夏草一葉 4
相手の剣を受けて、半助はふと剣豪の戸部新左エ門を思い出した。敵の姿は似ても似つ
かなかったが、身に纏う空気が同質のものだ。
こいつは強い。
兵法が身に染み付いた半助の剣の腕は確かではあったが、それ故天才型の剣豪の恐さ
は十分に知っていた。真面に切り合えばどちらかが必ず命を落とす。今はそれは避けた
い。こんな所で命を掛けても何の得も無いのだ。出来るだけ間合いを取って森に紛れよ
うとするが、もう一人の忍者の攻撃がそれをさせない。気付けば棒手裏剣も使い果たし
てしまっている。斬るべきか迷いが残り、まともに斬り結ぶうち、
ぎっいいん
いやな音がして半助の刀が半分に折れた。もう一撃が来る。
がっ
何とか残った刀で受け止め、そのまま樹木を背に、敵と睨み合う格好になる。
その時、聞き覚えのある声が響いた。
「土井先生ぇっっ」
「きり丸!?」
一瞬きり丸が村から援軍でも連れて来たかと期待したが、そうでは無かった。
「すいませえんっ、捕まっちゃいましたぁ」
涙まじりの叫び声を上げるきり丸を、片手で抱えている男・・・女?
ばさら風の派手な衣装、きっと結んだ長い真っ直ぐな黒髪、線の細い顔立ちに切れ長の
目がぞっとする程冷たい。
「長くかかり過ぎだね、ほら、6番、これを使え」
声は男のようだった。突然現れたそいつはきり丸を放るようにして、6番と呼ばれた飛
び道具好きの忍者に渡した。
「恐れ入ります、ささら様」
ささら、と言う名なのか。
6番と呼ばれた忍者は嫌な笑いを浮かべると、きり丸の首筋に刀の刃を当てた。
「さあ、こいつを殺されたくなかったら、動くな」
動きたくても半助は先程から剣豪と睨み合ったままなのだ。間抜けな・・・と思ったが
危機にはかわりない。ここで刀を収めてきり丸が助かるなら良いのだが、この調子で
は二人とも処分されるのが落ちだろう。できれば二人同時に倒し、三人目のささらとか
言う派手な奴を相手にする間にきり丸を逃がせれば・・・
その時、剣豪がにやり、と笑った。初めて声をあげる。
「6番、その子供を斬っちまえっ」
下品な声だった。半助は一瞬でも戸部を思い出した事を後悔した。視界にきり丸の首に
走ろうとする刃。ためらう暇は無かった。
ばっ
肉を断つ音が三つ。
首から血しぶきが上がる。
斬られる事を覚悟していたきり丸は、自分がまだ生きているのが理解できない。兎に
角後ろ手に括られた不自由な体勢ながら、敵の手から離れた。そして先まで自分を抱え
ていた男の首に半助の忍び刀が突き刺さっているのを見た。
そして次に、半助と対峙していた剣豪の口に、木の枝が深々と突き刺さっているのを
そして、その向いにいる半助は・・・
肩口からばっさりと斬られて・・・
「土井先生ぇっっ!!!」
半助は6番の忍者に自分の刀を投げたのだ。木を背にしていたので逃げ場は無く、斬ら
れるのは避けようが無かった。ただで斬られはしない。斬りかかる相手の隙、左手で探
っていた木の枝で相手の口から喉への致命傷。 二人同時はこれしか無かった。
あと・・・一人・・・
動こうとして、右腕が外れそうな感覚があって、半助はあわてて肩を押さえた。痛みが
無い。かなりの深手らしい。
「ほう・・・」
ささらという男。恐らくこいつが首領なのだろう。目を細め、嬉しそうに半助を眺めて
いる。こいつも強い。かなりの腕と見た。しかしきり丸が逃げるくらいの時間は稼げる
はずだ。
「きり丸っ逃げろっ」
「・・うあああっ・・・」
きり丸は半助の怪我のせいで平静を失っている。ちっ、と半助は舌打ちをした。さらに
悪いことに、気を失わせていた最初の三人の忍者の姿が、ささらの後ろに見えた。こん
な事なら、最初から殺してしまうのだった。
読みが甘かったか。ならば死ぬのは仕方がない。だが、きり丸だけは何としても。半
助は右肩を素早く下げ緒で括ると、左手で剣豪の刀を奪って、きり丸を背に敵と対峙し
た。
「きり丸、私は大丈夫だから、もう一度村へ走って山田先生を呼んでくれ。いいね」
声を押さえて出来るだけ優しくきり丸に声を掛ける。
「きり丸、お前しかいないんだから」
「は、はい」
きり丸は震える足で走りかけたが、どうしても半助の元を離れ難かった。今から走った
のではどう考えても間に合わない。学園で武術の訓練は受けているのだ、むしろ今は自
分が半助を守って闘うべきなのではないだろうか。が、闘って勝てるくらいなら捕まっ
たりはしなかったのだ。きり丸は力の無い自分を呪った。
「もういい、やめにしよう」
言葉を発したのはささらと呼ばれた男だった。
「私はお前が気に入ったよ、山田利吉」
利吉?
「悪かったね、怪我をさせるつもりは無かったんだが、今回の作戦は入 隊試験を兼
ねていてね、腕は立つが、まだ言うことを聞かない連中ばっ かりだったのさ」
「ささら、そいつは利吉じゃない」
木の陰から更にもう一人、ささらとそっくりな男が現れた。双子なのか、変装している
のか。どうでもいいことだった。
「だって利吉は美青年なんだろ、こいつは美青年じゃないか」
「渡した似顔絵と全然違うだろう。大体何で私が離れている時に行動を 起こしたん
だ。やっと利吉は村の中にいると確認してきたっていうのに」 「じゃあ人違いか」
ささらはけらけらと笑った。
「じゃあこいつは殿に差し上げなくてもいいんだな。私が貰うよ。いい だろう、せ
せり」
せせりと呼ばれた男が半助を見る。
「あの怪我じゃ助からない」
「そうかな・・・勿体無い・・・。あ、誰か来たようだね」
「ああ、ほらあれが利吉だ」
抜け道らしき所から、山田伝蔵と利吉の姿が現れた。半助と対峙していた敵の注意がざ
っとそちらへ流れる。
「はあん、やっぱりこっちの男の方が好みだねえ」
「さて、どうする?予定通り利吉を・・・」
「慌てなくったって。どうせ狩り遊びなんだから。今はこの男を助けさ せよう。怪
我が直るまでは手出ししないよ。いいだろう?せせり」
「まあ、ささらがそう言うのなら。助かりそうに無いと思うが」
「土井とか言ったね」
ささらは半助が利吉でないと知っていたのだ。知っていたくせに!!!きり丸は怒りで
体中の血が引いた。
「怪我が直ったら迎えに来てやる。利吉はお前の次にしてやろう。せめ てものお詫
びだ」
ささらがにんまりと笑う。
「引けっ」
せせりの合図で、あっという間に忍者隊の姿は消え、二つの死体が後に残された。
利吉は一見して重傷だと分かる半助の姿に愕然とし、声も出ない。きり丸は怒りで青
ざめて動けない。一応の危機を脱し、崩れ落ちる半助。
「半助っっ」
抱きとめたのは山田伝蔵だった。