さよなら緑豆





サンジと豆の巨人は仲良くなった。
最初のうちこそ喧嘩したり、罵りあったり、悪口を言ったり、意見を衝突させたり、無視してみたり、暴力によって不快感を表現してみたりしていたが、いつの間にか和解した。
早期の和解には、サンジの料理の腕が少なからず貢献していた。
美味い食事を前にして、争いごとを続けることは難しい。サンジが居る限り毎日美味い飯が出てくるのだから、全ての争いごとは続かず、二人は喧嘩をしては仲直りし、また喧嘩をして、仲直りし、喧嘩をし、仲直りし、気がつくと随分深い仲になっていた。
巨人の名前はゾロと言ったが、サンジはいつまででも巨人を「クソ豆」とか「クソ緑」と呼んだ。憎まれ口は常のことだったが、それでも、ゾロの姿を見るとサンジは胸が騒いで仕方なかった。
(これが恋ってやつか)
豆空島の端っこに腰掛けて、たばこをぷかぷかふかしながらサンジは考えた。
胸が苦しくてわけもなく悲しくなり、そうかと思うと野菜の色の鮮やかさだけで微笑みが零れるほどの幸せを感じる日もある。サンジの十九年の人生全体で見ても、これは悪くない出来事だった。
とは言え、サイズの都合上、手を繋ぐことすら出来ない。それでもサンジは初めての恋に浮かれていた。
ゾロの方でも同じようにサンジを可愛く思っていた。ゾロはサンジのことを、小さくて、料理が上手くて、色白だと思っていた。あと、眉毛が巻いていると思っていた。
しかし幸せな日々も長くは続かず、次第にサンジは元気を失っていった。
月の美しい晩のことだった。月明かりが豆空島のふちを、真珠のように光らせていた。
「おい、どうしたんだ、最近のてめえときたら」
ゾロは心配になり、サンジに尋ねた。
「前は池のアヒルみてえにガーガー煩くひとに絡んできやがったってのに、この頃じゃ、羽の抜けたアヒルみてえにしょぼくれてるばっかりで」
サンジはお気に入りの場所である豆空島の端っこに、いつものように腰掛けたまま、うん、とか、ああ、とか曖昧に頷いて煙草をふかした。一言もゾロに言い返さなかった。そこでゾロはこれはいよいよ只事ではないぞ、と思った。サンジの顔立ちや、落ち着きない立ち居振る舞いがどことなくアヒルに似ていることをゾロは可愛いと思っていたが、それを指摘すると普段のサンジならそれこそアヒルのようにグワグワ腹をたてて、手が付けられないのが普通なのだ。サンジとしては自分のような立派な男は、狼や虎や、時として狩人に例えられるべきであり、アヒルなんて牧歌的な生き物を引き合いに出すことは相応しくないと考えているようだった。
「おい、アヒ……、コック。何か悩みがあんなら、言えよ」
「うん……」
「おい」
「うん……」
サンジはしばらく煮えきらずに口篭っていたが、少し経ってからようやく口を開いた。
「本当に大したことじゃないんだ、本当にどうでもいいことなんだけど、雲の下の世界に一人ぼっちで残してきたジジイのことが、微妙に気にならないでもない感じなんだ」
それを聞いて、ゾロの心は揺らいだ。
ジジイとは、サンジの親族だろうか。一人ぼっちで残してきた、ということは、ジジイはこいつの唯一の家族だったのか。
ゾロにとって下界は遠い世界だ。
だがサンジにとっては、そこが本来の住む場所であり、家族の居る場所なのだ。
ゾロはサンジに背を向けた。
「じゃあ、もうてめえ、帰れ。下に」
「はァ?」
「下でジジイが待ってんだろう。丁度良かった、そろそろてめえを追い返そうと思っていたところだ。ここはおれの島だし、てめえなんか毎日ギャーギャーグワグワうるせェしな」
「ゾロ……」
サンジは顔を上げ、ゾロを見た。豆でも緑でもなく、きちんと名前でゾロを呼んだ。それだけでゾロは胸を突かれた。しかしここは心を鬼にしなくてはならない。
「ほら、とっとと帰れ帰れ」
「ゾロ……嫌だ。別れたくない、てめえも一緒に来いよ」
サンジは豆の葉によじのぼり、ゾロと向き合おうとした。
ゾロはサンジから目をそらした。小さなサンジの黄色い頭が、今日は艶々と蜂蜜の滴のように魅力的に見えた。蜂蜜は、豆の葉の上をゆるりゆるりと旋回するように移動して、しきりにゾロへ近付こうとする。
下界へこいつと一緒に下りて、こいつの家で一緒に暮らす。そんなことが出来るだろうか。
「アホアヒルめ。そりゃ無理だ、おれは巨人だからよ」
「平気だ、そんなこと。ジジイにはおれから話すから!な!」
サンジは必死にゾロに向かって手を伸ばした。離れていこうとするゾロの指先を、両腕でしっかりと掴まえた。
「クソッ!」
ゾロは舌打ちした。
サンジが可愛くて堪らなかった。
サンジはゾロの指に顔を寄せ、優しく唇で触れた。




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