されるのに対して生き延び続ける執念深さ、若造に舐められたり、A分隊の部下どもが配属されてきたが勝手に暴走されたりと巻数を重ねる程に立場が惨めになる様もまた良い。 また、自身も失った片腕がガトリング銃になったりとサイボーグ爺ちゃんとしては高い戦闘力を持つ。終局、彼が語る哲学は悪しき白人像そのものであり、またかつては本当にそうだった真実。本作『RED』の復讐心、憤怒のリアリティとはラスボスのブルーではなく、テレンス氏の存在で花開くとの表現は決して過言ではない。むしろ筆者はずっとテレンスが主人公だと思っていた、否、そう思いたかったのである。

グエン・カーン (星方武侠アウトロースター)

「や!?ややややや!?」

 銀河最高の頭脳とされる教授。軍部と海賊の双方の依頼で、銀河の龍脈を手に入れるための計画「レイライン・プロジェクト」に加わり、龍脈へ向かうXGPという特殊格闘船の開発に携わる。XGP開発終了後は龍脈を目指すために軍部、海賊の双方と手を切りXGPを入手した主人公達に接触を試みる。最後は主人公達のライバルに同乗して銀河の龍脈へ向かい、最終的には龍脈のデータベース、知識の宝庫と一体化して「すべてを知る」という夢をかなえて大満足のご様子。ただしその際のデータ姿であるコスプレツナギは微妙に尽きる。
 ぼっちゃん刈りのような切り揃えた髪型と、目線の定まらない目つきがチャームポイント。いわゆる○×と天才は紙一重を地でいく典型的マッドサイエンティストで、口調はスローテンポのようでせっかちのようで人を馬鹿にしているようで何も考えていない、という独特な味わい。彼と対話する人の多くが凄く微妙な顔になったり堪忍袋の緒が切れたりする。憎めないというより暖簾に腕押しで憎む気にならない怪人物。 自分に興味のあることには能弁に喋る一方で興味のないことはとんと意識が向かない自己中心的に振舞うその様子は、学究の徒としてはある意味正しい姿だろう。