スプリング ナンバー ワン
第17話 残りの日






それからの一ヶ月は穏やかに過ぎた。
サンジはゾロの好物ばかり作ったし、洋行の準備で忙しいゾロに毎日弁当を持たせてくれた。
そしてヒマさえあれば、抱き合った。
ゼフが留守にしているときは意識してそうしたし、それ以外のときにも、息を潜めるようにして、そうした。
最初の頃よりも慣れてからのほうが、サンジは声を堪えるのが大変なようだった。
コトの最中に我を忘れそうになると、サンジは無意識に首を振る。眩暈のように目の前が翳むのだと言っていた。
その仕種を合図に、ゾロはサンジの口を塞いだ。
そうするとサンジは鼻から小犬が甘えるみたいな、くんくん言う声だけ漏らす。
それを少し可愛いな、とゾロは思っていた。



ある日、サンジは縁側に腰掛け、裸足の足をぶらぶらさせながら、やけに毛羽立ったぶち猫を膝にのせて構っていた。猫はすっかりサンジに懐いている。
「もうすぐだな」
「ああ」
「あと幾日だ」
「…………」
「船で行くんだろ」
「たりめーだ」
「だな……」
あーあ、とサンジが両手を後ろについて上体を仰け反らした。大きく揺れる膝の上を居心地悪く感じたのか、猫はのっそりサンジの膝から下りる。よく見ると前足がやけに太い。洋猫の血でも混ざってるのかも知れない。
「船ね……」
サンジが目を細めると睫毛が長いのが良く分かった。
「オレさ、船の中でジジイに拾われたんだ」
何でもないことのようにサンジは話し出した。
彼の話はこうだった。
以前ゾロがナミから聞いた通り、若い頃のゼフは各地を船にのって旅しては写真を撮って暮らしていた。
それがある時、混雑した船内で、置いてけぼりになっている幼子を見つけた。まだ数えで3つかそこいらの、黄色い頭をした青い眼の子供だった。
船が目的地に着き、一斉に乗客が下船している最中だったので、こんなごたついた中じゃ親とはぐれたんだろうな、とゼフはぼんやり考えた。
そのうち慌てた親が迎えに来るはずだ。子供一人のことなど、正直さして気にとめてはいなかった。ただゼフは偶々足が悪かったために混雑を避けて最後に下船しようとしていた。その真正面に子供が座っていた。だから目についた。それだけだった。
次第に船室は人が減り、ざわめきも遠くなり、殆どからっぽになった。
最後に残されたのは、ゼフとその子供だけだった。
故意に置き去りにされたのだと漸く分かった。
しばらく待ったがついにその子供の保護者は現れなかった。
ゼフはその子供を引き取ることにした。
それがサンジだ。



猫は縁側の端まで避難して、熱心に自分の尻を舐めていた。
コイツもああやってあらかじめテメエで柔らかくしといてくれたらすぐ突っ込めんのになあ、とゾロは考えていた。考えるだけで口には出さない。恐ろしい結末になることが予想されるからだ。
サンジはまだ縁側に座って足をブラブラさせている。
ゾロは何となく分かったような気がした。
サンジはすぐ船にのって出かけようとしたり、ゼフの夢が船乗りだと知ってその夢をかなえたいと思ったり、そうかと思うとジジイを放り出してはおけないと言い張り、遠くへは行かない、その根本が、見えたような気がした。
サンジはいつでも他人に与えようとする。
そして差し出したものを相手が受け取るのを見て安心する。
そんなものは要らない、自分の好きなようにしろと言われたら、彼は戸惑い、悲しむだろう。
彼はいつでも、不必要なくらい、心細いのだ。
畳の上にサンジの影が落ちていた。
サンジの上へ、ゾロの影が落ちる。
ゾロは屈んでサンジと唇を合わせた。仰のいた頭を抑え、頭上から顔を合わせたのでサンジの顎がゾロの目の前に来た。上下が逆さまだったが唇はお互い二枚なのできちんと合わさった。柔らかかった。そして暖かく湿っていた。
さらりと流れた黄色い髪は、徐々に低くなり、やがて畳の上へことりと置かれた。
上下反転の姿勢で顔を合わせたまま、ゾロは手を伸ばし、服の上から薄い胸を探った。何度か大まかに撫でるうちに、敏感な部分だけはツンと尖り、ああここにあったか、と手のひらで感じられるようになる。
「……んん、ふ」
鼻から抜けるような甘えた声をサンジが出す。
舌で口の中を探りながら、ゾロは力をいれすぎないように加減して胸の尖った部分を摘んだり擦ったりした。暫らく続けるとサンジが顔を逸らしてくっつけた唇を離そうとする。ゾロがそれをしつこく追うと、ついには手を出してゾロの額を押しのけた。
「ぶはっ、息苦しいだろーが……」
サンジはおかしくてたまらないというふうに笑っていたが、語尾は掠れて余韻を残した。そしてまた気持ち良さそうに目を細める。
ゾロはサンジが焦れて手のひらを結んだり開いたりしだすまで根気良く乳首を弄り、もうやめろよ、と言われると今度は言われたままにその手を止めて一旦横たえたサンジの身体を起こし、シャツのボタンを外し、向かい合って首筋から腰までを丹念に舌で辿った。
サンジと寝る時には、ゾロは目新しいことを持ちかけるよりは、そうやって同じ手順を繰り返し与え、安定したやり方で抱いた。
ゾロはあまり感傷的なことは好まなかったが。
忘れないで欲しいという気持ちがないわけでもなかった。そのくらいは自覚していた。



