緑豆との一夜があけて





翌朝、サンジはなんだか奪われたような気分で巨人のための朝食を作っていた。
実際には何かを奪われたわけでもなく、奪われようもなかったわけなのだが、最後に洗濯したのがいつなのか分からない巨人の腹巻のなかで一夜を過ごすはめになってしまい、ナーバスになっていた。
明け方、巨人は目を覚ますと、鍛錬に行くと言ってサンジを台所へ下ろし、そのまま出て行ってしまった。そうなると、自力ではドアを開けて逃げ出すことすら出来ない。
することもないので、仕方なくサンジは朝食の支度を始めた。
巨人の台所は、巨人の台所だけあって巨大だった。卵ひとつがサンジの背丈ほどもあるので割るのも一苦労だが、持ち前の体力で乗り切って、どうにかこうにかして、それなりに何かがどうにかなって、何らかのうまい具合の進行があり、あっと言う間に食事の支度が出来た。
食卓の上にオムレツやパン、スープ、サラダを並べながら、
「素晴らしく、なんとかなったものだな」
と、サンジは満足だった。
紅茶でも淹れたら完璧なのではないかと思い、茶葉を探した。薬缶に水を汲むことはさすがに出来ないが、それは巨人が戻ればきっとやってくれるだろう。ろくすっぽ人の話しも聞かないような、ろくでもない謎の巨人だが、サンジに対する扱いは乱暴ではない。
巨人にお茶の支度を手伝わせる、と考えたことで、少しだけその手を待ち望むような、そんな気持ちに気分が切り替わりつつあった。
あのアホで可愛げのかけらもない巨人でも、この立派な料理を見たら、きっと喜ぶだろう。
サンジは料理のプロだし、あの気難しいジジイでさえもサンジの料理の腕を内心認めているに違いないと思われるくらいなのだから、普段ろくなものを食べていなさそうなアイツにこれを食わせてやったら、驚いて目を丸くするのではないだろうか。
それは、悪い考えではなかった。少し楽しみだ。
だが巨人はなかなか帰って来なかった。
スープは冷め、パンはぱさぱさに乾き、オムレツの色艶まで味気なく見え始めても、まだ巨人は戻らない。ただその帰りを待つ他何も出来ず、サンジは机の上に蹲っていた。
食事の時間に遅れるような馬鹿は放っておけばいい、自分だけ先に食事を済ませ、とっととここから逃げ出す方法を考えればいい、と思うのだが、どうしてもその場から動く気になれない。
うまいと言うはずなのだ。驚くはずなのだ。この料理を見たら……。



太陽がすっかり高く上り、昼時に近いほどになってから、ようやく巨人は帰ってきた。
サンジは机の上へ蹲ったまま、疲れてうとうとしていた。
久し振りに見たような気がする緑の頭が、サンジの望んだ通り、支度された料理に目を奪われ驚きを隠せない様子で台所へ入って来たとき、サンジは言ってやるべきすべての罵詈雑言が喉につかえて声も出ないような、不思議な気持ちを味わった。
あからさまに巨人サイズの食器に盛り付けられた料理から、ぷい、と顔をそらすだけで精一杯だった。
「べ、べつに、てめえのために作ったんじゃ、ないんだからな!」
言ったあとで、しまったと思ったがあとのまつりだ。
耳まで熱い。こんなに分かりやすい嘘もないものだ。
巨人の目には、サンジが妖精どころか、天使に見えたと言う。




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