夏草一葉   2

利吉が近づいてくる。
 「土井先生」

目の前に何の抵抗もできず、横たわる半助がいる。さて、どうしたものか、と、今更に
考えた。抵抗されては流石に半助に敵わないので、屋敷にあった薬の調合法の書から、
最も効果的な飲み薬を作った。

実験の後、一度自分で飲んだことがあるが、力が入らないのに感覚だけは残っていて、
おかしな浮遊感がある。効き目が切れるまで半日かかるのだが、一人でそんな状態でいた
時は時間が長く感じられて、このまま死ぬのではないかと恐怖したことを、ふと思い出し
て笑った。馬鹿な話である



 とりあえず夜具の敷かれた隣の部屋へ半助を抱き抱えて運ぶ。体の温かみが支える腕
に胸にじんわりと伝わって来る。何の抵抗も出来ないようだった。酒も入っているので
尚更薬の効果が高いようだ。

 浴衣姿の半助を布団の上に真っすぐ仰向けに寝かせ、そのまま苦し気に息をつく半助
を見て、一つ一つを確認する。
 結ばれていた癖のある長い髪を解いてみた。整った顔の輪郭を軽く乱れた髪が飾る。

長い付き合いだというのにこんな風に間直で半助の顔を見たことはなかった気がする。
話している時の半助は表情がくるくる変わって、それも魅力の一つなのだが、目を閉じ
て息をつくだけの今は元々の顔立ちが良く分かる。

 きれいな形をしている
 ぼんやりとそう思う。

 そっと手を延ばし、手の平で半助の頬を包むように触れる。その途端に自分の中を走
った衝撃に利吉はひどく驚いた。これ程に、これ程に自分は半助を求めていたのだ。自
分にこんな行動を起こさせたモノ、いままで潜んで来たそれが初めて、一気に巨大な熱
の固まりとして利吉にその存在を知らしめた。 

 手の平を頬から首筋へ、それから浴衣の襟の中へと少しずつ侵入させる。ふと、半助
が眠ってしまうのではないか、と気付いた。眠られてしまったのでは意味がない。自分
の思い、狂気さえ誘うこの固まりを、半助に思い知らせてやらねばならない。すべてを
手に入れたい。すべて、本当はすべてが欲しかったのだ。

 その気持ちを捕らえきって、利吉はゆっくりと半助の唇に近付き、壊れ物に触れるよ
うにそっと自分の唇を圧し当てた。震えそうになるのを堪えながら、利吉は舌先で半助
の歯列の隙間を探り当て、片腕で半助の頭を抱え込み、空いている手で半助の顎を引い
て無理に口を開かせた。
 

「・・んっ・・・・」
苦しそうな半助の声が漏れる。僅かだが、半助の体が動き、抵抗を示す。それは、半助
に意識があって、されていることが分かっているのだな、と利吉を安心させただけだっ
た。圧し殺された熱い吐息だけが響く。静かだが激しく、利吉は半助の中に深く入り込
んでいた。

 飽きる程の口づけから半助を漸く解放して、利吉は半助の首筋へ顔を埋めた。心地良
い半助の匂いに酔いそうになる。息遣い、浴衣から滲む温かみ。さらさらとした皮膚の
感触を咬むようにして味わってから、そのまま浴衣の合わせ目に沿って広げるようにし
ながら唇を進める。帯まできて、一度顔を上げた。半助の帯を解かなければならない。
利吉は意外に冷静にその作業をした。ためらいも無く下帯も取り払ってしまう。

 意外に細身の半助の躯は無駄の無い筋肉で仕上げられていた。が、印象としてはまる
で女の肌のように円みのある柔らかさがあり、とても百戦錬磨の忍者の体には見えなか
った。少年のような艶やかな肌に大人の色気を加味した何とも理想的なきれいな躯をし
ている。

 利吉は自分も浴衣を脱ぐと、半助の上に覆い被さるように体を寄せた。首に背に腕を
からめて抱き締める。いくら抱き締めても足りない、もっと、すべて、全部が欲しい。
もう一度唇を合わせて、それから首筋に、そして胸に舌を這わせる。

 「・・・はっ・・あっっ」
半助の声を聞くたび、利吉は全身が震えるような気分に襲われた。こんな声を出された
のでは本当にたまらないな、と頭の何処かが冷静に考えている。もっと声が聞きたかっ
た。その声が快楽によるものでも、苦痛によるものでも構わなかった。

 利吉は顔を半助の腰下まで下ろし、半助の片足を自分の肩に掛ける様に上げた。半助
のすべてをさらけ出させたかった。半助のそれを銜え込んで、反応を楽しみながら遠慮
も無く指を差し入れる。

 「っいっ・・あっっ・・っっ」
利吉は執拗に半助を責め続けた。薬のせいで自由が利かない半助は、与えられる苦痛と
快楽をまともに受けて、逃れることが出来ない。半助の声には悲鳴や嗚咽が混じり、そ
の痛々しい涙まじりの表情が利吉の更なる欲望を誘った。

