スプリング ナンバー ワン
第13話 二度目






ナミと別れたあと結局ウソップと二人して飲み屋へ移動し、夜更けて帰宅すると一つの布団の上に枕が二つ並んでいた。
「ようこそ帰って来やがったな、何時だと思ってらっしゃるクソヤロウ」
唸るような声が布団の中から聞こえる。
「ま……待ってたのに……」
ずび、と鼻を啜る音も聞こえた。
もそもそと布団が動くと中からサンジが顔を出し、睨みつけてくる。ぎゅっと引き結んだ口許は果てしもなく雄弁に彼の不機嫌を物語っていた。
わけもなくゾロはたじろいだ。
「あー、今日はウソップ達と飲んでた……」
とりあえず遅くに帰宅した言い訳をしながら、ゾロは思考をめぐらす。
待ってた、ってのは何の話だろう。何か約束をした覚えはなかった。あと、どうして布団ひとつに枕が二つなんだろう。
サンジはゾロの書生部屋に我が物顔で自分用の布団を持ち込んで二つ並べて敷いていた。寝てる間にゾロの布団にもぐりこんで手足を絡めてきたりしていた。それでも二つの布団は二つの布団であって、決して一つの布団ではなかったはずだ。一体何がどうなると一つの布団に枕が二つになるのか、それではどうやっても一つの布団に二人の人間の割り当てになってしまうではないか。
「おい」
顰めツラをして、ゾロはサンジへ声をかけた。
「なんだァ?」
やるかコラ、と言い出さんばかりの気迫を目にこめて、サンジが応えた。
「狭ェぞ、これ」
「…………」
「てめェの布団は何処行きやがったよ」
「…………」
夜目にも、すう、とサンジが首筋まで赤く染めるのが分かった。
彼は何故だかモジモジしながら答えた。
「だって……もう要らねえだろ……」
「あ?」
「要らねえだろ、オレの分の布団……」
「なんで?」
尋ねながらゾロは気分がザワついて仕方がなかった。
何故サンジの布団が不要になるのか。この書生部屋は今やサンジの部屋でもあるのに。
(船に乗るのは夏ごろって話じゃなかったのか?)
まだ早いはずだ。
出航が早まったのか?
「だって」
だが、サンジの答えはゾロの懸念とは全くかけ離れたものだった。
「い、いっしょに、寝んだろーが」
「……?」
なんだ?
話が飲み込めねェ……
ゾロが呆気にとられていると、もぞりと布団からサンジが這い出て、起き上がり、ゾロと向かい合った。そしてバツが悪そうに視線を逸らしながらも、おずおずとゾロの手をとった。少し冷たい、細い指をしていた。だがその動きになよっぽさは無く、どこまでも節ばった男の手であることを実感させた。
いつも下着だけで寝ているサンジが今日は珍しく夜着代わりの浴衣を着ていた。
肩口に額が押し付けられる。洗い髪の匂いがたまらなかった。
何故こんな唐突に、まるで自然の成り行きであるかのように擦り寄られるのか、ゾロは展開についてゆきそびれたが。
それでもやはりサンジの身体が胸の中に収まると、うっかり股間が熱くなってしまうのだった。どうしてこの男にこんなにも簡単に欲情してしまうのか分からない。
(こりゃあ一体どういうこった)
ゾロは首を捻った。
サンジは目を瞑っている。
(ひょっとしてアレか。今日もヤッていいってことか)
今日も、もなにも、今朝しがた初めて体を合わせたばかりだというのに、こんなに立て続けていいのだろうか。
(そんなにヨかったのかよ)
そう思うとまんざらでもなかった。というか非常に気分が良かった。
それに、安心した。
体の経験の無かったサンジに無理をさせたのではないかと多少心配していたが、自ら求めてくるということは、苦痛ばかりではなかったということだろう。
日頃あれだけ口の悪い男の余りにもしおらしい様に揶揄のひとつも投げかけてやろうとして、ふと顔を上げたサンジと目が合った。
とても真剣な表情をしていた。
