
今、ワールドカップを夢中で観ている。やっぱりバレーボールは面白い。私の時代は高校からは9人制から6人制に変つた時で、ぐるぐる回るコートでは、チビにはお呼びが掛からなかった。それでも何処か自信のあった私は、親友みたいに、すぐにレギュラーになれると思っていた。新人戦の時使ってもらって、サーブも決め怖いものはない位自信たっぷりだった。だけど、交代させられた。それ以来いくら頑張っても、チビは相手にされないのだと、思い込み練習をサボった。基本のパスもサーブもサボって、ふてくされてボール拾いに甘んじた。親友は,そこでもすぐに
エースになり取り残された私は、他の取り残された部員と一緒に親友を仲間はずれにした。
それでも親友は一人、一生懸命練習に励んでいた。気がついたら取り残された仲間は皆辞めて行き、辞めるに辞められない私だけが残った。2年生になり親友はキャプテンになっていた。夏休みの練習の時、顧問が何かの用事で、来ない時があった。サボリ癖の付いた私は「練習はいやや」とキャプテンを困らせた。私は、彼女に機嫌を取ってもらって「いいから、やろうなー」と言ってもらえるものだと思い込んでいた。堪忍袋の緒が切れたのか、彼女は練習を放棄した。
悪い事は、すぐばれる。顧問がやって来たのだ。
顧問は「何故、練習をしないのだ!」とキャプテンを
問い詰めた。私はドキドキした。彼女は問いに答えず
顧問の顔を真直ぐ見て「すみません!」を繰り返した。
その顔が何だかとても綺麗で見とれてしまった。
顧問は制裁として彼女に、地獄のレシーブを決行した。
私は顧問にボールを渡しながら、「ファイト、ファイト」
と叫んだ。帰り道、親友は恨み言も言わず何時ものように
手をつないで、一緒に帰ってくれた。
何かに真剣に打ち込んでいる人は、私みたいな
ザコでも許してくれるのだ。そして身をもって
大切な事とは、何かを教えてくれる。
しかし、分るのが遅すぎた。サボリにサボった
私は、基本が出来ずスランプに陥った。
あんなに得意だった、サーブも怖くなり
たまに交代で、サーブを打った時ヘナヘナ
ボールが味方のコートにヘナヘナ落ちた。
「ビビリ、ビビリ」と大きな野次が飛んだ。
自業自得。何度も味わう自業自得。
56歳になっても、自業自得、自分が撒いた種は
きっちり罰として返って来る。
死ぬまでには良い子になろう思う。

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