スプリング ナンバー ワン
第10話 知った






ゾロはとても気持ち良い夢を見ていた。
勃起しまくった股間を誰かに揉まれる夢だ。
夢から目が覚めたら、勃起しまくった股間をサンジに揉まれていた。
胸の前あたりでひょこひょこ揺れている黄色い頭に驚き、一瞬混乱して「オレはナニの途中で寝てたのか?」とか考えたが、そんなわけがなかった。サンジとそんなことをしているわけがなかった。だってサンジは子供のつくりかたも知らないような男なのだから。では何故サンジは寝ているゾロの股間に悪戯したりしているのか。
熟考の結果、さっぱり説明がつかない。

「え……ええと……」
サンジが視線を泳がせる。
なんだよ、クソ、ええと、なんなんだよ、と自問するみたいな独り言を口の中で繰り返し、片手でゾロの息子を握り締めたまま、もう片方の手で髪をくしゃくしゃに掻き毟って苦悩している。言い訳でも考えているのだろうか。
「おい」
ゾロが声をかけると、サンジはびくりとして目をきゅっと閉じた。
「てめえ、知ってやがったのか」
「……は?」
「知ってやがったのかって聞いてんだよ」
苛々として、ゾロは声を荒げた。
何しろ目が覚めるなり股間が切羽詰まっていたので、興奮気味だった。
「し、知ってたって、なにを」
「なにって」
ぎゅう、とサンジの手をゾロの手が上から包んで握り締める。
熱っぽくなった性器が、手の中でまだガチガチに硬いままなのを、生々しく感じた。
「こういうことを、だ」
「え」
咄嗟にサンジは答えた。
「ウン」
あっ、間違った、と言ったあとで思ったが、後のまつりだ。
後のまつりではあったが、とりあえず
「あ、違う、知らない」
と言い直してみた。
知らない、と言われたので、ゾロはそうか誤解しておかしなこと言っちまったな、と反省しかけたが、サンジほどは頭が悪くなかったので、そんなわけないだろ、と気付いた。
「……知ってんだな」
「え……」
「とぼけんな、知ってるから、オレのちんこ弄ってたんだろうが」
「え、いや、ち、違ェよ、これはその、なんかこう……あれだ……勃起気味だったから心配で」
「心配で?」
「て……手コキで抜いてやろうかと思っただけで……」
「へえ……」
「……ん?あれ?そりゃ知ってることになるか?」
「そうだな。知ってんだな」
「あれ?」
あの女、と憎憎しげにゾロが呟いた。
「ハメやがった」
「あれ…………」
サンジはゾロの股間を握り締めたまま視線を泳がせ、ゾロの股間を握り締めたまま言い訳を探した。
正直、何も思いつかなかった。
「ったく、タチ悪ィ女だぜ」
「んだとコラァ」
ぎり、とサンジは眉を吊り上げた。
「ナミさんの悪口言ってんじゃねえ、この朝勃ち学生!」
「うるせーな、テメエが寄り一層磨きをかけて勃たせやがったんだろーが」
首の後ろに手を入れ、背中を掻くと、ゾロは
「まあ、これで話が早い」
と、満足げにニタリとした。
「テメエはつまり、朝からオレのちんこ握るのも、イヤだと思っていないわけだ」
その不穏な気配に身の危険を察したサンジは、じりじりとゾロの股間を握り締めたまま逃げ腰になり、
「や……やじゅう……」
と、呟いたのだった。



「ふぁ……」
朝まだき、ようやく陽光が兆し始めたばかりの頃合であるが、爽やかな朝とは言いがたいような陰に湿った物音が室内にこもっていた。
(く、口……吸われてる……)
いつも旨そうにサンジのメシを食う、あの大きな口が、今はサンジの唇に食いつき、その輪郭を舐っている。
サンジはすっかり自分でも何を握りしめているのだか忘れたまま、とにかく手許にあるゾロの息子を縋るように握っている。やっぱりガチガチに勃起しているのだが、今のサンジはそれが何だか忘れているので、関係無い。
「おい」
ゾロはサンジがちっとも握る手を緩めてくれないので切羽詰り具合が大抵でなく、それこそ獣のように呼吸を乱しながら声をかけた。
「てめえ、ほんとに、分かってるか?」
寝ている間に股間をまさぐってくるくらいだから、きっとこいつはオレに気があるんだろうとゾロは思っていた。ゾロのおおらかな思考は、基本的に明解な割り切り型だった。すなわち、性的な行為を仕掛けるイコール惚れてる、の図式だ。
だが、もしそうでなかったら、こいつに気の毒なことだ。念のため確認しようとしたがサンジは目を瞑って身を固くし、答えない。
「おい、いいのか?……聞いてんのか?」
「……と、かよ」
食いしばった歯の間から、聞き取り辛いほどの呟きが漏れた。
「何だ?」
「ほんと、かよ、ってんだよ……」
「ホントってなあ、何のことだ」
「オレのこと、好きっつったこと……」
「あ?」
ゾロは思わず苛立った声を出してしまった。
自分はサンジに性交について知っているのか否かを尋ねているのに、惚れてると言った昨日の話を今更むしかえされたものだから、何だこいつ、オレの話を聞いてねえのか、と感じたのだ。
「ヤッてもいいのかって聞いてんだ、オレは」
ゾロにしてみれば、サンジの嫌がることはするまいときちんとお伺いをたてているつもりなのである。
だが、サンジはゾロの言葉にうっすらと目を開け、きつく眉を寄せ、責めるような表情でゾロを見た。サンジは何としてもゾロの返事を先に聞いておきたかった。
「惚れてるって……言ったじゃねえか……てめえ、昨日」
(しつけえな)
と、ゾロは思った。
サンジの怒ったような顔を見るのがイヤで、ゆっくりと掌でその頬を撫でた。暖めて溶かすように。
ゾロの熱い手が触れると、サンジの頬はさっと朱を刷いたように色づいた。
頬を撫でた手が額に触れ、前髪をかきあげるように梳くと、心地よい、と感じて胸の奥が痛くなる。
「あ、愛してんだろ、オレのこと、…答えろよ」
サンジはなおも訴えてきたが、ゾロは答えるのも煩わしく畳み掛ける。
ゾロは早くサンジから了承をとって、先に進みたい。
「おい、本当に分かってんだな?」
そう言いながら、また唇を重ねた。
「……ん、ふ」
口内に舌を差し込むと、さすがのサンジも喋れなくなった。

LOVEの訳語として輸入された「愛」の概念は、まだこの国にとって新しいものであり、定着はしていなかった。ゾロにとってはまだ「色」や「情」と言われたほうが実感があった。両者は似て非なる世界観で形作られている。
新しい言葉を持ち出すサンジのことを、船乗りらしい、とゾロは思った。学は無いだろうに、世界を知っている。
ただ、唇だけが深く重なった。

(やべー……凄ェ気持ちいい……)

鼻から甘えたような息が抜ける。
(ゾロはオレが好きなんだ……そのハズだ……)
次第に靄でもかかったようにぼやけていく意識の中、サンジは思った。
それなら、まあ、いいか、と。
目を閉じて、快楽に流されていった。
「ゾロ……」
と甘えた声が喉の奥から漏れた。
ゾロはそれを了承ととった。
了承だけを理解したのであった。
後になって思えば、二人はこの時点で、もう少し互いを知り合うべきであったのである。



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05/1/31
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何か違和感ありますね……