夏草一葉13


 「で、侵入者は今のところ三人程か」
 「はい、そろそろ大きな動きがあっても良い頃なのですが」
 「ではこちらも本格的に動くとするか・・・」
 「はい」
 「いつでも」

学園内の建築物には生徒に知らされていない隠し部屋や通路があり、そのうちの一つの
薄暗い部屋にいくつかの人影が集っていた。

 敵である葉月城の忍び達は、近隣の城から名のある美麗な若者ばかりを狩りと称して
攫っていたが、城の一角に贅をこらした牢屋敷を設けて彼等を囲っているのだという。

 その狩りの対象の一人に山田利吉の名が入っていたのはその狩りをさらに奥で操る人
物が、葉月城と学園を戦わせ、勢力を相殺してしまおうとの企みによるものだった。

 捕らえられている若者達は、各城主の覚えのめでたい、将来確実に国の主導的立場と
なる優秀な者ばかりだった。 眉目秀麗な上、頭も切れ、腕もたつ。そんな彼等が捕ら
えられたのは葉月城の忍びが半端な実力ではない事を示していた。

 若者達は戦国の慣わしにより深い寵愛を受けていた者が多く、妻や子供よりも効果の
ある人質となってしまっていた。

 無事に救い出さなければ、この辺りの勢力地図がいっぺんに塗り替えられる事になる
だろう。
 だが忍び達は本気で狩りを楽しんでもいた。山田利吉に葉月城の城主は強い興味を持
っているようであるし、困難な狩りは彼等の狩猟欲を高めもするのだろう。
 そして葉月城の忍びの首領、せせり、に個人的に目を付けられてしまった土井半助も
いる。

 彼等のせいで瀕死の重症を負った半助だったが、まだ完全に癒えない傷の痛みを押し
てこの作戦に参加していた。 全てが終わるまで休むつもりもない。そして利吉は共に
戦う者として、そんな半助を静かに見守っていた。

 (いい目をしてやがるぜ・・・何があったかなんて野暮な事は聞かんがな・・)
そんな二人の様子を大木雅之助が不精髭を指先で遊びながら眺めていた。
 いい具合に力が抜けている。土井半助などは肩の傷のせいで右手が殆ど使えないのに
も拘わらず、この数日の動きは見事としかいいようが無かった。

 今学園は密かに非常事態宣言をし、侵入者は青と緑の忍者によって確実に処分されて
いた。
半助が動きやすいのは判断を迷う必要が無いからでもあるが・・・
背中を任せていられる事がより安定した力を発揮させてもいた。
 その役割りは雅之助も狙っていたのではあるが・・・若い二人の懸命な姿は胸に痛い

 若くてしなやかで、二人がそこにいるだけで目を魅く華がある。「時分の花」と皮肉
も言いたくなるが、そんな嫉妬心など二人の前では雲散してしまう。
 「疾風勁草を知る」の例えの通り、この戦いが益々彼等を本物の花なのだと知らしめ
る事だろう。

 (でも、ま、利吉がコケたら、半助は儂がもらっちゃおう)
などと心中軽口をたたく雅之助は、野村雄三と共に作戦を遂行していく事になる。



 半日も経たないうちに、旅装束の「山田利吉」が学園の門をくぐった。
 「うわあ利吉さん!お久しぶりです」
 「あいかわらずすごい活躍してるんですよね!!」
 「お仕事の話し聞かせてください!」
姿を見かけた生徒が自然と利吉の周囲に集まってくる。

 山田利吉は学園の生徒の憧れの存在だった。
何せ立ち姿だけでも目が離せなくなる程の雰囲気を持った美形であるのに、忍びとして
の利吉の鋭利な働きなどを一度でも間近に見てしまったら、忍びを目標とする者なら誰
だって憧れずにはいられない。

