「ブロメリア(Bromeliad)」と言う植物をご存じでしょうか? 主に熱帯植物を楽しまれている方を除いて、殆どの園芸愛好家にとっては耳慣れない言葉であろうか、と思います。欧米でパイナップル科植物(BROMELIACEAE)全般の事を総称する際に使われる言葉なのですが、この項では、国内でもそれなりに普及している割には意外なほど知られていないこの仲間について、簡単に紹介していこうと思います。
1.ブロメリア(Bromeliad)とは?
日本国内の園芸愛好家の方々にとって、「ブロメリア科(BROMELIACEAE)」よりは「アナナス科」と呼んだ方が通りが良いかも知れません。最近はこの科に属する代表的な品種として、いわゆる食用パイナップル(学名Ananas
comosus)があるため、「パイナップル科」と総称される場合が殆どです。巷間で「エアープランツ」の通称で販売されているティランジア属(Tillandsia)の植物群も実はこの中に含まれています。また、この科の仲間にはビバリウム(Vivarium)水槽に適した性質を持つ種も多数存在することから、その方面からこの植物達のことを知る方も多いことでしょう。
さて、この科の植物の概要ですが、ブロメリアは北米カリブ海沿岸から中米、南米を中心とした南北両アメリカ大陸を原産とする熱帯植物であり(※注1)、これに属する種数も3亜科56属、2700種あまりにも及ぶ大きなグループを形成しています(03’3月現在)。この仲間の特徴として、先ずは、一部の仲間(ディッキア属など)を除き、ほとんどのブロメリアがロゼット中心部の成長点から花茎を立ち上げ(頂生花序)、開花後に親株が枯死する事が挙げられます。この科の植物の世代交代は、原則的に実生、もしくは開花前後に行われる葉腋(まれに花序)からの分株によって行われ、一回結実性("monocarpic
plant")(※注2)の性質を持つものも多くあります。
(04’現在のパイナップル科分類表はコチラです。)
次に、これらの植物の原生地での暮らしぶりですが、その自生環境を踏まえながら大きく二つに分けると、「樹木等に着生して水分、養分を葉面吸収で得るタイプ(着生種/epiphytic
species)」、「ごく一般的な植物同様、地面に根を下ろして水分、養分を得るタイプ(地生種/terrestrial
species)」の2タイプがあります。また、様々な要因から「切り立った崖地の岩盤上や山岳地域の露岩、岩礫地等を好んで生活する」ことを選択するに至った仲間(岩生種/saxicolous
species)を、3番目のタイプとして加える場合もあります。
以上、これら2タイプ(ここでは岩生種は除外します。)を生活スタイルに基づいて簡単にまとめると、おおよそ下記の表のようになりますが、表中にもあるように、実際には環境やその種類によって、それぞれのタイプの中間的性質を持つものも多数存在します。
(※注1: 唯一、ピトカイルニア属の1種(Pitcairnia
feliciana)のみがアフリカ大陸西岸に分布しています。)
(※注2: 生涯に一度だけ開花、結実し、実生によってのみ、世代交代を果たす。同一個体の増殖が出来ない有性繁殖植物。「一稔性植物」と呼ばれることも。)
水分の主要吸収部位
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タンク
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生活スタイル
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備考
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根 |
×
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地生種
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クリプタンサス属、ディッキア属、ピトカイルニア属など |
根(積極的)+葉腋(消極的) |
×
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地生種
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アナナス属、ブロメリア属、プセウドアナナス属など |
根(消極的)+葉腋(積極的) |
○
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着生種
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エクメア属、ビルバージア属、ネオレゲリア属など |
葉腋から吸収可 |
○
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着生種
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ティランジア属、及びフリーセア属の緑葉種、ラシナエア属、など |
全身から吸収可 |
×