ゾロは何と言ったら良いものか、途端に見失った。
その真面目くさった顔は近寄せられ、柔らかく湿った唇が押し付けられた。
ゾロの首の後ろに縋るように両手が回され、前歯のあたりをたどたどしく舌で何度もなぞられた。その舌が時折比較的強い力で押し込まれるので、ああ、中に入れたいのか、と思い当たり口を少し開いてやると、漸く意を得たりとばかりに口内に柔らかい舌先が潜り込み、奥に入ったり歯列のあたりを辿ったりしながら唇を吸われた。その様子はおっかなびっくりで、まるで物慣れていなかった。
一旦唇を離し、サンジが、はあ、と溜め息を漏らす。
そしてまた口を合わせ、懸命に舌を絡めてくる。
今度はゾロもサンジの顎に手をかけると、やみくもに潜りこんで来ようとする拙い舌をあやして、湿すように柔らかな唇を舐めると、強く吸い付いた。存分に吸ったあと、軽く噛み付きながら舌先だけで下唇を擽ると、サンジは鼻から「ん、ん」と戸惑ったような声を出し、逃げるように顔を背けた。
顎へかけたままだった手で、ぐいとこちらを向かせると、サンジは眉を寄せ、先刻と同じ、ひどく真剣な顔をしてゾロを見た。そして覚悟するように、引き結んでいた唇を少しずつ緩め、ゾロの顔が近付いてくるのを目を開けたまま待っていた。
唇の重なる直前で動きを止め、間近にあるサンジの表情を伺うと、殆ど瞑りそうに目を細め、それでもゾロを見つめたまま、聞き取れないほどの声で低く呼びかけた。
彼の顎へ置いた手のひらに伝わる振動で、ゾロ、と呼んだのだろうと読み取った。
せつないくらい、真面目くさった声だった。
ゾロは困惑した。
いつも奔放に振舞っていた写真館の一人息子は、必死な顔をして、一生懸命に性交渉を求めてくる。
如何とも表現し辛い、複雑な何かが喉元に引っかかった。
それは小さな、とても小さな、齟齬だった。



ゾロはサンジの浴衣の帯を解き、胸の上から脇腹までをなぞるように撫でた。存外に丁寧で優しい仕種だった。
「痛くねえか」
身体中を撫でる手が腰の後ろにまわされて、少しだけ指で今朝ほど散々あれこれされた場所に触れた。
「ちょっと……」
ピリっとした感覚にサンジが顔を顰めた。
「痛ェか」
表面だけを軽く擽って、ゾロの指はそこから離れた。
「入れねえから安心しろ」
触るだけにする、と断っておいてからやおら手を伸ばし股間のブツに触れてきたので思わず「わっ」と驚いてサンジは腰を引いた。だがゾロは逃がさず背中に回した手で浴衣の襟首を掴むと、思い切り良く右手をサンジの股座へ突っ込んだ。
「……っ」
急所を握られてサンジは息を呑んだ。
そこは既に膨らんで、少し、濡れてしまっていた。
「……や、だ」
咄嗟に振り払おうとしたのに、予想外に甘えた声が出てしまった。羞恥でカッと頭に血が上るのを感じた。
「んだァ?カワイイ声出しやがって。イヤ、かよ」
「うっせ……」
「あ?」
「………」
「お、ここ、今ひくってなったぞ、イイのかよ」
「…………」
「どうなんだよ」
「……………」
「おい」
「…………煩ェっつってんだよ人が大人しくしてりゃ調子こきやがってテメエはどうなんだオラァ!」
ギュッ、とサンジは力いっぱい両手でゾロのイチモツを掴んでやった。
「うぉ」
さすがのゾロもこれには驚いたようで先刻のサンジのように慌てて腰を引いた。
「ハッ、ザマみろ!」
ははは、とサンジは笑った。切り取ったように普段と同じ、快活な彼の表情が覗いた。それからまた泣き出しそうな顔をしてゾロの唇を吸った。瞬く間にゾロの知る彼は消えた。
Sonnig(晴れ)、Schauer(にわか雨)、Gewitter(雷)、Sonnenaufgang(日の出)。
何故か順繰りにそんな言葉が思い浮かんだ。
