ラブリィ スイート ホームタウン
帰結点





再び。
家具のなくなった部屋でゾロはゴロリと横になっていた。
ちっとも眠れない。
このからっぽの部屋を見ていると、サンジのあのアパートの部屋を思い出す。
時刻はまだ真っ昼間だった。
カーテンの無い部屋は明るい。
うららかな陽光。
世の中はこんなにも平和だというのに、無性に苛々する。
サンジはゾロのことが好きではなく、嫌いだと言ったのだ。
ゾロの言うこと一々に腹をたて、あげく怒鳴って「二度とツラ見せるな」と、追い返された。
これがムカつかないわけがない。
ゾロはゾロなりに一生懸命考えた結果の行動だ、と、いうのに。
「……なんだってんだ」
ゴロリ、とゾロは寝返りを打った。
「どうしろっつんだ」
もうあまり時間が無い。
結論を出すなら今日でなければならない。
(いや、結論ならもう出てるのか?)
抱こうとしたら拒否されて、会いに行ったら追い返されたのだから、それはもう、サンジはゾロを友人としてしか見ていなかったということだ。自分の勘違いで彼を怒らせてしまったのだ。
アホくさい、とゾロは思った。
もともと、サンジを友達としてしか見ていなかったのはゾロのほうだ。
それがサンジがキスしてきたりするから、そして、あんなに嬉しそうな顔を見せたりするから、つい真剣に考えて、考えすぎてしまっただけではないか。
(あいつがホモだってんなら、そんでオレとは友達としてじゃつきあえないって言うんなら)
ゴロリ、とまた寝返りをうつ。
(そんなら、コイビトみてえな関係でもいいかって思ったのに)
それでサンジが喜ぶなら、そうしたいと思ったのだ。
どんなふうでもいいから、あの男を喜ばせたかった。クシャクシャの顔で笑わせたかった。
その笑顔の原因が自分であることが、単純に楽しかったのだ。
しかし、ゾロが引越しすると告げたあの日以来、一度もサンジの嬉しそうな顔を見ない。
たかが転居が、そんなに重大なことなのか?
もうダチにもなれねェのかよ。
なにが悪いんだ。
なんでアイツは怒り出したんだ。
考えているうちに喉が渇いたので、ゾロはベットから起き上がってキッチンへ行こうと階段を降りる。
廊下は薄暗いが、明り取りの窓から日が差し込んで、埃が舞っているのが白く、けぶるように見えた。
キッチンは廊下よりさらに薄暗かった。
部屋続きになっているリビングは、サッシ戸の外だけがやけに明るく見える。
まるきり、サンジが走り出ていった、あの日と一緒のようだった。
テメエはオレを好きじゃねえんだ、とサンジは言った。
なんでアイツは、オレがアイツを好きじゃないなんて思ったんだ。
アイツが喜んだら嬉しいって思うのは、それは好きってことじゃないのか?
「分かんねえ……」
ごちゃごちゃと絡まるやりとりの中で、その部分だけが、ゾロにとって、解きほぐすことの出来る誤解の部分のように思えた。
先刻のサンジとのやりとりは、どうにも行き違って噛み合っていなかったように思うのだ。その行き違いを解決するためには、お互いの間の誤解をとかなければならないだろう。
ゾロに分かっているサンジとの会話で現実と違っていた部分は、サンジの主張する「ゾロはサンジを好きではない」という箇所だった。
何故彼がそのように考えるに至ったかは不明だが、とにかくそれは誤解である。
ゾロはサンジが喜ぶのなら、ホモになってもいいくらい、サンジが気に入っている。
なにしろサンジはゾロの顔を見ると喜んだ。
ゾロがミルミルを好きだと言うと喜んだ。
ゾロがメシを旨いと言うと喜んだ。
ゾロが面白ェと言うと、まるでそれ自体が愉快だと言うように笑顔になった。
サンジは、ゾロが楽しいと思っていると、いつも、ゾロが楽しんでいるという事実そのものを、喜んでいた。
そんな相手を嫌いになるわけがない。
そりゃあ、ちょっとはアホなやつだと思ってはいたが。
アホで、アホで、ものすごくアホでちょっと迷惑な奇行が見られたが。

ゾロは、サンジと一緒に居て楽しいと思っていたのだ。

喉が渇いていた。
あの甘ったるい飲み物が飲みてェ、と思った。
飲めば余計に喉の渇きそうな、あのパック入り飲料は、サンジがゾロを喜ばせようと運んで来たものだ。
「…………しょうがねェ」
ゾロは軽く肩を竦めると、もの凄く不機嫌な顔で玄関へ向かった。
もの凄く不愉快で不本意極まりないが、サンジに悪いことをしてしまったので、謝りに行くのだ。
ホモと思ってごめんなさい、と。