 「何だか学園が変な奴に狙われているんだって聞いてね、まあ少し手伝いでも出来
ればいいかなと思ってきたんだ」
 「じゃあしばらく滞在するんですね」

 「ああ、宜しく頼むよ」
利吉の言葉に生徒達は大喜びである。


 その日侵入した敵の忍びは、大きな怪我を負ったものの陣屋に帰りつき、山田利吉と
土井半助が学園に揃った事を首領であるささらに報告し、息絶えた。




 放った密偵の殆どが行方不明になっていても、ささらは整い過ぎた顔を曇らせる事が
無かった。細い眉、切れ長の瞳は、自分の前で力尽きた下忍の働きに満足そうな表情す
ら浮かべていた。

 ささらと同じ顔をしたせせりの姿も側に在り、同じように綺羅を纏い、長い髪をきつ
くまとめてはいたが、下忍の息の絶える間際に言葉をかけてやるくらいの労りは見せた


 「獲物を揃えてくれたみたいだね、そろそろ行かないと悪い気がするよ。そうだろ
う?せせり」

 「たかが忍び一人じゃないか、殿のお好みの人間は集まり過ぎてこっちは管理が大
変なんだ。自害を止めるのに脅したり、薬を使ったり。いくら美形の忍びだって、そ
 う珍しい部類でもない。わざわざ危険を犯して狩る獲物でも無いだろう」

 「分かってないねせせり、殿の狩りのご命令はあんまりにも簡単過ぎて飽き飽きし
てるんだ。葉月城なんかに流されてしまったから戦だって無いし、これじゃ何の為に
 數虎公に仕えたのか分からない。奇麗な人間を集めるのは楽しかったけど、それも
もう飽きてしまったよ。危険?結構な事じゃないか」
子供みたいな言葉を連ねながら、ささらの表情は老獪に見えた。






 学園を囲む森は深く、見知らぬ人間を寄せ付けない手の加えられ方がされていた。そ
れがささらを興奮させる。

 神経を研ぎ澄まし、罠を読みながら、ささらは嬉々として獲物を探した。
 まだ日も高い。しかし揺れる木漏れ日ですらささらには利用できる道具だった。



 「久しぶりだね、生きてるきみに会えるのがこんなに嬉しいとは思わなかったよ・
・・土井半助・・」

 「そんなに想ってくれていたなんて光栄だね」

場所は武器庫の裏の林。

 一人で見回りをしていた土井半助を見つけたささらは、そのまま半助の前に姿を現す
と、半助を土蔵の壁に圧しつけるように押さえこんだ。

 「その様子じゃ、まだ怪我が治っていないんだろう?一人でこんな所をふらふら歩
いていたら危ないじゃないか」
一番危険な人物に言われたい言葉では無いが、半助はあまり抵抗せず相手を睨む瞳にだけ力を込めた。
その瞳にささらがうっとりとする。

 「半助はこんな所でくすぶっている玉でも無いだろう?
 オレと一緒に来ればもっと忍びとしての腕をふるえるのに。お前は何だか可愛いか
ら、オレが飼ってあげてもいいんだよ。色々と楽しみを教えてあげるから」

 「せっかくだが私にそんな趣味は無い。こんな所でゆっくりしていていいのか?此
処には死ぬほど腕のたつ忍びが揃っているんだぞ」
無限にあるはずの選択肢を減らし、相手を誘導するために、半助はそう言いながら少し
脅えた仕草でせせりを睨んだ。 意志の強そうな眉、印象的な瞳に整った顔立ちでそん
な風に半助に睨まれると、ささらの征服欲がかきたてられる。 計算というより本能的
に、半助はささらの注意を自分に集中させていた。

 「お前が血を流しながらオレを睨んだあの時、あんなにぞくぞくしたのは本当に初
めてだったよ。こんなに奇麗な人間は初めて見たと思った。一緒においで半助、もっ
 とお前を見ていたいんだ」

怪我を庇ってか、あまり身動きしない半助を更に強く押さえ込むと、傷を圧されて半助
が小さく呻いて身を屈めようとする。俯こうとする顎を掴んで、ささらは強引に半助に
口付けてきた。相手の舌を噛む余裕も無く、喉の奥まで濡れた異物で侵される
 「んっんんぐ・・」

