空色の花 2




目的の地、須郷城は、高台に立つ簡素な城である。規模は小さいが活気にあふれた町をかかえていた。


この城と、利吉の依頼主である隣国の公恵城と、来月半ば、同盟更新の調印式を執り行う事になっている。

互いに軍勢を整えた状態で、国境の出城で城主同士が同盟の意を再確認する。
が、公恵城の背後に位置する国で、その同盟締結の日に合わせ、何やら不穏な動きがあるとの情報が入っていた。

もしそこで須郷がそのその背後の国と密約を結んで公恵を挟撃したのなら、公恵はひとたまりもなく滅びることだろう。
須郷城には当然ながら、公恵城の抱える忍びが潜入していたが、その忍びからは須郷の動きに不穏な報告はなされていなかった。

だが、背後の国の動きに公恵の城主は放った忍びの寝返りを疑った。
新たな忍びを放つにしても、外部から信用のおける忍びを雇うのが最適と思われ、 山田利吉はそうしてこの仕事の依頼を受けたのである。




須郷城に潜入している公恵城の忍は愁葉という名だった。

地味で温和そうに見える彼は長く須郷城で下男として働きながら、城下の仲間に時折情報を流していた。
歳は三十代後半といった所だろうか、中肉中背、美形でも醜男でもない顔立ちは、捕らえ所が無い印象。忍びとしての腕は頗る良いらしい。




「なる程、では同盟締結の日まで、私の補佐と伝令係とし てあなたが滞在する訳ですね」

「ええ、愁葉さんが動けない場合もあると踏んで、大事を とっての殿のご命令です。それだけ殿はこの同盟に神経 を使っておいでのご様子」

利吉は須郷の城下にひととおり探りを入れてから、疑いの持たれている愁葉に会い、城主からの紹介状を見せた。
城下に町人の形をとって常駐している伝令係はいるのだが、忍びとしてはあまり腕が良くないらしい。
利吉はその中間的な立場として仕事をするよう命じられていた。勿論、その裏で、愁葉と須郷の両方を監視する目的がある。

「あなたは見かけないお顔ですが、公恵の忍びではありま せんね」
利吉は同盟に向けて人手が足りないのだと簡単に事情を説明した。公恵の忍は今は多くが怪しい動きをしている公恵の背国に振り当てられており、実際人手も足りていなかった。

人数を頼みにしても須郷の忍びに逆に始末される可能性が高く、実際今までも公恵の忍びは見つかって殺されていた。最後に残っていたのがこの愁葉だったのである。
愁葉は外部の忍が雇われた事に、懐疑的にはならなかったようだ。すんなりと利吉を受け入れる。

「分かりました。ですがこちらも警戒が強くなっていて新 たに働き手を雇う事はしばらく無いようです。まあこん な時に城で働きたがるのは忍だと言っているようなもの ですからね。伝えるべき情報ができましたら合図を出し ておきますから、二、三日置きにでも見に来てください」
なに、特に問題は起きませんよ。と、愁葉は笑った。




利吉はしなやかな身体を潜め、細心の注意を払って、須郷の城内で情報を収集していた。

形の上では愁葉の補佐という役割であるから、独自に情報を集めている事を知られる訳にはいかない。
本当に愁葉は公恵を裏切っているのだろうか。
当然ながら、一流たる忍である愁葉は、話しをしたくらいではその心を読ませない。

利吉は視界にちらりと入った影に気づき、瞬間身を隠した。
須郷の忍だろう。こちらにはまだ気づいていないようだが、今夜はこれ以上の仕事は無理なようだった。



城下では須郷と公恵の動きに反応したように、各国の忍びが様々な形で紛れ込んでいた。
その分、城は警戒が厳しくなっている。流石の利吉も動き辛い。こんな時、一人で任務をこなす事の不便を感じもする。