ゾロが帰ったあと、サンジは無気力に床に横になっていた。
ストーブもない部屋なので、春とは言え、床にそのまま寝そべっていると手足が冷えてくる。
むっくりと身体を起こして、サンジは畳んである衣類の中から部屋着にしているフリースを引っ張り出す。
ふかふかした生地に腕を通すと、少しはマシのような気がしてくる。
それから、盛大な溜め息をついた。
「胸がせつねェ……」
さっきから、ゾロのことばかり考えている。
二度とツラ見せるなとまで言って、これであの男との縁もオシマイになったんだというのに。
考えれば考えるほど、あの人相の悪い顔が、見たい。
ゾロに会いたいし、話したい。
でも駄目だ。
我慢だ。
しばらく我慢してりゃあ、そのち忘れてなんとも思わなくなるだろ。
早く忘れるんだ、とサンジは自分に言い聞かせる。
忘れろ忘れろ、あんな最悪な男のこと。
なんだよ。
最悪の上に男かよ。
全然いいトコねえじゃねェか。
よし、忘れられる。余裕で忘れられっぞ。
馬鹿みたいに筋肉ばっかり鍛えてたとことか。
すげえ趣味悪いジャージとか。
ミルミルが好きだったとことか。
笑うときまで眉間に皺よってたりして。
そんでキスして、楽しそうに笑ってて、二度目のときは呆気に取られたみたいな顔してて、三度目のときはついでに襲い掛かってきて。
「ぐあ!駄目だ!こんなにあの野郎のこと考えてたら、忘れられねぇじゃん!」
がばっ、とサンジは起き上がった。
心臓がドキドキしていた。
なんでこんなにゾロのことばかり考えてしまうんだろう。
あんな奴、ついこないだ出会ったばかりで、もっと他にも大切なことはたくさんあるだろうに。
全てをないがしろにしてよいくらい、ここ暫くが楽しかった。
あの赤い屋根の可愛らしい家に住むアイツをからかったりすることが。
(なんだよ、オレ……)
アイツのことが、どうしてこんなに好きなんだ。
どうしてこんなに気になんだ。
アイツに、もうツラ見せるなとか、嫌いだとか言ったことが、もの凄く辛い。
悲しくて仕方ないので、歌でもうたって元気を出すことにした。
なんだか今の気分にはあの歌がピッタリだ。
小さい頃、ポンキッキでやってた、あの歌。
「……ほーんとーはとっても好きなのにー、嫌いだなーんて、言っちゃって」
……情けなくて涙が出た。
ほんとはとっても好きなんだよ。
好きなのに、嫌いだなんて言っちまったんだ。
なんでだよ。
なんであんなこと言っちまったんだよ。
「オレは……」
アイツのこと、好きなんだ。
理由なんか無い。
本当は、会えなくなるなら、最後でもいいから、ゾロとセックスしたかった。
遠くへ行って、今と違う生活を始めたら、きっとゾロはあっという間にサンジのことなんか関心がなくなってしまうだろう。
だって、こないだ読んだ雑誌の「みんなの恋愛、ホントの気持ち」っていうコーナーに、遠く離れてしまえば愛は終わるもんだと書いてあった。
ましてサンジのことを、なんとも思ってないゾロだ。
サンジが自分に惚れてると思って、特に考えもなく軽く抱こうとかするような、無神経なあの男のことだ。
他にゾロに惚れてるっぽい奴が現れたら、その子のことを抱こうとかするんだろう。
そんなのイヤだった。
「オレが先だ」
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
童貞は貰いそびれたが、その、いつか現れるだろう次の連中より、オレのほうが先にアイツと寝るんだ。
もうそれでいい。
それだけでいい。
良く考えたけど、やっぱりアイツが好きだ。
玩ばれたと思ったけど、玩ばれたほうが、なんもないよりずっと良い。
ゾロに会いに行こう。
そんで、さっきは蹴り飛ばしてごめんなさい、思い出に抱いてって言いに行こう。
それか、どうしても駄目だったら友達になってくださいとか言おう。文通とかしようって言おう。二度と会えないより、忘れられてしまうより、ずっとそのほうがマシだった。

サンジはスニーカーをつっかけると、部屋を出た。
出掛けに店からミルミルをちょっぱった。
おばちゃんはニカッて笑って「出かけんのかい」って言っただけだった。





通りに出ると、平日の昼間だというのに、そこそこの交通量があった。
とぼとぼと歩道を歩きながら、しまった、こんな滅茶苦茶部屋着っぽいフリースなんか着てくんじゃなかったと、サンジは少し後悔した。
通りをもう少し歩いたところでわき道へ入ると、そこにゾロの家がある。
すっかり通いなれた道だった。
俯いた視界に、見覚えのあるサンダルが入った。
部屋着のフリースで出かけるより、サンダルで出かけるほうが、だらしないだろうか。
そんなことを考えながら視線を上げると、苦虫を念入りに咀嚼したみたいな顔をしたゾロが居た。
「ゾロ……」
「……おう」
二人の横をバスが横切った。
大きな車体が捲き起こした土埃に、二人とも目を眇める。
「あのよ」
「……なんだ」
「これ」
サンジはフリースの上着から、ミルミルのパックを取り出してゾロに手渡す。
「ああ……サンキュ」
ゾロは手をのばし、それを受け取った。
へへ、とサンジが笑った。
ぎこちなくも、目の端に笑い皺を寄せた、いつもの笑い方だった。
「おい、テメエ……」
目を合わせ、お互いの顔を見る。
何か言いかけたサンジより先に、言うべきことを告げてしまおうと、ゾロも口を開いた。
「すまなかった、オマエとダチになりてえ」
「抱けよ、さっきは悪かった」
「…………」
「…………」
チカチカと二人の傍にある横断歩道の信号機が点滅しはじめる。
そして赤になり、車が走り出す。
「ええと」
サンジが再び俯いて、困ったように額に手をやった。
「分かった、ダチだな」
「……抱く」
その手を、強引にゾロが引いた。
さっきサンジがゾロを追い出そうとそうしたように。けれどそれとは逆に、引き寄せるために、サンジの手を引いた。
「……は?」
「いや駄目か?ダチか?」
「は?」
「どっちだ」
「え、いや……あ?」
「ああもう焦れってえな!したいようにする!」

この町で生きる、この町で生きる

どこかすごく遠くで、朝と同じように、同じ文句ばかり繰り返す選挙の演説の声が聞こえた。
ゾロはサンジの腕を引っ掴むと、強引に歩き出した。
サンジの住む、あのアパートの方へ。





04/2/4

 


立春にアップ。
次回18禁・・・・か?