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着生種
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ティランジア属、及びフリーセア属の銀葉種 |
-
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-
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-
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-
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2.着生ブロメリア
ブロメリアに於ける地生種と着生種の最大の違いは、その根の働きにあります。このタイプのブロメリアの根は、機能的に先述の地生種とは大きく異なっており、自身の固着のために優先的に使用される一方、積極的に水分や養分をそこから取り入れる種は、それほど多くありません。これらの仲間は雨水や霧を直接、葉面や葉腋に存在する特殊な組織から吸収することで生活し、なかには効率よく生活するために、環境に適応していく途上で貯水タンクを獲得するに至った、非常に興味深い仲間も存在します。その機能や外観から、これらの着生ブロメリアは、欧米では「タンク・ブロメリア(Tank
Bromeliads)」と総称されています。
さて、そのタンク・ブロメリアですが、最大のポイントは中心部に水が貯まるように上手く組み合わされたじょうご(漏斗)状ロゼットにあります(右写真参照/Aechmea
corymbosa)。このロゼット中心のスペースが貯水タンクとなり、そこに貯まった雨水や、タンク内に沈んだ塵埃などから、成長に必要な水分、有機物を取り込みます。
余談になりますが、この貯水タンクは熱帯アメリカに於ける生態系のなかでもなかなか面白い役割を果たしており、このタンク内の貯水をライフサイクルに組み込み、タンクブロメリアに依存しながら生活している小動物たちが存在します。代表的なものでは、わざわざタンク内で子育てをする珍しい小型のカエル(ヤドクガエルの仲間)が有名です。
次に、着生ブロメリアのなかには、いわゆる「タンク・ブロメリア」とは大きく異なる仕組みを持つものもあります。ティランジア属や一部のフリーセア属に、この仕組みを持つ種が見られますが、これらの植物は貯水タンクを持たず、その代わりに葉面吸収を目的とする、非常に良く発達した鱗片(トリコーム)(※注3)をもち、それを利用して大気中の水分を捕まえ、自らの細胞内に取り入れます。その鱗片を纏った植物の外観が銀色、もしくは灰色に見えることから、この仲間は一般に「ティランジア(フリーセア)銀葉種」(※注4)と呼ばれています。この仲間に関しては別項、「Tillandsiaについて」で詳しく紹介してありますので、そちらを是非、ご覧ください。
(※注3: 英語では"trichome"、もしくは簡単に"scale"と呼ばれることもあります。)
(※注4: 欧米では"Grey-leaved
Tillandsia"と呼ばれます。)
3.地生ブロメリア
食用パイナップルに見られるように、積極的に地面に根を下ろし、ごく一般的な地生植物同様、良く発達した根のシステムを用いて水分や養分を得るブロメリアを、総じてこのように呼びますが、それぞれの植物の自生環境によって、その生活スタイルには大きな開きがあります。プヤ属やディッキア属などのような、”純粋な”地生タイプの植物も多くありますが、上記表中にあるように、地生能力と着生(=葉面吸収)能力が相半ばしたものも決して少なくはありません。逆に、その殆どが着生種で占められるティランジア属の中にもサイアネア(T.cyanea)に代表されるような、殊のほか地生能力に優れた種が多く存在します。
また、地生種の中にはアナナス属(Ananas)のように、自生地環境に適応していく課程で、一般的な光合成のシステムではなく、CAM植物のシステムを採用した仲間が数多く存在します。
更に、このタイプのブロメリアのなかには、特殊な例として非常に驚くべき性質を持つものもあります。厳密には地生種とは言い難い部分もありますが、南米、ベネズエラのギニア高地に分布しているブロキニア属(Brocchinia)のヘクティオイデス(B.hechtioides)とレドゥクタ(B.reducta)の2種は、テーブルマウンテンの山上に自生する食虫植物として知られています。この2種の植物は強烈な日射に曝される上、強酸性土壌で栄養が乏しく、他の植物が満足に生育できないような厳しい環境に敢えて進出し、そこで貯水タンク内に消化酵素を分泌、内部に落下する昆虫や微少な小動物を分解することで、欠乏している栄養分を補います。(※注6)
(※注6: 以前はCatopsis
berteronianaも同様の食虫植物である、とする向きもありましたが、この種はタンク内の貯水に消化酵素を分泌しないことから、現在は食虫植物とは見なされていません。現在、全パイナップル科植物のなかで、食虫植物として認められているのはブロキニア属の2種のみとなっています。)
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