半助も流石に抵抗をしてみせたが、腰を中心にがっちりと組まれてしまっていた。

 袴の脇から手を入れられて、いきなり弱い部分に指が侵入し始めて、半助の身体がび
くりとはねた。

 「感度がいいのは結構だが、経験あるんだね」
 「っやめ・・ろっ・・」
しかしそのまま無遠慮に付け根まで侵入ってきた指が、柔らかい中を探り、内蔵を押し
上げるように半助を蹂躙する。 掠れた声で拒絶してみせると、それはささらをさらに
喜ばせた。

 「今の表情イイ・・・もっと鳴いてみせてくれないか」
 「くっ・・・」
悔しそうに唇を噛んで声を殺すと、ささらは半助の首筋を噛みながら、いきなり指の数
を増やして壊しそうな激しさで半助の身体を何度も揺すり上げた。

 「・っ・・ぁ・はああ!・・っいっやだ・・や・・」
 「これなら・・いきなり入れても平気そうだね」
冷徹な顔を少し紅潮させ、ささらの息も僅かに乱れている。
 がくがくと震える腕の中の身体を愛し気に抱いて、袴の帯に手をかけた・・その時

 「!!」
ささらは半助からふわりと離れると、一瞬の内にかなりの
距離を飛びすさっていた。

 つらり、と切れた綺羅の装束を眺めて、にたりと嗤う。

 「折角隙をついたのに、殺れなかったのはまずかったね」
ささらは背中から斬りつけてきた緑の装束の忍びを、値踏みするように見つめた。

 「引け!!」
半助が叫ぶ

 恐ろしい程の速さでささらが緑の忍びに斬りつけていた。細身のくせに酷く重い太刀
筋を緑の忍びは辛うじて受ける。が、そのままの勢いで後ろに飛ばされた。とどめを刺
されるかと身構えたが、ささらはそれきり興味を失ったかのように背中を向けると、半
助の元へと戻り、その首に爪をたてて、土蔵の壁に押さえ付ける。

 「一日待ってあげるけど、素直にオレのモノになった方がいいと思うよ。そうだね
・・きみがここに居られないように、きみの仲間を毎日一人ずつ殺してあげてもいい」
 「こんな怪我人手に入れたって何の役にもたたないだろう」
 「さっきの続きだって出来る・・使い道は色々あるさ」
 「明日にはこっちだって戦う準備くらいは出来てる。お前の好き勝手にはもうさせ
ない」

 「楽しみにしているよ・・・」

狂喜する切れ長の瞳で食い入るように半助を舐ると、そのまま身軽に木々に紛れてささ
らは姿を消した。

 首筋に残ったささらの爪痕を押さえながら、半助がケホケホと咽せた。
 「大丈夫ですか?!土井先生・・」
 「きみこそ、怪我は無いかい?」
緑の装束の忍びが頭を振りながら駆け寄ってくる。

 「流石にいままでの侵入者とは訳が違いますね・・・仕留められれば良かったので
すが」

 「まあ予定通りなんだから失敗じゃない。無理はしちゃ 駄目だよ。相手はあの若さ
で一党を束ねているんだ、生半可な力じゃない。・・・見た目通りの年齢とも思えな
 いけれどね・・・」
装束の乱れを直して、半助が戻ろうとするのを、忍びが優しい手で制する。

 「また・・・跡をつけられてしまいましたね・・」
 「んあ?ああ、何だかこんな事ばっかりだな、まったく迷惑もいいところだよ」
 「あんな事までされてしまって・・・後でちゃんと消毒させてくださいね」

頬にちゅっと口づけられて、半助がちょっと焦る。
 本当はもうちょっとささらが油断するまで待てば良かったのだが、そうもいかなかっ
たのだろう。

 悔しいのを一生懸命我慢しているのが伝わってきて、よしよしと半助は頭をなでてや
った。

 何だかそれだけで互いに深く安心できた。
二人が出会ってから、互いが互いに生んできた互いの歴史を、たとえ相手の為とは言え
切り捨てようとよくも出来たものだと思う。

 「早く戻って仕事を終わらせて、今夜はゆっくりしよう」
 「あんまり寝かせてあげられないかもしれませんよ」

 「・・・・・・そんなの駄目、私は山田先生の所で寝る からね」
 「半助さん・・・」

がっかりしている相手の頭を、半助はぺちりと軽くたたいた。


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