ギルバート×クルーゼ

小説 どにのりんかっぱ4様


■不文律 ■










雨足が強くなってきた。

天候は、プラント管理局が管理しているとはいえ、雨季になると、数日間は雨が降り続く。
午前2時をまわった頃、閑静な住宅街はすでに寝静まり、雨の音だけが静かに響いていた。


ギルバート・デュランダル。
プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの政策秘書を務める若者が、一人暮らしには広すぎるくらいのマンションの自室に帰ってきたのが、午後11時過ぎ。帰ってきて寛ぐ間もなく、明日の議会に提出する資料を作成するため、パソコンに向かっていた。

外気を入れようと、雨が吹き込まない程度に開けられた窓からは、雨音のリズムが疲れた身体に心地よく響いていた。
資料に集中していたギルバートは、外で車のドアが閉まる音に気づき、顔を上げる。立ち上がり、窓際に寄るとブラインドの隙間からマンションの庭を見る。

庭を横切りエントランスへと歩く、見慣れた人影を認めギルバートは身を翻した。





部屋の呼び鈴は沈黙したまま、玄関のドアが小さな油圧の音を立てて開く。
石の床に落ちた雫。床の玄関口に佇む人影からは雨の匂いがした。

雨の中、傘もささずに訪れた人物の髪からもコートからも雫が滴っていた。

「あなたはまた…傘もささずに……。かぜをひきますよ」

ギルバートは、ため息をつきながらもタオルを差し出した。
真夜中の来訪者は、悪びれた様子もなくタオルを受け取り、家の主にそっけなく言った。

「休ませてくれ」

「いいですよ」

突然の来訪に驚きもせず、ギルバートは部屋へ招き入れた。

「その格好でここへ? 尾行されていないでしょうね。あなたは、目立つから」

「誰に言っている」

「おや、失言でしたか。ザフトの白き英雄に対して」

「よくまわる口だ」

「それが仕事ですからね」

来訪者―――黒いスクリーングラスで素顔を隠した男―――ラウ・ル・クルーゼは、濡れた金髪をかきあげた。雫が滴るコートを脱ぎ、髪を拭うと、一人でさっさと奥の部屋へ行ってしまった。

ギルバートの自宅は3LDKで、一人暮らしの男の部屋としては、ちゃんと生活感があった。それは、軍の官舎と違って、住人の個性が出る家財を入れているからかも知れなかったが、それ以上に、日ごろ激務をこなす男が唯一休息できる場所をできるだけ快適にしようと心がけているからだった。
その居住空間に突然入ってきた人物は、室内のことをよく知っているようだった。
―――勝手知ったる他人の家。
クルーゼが呼び鈴も鳴らさず、勝手にドアを開けることができたのは、家の主がカードキーのスペアを渡していたからに他ならない。

家族ではない。同居人でもない。まして、恋人でも、愛人でもない。

友人――という関係からはほど遠い間柄だった。もし、二人がどんな関係かと聞かれたら、ギルバートは曖昧な微笑をし、クルーゼは沈黙を保つだろう。


そもそも、ギルバートにも、どうしてクルーゼにスペアキーを渡したのかよく分からないのだ。どちらが先に言い出したことだったのかも…。ただ、クルーゼが時々隠れ家のように、ギルバートの自宅を使っている。何から身を隠すためなのかは問いただしたこともない。また、その必要もない。
場所を提供するだけで、お互い干渉しない。そうした暗黙の了解がいつのまにかできていた。
お互いの持つ政治的背景のおかげで、私的に連絡をとったり、会ったりすることは一般的にはタブーとされていた。

