スプリング ナンバー ワン
第4話 ゾロの回想





ゾロにはくいなと言う名の幼馴染がいた。
女のくせに短く切った黒髪が清清しいほど美しい、勝気な少女だった。
ゾロより7つも年長だったが、姉弟のようにと言うよりは、同輩のように仲良くした。
くいなは、ゾロと同じ剣術道場に通っていた。村で一番剣術が強かったし、学校の勉強も村で一番良く出来た。いつも瞳に強い光を宿していた。
村の少年たちは「なまいきだ」と口では言いながらも、皆、彼女に羨望の眼差しを向けていた。この辺りの女にも似ないほっそりとしたその姿に、淡い思いを抱く者も少なくなかった。
ゾロも、必要以上にくいなに突っかかってしまう自分を自覚していたし、そのことを大人が知ったふうにからかうのを、時に腹立たしく思いながらも、くすぐったく、喜ばしいことのように思っていた。
ゾロが小学校へあがる頃には、くいなはあまり真面目に剣術の道場に来なくなっていた。
「力では、すぐに男の子に負けてしまうからね」
道場に来なくなった理由を問い詰めたゾロへ向かって、彼女は諦めと、まっすぐな意志とを孕んだ言葉で答えた。
くいなは女学校へ行きたいと言っていた。
しかし、小学校を出てすぐに嫁入りが決まった。
村には女学校など無かったのだ。
くいなの両親は愛情深い育て方で娘と接してはいたが、若い娘を遠くへ学校にやるなど、旧家の故に考えもつかなかった。
嫁入りの噂がながれてから数日したある日、くいなはゾロを散歩に誘った。
草の芽や木の実をちぎってはあれこれ言いながらそぞろ歩きをする彼女は、まるきりゾロと同じ、子供のように見えた。
これが、近いうちにどこぞの男と夫婦になるとは、とても信じられなかった。
その頃ゾロは、夫婦になる男女は裸になって互いの身体をまさぐったりするのだと、年嵩の連中に聞かされて知ったばかりだった。
そんなことを、くいながするのだろうか。
信じられなかったし、厭だった。
くいなは知っているのだろうか、と心配した。自分が最近に知ったばかりのことであったために、ひょっとするとくいなは知らないのかもしれない、とゾロは案じていた。
何も知らずに縁談に応じてしまったのではないかと。
時刻は夕暮れだった。
男勝りに竹刀を振り回していたはずのくいなの横顔には傷一つ無く、まるみのある頬にはいつもと同じようにほのかに朱が差していた。
子供の頃のことなので、どんな会話があったのかは既に記憶にない。
だから何故そんな話になったのか経緯は覚えていないが、あの時くいなは
「ねえ、ゾロ、あんたが私をお嫁にもらってよ」
と言った。
「あんたならいいと思うのに」
と。
それを聞いてゾロは、くいなが嫁入りに乗り気でないことを知った。
そしてそのことに安心した。
彼女がまだ自分たちの仲間であるように思えたのだ。
だがゾロはくいなと夫婦になったりは、勿論しなかった。
大人になってからという話ならゾロもあの時に人生の分岐点を迎えたのかもしれないが、くいなの口ぶりは今日明日にでも貰ってくれというようであった。そのため、ゾロにはどうとも出来なかった。くいなは7つも年長だった。ゾロはまだ8歳であった。ゾロの分岐点は、まだ先延べにされた未来にあった。
ゾロとくいなは、同じくらいの子供では、なかったのだ。
隣りの村へ嫁入りをする日、他の子供らと一緒に門口に立って行列を見に来たゾロへ、くいなは言った。
「あんたは、一番上の学校へ行ってよ」
花嫁衣裳よりも、白塗りの面よりも、その一言が鮮烈であった。ゾロは彼女の叶わぬ願いを知った。けれど、どうにもしてやれなかった。
そのままくいなは良家に嫁いで、それなりに幸福に暮らし、嫁入りを厭っていたのがウソのように、女の顔をして、家事をとりしきり、子供を産んで、ある日あっけなく事故にあって若くして死んだ。
彼女の夭折によって、彼女の一言がゾロにとって約束の言葉となった。
つまり、一番上の学校へゆくために、ゾロは随分努力したのであった。
彼女より余程頭の切れは悪いと自分でも自覚していたが、一度決めたらやりとげる性格なので、成績は悪くなかった。きちんと、約束を果たすことができた。

ゾロが最後にくいなに会ったのは、くいなが赤ん坊を産むために里下がりしてきた時だった。たまたま彼女の家の前で出くわした。
ゾロは9歳、くいなは16だった。
腹のふくらんだくいなを見たくなくて、ゾロは走って逃げた。
何故そうしたのか自分でも分からなかった。
今でも分からない。
くいなは騙されたんだと思った。無理矢理孕まされたのだと思った。
そうでなければ、一緒に遊んだ、仲間だと思っていた時間が、消えてなくなってしまいそうだった。
くいなは相変わらず細い手足をしていたが、髪も少し伸びて、全体にふっくらと優しい印象に変わっていた。
まるで母親のような顔つきだった。



そういう理由で、ゾロは、そういう話に弱かった。
自分が子供であったがゆえに、幼馴染の少女を守りきれなかったような、複雑な罪悪感が残されていた。

サンジは今はすっかり機嫌を直して、行き場のなくなったお茶を偉そうにゾロに勧めている。
「外国に行ったっつー船乗りに貰ったんだ!」
と胸を張って言う。
その得意満面の顔は、子供のようにアホそうだった。それも人間の子供じゃない。アヒルの子供くらいアホそうに見えた。だってなんか唇をとんがらかしている。よほどこの珍しいお茶を披露したくてうずうずしていたらしい。
こんなに単純なら、こいつは実際童貞なんだろうなと思った。
何だか急に、こいつの純心を守ってやらなくては、という気分になった。
冷静に考えれば、自らの発想がおかしいということに気付くことが出来たはずであるが、生憎ゾロは冷静さを失っていたのであった。



← →



04/09/08
TEXTtop


またサンジは童貞なのか……?
てゆうかサンジは妖精だからキャベツとかから生まれたんだと思う。馬鹿なゾロ。(え?)