魔術体系の開発、それは魔術師であれば誰もが志すであろう究極の分野である。最初にその世界の創造主が、偉大な力を以って世界に秩序をもたらしたものこそが最初の魔術であると考えるなら、
魔術体系の創造とはすなわち、その奇跡に倣い、世界の内に自ら新たな創造者としての秩序を加えるという神聖にして、倫理観によっては禁忌とされる領域である。
本項では、漫画『3×3EYES』に登場した大魔術師ベナレスが生み出した魔術体系『獣魔術』の構造をから、如何なる背景性と意図が魔術開発に関わってきたのかを考察する。
獣魔術は古代の大魔術師ベナレスなる人物によって開発された召喚魔術の一種である。術者は卵から孵化した『獣魔』と呼ばれる怪物と闘って打ち勝つことでその獣魔と“契約”を交して感染魔術的に結ばれ、彼らを使役することで絶大な威力を借り受けるというものである。 その際に、獣魔は契約に基づいて術者のために力を使役する代わりに、一定量の生体エネルギー『精』を術者から貰う。いわば獣魔術とは、獣魔という魔法生物と術者との間に築かれた共存関係を利用した魔術であると言えるだろう。 こうした魔術形態の確立には、当の開発者ベナレス様が元々は大龍という様々な妖魔を震え上がらせる絶大な力を振るっていた存在であることと無関係ではない。妖魔の価値観は“弱肉強食”が根底にあり、結果的に獣魔術もその(彼にとっては当然で、絶対の自負でもある)原始的な倫理観が適用された特性を持っている。
獣魔術は他の魔術に比べると甚大な精を必要とするらしく、獣魔術の術師は精を恒常的に回復できる治癒能力と大量の精消費に伴う反動を抑えることのできるだけの強靭な肉体を必要とする。 逆に、これらの条件を満たさない一般人が(獣魔との契約をたとえ成功させられたとしても)獣魔術を行使した場合、消費する精に肉体が追いつかず全身が爛れて枯れ果ててしまうということが既に確認されている。 よって、獣魔術を用いる者のほとんどは不死者と呼ばれる特殊な体性を備えた者とされている。獣魔術開発者であるベナレス様は大量の精と強靭な肉体を持つ妖魔だったがために、獣魔術のこうした欠陥について特に問題視せず、精の消費量を軽減するなどの細かい調整開発に意が払われなかったようである。
獣魔術は元来、魔術師ベナレスがただの暴龍から理性を帯びて人型を取れるようになった事から端を発し、おそらくは彼自身が自らの精を有効に利用するための制御方法論として確立させた魔術形態であると推測される。
ゆえに獣魔術とは、あくまで彼自身の成長と共に進歩しつづけるきわめて個人的な体系に完結するものであった(事実、人が使うことを念頭に入れていないような使い勝手の悪さである)。
しかし作中でも伝えられている一件から、開発者のベナレス様自身は愛弟子の手によってウェールズ地方に封印されることになった。残念ながら獣魔術の魔術体系としての成長はこの時点でほぼ停止したものと思われる(獣魔術はその特性上、ベナレス様から弟子に継承もされていないようである)。
ベナレス様自身は劇中にて「百の獣魔を操るこの私〜」と自らを誇示していたことから、獣魔術はこの封印期の段階で概ね100種前後、封印からの開放後にベナレス様自身が開発された種が増えたとしても現総数は110を超えない程度と思われ、獣魔術は魔術体系として未成熟、未完成形で成長期を滞らせて衰退した技術分野というのが歴史的な評価である。
黎明期の末期、ベナレス様が愛弟子に封印されたことによって獣魔術の発展は滞ることとなったが、獣魔術それ自体が滅びることはなかったようである。
幸いにして獣魔術の普及そのものは、当時世界に権勢を誇っていた三只眼一族、そのボディガードとして付き従っていた不死者に伝わることとなり(ベナレス生前より伝わっていたのか、それともベナレス様の残した獣魔の卵だけが伝わったのかは不明)、彼らの間で用いられつづけることとなったようである。
獣魔術はその行使において術者に多くの知識を求めないためであろうか、知的水準が低くて自らで術開発を行なえないような妖魔でも用いられたことが、以降も根強いファンを生む起因となったものと考えられる。逆に、当時の三只眼一族には獣魔術は普及しなかったようだが、
彼らは高度な光術を特に好み、獣魔術はその意味では妖魔たちが用いる野蛮な術式であったため忌避されたのだろうが、光術を増幅する聖地の守護獣ローカパーラの影響外であったことも無関係ではないだろう。
三只眼一族の滅亡によって、獣魔術を主に用いていた不死者の術師が死亡することになり、獣魔術の使い手は完全に途絶えることとなった。 しかし、そこにグルミット家に代表される専門の『卵守の一族』が大きな役割を果たした(三只眼社会における世襲による専門職位であろう)。彼らは獣魔の卵の増産や新たな獣魔開発に関する、独自の知識と技術を継承し続けていたのである。 彼らの手によりストックされ、あるいは新規開発されていた獣魔の卵が残っていたり、あるいはネパール地方を中心に細々と繁殖していた野性の獣魔の古い卵が発掘されることがあるようである。 あまりに獣魔術を用いる術師が希少であることからか、秘術商人界隈でも獣魔の卵はマイナーな珍品扱いを超えないものであるようだ。
獣魔術とは獣魔の召喚と使役そのものを術式としている。そして前述のようにこの使役は、孵化したての獣魔と術者間において『契約』を交わすことで、契約の効力に従って施行される。
契約とは、まだ孵化していない獣魔の卵を術者自らの血によって孵化させ、孵化した獣魔に術者の血の刻印を刻み込むことによって完了する、という一連の手順である。