利吉は、できるだけ理由を作って愁葉と話しをするようにしていた。愁葉の話し方は柔らかな物腰を感じさせもしたが、やはりどこか掴み所が得られない。
忍び仕事の手伝いを申し入れると、最初はやんわりと断られ続けていた。しかしねばっているうち、邪魔をしないのであれば、と、承諾を得る事ができた。



忍び仕事を共にしてみて、愁葉のその外見とは意外な程の鋭い動きに、利吉は目を見張った。

腕の立つ忍びという評は本当だった。

宵闇に紛れて、二人は重臣達の屋敷を調べてまわった。 長い月日をかけて仕掛けたらしい抜け道を使って、愁葉は手際よく屋敷内に侵入した。
真昼には、利吉に的確な指示を出し、双忍の術を効果的に使って手早く仕事をこなす愁葉の仕事ぶりは見事としか言いようがなかった。

しかし、利吉はそんな愁葉の忍びの顔を知る度、土井半助の事を考えてしまう自分に気づいていた。

自分に新鮮な驚きを与えた二人をどうしても比べている自分がいる。そして利吉は意外にも愁葉の活躍に、とある期待を抱いていた。


もし、土井半助のような忍びが他にもざらにいるのであれば、あの呪縛のような想いから、解放されるかも知れない。
ただの過度の憧れであるなら、他にいくらでも同じようなモノがあると分かれば、その関心が薄らぐのではないかと。

愁葉はそつなく仕事をこなした。その手際は同じ忍の先達として尊敬には値した。実際、
利吉は愁葉の裏切りを疑う事を感情的には否定していたのだ。勿論仕事に私情を挟むつもりは無いのだが。

けれど、土井半助と愁葉はやはり決定的に何かが違うように感じた。

「今日はこのくらいにしておきましょう。特に問題は何も 無いでしょう?本国にも散々それは申し上げているので すけれどね」

二人は城下の一軒の細工物屋の奥で、今日の仕事を終えた所だった。この店には公恵の伝令係が店主として常駐して

いる。店主は老齢で、忍びとして歳は経ているが、さして才能も無く、凡夫として終わるを善しとしていた。

「長く務めてこられた愁葉さんの目を疑う訳ではありませ んが、まだ大事な所を見落としているのではありません か」
「利吉どのは働くのがお好きだ」

忍装束を城の下男の小袖に着替えながら、愁葉は曖昧に言葉を濁した。
「肝心の城主の屋敷を調べていないではありませんか」

城の敷地内には重臣の屋敷の他に、城主が日常生活を送るための屋敷があった。愁葉はそこには近づこうとしない。 利吉も一人では忍び込むのは無理と思う程警戒は厳重ではあっ
た。

「あんな所、近づけませんよ。忍び込めそうな所には必ず 見張りがついていますから」
「愁葉さんの腕でもですか?」
その気になれば、時間をかけて、須郷の忍を抱き込んで情報を仕入れる術も愁葉なら可能だったはずだ。
「腕なら利吉どのだって立つでしょう。」
「愁葉さんが良いとおっしゃるなら、探りを入れてみます よ」
「どうにもお若いのに優秀なお方のようですな」
意気込む利吉に、伝令係である店主が、好々爺といった様子で声を掛けてきた。
「ええ、利吉どのは優れた忍びですよ。ちと・・・顔の良 すぎるのが難点ですけれどね」

姿形容貌の良い利吉は、町中で忍び仕事をする場合、変装で地味な顔をわざわざ作る必要があった。

対して愁葉は全体何処をとっても地味な印象である。陽忍である草として生きるのに向いた男だった。

けれど陰忍も陽忍もこなすあの人は、とらえ所がないのは同じなのに、人を魅き付ける華がある・・・。

ふと、気づけばまた想いを巡らせている。利吉は頭を振った。

仕事に集中していよう。そうすれば、あの人の事は考えなくて済む・・・。

思いださなければ苦しくない。

忘れてしまえば、欲しくはならない・・・。


今は須郷城主の屋敷に侵入する仕事に、意識を集中する。口元に薄笑いを浮かべる愁葉に、
その時の利吉は気づく余裕がなかった。

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