豆と暮らす





ジジイとゾロは喧嘩ばかりする。
ジジイはゾロが寝てばかりいたり、鍛錬ばかりしていたり、庭に変な豆の木がそびえたままになっているのが気に入らないと言う。
実際あの豆の木はそびえ過ぎなんじゃないかとサンジも思っていた。
ジジイも邪魔だって言ってることだし、斬ったらどうかな、とサンジはゾロの腰の刀を見て言った。ゾロは心外だとばかりに首を振った。
「ありゃ、魔法の特選豆から生える豆の木だ、特別なものなんだ」
「特別」
「そうだ。だからそう簡単に斬るとか倒すとか引っこ抜くとか、そういう考えを持つのは間違いだ」
「まあ、引っこ抜くとかはサイズ的に出来るわけねえとおれも思うけど」
「そうだ。そんな軽々しく引っこ抜いたりするべきもんじゃねえ」
「うん、確かに軽々しくは引っこ抜けねえだろうけど。物理的に」
「物理的?」
「まあ……、そのへんはどうでもいいよ。その特選豆ってなんだよ一体。あと、てめえ、やっぱり寝てばっかり過ぎるし、鍛錬してばっかり過ぎねえか?」
「鍛錬は豆の妖精の勤めだ、おいそれと疎かに出来るものか!それにおれには野望がある」
「まめのようせいのつとめ……」
サンジが復唱する。どうもサンジは「豆の妖精」という表現に否定的である。
「寝てばっかりなのは勤めと関係ねえだろうがクソガキが」
ジジイが台所から厳しい一言を飛ばす。
「豆の木の生える特選豆は……」
ゾロはめげずに話を続けた。
「おれら豆の妖精だけが持っている特別な豆なんだ。よそじゃ決して手に入らない」
「え、でもナミさんが持ってたけど?」
首を傾げたサンジに、ゾロはすぐに返答する。
「その辺に落ちてたのを拾ったんじゃねえか?」
「……随分簡単に手に入るもんなんだなァ」
「他の豆の妖精が落としたんだろ、きっと」
「ずさんな管理だ」
「豆の妖精は、空豆島を豆の木を伝って移動するんだ。自分の住んでる豆空島からよその豆空島へ向かって、豆の木を伸ばして足がかりにする。おれは毎日のように、豆空島から豆空島へ移動しつつ、鍛錬して暮らしていた」
「へー、豆が目的の空島と違う方角に伸びてっちゃったら?」
「そしたらそっちの空島を目的地とする」
「適当だなァ」
豆巨人達の暢気な生活ぶりに触れて、サンジはとても泰然とした気分になった。実際、あきれる無策ぶりだ。
「適当を通り越して、アホなんじゃねえのか」
焼いたばかりのスコーンを持ってきたジジイの一言は鋭かった。鋭い上に棘があった。しかしサンジは自分は関係無いので、嬉しそうに皿に手を伸ばす。
「それで、そこまでして豆空島を移動して、一体どこに行こうってんだ、てめえは」
「ある男を捜している」
いつになく真摯な表情で、ゾロは打ち明けた。
思えば、サンジはゾロのことを何も知らない。豆の木の上の世界も、ゾロと、ゾロの家以外の何も知ることがなかった。それで充分だった。
「ある男を捜して……見つけたら、どうするんだ」
「そいつを倒して、世界一の豆の妖精になる」
「へえ、まあ頑張れよ」
「おう」
サンジはゾロの分のスコーンにジャムをのせてやり、丸ごと一つ放り込んでも大丈夫だろうかあの口は、などと考えた。ゾロは歯並びが良く、口が大きい。何でも好き嫌いせずよく食べる。
「なあ、てめえが捜してるってのは、どんな奴なんだ」
サンジは首を傾げ、ゾロに尋ねた。
「世界一の豆……黒豆の男だ」
「黒豆の男」
「そうだ。豆のなかの豆、丹波の黒豆をその足がかりの蔓とする、破天荒な男だ。豆空島群のどこに居るとも知れず、一度もめぐり会ったことはないが、奴に出会ったという噂ばかりをあちこちで聞く」
ふうん、世界一ねえ、とサンジは相槌打った。
「まあ確かに、黒豆と緑豆じゃな、格が違うよな。緑豆は子供に嫌われるチャーハンの具ってイメージが強いけど、黒豆はなんて言うか、御節料理とかでも単品で主役はれるくらいの豆だもんな」
「……!」
サンジにとっては単に食材についての、何気ない話題だった。
ゾロにとっては、随分なダメージになったらしい。
その晩サンジはゾロを宥めるのになかなか梃子摺ったと言う。




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