ただし、孵化したばかりの獣魔は、術者の血に含まれる精でしか生きられなくなるため、ほとんどの獣魔は孵化した途端にその血の主に対して襲い掛かってくることになる。
よって獣魔術の契約において術者に求められるのは、この孵化して暴れる獣魔を屈服させるだけの力である。
ただし、例外的にグルミット家など卵守の一族が行使していたような亜流の方法として、卵を幼少の頃から身体に植え付けて自然孵化させることで『契約』の代用措置とすることもある。
いずれも共通するのは獣魔へのインプリンティング的な主従関係を築き上げることで、それが獣魔術の『契約』の役割である。
また、後述の『委任の法』において、術者と距離的に遠方にも召喚できる経緯から、『契約』は獣魔の待機中構造を物理的ではない存在(距離に関係ないアストラル的なもの)へシフトさせて憑依させる働きがあるものと思われる。
ベナレス様の獣魔術に限らず、作中における魔術形態の多くは“大地からの精”というエネルギー循環により成立している。ただし、三只眼一族の用いていた光術や亜空間を用いた魔術類は、それら大地の精を基準とした術式とは一線を画しているらしい。
三只眼一族だけは個体として他の地球上生物とは違うレベルであることに起因するものと思われる。
三只眼ならぬ者、人や妖魔類が用いていたこれらの魔術は大地の精という地球内部を流れる龍脈という生命エネルギーを体内に循環させ、それを秩序づけて外部照射するという理論で成立している。
作中でも獣魔術を全力で使用する時の詠唱には「大地の精に願い奉る」という文句から始まる一連の呪文動作が使われている。
とある秘術商人の説によれば、彼らの術師の魔術的背景には“個は全、全は個”という概念があり、これは龍脈とそれが流れる地球そのものを一つの生命体に捉え、全生命の営みは人体における細胞活動のような地球の生命活動のための構成要素であることを示唆している。
しかるに龍脈、およびそこを流れる大地の精とは、地球の動脈や血流とほぼ同義であり、獣魔術もまたそのエネルギー流を媒介として術者と獣魔との間の共生関係のミクロ的社会構築を促す縮小した生態系の一つの表れといえるだろう。
委任の法は、不死者アマラのみが用いた術式である。主人公に憑依させていた分の力をアマラが強制回収するにあたって、一緒にくっついてきてしまっていた主人公との意識共有の状態を利用して『委任の法』を実行、主人公の所有している獣魔術をアマラがそのまま借りて召喚できるようになった(その際の精消費は主人公が請け負っていた)。
ベナレス様は、アマラがこの委任の法によってなぜか唐突に獣魔術を使えるようになったことで戦術的に虚を突かれる形となった。
この経緯から、委任の法とはベナレス様自身が開発したものではなく、ベナレス様が封印されて以降に、アマラが鬼眼王の怒りを買って現実世界から亜空間へ向けて追放措置を受けるより前に開発された拡張の術式であると考えられる。
委任の法は、おそらくは独立した術式ではなく、獣魔術の根本である“契約”という法則に対して汎用性をもたせる拡張をおこなったものと思われるが、鬼眼王の无であるガネーシャですら用いている形跡がなかったことから、アマラ当人の自作である可能性が高い。
また彼は作中において、獣魔の操作権を強引に奪い取る『縛めの炎』という術を用いていたこともあるため、委任の法と縛めの炎はいずれも彼自身の“契約”研究での副産物を実践応用したものの可能性が高い。
委任の法の詳細な効果は以下のとおり。
まず術者「甲」と、被術者「乙」との間で魔術的な接続(精のやり取りができるような状態)に限って委任の法は実行することができる。両者間で同意がおこなわれた場合に委任の法が“契約”成立。契約中の間、甲は乙が契約している獣魔を、乙の名前を用いて使用することができるようになる。
この場合に獣魔を用いるために消費する精は乙側の負担となり、甲は精などを消費するようなことはないという強い戦術的メリットを持つ。ただし契約獣魔の名前や何が使用できるかといったところは委任の法によって甲が知ることができるわけではないらしい(アマラは“全ての獣魔を召喚”という命令によって強引に全部使役した)。
事前に甲は乙からその契約獣魔についてしっかり教えてもらっておく必要があるだろう。委任の法の継続時間は基本的には“甲の生きる限り”で、甲が委任の法を解除しない限りこの状態は継続される(かなりえげつない)。術者である甲が死亡する、あるいは甲が契約解除に同意することで委任の法は解除されるらしい。
獣魔術では詠唱それ自体は必ずしも必要としない。ただし術者の集中力を高めて精をより多く費やすために、長めの詠唱文言を使用することもできるらしい。 主人公やベナレス様、ガネーシャとアマラの詠唱から分析すると、以下の1〜4章節の順序から獣魔術の詠唱は成立し、必須詠唱は4小節目のみとなっている。 また、ベナレス様は作中において3章節目以降の詠唱しか基本的には使用していないようであるが、これがベナレス様の獣魔術の術者としての能力の高さを示す証左であるのか、 それとも1〜2章節がベナレス様封印後の拡張によって設けられた詠唱システムなのかは分からない。しかし大地の精の地底内部の流れを『龍脈』と称している魔術的な背景性を鑑みれば、 元々の正体からして龍であるベナレス様にとって、大地の精を制御するのに1章節目ならびに2章節目が不要(というか唱えたも同然)である可能性は高い。