ナオちゃん

若い頃の私は、自分探しに必死で、相手を思いやる事を知らなかった。
自分の心に正直であれば、一点の曇りもないのだと思い込んでいた。
自分の考えが、間違えている事など想像もつかなかった。
だから、質が悪い。しつぺ返しも当然貰った。

食べ盛りの高校生の頃、2つの弁当では足りなくて、昼食時、パンを買って食べていたが、お米の美味しいお弁当を持ってくる、部活の同級生の所に通い
少し分けてもらっていた。彼女のお弁当のご飯は、白米がピカピカ光って、私の麦入りご飯が、不味い物だと教えてくれた

高三にもなると、部活も引退になるので冬休み、
連れ立ってチョコレート工場にバイトに行った。
ある日、お財布を忘れ、帰りの電車賃をその友に
貸してと言ったら、断られた。
『僅かなお金なのにーなんで?』と少し考え、
答えを導いた。

怒っていたのだ。
毎日せがみに来る私に怒っていたのだ。
よくよく考えれば分かる事。
彼女も私と同じ食べ盛り。      
私だけがお腹が空いていたのでは、ないのだ。
電車に乗って1時間30分の距離を、半日掛かり
夜中近くに家に着いた。相手の痛みを身を持って
知った貴重な出来事だった。
少し大人になってナオちゃんと知り合った。
ナオちやんは絵で食べて行きたいと親元を離れ 
頑張っていた。私も応援したくって張り切った。
張り切り過ぎたのだ。ナオちゃんが結婚したいと
言った時「絵を諦めるのか!」と猛烈に攻めた。
私の威力に押されたのか結婚は流れた。
しばらくは、何時ものようにナオちゃんのアパート        
に 足しげく通った。3ヵ月後ファミリーレスト
ランで「お願いやからもう来んといて」と言われた。
人は誰でも嫌なものは嫌だと言うものだと思い
込んでいた。嫌でも言えない人も居るんだと
その時初めて知った。でも何だか悲しくて
人目も憚らずハラハラと涙が零れた。
泣くだけ泣いて、スッキリしたら
「今までゴメンネ」と言えた。
土足でナオちゃんの人生に入り込んでしまった。
人の人生はその人のもの。

自分の人生を探しているはずが、
楽をして
自分の人生を生きるのを忘れていた・・・・

若き日の苦い、苦い思い出でした。
あーっ クワバラ、クワラバ。


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