スプリング ナンバー ワン
第11話 齟齬






さわさわと初夏の風は木陰を揺らした。
構内の池のほとりは昼寝をするにも心地良い場所であるが、もう少しすれば蚊が出てくるだろう。澱んだ水面を見ながらそう考えた。
今朝しがた、ついにサンジを抱いた。
ここ暫く悩まされた欲情を満たし、ゾロは揚々としていた。
サンジは子供のつくりかたを知ってはいたが、試したことはなかったらしい。
服を脱がせる時、肌に触れた時、乳首をつまんだ時に見せた思いのほか初心な態度が、それはもう、思い出しただけで盛大なニヤけ笑いをゾロにもたらしていた。
(男相手ってのも、悪くないもんなんだな)
ごろりと楠の根元へ仰臥し、頭上にはりめぐらされたその枝振りを視線で辿った。
悪くないどころか、これまでにない、どこか高揚した気分がいつまでも身の上を去らないことを、ゾロは不思議に感じた。
世の中には女より男が良いとかいう輩もいるらしいが。
オレはそういうのは理解出来ねえ、と、これまで思っていたのだが、またアイツとヤれたらいいな、と今朝からずっと考えてしまう自分を認めざるを得ないゾロだった。
あいつも結局まんざらでも無さそうだったし、またヤってもいいと思うかも知れない。
そういうふうに、ゾロは思った。



昼を過ぎたというのにサンジは今朝からずっと考え事をしている。
昼食の後片付けをしながらも盛大に溜め息を吐いてしまう。
まさかあのある日ひょっこり現れた書生と自分が、恋仲になってしまうなんて、予想もしなかった。
(男同士とはいえ、あのヤロウと、今朝、あ、愛の、ち、ち、ち、ちぎりを交わしちまった……!)
恋人が出来るっていうのは、こんなにも突然で、そして案外簡単なものだったのか。
何だかこそばゆく、そして幸せな気分だった。
これから先はあの緑頭のムカつく書生を、心に決めた唯ひとりの愛する人として生きてゆくのだ。それはまあ、ずっと先のことなんかどうなるか分かりはしないが。
人生の新しい頁が開いてしまった。
サンジはそう思っていた。
ぎゃー、どうしようー、と叫びながらもせっせと皿を洗うサンジに、育ての父親は
(あのガキ、また何かやらかしやがったな)
と、鋭いというほどでもないカンを働かせていた。



玄関のベルがガラガラと鳴ったので、書生が留守中のこともあり、サンジが玄関に出た。サンジは基本的に来客が好きだ。
だが、玄関に立っていたのはきょときょとと落ち着きのない、冴えない中年の男だった。
一気にサンジの関心度は下がった。
「何か用かよクソ野郎」
適当に応対すると
「クソナス!客びびらせてんじゃねえ!」
と、茶の間から罵声が飛んできた。
「い、いえ、わ、私は写真を撮りにきたわけじゃなくて」
男は辺りを見渡し、気の弱そうに何度もどもり、
「あの、あのぅ、表に出てる写真の女性」
そう言いながらショウウィンドウに飾られたナミの写真を指差した。
良く撮れたもののうちから数点を、本人の許可を得て見本に出しておいたのだ。
「実はあの女性に……」
男は暑くもないはずなのに背広のポケットからハンカチを出し、額を何度も拭った。
「実はあの女性にですね、ええと、用事があってですね、連絡先を教えて欲しいのですが」
「用事?」
「はあ、まあ……」
ひきつった愛想笑いを浮かべる男に向かって、サンジはすう、と目を細めると
「どんな用事だよ」
と聞いた。
「い、いえ、大した用事ではないのですが」
「へえ」
「あ、いや、大事な用事なので、住所を教えて下さい、急ぎなのです」
「ほー」
男はますます盛んに額の汗を拭う。
「どうした、まごつきやがってチビナスが」
剣呑な雰囲気に、どうやら普通の客人ではないらしいと察した店主も茶の間から出てきた。
「あ、あの、あの女性の」
「あ?」
サンジもサンジであるが、この爺さんは更に人の悪そうな態度で男を睨めまわした。
「……連絡先を教えて下さい」
「知らねえよ」
ぶっきらぼうで、にべもない言い草だった。
「大体アンタ、そんな大事な用件があるってのに、どうして先方の連絡先も知らねえんだ」
そう言われて、男は口篭もると
「失礼!」
おおきに顔を顰め、走り出ていった。
後にはがらがらと鳴るベルの音だけが乱暴に響いていた。
「クソヤロウめ」
男の後姿を見送って、サンジは吐き捨てた。
大切なナミの身辺をあんな怪しげな男が嗅ぎまわっているなんて一大事だ。
ゼフはそんなサンジの様子に一瞥をくれると
「てめえ、シャツに醤油がついてんぞ、チビめ」
くい、とサンジの気に入りの開襟シャツの白い襟を摘んで
「今日のところは放っておけ、あの嬢ちゃんには今度来た時にでも言えばいい」
そう耳打ちして茶の間へ戻った。
サンジも台所へと戻り、とりあえずシャツを脱いで醤油のついた部分をつまみ洗いした。
ちゃんと落ちた。



講義の済んだあと、ゾロは教授に呼び出された。
そして長い時間話をしていた。
校舎から外へ出て、ゆっくりと往来を歩きはじめたころには薄っすらと夕刻の気配が迫り始めていた。
学校の敷地は広い。
通りをずっとその塀に沿って歩いていたら、理科大のあたりまで来たところでウソップに呼び止められた。ウソップは他にも数人の学友らと同行していた。
「おう、サバを食う書生」
「うっせえな、またサバの話かよ」
「まあまあそう言わずに」
普段以上に無愛想なゾロに臆しもせず、ウソップは肩に手を掛けてきた。
「なあ、オマエ、無縁坂の美女の話、聞いたか?」
「は?」
「噂なんだよ、あの通り沿いに、大した美女が一人住まいしてるっていうさ。なんか仔細ありげな話じゃねえか、それもあの坂だなんて」
うんうん、と他の学生達も頷く。
「そこでだ。我々文学を愛する同士でもってだな、チラっと、こう……チラっとその美女を見たりなんかしてひょっとして会釈とかしてみたら非常に浪漫のある話ではないかと、そういう企画でだな」
ふうん、とゾロは極めて気の無さそうな声を出した。
ゾロにはウソップ達の企画の典拠が分からないのだ。
彼らは、金貸しの妾となって無縁坂に住む美女と書生が淡い恋心を抱きあう、ある有名な小説と同じ舞台設定が存在していることに、浪漫を感じているらしかった。
それでなくとも若い女の一人暮らしとくれば、何かわけありと思うのが普通である。
だがゾロには彼らのような好奇心はなかった。
女の住む家を、通りすがりにちらりと見て、それでどうなるというのか。
だが、面白そうだろ、とか先方に迷惑かけるでなし、とあれこれそそのかして付き合わせようとする仲間達に押され、日頃付き合いが悪いこともあり偶にはいいか、と同行することにした。どうせそのあとその女の話を肴に呑み屋にでもなだれ込むのだろうが……
今日は何とはなしに、真っ直ぐ写真館へ戻りたくなかった為に好都合であった。
少し考えたいことがあったのだ。



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05/2/10
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なかなかエロなシーンがかけません。ま……まだまだこれからです(笑)