「魔法」は偉大な力である。ケースによっては魔法技術の発達によって科学技術が進展しない(時には衰退してしまう)という事例も存在することから、魔法はそれ自体が科学に取って代わりうるだけの多様な側面を備えた文明体系として捉えることもできるだろう。
ところが科学技術の戦争にもたらしてきた多様性に対し、魔法技術を戦力として捉える場合は単純火力として用いている場合がほとんどのようである。本書では、魔法の影響を単純火力や戦術面に限定せず、より大規模な戦略面での運用を考察し、既存の一般的ファンタジー世界では魔法がどのように戦争と結びつけ得るのかを仮定して論じてみるものである。
肉体や物体を対象として、運動力や構造の一部を制御する魔法体系である。動かないものを動かし、動くものを繋ぎとめ、壊れたものを直し、また破壊する魔法などが含まれる。 なお、物体を構成する四元素(地、水、火、風)で物質構成が行われる世界の場合、単一元素構成物(火や土、水そのものなど)の制御はここで述べる物理操作系と別個体系となる。 あくまでここで述べる“物質”とは複合元素構成物に準じる。スペルコレクションでは「運動系」、GURPS MAGICでは「肉体操作系」「物体操作系」「移動系」と「防御/警戒系」の一部がここでいう物理操作系魔法に分類される。
多くの世界で存在が確認される鍵関係の魔法。『ロック』は魔力によって扉を開閉できないようにする効果に対し、『アンロック』はロックの魔法の相殺、ならびに通常の鍵も開けることができる。ロックやアンロックには、錠に仕掛けるタイプと、念動力のような作用で扉自体が開閉できなくなる(またはできるようにする)タイプの2種類がある。
アンロックが念動力の類とされる場合など、この魔法を用いれば堅牢な城砦の門を一瞬にして開けることができる。また、ロックをかけることで城門の材質を破砕しない限り城門を開けられなくなる。たとえ篭城時に内部に呼応する裏切り者がいたとしても、アンロックができなければ門は開かれない(そもそも裏切り者がいる時点でその城の行く末は知れているが)。
なお、ロックの上位呪文に『ハードロック』という、ロックの施錠効果に加え扉の材質自体を硬化する魔法も存在する。破城槌でも門の材質すら破壊できなくなったその城門は、まさに難攻不落の名を欲しいままにできるだろう。
»参照魔法
・『ホールドポータル』『ノック』(D&D)
・『ロック』『ハードロック』『アンロック』(ソードワールドRPG)
・『魔法の鍵』『錠前師』『鍵開け』(GURPS MAGIC)
速度、特に人間の運動速度(あるいは固有の時間)に限定して操作する系統の魔法。『スロー』の場合は遅滞させ、『ヘイスト』の場合は加速させる。ヘイストにせよスローにせよその効力や範囲が単体を対象としたもの、あるいは効果が短時間の場合が多く、戦術的活用ならばともかく、戦略的、大局的な運用については疑問視されるところが多い。
ただし、これらの魔法が複数対象、なおかつ長時間にわたって利用できるタイプのものにまで開発できるようであれば話は別。ヘイストによって傭兵軍や騎兵軍の進行速度を加速させることは撹乱や突撃力そのものを向上させ、進軍に消費する日時自体を低減させる優れた機動力を確保できる。
さらには兵力や食糧輸送にも利用でき、前線への物資補充を素早くおこなえる点も注目したい。たとえ対象が単体限定であっても、伝令や早馬にかければ戦場での情報伝達に十分に役立つ。
逆にスローはヘイストに比較して使用用途は非常に少ない。敵にかけなければならない点面倒なのである。
»参照魔法
・『スロー』『ヘイスト』(D&D)
・『スロー』『ヘイスト』『フィジカルエンチャント』(ソードワールドRPG)
・『韋駄天』『進軍』『倍速』『べたべた』『不器用』『うすのろ』『足止め』『足もつれ』(GURPS MAGIC)
瞬時に自分や他者を別の場所へ移送する魔法。どこでも移動するタイプと特定の場に移動するタイプの2種類がある。