腰の辺りへ丹念に舌を這わすと、サンジはいつも左右に揺らすように腰を捩る。
焦れったいのだろう。
あまりキツい思いはさせたくないので、それに気付くとすぐにゾロは手を伸ばし、固くしている性器に触ってやる。触れた瞬間にサンジは
「んん」
と首を振る。
根元のほうから先へと向かって力を抜いた指で擦り、その指で辿ったあとを追いかけるように舌で弄る。
足の間に顔を埋めてしまうと、ゾロがサンジの口を塞いでやることは出来ない。
垣根の向こうはすぐに下りの斜面になっていて、藪と雑木が続くばかりで人に知られる気使いは少ない。
それでも開け放った縁側へ声が響くことを気にしてサンジは唇を噛んだ。
途中でゼフが帰ってくるのではないかという考えがちらりと脳裏を掠めはしたが、最早ここまでくるとさらりとした手触りのこの痩身を手放し難かった。
サンジの髪は黄色いが、下の毛もやっぱり黄色で、柔らかい。自分のものとは随分違うと思って、ゾロはそこを興味深く指で梳く。何してやがんだ、とサンジは小さな声で呟くが止めろとは言わないので多分心地良いのだろう。手で下の毛を掻き混ぜながら袋のほうも揉んで、口では、ちゅ、と音をたてて先端に吸い付くと白い腿にぐっと力が入る。その足にはしっかりとした筋肉がついていて、やっぱこいつは男なんだな、と実感するが、考えてみれば自分のものと同じ形状の性器を口で吸いながらそんな感想もおかしなものだと思った。
「おい、イきそうか」
「ん……うん」
あけすけな質問にサンジは困ったように視線を泳がせたが、律儀に答えた。
「入れっか?それとも口でイかせてやるか」
「…………」
「おい、どうするんだ」
「…………」
「おい」
「……入れてください」
「おう」
にっかりとゾロは笑った。得意満面の顔だった。
両足を持ち上げられて、ぐ、と後ろの穴に指を差し込まれた時も、サンジは唇を噛んで声を堪えた。気持ちがいいのか、苦痛を堪えているのかその表情からは判別がつかないので、この瞬間がゾロは苦手だった。
縁側の向こうには青空が広がっていた。
何しろ庭の垣根の向こう側は下り斜面で視界を遮るものが何もない。斜面の下には藪と雑木と神社の境内が続く。
サンジは左右に開いた自分の膝頭の向こうに真っ昼間の空が広がっているのを、何となく変だなあ、と思った。
部屋の外で裸になっているようで、何とも言えず恥ずかしかった。
今や身に付けているのははだけられたシャツくらいだった。
「なあ、オレの側から見ると外でヤッてるみてえなんだぜ」
ゾロにそう伝えると
「アホか」
と呆れた声で返された。
「へへ……」
目を細めてみせたら、ゾロはぎゅっとサンジの背を抱いて、これまでの緩やかな動きから切り替えて、激しく腰を打ち付けてきた。
あ、もうイく気か、と思ってサンジも深く、ゾロの身体の動きへ意識を集中させた。
絶頂の瞬間は楽しみでもあるし、残念でもある。
(あと何回ヤれんだろ……)
全身にぎゅうっと力がこもり、自然と腰が浮いてしまう。
一層深くにまで押し込まれ、これ以上ないくらい奥まで押しつけられて、
(あ、ゾロがイく)
そう感じてサンジもじわっと身体のなかが熱い感触でいっぱいになるのを感じた。いっぱいになり、勢い良く、それは迸る。
(気持ちィーな……)
ひくひく震えながら精液を自分の腹の上に吐き出して、サンジは薄く目を開き真っ昼間の空を見ていた。
(そういや猫どこいったっけ、見られたか、やべー、猫に見られるのって何て言うんだ……獣姦?……なんか違うな……)
射精しながらの思考は、あまり知的ではなかった。



