55・フィンセントゴッホ一番!

ゴッホ一番!



ロンドン・ナショナル・ギャラリーの『壷のヒマワリ』

 

 ゴッホの一番の傑作は、何か?それを決めるためには、描かれた油絵を全部観ないことには結論はでません。でも、今まで観た中で、一番『う〜ん、これは凄い!』と唸った作品は、これでした。



 そうです。私が選んだ一番は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの『壷のひまわり』です。
勿論他にも、オルセー美術館で観た『自画像とガッシュ博士の肖像』『オーヴェルの教会』・『ローヌ河畔の星空』とか、メトロポリタン美術館でみた『糸杉』とか、同じくロンドン・ナショナル・ギャラリーの『ゴッホの椅子』とか、自分の中でセンサーが鳴ってビビッとくるものはあります。


 私が『ゴッホ作品』を生で観たのは、思い出す限りでは、オランダではアムステルダム国立美術館(2回)・ゴッホ美術館(2回)・クレラーミュラー美術館で、フランスではオルセー美術館(2回)、イギリスではロンドン・ナショナル・ギャラリーとコートールド・ギャラリー、アメリカではワシントン・ナショナルギャラリーとメトロポリタン美術館、さらに日本では、一昨年年の兵庫県立美術館のゴッホ展、ひろしま美術館・国立西洋美術館・ブリジストン美術館・損保ジャッパン東郷青児美術館だけなので(昔に観ているかもしれないが・・・)、自分の選択が必ずしも正しいとは思っていません。

 ただ、自分を擁護する記載として、兵庫県立美術館のゴッホ展のカタログに、このように書かれていました。

 晩年ヨー(テオの妻)は、展覧会に貸出はしたものの、ほとんど売却はしなかった。そして彼女の30年におよぶ努力の極みは、1924年1月、ロンドンのナショナル・ギャラリーへの《ひまわり》の売却であったであろう。ヨーはそれまで、この絵画を決して売ろうとはしなかった。しかし、最後になって彼女は考えを変えたように思われる。彼女はこの売却について次のように書いている。「フィンセントの栄光のための犠牲」と。(カタログ・52ページ) 


 ヨーが亡くなるのが、1925年です。私は、彼女が自分の死期を察して、最後の仕事をしたのではないかと思います。ゴッホの最高傑作を、最高の美術館に、と考えたのではないでしょうか?勿論、これは私の身勝手な憶測です。さらに、『壷のひまわり』は、最低2作品(ゴッホ美術館のものとナショナル・ギャラリーのもの)とは手元にあった、ことも手放しやすかったかもしれません。また、ガッシュ博士の遺族が所有していた作品など、すでに、彼女にどうしようもなかった作品もあります。


 別に一番を決める必要もないかもしれません。ただ、この作品は、他に追従しない、何かがある気が私にはします。

 次のページでは、『ゴッホの椅子』について述べたいと思います。