ラブリィ スイート ホームタウン
出会い



ゾロはこの春から大学生になる。
今のところ春休み中でヒマだ。
近頃何故かゾロの家の郵便受にはヤクルトが放り込まれている。
契約した覚えはない。
でももったいないから毎日飲んでいる。
本来甘いモノは苦手な彼であったが、それと同時に与えられたものは残さず食する主義の彼でもあった。与えられてんだか与えられたわけでもないんだか得体の知れないものではあったが、ひとまずその主義を適用させていた。
それともう一つ気になることがあった。
毎朝見知らぬ男が塀のとこにぶらさがってこっち見てる。
見てるだけなので、放っておくことにした。
その男は必ずもの凄い早朝にやってくる。時々昼間にもやってくる。
朝来るときは縞々のシャツを着て、変な帽子を被っている。昼は私服だ。
その男に最初に気付いたのは、そいつが素っ頓狂な大声をあげたからであった。
「ろ、ろ、の、あ……ろろのあー!そっか、アイツロロノアってゆうのかー、苗字かなあ、苗字だろうなあ、名前なんつーんだろ、知りてえなあ」
どうやら考えてることがそのまま口から出るタイプの男であるらしかった。
別に表札を読まれたくらいどうでもいいので放っておくことにした。
それと、多分、あの男がヤクルトをくれてるらしい。

ある日、郵便受けの中にヤクルトではなくミルミルが入っていた。
うまかった。
明日からもこれがいいな、甘くてもこれならいい。
そう思って、思い切ってヤクルト男に話し掛けてみることにした。
「おい」
最初呼び掛けたら、ヤクルト男は常識では考えられないほど漫画みたいに、飛び上がった。
どうやらまだゾロには見つかってないつもりであったらしい。
馬鹿なんじゃないのか、ってゆうか、馬鹿なんだな。
と、ゾロは思った。
「おい、テメエ、昨日のアレなんつーんだ」
「お、お、オレはサンジ」
「……?」
いきなり会話が噛みあわなかった。

翌日からもサンジはやってくる。
ミルミル片手にゾロの家の塀を今や堂々と覗いては「なあなあ、筋肉痛のときの乳酸て、乳酸菌と関係あんのかな」などとどうでも良い会話をふってきてはゾロの鍛錬の邪魔をする。
むかつくので無視することにする。
「なあ」
サンジはしつこく話し掛ける。
「なあ、ロロノアさんちの息子さん」
大体コイツはこんな真っ昼間にこんなとこほっつき歩いて、仕事はどうなってんだ。
「オマエって名前、なんつーの?」
ヒマなのか。
ヒマなのか、コイツの仕事は。
「なー、なー、答えろよー、ろろのあー」
ヒマだろうな。だってヤクルトって朝しか配りに来ない。
「なあー、オマエってさあ、胸んとこの筋肉ぴくぴくってやるの出来る?」
なーなーなー、ろろのあー、と塀の向こうからサンジは呼んでくる。
「…………」
ゾロはギロリとサンジを睨んだ。
「うるせェ」
ドサッと、手にしたやけに重そうなバーベルを放り出す。
そして、ピクピクと胸筋を動かして見せた。
「すッ……!すっげ〜〜!!!さすが筋肉!さすがマッスル!」
サンジは滅茶苦茶誉めてくれた。
内容はともかく誉められたのでゾロは内心ちょっと得意だった。いや、得意になってる場合じゃなくて。
こんな奴構うのやめて、出かける支度でもしようと思った。そろそろ道場に行かなくてはならない時刻だ。ゾロは小さい頃から剣道を続けている。
一旦部屋の中へ戻って荷物と自転車のカギを持って外へ出る。
「え?なになに出かけんの?」
「習い事」
「なに?なに習ってんの?」
「うるせェな」
「何だとコノヤロウ教えやがれ、オレはオマエに興味津々だっつんだ、おーしーえーろー!」
「ウッセエ!剣道だ!」
「えッ、ほんと?すげえ!」
すげえ、すげえとサンジは子供のように目を輝かせて言う。
なんだかゾロは、なんでか分からないが、弱った、と思った。
「すげえなあ、なんだ、趣味で筋肉鍛えてんじゃねえのかテメエ」
……本当に、馬鹿なんじゃないのか、コイツは。
無視して出かけることにした。



ゾロが出かけてしまったので、サンジはゾロの家の洗濯物を取り込んでたたんでおくことにした。
ゾロが出掛けに庭に面したサッシを開けっぱなしにして出かけたので、普通に不法侵入した。どこも壊してないので合法だと考えた。開いてた入り口から入っただけのことだ。
洗濯物のウチワケから、ゾロはお父さんとお母さんと三人で暮らしているようであった。でも今まで一度も奴の両親を見たことがない。多分共働きなんだろう。
サンジのバイト先のヤクルト販売店のおばちゃんも共働きで、店のことはおばちゃんが一切見てて、おじちゃんは会社員のようだった。だから男手があると助かると思って住み込み可にしといたんだ、とおばちゃんは言う。
でも今のところサンジは昼間はゾロの家に行ってることが多いのであんまり役に立っていない。
ごめんな、おばちゃん。
と、サンジは思う。
でもさあ、なんかさあ、ダメなんだもん、なんかさあ。
テキパキと洗濯物をたたみながら黄色いアタマは身悶えする。
なんか、アイツのことが気になっっちまうんだもん。気になるってゆうか、
「これはもう、むしろ恋?」
声に出して言いながら、キャーッとサンジは洗濯したてのタオルに顔を埋めた。ついでにちょっと匂いを嗅いでみたりした。奴んちの匂いがした。
あー。
幸せだ。
ごめんな、おばちゃん。
それにしてもコイツの服装はなんでこう不思議な趣味なんだろ。おっさんみてえなシャツとか。ジャージの間からいつものぞいてる緑の腹巻とか。
そういや店のおばちゃんの服装も不思議だ。
一体どこで売ってるんだか想像がつかないってところが同じくらい不思議だ。
おばちゃんはよく豹の顔とかがでっかくプリントされたトレーナーとかを着ている。しかもその豹の目は緑色のガラス玉とかになっててピカピカ光ったりする。すげえよな。「豹ガラ」ですらねえんだもんな、「豹のガラ」なんだもんな。
でもオレはいつかあんなガラのトレーナーをアイツが着てるとこ見ても愛してやれる自信がある。オレの愛は本物だ。
ゾロのパンツを握り締めながら、サンジはそんなことを考えるのであった。



ゾロが帰宅すると居間は整然と整理されており、洗濯物がきちんとたたまれて置いてあった。ついでにキッチンから良い匂いがして、テーブルの上に夕飯が支度されてあった。
献立は和食。
コンビニ弁当が多い食生活をおくっているゾロにとって、得点の高いメニューであった。
「なんだぁ、あのヤロウ」
良く分からないが、うまそうだと思った。
レンジでチンしやがれ
と書置きがあったが、面倒なのでそのまま食べた。それでもうまかった。
あと、多分、洗濯物からパンツが一枚無くなっていた。どうでもいいので考えないことにした。

そして、夜遅く。
玄関の郵便受けに貼ってある「ロロノア」という表札に、父親の名前と、母親の名前と、そして一番下に「ゾロ」と自分の名前を書き足しておいた。
あの黄色アタマが明日これに気付くか気付かないか。
考えるとちょっと楽しくて、一人で笑ってしまった。




03/10/6

 


段々サンジのアタマのことが心配になってきました。不憫。

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