 半助の反応が強くなったのを感じてから、利吉は唇を離し、自身を一気に押し入れる

 「ひっっ・・・・」

 声にならない悲鳴が響いた。



 明け方までどのくらい体を重ねたのか分からない。半助の苦しげな息遣いを聞いて利
吉は目を覚ました。使用した薬の成分の中には毒になる物も含まれていて、必ず解毒剤
を飲ませなければならない。ふらつく体を無理に起こして、竹筒の中の解毒薬を半助に
飲ませた。しばらくして楽になったようなので、また二人で深い眠りにつく。

 昼頃、夢うつつの利吉は突然の半助の声に驚いて跳び起きた。
 「風呂に入りたい」
半助は布団の上で上半身だけ起こしてだるそうに俯いている。はい、とかはあ、とか間
の抜けた返事をして、利吉はあわてて風呂を焚き付けた。足取りの覚束無い半助を支え
て風呂場で肩にかかっていた浴衣を外す。白い肌に利吉のつけた傷が生々しく残ってい
る。

 それを見て漸く自分のしたことを理解した。
 計画通りに事が運んでしまったものの、これからどうしたらいいのかさっぱり分から
ない。考えてあったような気がするのだが、思い出せない。
 「あ・・あの・・・土井・・せんせ・・・」
 「・・・・うん」

返事を貰うことが出来て気が少し軽くなる。だが・・・
 「気に・・しなくていい。忘れていいよ」
湯を被りながら半助がそう言ったように聞こえた。
・・・・ち、違う、違う、忘れるとか、そんな言葉が、欲しいのじゃ、ない・・・そう
じゃなくて、
 「利吉君は若いから」
何を・・・土井先生は・・・

 「昔はもっとひどい目にあったことが、結構あって。もう、別に、いい んだ」
・・・・・
 「私は帰るから」
 「・・・・はい・・・」
結局、利吉が言えたのはその一言だけだった。

 半助が出て行ってしまってからも、利吉は暫く同じ場所に突っ立ったまま、そうして
理解出来たのは、何も手に入らなかった、という事実と、自分がした事は強姦でしかな
かった、という事だった。
 なのに半助はまるで労るような言葉をかけてくれた。何故、なのだろう。何を考えて
いるのだろう。
 それだけはどうしても分からない。




 「利吉」
そう呼びかけられて、利吉の物思いは一先ず止まった。平服姿の父が廊下から利吉に声
を掛けたのだ。
 「父上、何か」
 「うむ、そろそろ土井先生が来てもよさそうな頃合なのでな、村外れま で様子を見
に行ってみようかと思っておる。お前も一緒に来るか?」
じっと待っているよりましだったので、すぐに支度をすると返事をしてから、少し着る
物に迷って、結局いつもの服に袖を通した。

 ほんのり橙色をし始めた陽光の中を、父と二人歩く。
 「あ・・・」
利吉は突然思い出した。
 「ん?どうかしたのか利吉」
 「えっいえ、何でもありません」

利吉が思い出したのは昔、父の言った言葉だった。
 半助が忍術学園の教師になった頃、利吉が学園に遊びに行って不思議に思ったことが
ある。教師にはそれぞれ個室が与えられていて、半助にも専用の部屋があったのだが、
何故か父と半助は一緒の部屋で寝起きしていたのだ。その理由を父に聞いた時、
 「半助が一人で寝るのは危険だからなあ」
と言ったのだ。その頃利吉はまだ子供同然の年だったし、あまり意味を考えず、そうい
うものなのか、と漠然と納得しただけだった。しかし今なら良く分かる。半助ほど、そ
ういう意味の欲望の対象になりやすい人はいないだろう、ということが。

 半助は確かに奇麗ではあるが、女っぽい訳でも、稚児のような美少年でも無い。線は
細いが男らしい美丈夫であり、大人である。が、どうしても人を魅きつけてしまうよう
な雰囲気というか色気があって、それに触れた者は自然と手を出したくなってしまうの
だ。

 殆ど男ばかりの学園内では、生徒に手を出すことが内々に厳しく禁じられていたから
、最も若く容姿の良い教師の半助に対象が集中することは容易に想像できた。もしかす
ると半助はずっとそんな目にあってきたのかもしれない。そして無理やり体を繋ぐこと
は、利吉をそんな半助を狙う連中に仲間入りさせただけで、半助の特別な存在になるこ
となどできるはずがなかったのだ。

 足が重くなる。引き返して今からでも仕事に出てしまおうか。兎に角半助には会えな
い。急にそう思って、利吉は父への言い訳を考えた。
 「父上、あの・・・」
そう言いかけた時、遠くに爆発音が響いた。あの音は聞いたことがある。あれは・・・

 「ゆくぞ利吉っ」
伝蔵が敏感に反応して走り始めていた。利吉も後を追う。嫌な予感で全身が騒いだ。
 僅かに特徴を持った爆発音、あれは、土井半助調合の火薬に間違いなかった。


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