それでも、交流は続いていた。
一つの秘密を共有する仲だからだろうか。


まるで共犯者のようだとギルバートは思った。






「2時間で起こしてくれ」

クルーゼは、ギルバートの顔を一瞥すらせず、勝手に部屋の奥へ歩いていった。その背中を見送りながらギルバートが声を掛ける。

「おやすみ。よい夢を」

クルーゼが足を止め振り返る。
「嫌味か」

「そう聞こえるならそうなんでしょう」

「…寝る」

ぼそっと言って背を向けたクルーゼに、ギルバートは口元を微かに緩めた。

「どうぞ」


ギルバートは書斎に戻り、再び机に向かう。明日までに仕上げなければならない議会の答弁書の原案にとりかかった。
事前に各関係機関から提出されたデータを見て、いくつかの資料を広げながら、パソコンに打ち込んでいくうちに、扉一つ隔てた向こうの部屋の住人となった人物のことは頭の片隅に追いやっていた。






◇ ◇ ◇

ふと、時計に目をやってそろそろ2時間が経つことに気づく。

ギルバートは疲れた目元を押さえて、一つ伸びをすると立ち上がり、キッチンへ向かった。コーヒーを二人分淹れて、一つを手に持つと、ゲストルームのドアをノックする。

返事はない。

ドアを開けて室内を見渡すと、ベッドの上はもぬけのから。シーツが乱れた様子もないことを確認するとギルバートはため息をつく。
そのまま自分の寝室へ向かい、扉を軽く叩いた。
こちらも返事はなかった。
反応がないことを確かめて、ギルバートは扉を開ける。

見慣れた小さなテーブルと椅子がひとつ。その椅子の背には、自分のものではないグレーのコートと、ザフトの白い制服が重なるように掛けられていた。
苦笑して、皺になりかかった制服とコートをハンガーに掛け直した。
コートはまだ湿っていた。

テーブルの上にコーヒーを置くと、ベッドの住人を見下ろす。
クルーゼが寝ると言って、もぐりこんだ先は、家の主のベッドだった。

「あなたは…まったく……」

自分のベッドを占領した人物を見やってギルバートは、ため息をつく。

ゲストルームももちろんある。だが、なぜかクルーゼは、いつもギルバートのベッドを寝床にする。
枕もとに放り出されたスクリーングラス。そのすぐ傍に広がる金糸。
白いシーツに沈み込んでひとときの眠りを貪る人物の肩が微かに揺れた。

「お目覚めか。時間ですよ」

「……ん」

「コーヒー置いておきます」

ギルバートはそれだけ言って、寝室を後にした。キッチンに戻り、自分の分のコーヒーを手にして、書斎へ戻る。
やりかけの仕事に再び取り掛かった。明日、といっても日付が変わったので、すでに今日だが、午前9時までに議場へ入らなくてはならない。議会の開会前にクラインと打ち合わせもしなくてはいけないから、8時には現地へ行っていなくてはならなかった。

早く仕上げて、1時間でもいいから眠りたいところだった。




プラント最高評議会の議長ともなれば、公設の秘書官の他に、私設秘書を何人も抱えているのが通常だった。
秘書といっても、議長のスケジュール調整や雑務をこなす公設秘書官と違い、ギルバートらは議長の頭脳集団ともいえる政策秘書の一人だった。議長の下で、議案の答弁書や資料集め、政策研究のなどをしながら、政治について学び、いずれは政界に出馬する―――いうなれば、政治家の卵たちだった。
もっとも、議員になるには、選挙で当選しなければならない。ただし、いずれかの陣営に属していれば、その政治的地盤を背後に有利な選挙活動ができるのも事実だ。

ギルバートは、穏健派として戦争の平和的解決を目指し、ナチュラルとの融和を図るクライン派の一員だった。

政策路線から見れば、強硬派のザラ国防委員長の子飼いとも言えるクルーゼと相容れるはずのない男だった。



そのギルバートの自宅を、クルーゼはザラの目を盗んで、しばしば訪れていた。

己の身体を思うままに弄ぶ男の意向に逆らうような真似をすることが、クルーゼには小気味いいことらしい。
今はまだ、ザラに対して従順な態度をとらねばならなかったが、そうした抑圧から解放されて、息抜きをするための隠れ家を持っていることは、ザラに対する叛意を燻らせるのにちょうど良かった。
自分に対して絶対服従していると思っている愚かな男を腹の中で嘲笑うのは、クルーゼの自虐的になりそうな心を少しだけ慰めることができたのだ。

