豆との出会い





サンジは庭に豆を埋めた。
埋めたというより、「植えた」つもりである。数日もすれば芽が出て、豆の木になるはずだ。
豆は、先日道端で出会った可憐なレディから譲り受けたものだ。艶やかな赤毛の、健康的な美人だった。大きな荷物

を抱えて難儀していた。
サンジは美人が大好きだし、美人が困っているのを見て放り出しておくわけにはいかなかった。そこで飼っている牛を

、彼女に貸して差し上げることにした。牛を繋ぐ荷車も貸した。彼女は大層喜んで、御礼にと言って豆を一粒、寄越し

た。
それは魔法の豆で、一晩で大きな木になり、空の島まで届くようになる、宝の豆なのだそうだ。そんな大事なものを御

礼にくれるだなんて、よほどサンジの親切に感じ入ってのことに違いない。
サンジとしても、全くもって彼女の好意はやぶさかでなかった。喜んで豆を受け取った。
彼女は荷物を運び終えたら牛はすぐに返しに行くと言っていたが、それっきり、荷車も牛も返してくれていない。
いつ彼女が来ても良いように、サンジは牛小屋も、それからついでに自分の部屋も、ぴかぴかに掃除して、花を花瓶に

生けたりして、楽しみに待っている。
「あー、そりゃナミだなァ」
毎日のようにサンジの働くレストランに野菜を卸しに来る、鼻の長い男は、首を捻って気の毒そうにそう言った。
「おまえ、そりゃ騙されたんだよ、あいつは泥棒だ」
長ッ鼻は名前をウソップと言って、サンジにとってはつきあいの長い友人だが、よりにもよって彼女を泥棒扱いとは

、本当に失礼な鼻だ。
魔法の豆をプレゼントしてくれるほどサンジに感謝している彼女が泥棒なんかであるはずがないし、またよし泥棒だ

ったとしても、サンジに対して深い感謝と愛情を感じていることは間違いない。それを思うと「まあ牛なんて、居なく

ても困らねェし」という気分になったりするのだった。




サンジが豆を埋めた翌朝、窓の外がやけに暗いなと思って外に出てみると、豆は見事な木になっていた。豆なのに、木

。それも大木と表現するに相応しいような、そんな太く立派な蔓が伸び、天まで続いていた。
「てめえ、チビナス、なに得体の知れねえもんウチの庭先で育てやがった!」
ジジイが慌てて飛び起きて来たが、サンジは正直、ジジイどころではなかった。
「本当に魔法の豆だった!」
これは凄い。
彼女の言ったことは本当だったのだ。あの美人は、魔法使いか何かに違いない。美人の上に魔法まで使えるなんて凄

いなァ、とサンジは感動した。
そして豆の木を登り出した。
とても大きな豆の木で、頂上は雲の上にある。胸がいっぱいになるほどワクワクした。こんな気持ちは久し振りだった

。あと、ジジイがかんかんに怒っているのが、ちょっとだけ煩わしかった。そんな冒険心と、ほんのちょっぴりの現実

逃避で豆をよじのぼり、よじのぼり、よじのぼり、地上はやがて見えないほどになり、雲の上へ顔が出て、ようやく豆

の天辺が見えた。
豆は、雲で出来た、広い、島のような場所の只中までその蔓の先端を伸ばしていた。なんという蔓の長さだろう、そ

してなんという高さだ。
雲で出来た白い大地にはところどころに花が咲いていた。木も茂っていた。全ては霞のなかのように茫洋とした淡い

色合いのものばかりで、掴めば消えてしまいそうに果敢なかった。だが、島の中央部の小高くなった辺りに一軒だけ建

てられた家屋は、見るからに丈夫そうな造りをしていた。木肌も整えない黒木のままの木材で乱暴に建てられ、戸には

武骨な鉄の取っ手がぶら下がっている。
あんな家が建っているからには、多分この雲の上は歩けるのではないかな、という気がしたのでサンジはそろそろと足

を雲の上へ下ろしてみた。
思いのほか、普通に歩けた。
さくさくと砂を踏むような感触があり、地上に居るときより身が軽く感じられるほどだった。
島の中央まで歩くと、その家が異様に大きいということに気付いた。
見上げるほどの高い場所につけられた取っ手に、油でも塗ってあるのか虹色の輪がほんのり光っているのを、サンジ

は口をあけて眺めるしかなかった。
手が届くとか、届かないとか、そういう問題ではないくらいに、扉は巨大だった。
すると、次の瞬間、だしぬけに戸が開いて、中から男が顔を出した。
「ん……」
男はサンジに気付いてこちらを見下ろした。
「いや」
サンジは首を振った。
「いやいやいやいやいや……」
男の方も首を傾げていた。
「んん……」
なにやら険しい顔で唸っている。
(いやいやいや……落ち着け、おれ)
サンジは自分に言い聞かせた。目の前の出来事を処理するのにサンジの小さな脳は、今、必死だ。
ちょっとあまりにも常識はずれなほど、男は巨人だった。
男の方でもサンジを見て、
「すげえ小さい奴が居る」
と、驚きを隠せない様子であった。
男は緑の髪、緑の腹巻をして、黒い長靴をはいていた。腰には刀を三本ぶら下げていた。
男はサンジを摘まみあげ、隅々まで眺め回した。
「なんだてめえ、豆みてえにちっこいな」
「なんだと!」
サンジは両手を振りかざした。
「てめえのほうこそ、豆みてえな緑頭しやがって……人を豆とは失敬な!」
「そうだ、おれは緑豆の妖精だ」
男は胸を張って答えた。誇らしいことだと思っているのだろう、若干自慢気ですらあった。
サンジは思わず復唱した。
「妖精……」
「そうだ」
「豆の、妖精」
「ああ、緑豆のな」
わざわざ緑であることを主張している。そこはどうでもいい。
サンジは怒りに震えた。これだけは言ってやらねばならないと思った。
「あのな、クソ緑豆」
真剣なサンジの声に、緑豆の巨人も応えた。
「おう」
「妖精っつーのは、もっと可愛らしいものだ」
「へえ」
「小さくて、可愛くて、愛すべき存在、それが妖精だ」
「……へえ」
「つまり、てめえみたいなデカくてむさくるしいのは、まずもって妖精とかではありえない、おれは認めねえぞ!て

めえがフェアリーちゃんだなんて!」
「まあ、フェアリーじゃねえだろうけどよ」
男はどうでも良さそうに腹を掻いた。もう寒くもない季節なのに腹巻なんかしているから腹が痒くなるんだ、つーか

、あの腹巻、見るからに洗って無さそうだ……なんか嫌だな、などとサンジは考えていたが、ひょい、と緑豆巨人の手

が動き、サンジをその腹巻へ放り込んだ。
「ギャーッ!」
これにはサンジも慌てふためき、どうにか逃げようと腹巻のなかで上を下への大暴れだった。しかしながら、残念なこ

とに腹巻の中での出来事なので、上だろうが下だろうが、どう暴れようと緑豆にとっては然程こたえていないようだっ

た。
巨人は、大切そうに腹巻の上からもぞもぞ動き回る小さなサンジをそっと手のひらでおさえた。
そして
「じゃあ、てめえが妖精だなァ、小せェもんな」
と言うとニヤリと笑って、さも可笑しそうに体を揺すった。
そして、大きな扉を開けて家屋のなかへ入ると、ばたりと扉を閉めてしまった。
あとにはサンジの悲鳴だけが響いた。




(2009年3月発行「アヒルと豆の木」DROOOP+FeCa合同誌より)
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