テレポートの有効性は何よりその結果的な移動速度と距離である。大抵の場合は単体しかテレポートの対象にはならないが、伝令が瞬時に伝えたい相手の場所まで行けるというだけで、その戦略的価値は高く、複数部隊との連携作戦、戦闘中での臨機応変な作戦伝達などにはこうした連絡係が不可欠であろう。
特定場所に限定されたテレポートは多くの場合、記憶に鮮明に残る我が家などだが、それでもなお遠征中において本国と一方通信に利用できる点は大きい。とかくファンタジー世界では情報伝達方法が早馬や伝令しかない状態であり、こうした移動系魔法はきわめて高い地位を占める。
しかし軍兵力を大量にテレポートを用いて直接移送するという戦略は、魔法が単純に不発だった場合には無駄な兵力運用という戦略リスクに、致命的失敗となれば壁に埋まっているリソースリスクと繋がることから推奨はされない。
»参照魔法
・『テレポート』『テレポート・エニイ・オブジェクト』(D&D)
・『テレポート』『レスキュー』(ソードワールドRPG)
・『瞬間移動』『他者移動』(GURPS MAGIC)
物体を不可視の力で動かす(その際に引力などは関係しない)、超能力でもおなじみとなっている魔法。『テレキネシス』によって操作できる重量や速度は術者の熟練度および魔法力にもよるが、城門の閂をはずしたり、巨岩を飛ばして攻城兵器に転用したり、巨大な杭を動かして門を破壊したりと、遠隔運動という効果自体が幅広い応用を考えられる。
攻城兵器の建築資材を必要はなくなり、代わりに食料物資の後方補給部隊を増強、長期の攻城戦略展開が可能になる。一般に城内部への侵入が適わなければ両軍の勝敗は食料備蓄量に左右される中世の篭城戦闘であり、食料備蓄量を最大化することは地味ながら確実な戦略的優位性を確保することになる。
上記理由と同様、重量軽減する『インクリーズウェイト』も重宝される魔法である。テレキネシスと比較して長時間持続(または永続)するこの魔法は、荷馬車や重い荷物にかけて運搬家畜の負担を軽減、多くの物資を積載可能になる。城門に仕掛ければ大きな力を必要とせずに開門できる。
»参照魔法
・『テレキネシス』(D&D)
・『インクリーズウェイト』『ディクリーズウェイト』(ソードワールドRPG)
・『念動』『軽荷』『軽量化』(GURPS MAGIC)
物質を瞬時にして粉砕して塵芥としてしまうという高度な破壊魔法。ほとんどの世界では最高位に属する魔法の1つで、物質(場合によってはそこに生命体も含める)を消去してしまう完全な攻撃魔法として認知されているだろう。
この魔法があれば、あらゆる進軍における障害物は役に立たない。城門はもちろん、そのようなところに進軍をこだわらずとも城壁にすら穴を開けられてしまう。あるいは退却時、石橋や地下道などの頑強に作られた進軍ルートなどを敵軍の到着より前に即座に破壊したい場合などに重宝できる。
特にディスインテグレートは破壊したものがそのまま消去されることから、痕跡をかなり残さないようにできる点も大きな利点であろう。
純粋な攻撃用としては、対象が単体であることが多いのに対して非常に高位な呪文で多大な精神力を必要とし、魔法の使用者も少ないなどの欠点から、この魔法の運用における効率性が悪いだろう。あくまで即時性の高い破壊力を及ぼす破城槌程度に留めておいたほうがよいだろう。
»参照魔法
・『ディスインテグレイト』(D&D)
・『ディスインテグレート』『ディクリーズウェイト』(ソードワールドRPG)
・『粉砕』『分解』(GURPS MAGIC)
生命体の肉体や精神の負傷を治療する働きを持った魔法系統。魔法の存在する多くの世界にはこうした治療効果に長じた魔法が存在し、なおかつそうした分野を得意としているのが神官や僧侶といった聖職者である。 よって回復魔法を戦略に組み込む場合、宗教組織構成員による軍隊の確立、あるいは同組織との密接な協力体制を築き上げる必要があるだろう。 なお、回復魔法の多くは知性を持つ生体のみ適用するもので、物質の治療や、植物の繁茂には別分野とすることが多い。 スペルコレクションでは「解除・回復系」、GURPS MAGICでは「治癒系」がここでいう回復魔法に分類される。
