
高三の終わり、やっと特待生と言う呪縛から解き放され、私は自由になった。何を思ったのか、生まれて初めて図書館に行った。これまでの授業中、まともに先生の話を聞かず、ままごと遊びをしていた私が本を借り、寝転びもせず机の上で一気に読んだ。石川達三の「あすなろ」。感動した。本の面白さを知って、必死になって読み漁った。気が付けば卒業を迎え、就職活動が始まっていた。親友はバレーボールで実業団に進み、何時もの私なら、金魚の糞みたいに付いて行くのだが,本を読んで何か感じたのか、もうそろそろ独り立ちをしょうと決意した。親友に出会うまでの私は、狼に育てられた子供みたいで感情は湧くが、それを理論で説明する事が、出来なかった。彼女は高校の三年間、練習の帰り道、私が感じた感情を、分りやすい言葉にして「考える」と言う事を教えてくれた。毎日が新しい発見だった。彼女は私の心の恩師だ。生徒の私は松下の工場に就職し、あれだけ避けていた、バレーボール部に自分の意思で入部した。そして、次なる親友を探した。頭が良くて背が高く、綺麗な子を探した。一人居た。彼女は文学少女だったが、私は得意なバレーボールで,彼女を部に誘い友達に成る事に成功した。しかし後々、その友に感銘を受けた事が私の
人生を長い間,勘違いの人生にしてしまった。
会社の食堂で人気のパンがあり、すぐに売切れ
てしまうので、その日は早く用事を済まし急い
で並んだ。すると、後から来た友が、私の前に
スッと並んだ。ビックリした。「私のほうが先
やん!」と言ったら「だってあのパン食べたい
もん」と言った。衝撃を受けた。当時、根性ドラ
マが流行っていて辛抱、辛抱が当たり前の風潮に
、小さな箱に入れられた様で私の心は、何かに
束縛されて苦しかった。友の自己主張は、そんな私
の心をスッキリさせた。横入りは良くないが、自分の
思ったことを堂々と言った友に新鮮さを感じ、私は
感銘を受けたのだ。それ以来私は、奥ゆかしさ、思い
やり、謙虚を置き去りにした。バレーのコーチが
恋愛話をしていた。当時潔癖だった私は、皆の前で
「もっと真剣にバレーに打ち込んで下さい」と
言ったら次の日コーチは来なくなった。
職場の主任が優しすぎて皆に注意をしないので
親睦会の席で「もっと、シッカリして下さい』と
発言したら主任は泣いてしまった。私は思った事
を正直に言っただけなのだが相手はバタバタ倒れた。
綺麗な友はとっとと結婚して、誰からも相手に
されない私は一人でバレーの自主練習をした。
クリスマスの夜、誰も居ないコートの回りを何十週も
走った。ひとりぼっちは寂しかったが、それでも私は
思った事を言い続けた。

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