サンジは目を閉じ、今はまだ不慣れだけれどこれが二度目で、三度目四度目とこんな日が続き、いつかゾロの身体に慣れてゆく自分を夢想した。
ゾロはきゅっと目を閉じて何かされるのを待っているサンジの様子を可愛いと感じた。痛い思いはさせないように、大事にしてやろうと思った。そしていつかこの不慣れな様子が消えてゆくだろうことを多少なりと勿体ないことのように思った。
浴衣の裾を割りさいて、腿の辺りを撫で擦りながら、今度は焦らすぐらいゆっくりとサンジの足の間に手を入れた。掠めるように性器に指先を当てると途端に無言になり、顔を伏せてじっと耐えている。
「おい、どうだよ」
はっ、と短い息をついてサンジが目線をあげた。
「イイのかよ、言わねえと分かんねえよ」
「え、い、アッ…い、言わなきゃ、駄目、なのかよ……」
「あー、普通言うもんだな」
(そ、そういうもんか……)
あっさり信じたサンジは質問に答えようと口を開いた。
それと同時にゾロは掠める程度だった手を、明確な意図を含んだ動きに変えた。
「いい」でも「わるい」でもなく、あ、とサンジは言った。普段とは違う高い声だった。耳慣れぬその声は、深夜の屋内に、随分響くように感じられた。
「……!おい馬鹿」
「……むぐっ」
ゾロは素早くサンジの口を手で塞ぎ、その身体を抱いたまま強引に布団の中に押し込んだ。
「……んーッ!」
掛け布がはたはたと音をたてるほど、サンジは足掻いた。
「てめ、声でけーな、慌てさせんな」
「ん、んー!んー!」
「あのジジイに聞こえんぞ、ちっと押さえろよ」
「…………」
「分かったな」
「…………」
こくりとサンジは頷いた。
「あんま強くしねえようにするから」
ゾロはサンジの口を塞いだ手を離した。
サンジが深く呼吸する。
「おら、てめえもこっち、触れよ」
言葉の通り今度はゆるゆるとした動きで、温度の高い手のひらが敏感な場所を包み込む。
気持ち良さで、段々サンジはぼんやりしてきた。
促がされるままにゾロの陰茎を握ったり揉んだりするが、今ひとつ上手く出来ていないような気がした。
与えられる快楽で腰が浮きそうになったが必死で堪えた。
あまり快楽を求める様子を知られるのは気恥ずかしかったからだ。だが堪えようとすればするほど、どういうわけか鼻にかかった甘い声が漏れてしまう。
声を出すまいとすれば腰が浮く。
腰が浮かぬように身体を押さえれば甘い鼻声が出る。
途中何度もゾロは手を止め、周囲を窺うように耳をすました。
その都度サンジはせつなく焦れったい思いをした。
「ジジイなら起きねえよ!」と言ってやりたがったが、言えなかった。
目の前が白く翳み、もう駄目だと思った辺りで丁度手を止められ、動いてくれぬその手の持ち主に訴えるように強くしがみつき、背を反らせ、震えながら、イッた。我慢出来ずに、ゾロの身体へ押し付けるように勝手に腰が動いた。手におえないほど敏感になった全身で、ぎゅうぎゅうと力任せに抱きついて、ゾロの股間がまだ熱く硬いままなのを知って、またどうしようもなく腹の底が搾られるようで、残りカスのような精液がぴゅう、と密着した腹の間に出てしまった。
甘い鼻声は、その時にも漏れた。
暫らくしてからゾロが足の間に射精するのをサンジは感じた。
始めはゾロのモノを握っていたはずの手もいつの間にかゾロの背中にしがみつくのに使われて、そう言えば何もしてやれなかったと気付いたのは暫らくしてお互いの呼吸が落ち着いた後だった。


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05/5/16
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ぜえぜえ……終わらない……おかしいな……
あ、ドイツ語です。
間違ってるかも知れません。だって全然分からない。