だが、こうしてクルーゼが対立する一派の秘書官宅を訪れていることを知ったら、周囲はどう思うだろうか。
特にパトリック・ザラは。

おそらく、パトリック・ザラとその一派からは、政敵に通じていると思われるはずだ。転向または裏切りと思われても仕方のない状況だと言えた。
それは、ギルバートにとっても同じことだと言えよう。

互いに危ない橋を渡っていたのだ。



そもそも、なぜ、プラント最高評議会内に派閥ができ、互いに牽制し合う状態になったのか。
かつてクラインとザラは、互いに協力し、プラントの自治と独立を勝ち取るために戦ってきた戦友ともいえる間柄だった。その頃は、彼らの下にいる秘書官たちの間にも交流はあった。
プラント理事国家に対して共闘していた頃は、互いに協力してプラントの自治権の獲得と国力の充実に尽力した。それが、戦争へと発展した頃から微妙なずれが生じ始めた。
それは、二人が抱える頭脳集団や部下の間にも広がっていった。

平和的解決を模索するクライン派と、武力による決着を望むザラ派。

二人の決裂が決定的になったのは、C.E.70 2月14日の血のバレンタイン―――
ユニウスセブンでの悲劇がきっかけだった。
クラインは武力による徹底抗戦もやむなしと、黒衣の宣言を行った。
しかし、抜いた刃の収めどころが問題だった。その意見の相違から亀裂は修復不可能なところまで来てしまっている。
ギルバートには、憂慮すべきことだった。

ギルバートは、全くの平和論者というわけではない。それはクラインも同様だ。
必要ならば力の行使も厭わない。
しかし、力が全てとは考えなかった。
『戦争は、勝って終わらねば意味が無い』そう言ったザラの考えに同調はできないが、
「力」を真っ向から否定することもできなかった。


ギルバートにとっては、争いが無くならないから、力が必要なのだ。


「力」は手段。

平和な世界に至るまでに必ずとらねばならない手段だった。





ギルバートは、クルーゼを思う。

まるで、その「力」の象徴のような男。
戦場ではMSを駆って華々しい戦果を挙げ、部下の信頼も篤く、艦隊指揮においても並ぶものはいないほどの知将。
人が羨むような能力を持ちながら、彼自身は「力」に固執していない。
彼の存在を知ったとき、感じた微かな違和感と喜び。

何ものにも固執しない。

他人にも、物にも、富、名声にも―――それは、世の中全てを見下しているように見えて、苛立ちを感じることがあった。
しかし、それ以上に、彼が何ものにも惑わされることなく、切り捨ててきた数多くのしがらみや過去に対して、胸がすくような爽快感と共に鈍い痛みを得た。
そして、未来までも切り捨てるかのような彼の決意に隠微な悲愴感が漂うのを見た。

―――危険。
自分が政界で生きていくには、この男は危険だと本能が告げていた。

―――破滅の匂い。
彼自身がまるでそれを望んでいるかのような……。
近づきすぎれば、その流れに巻き込まれてしまう。そんな予感があった。
―――にもかかわらず、彼から目が離せない。




ギルバートは想う。

彼の世界は、閉じていないか。

この世界は、すでに彼の中では完結した世界―――終わってしまった世界ではないのかと、漠然とした疑問をもった。

彼の目には、この世界はどんな風に映っているのだろう。



多くの謎を抱えている男。


その謎の一端を知ってしまった自分ですら、立ち竦むような彼の激情を。
知ってしまった自分はどうすればよいのか。





―――答えはすでに出ていた。










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