肉体の疲労や負傷を癒す魔法。生命力を回復する要素として多くの魔法世界に存在する。冒険者が自分達のリスクを可能な限り減少させる上で、その最も確実な手段として『ヒーリング』を使用できる僧侶や神官(に限らないが)に同行を希望するように、戦略的観点でもヒーリングに代表されるこれらの治療の魔法は非常に重要な位置をしめる。
戦略的な観点から見たヒーリングの有効性については大別して次の2種類である。
1つは兵士の身体回復による軍機能回復。負傷兵の割合が多いほど軍隊は機動性を低下、治療に応対する兵士の割り当てだけ各種作業(消耗武装の修理、破損個所の修復など)が遅れ、軍の機能そのものを低下させる。ヒーリングは即時性の高い回復を可能にする。
もう1つは士気回復である。戦況膠着状態では兵士の精神状態は戦意よりも疲労や負傷が優先して占め、負傷兵とその周囲の人間の戦意を喪失させることが多い。ヒーリングという負傷回復の働きとその存在は士気低下を防止する強い影響力を持ちうる。
»参照魔法
・『キュア・ライトウーンズ』『キュア・オール』(D&D)
・『キュア・ウーンズ』『リジェネレーション』『リフレッシュ』『ヒーリング』(ソードワールドRPG)
・『体力賦与』『体力回復』『小治癒』『大治癒』『接合』『瞬間接合』『再生』『瞬間再生』(GURPS MAGIC)
上記の『ヒーリング』が主に肉体に蓄積する疲労や中度の外傷を治療するのに対して、『キュア・ディジーズ』は病気などを内科治療の魔法である。対象となる病気は腹痛や二日酔いに始まり、伝染病や公害病など様々であるが、これはおそらく魔法自体は病因を対象とするのではなく、体内免疫を活発化させ、新しい免疫力作り出す働きのためであろう。
大抵の場合、魔法によって治療できる病状はその術者の熟練度や費やした時間に対して比例するようである。
戦略分野で“病気”が特に取りざたされるのは、自軍の生活圏と異なる地方への遠征の際に発症する病気だ。気候や生活環境の変化、水あたりや固有の風土病、さらに悪質なものには伝染病の発生などが挙げられるであろう。
赤壁の戦いにおける魏軍、南蛮討伐の蜀軍が水あたりや伝染病などに頭を悩ませた歴史があり、原因が明瞭でないだけに兵士の士気低下は従来の負傷兵によるものより深刻であろう。この魔法の修得者を同行させれば、遠征のリスクは格段に減少する。
»参照魔法
・------(D&D)
・『キュア・ディジーズ』『キュア・ポイズン』(ソードワールドRPG)
・『療治』『殺菌』『解毒』(GURPS MAGIC)
死者を完全に蘇らせる魔法。寿命が尽きたり、魂や肉体が完全に崩壊していなければ、その死者自身が自身の肉体に蘇るのが一般的な『リザレクション』である。
成功確率が低かったり、発動に厳しい条件や制限、代償が設けられていることが多く、リザレクションという魔法自体が最高位に属する聖職者や悪魔契約者しか唱えられない類のものである。
戦略的観点から見てこの希少な魔法を唱えることによる最も効果の高い手法が、“将軍や軍指揮者、君主やカリスマの蘇生”であろう。軍隊の多くは、特に傭兵部隊や農兵部隊は統率者が死亡した時点で瓦解する。
騎士が多くを占める王国直属の親衛軍も著しくその士気を低下させる。そこでそうした不幸な事故に対する保険策がリザレクションである。
またリザレクションという魔法の存在が一般的認知にないようであれば、死んだ英雄が復活するというドラマティックな演出に転用することで、自軍士気を一気に向上、逆に敵軍士気を混乱させるという有用な情報戦略にも活用できるだろう。
»参照魔法
・『レイズ・デッド』(D&D)
・『リザレクション』『リコール・スピリット』『レイスフォーム』(ソードワールドRPG)
・『復活』(GURPS MAGIC)