「……?」
ふと、サンジの上にだらしなく覆い被さったままでいたゾロが顔をあげた。
「どうした」
「いや、なんか玄関で音……」
「マ……」
マジで?と口にするより早く、確かに玄関の扉の開く音がした。続いて歩み入る足音も。
そして聞きなれた声が響いた。
「帰ったぞ」
「ジ……」
ジジイ!と、サンジは叫ぶところだった。
辛うじて思いとどまった。



ゼフが扉を開くと、開けっ放しの居間へ続くドアの向こうから風が吹きぬけてきた。
扉が開いたので風の通り道になったらしい。
ぱたんと開けた扉が閉じると、出口を失った風は止み、代わりにガラガラ音をたてて扉の上に括られた鈴が鳴った。
家の中は静かだった。
「……?どうした、誰もいねえのか」
ぎっ、と床を軋ませてゼフは玄関へあがった。
「おい」
家の奥へもう一度呼びかける。
「あ、じ、じ、じ、ジジイ」
サンジが居間のほうで応えた。
どうやらそちらに居るらしい。だが様子がおかしい。
不審に思ったゼフが居間に入ると、縁側にサンジが座っていた。
サンジはこちらに背を向けていたが、どうした、とゼフが声をかけると、外を向いたまま背中越しに
「え、どうもしねえよ?ず、ずっと猫と遊んでた」
「猫?」
見たところ猫なんかどこにもいなかった。
「じ、ジジイが急に帰ってきたもんだから、どっか逃げちまった……」
言い訳するようにサンジは視線を泳がせた。
ゼフからは見えなかったが、その掻き合せて羽織られたシャツの腹のあたりは、つい先刻出したままの精液で濡れてはりついてしまっていた。慌ててそのままシャツを着てしまったのだ。
(クソ、気持ち悪ィよ、あのクソ学生……)
てか、振り向けねえよ、やべェ……
ちょっと寒くなるくらい全身から冷や汗が吹き出た。
だがサンジの挙動不審は今に始まったことではないので、程なくしてゼフは仕事のために二階へ上がっていった。
口から魂が出そうなくらい脱力した。
(あのクソ学生め)
などと意味もなく心の中でゾロを罵倒してみたりして気を紛らわせた。
ゼフが居なくなるのを見届けてから、サンジは汚してしまったシャツを脱ぎ、ものはついでとゴシゴシ腹の上もぬぐってから立ち上がった。
そして縁側にタライを出し、おもむろにそのシャツを洗い出した。
ついでに怪しまれないよう、他の洗濯物も洗った。
隠蔽工作だった。
段々気分がノッてきて猫も洗おうかと思ったが、いつの間にか猫は居なくなっていた。



ゾロは縁側から庭へ逃れ、そのまま玄関脇の書生部屋のほうへ回りこみ窓から室内に入った。陽射しの差し込む縁側に較べればその屋内は影になって暗く、目が慣れるまでの時間、板張りの床の上へぼんやりと佇んだ。
部屋の隅にはたたまれた布団が二組ある。
あの日、ナミの家から帰って来たあと、結局サンジはもう一組の布団を復旧させた。
何がどういう理屈なんか分からないが、「これはケジメってもんだ」とサンジは言っていた。
まあどちらにせよ、何故布団が一組になったのか、その時点からわけが分からないので、別に異存は無い。
サンジとゾロの考え方は全く違っていた。
そのことはここで暮らした短い間にも身にしみて分かった。
ゾロはサンジがそれで自由に船に乗れるならと思って写真館に残ると約束した。今でもその約束を守るつもりはある。
2年の留学中に何がおこるか分からないし、サンジとの関係だって2年もたって帰国して今のまま変化しないとも限らないが、たとえそうだとしても約束は約束だと思っている。
だがサンジにとっては、2年後もゾロが自分に惚れてるかどうか、その一点に全ての顛末が関係するものと捉えられているらしい。
そして、心細い思いをしている。
(馬鹿馬鹿しい)
とゾロは思った。
約束した、それで全てじゃないか。
誰もがあいつを応援してるんだから、夢だってかなえりゃいい。
だがサンジにとっては、そのへんは問題ではないのだ。
サンジにとっての問題点は別の場所にあるらしいのだ。多分それは、いたって情緒的な問題だ。
同じ事象を前にしても、問題点の取り方が違えば折り合うことは永久にない。噛みあっていないのだから当然である。
(……くそ)
床に足を投げ出して、どっかりとゾロは座り込んだ。
(オレは戻ってくる……信じろよ……)

ほの暗い、部屋は初夏の風で心地よく、事後の疲れは若い身体を眠りへ誘った。
庭にはサンジの干した洗濯物が並んだ。



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05/7/7
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あと一話のつもりです。おわんねー!