『おはようのキス』事件から一週間。

突然、金髪が寝込んだ。体が動かないというのだ。
「どっか壊れたのか?」
「…分からない」
そう言って、金髪は横たわったまま、弱々しく瞬きをするだけだ。

慌ててウソップの部屋に向かった。

「ウソップ!おい!ちょっと来てくれ!」
ドアをガンガン叩くと、カヤ2号がドアを開けてくれた。
「ごめんなさい。ウソップさん、まだ寝てるんです。伝言なら私が…」
「悪い、緊急なんだ」
カヤ2号を押しやって部屋に上がり込んだ。

布団を引っ剥がすと、ウソップは吃驚して飛び起きた。
「ああ?何だ?…ゾロか。何だよ、脅かすなよ。…まだ9時じゃねーか?勘弁してくれよ〜。おれ寝たの8時なんだぜ」
「パソコンが壊れたんだ」
「サンジがか?…あー…分かった、後でみてやる。今は寝かせてくれ」
「今すぐ、見てくれ」
「あー…、しょーがねーなぁ…」

ブツブツ言いながらもウソップは、近くに置いてあったスウェットを被り、工具箱を持って立ち上がった。

「で、どこが壊れたんだ?」
「寝込んでる」
「はあ?寝込む?」
「動けないとか言って、起き上がらねーんだ」
ウソップは少し考え込んで、
「まあ、見てみりゃ分かるか。カヤ2号、サンジのスペック表プリントアウトして持ってきてくれ。全部な」
「はい、分かりました」
「んじゃ、行くか」
完全に目が覚めたらしいウソップが、おれの肩を叩いた。


***


出てきた時と同じように、部屋の真ん中に金髪が横たわっていた。
「おい、ウソップ連れてきたぞ」
おれがそう言うと、弱々しく金髪が瞬きで答えた。

「さてと、始めるとすっか。んじゃ、TVと繋げるから、こいつもう少しTVの方に寄せてくれ」
ウソップに言われて、金髪の上半身を引きずって、TVの横まで移動させた。
手際よくウソップがケーブルを配線していく。
「さーてと、モード切換え出来るか」
金髪が目を閉じて、いつもの機械音を立て始めた。
ウソップがわきわきと手を動かして、キーボードを叩き出した。

何をやってるのか、さっぱり分からなかったが、見たことがないようなウィンドウがTVに次々と開いた。

「デバイスも異常なし、駆動状況問題なし、バッテリー問題なし。ウィルスチェックOK…。んー、別にソフトやハードが壊れたとかいう感じじゃねーなぁ…」
ウソップがブツブツ言った。

「お邪魔します」
カヤ2号が開けっ放しだったドアから入ってきた。
「おー、御苦労さん。すぐ見つかったか?」
「はい。これで全部です

手に持っていた紙の束をウソップに渡した。
ウソップはパラパラと用紙を捲り、暫くして動きを止めた。
「どうした?」
「お前…、面倒なパソコン買ったなぁ」
「あ?」
ウソップが黙って用紙を差し出した。
何だか文字がビッシリ書かれている。
「なんだよ?」
「愛情を感じられないと動かなくなるんだとよ」

「はあ?!」

「女の子が喜びそうな機能だよな〜。さすが『ラブパソコン』。君の愛がないと僕は生きていけないんだ!っつーんだからよ。そーいや、昔、そういうメールソフトがあったなぁ。キャラクターがメール運ぶやつで。可愛がらねーと寝込んじまうんだ。そんな事知らねーで、もともと体力がないキャラ選んじまったもんだから、しょっちゅう寝込んでて、全然メール配達出来なくてよ、いや、参ったぜ」
「なんの話だ?」
「だから、おめーのパソコンだ」
思わずウソップと睨み合った。

「こいつが、…何だって?」
「お前が、愛情を示してやらないと動かなくなるんだよ。最近、ちゃんと構ってやってたか?お前、無愛想だからなぁ。口数も少ねーし」
「…そんな機能いらねー。なんとかしてくれ」
「そう言われてもなぁ、基本OSにがっちり組み込まれてるし…」
ウソップはガシガシと頭を掻いた。
「身体機能がある程度使えなくなってもいいんなら、OS自体を載せ変えちまえば可能だと思うがな、金かかるぜ。ライセンスが今…いくらだったかな…」
「29800ベリーです」
カヤ2号が言った。そんな金払えるか。
「…ま、愛情くらい注いでやれよ。別に何か買ってやれって言ってる訳じゃねーんだし。相手してやる位問題ないだろ?それに、こいつが嫌いなわけじゃないんだろ?」
そりゃまあ…、嫌いじゃねーけど。
「ちゃんと話し相手になってやって、可愛がってやれよ。ペットだと思って」
ウソップはさっさとケーブルを抜いて、帰る準備を始める。
「可愛がるって…具体的にどうすりゃいいんだよ」
「頭撫でてやるとか」
「ああ?」
「お、怒るなよ!お前が買ってきたんだろ、女の子専用ラブパソコンを!」
「・・・だったら最初にそう言えよ!」
「おめーが自分で選んで買って来たんだろ!返品も出来ねーとか言ってたよな?…まー、とにかくだ、仲良くしてやれ」
ビシリと指を突き付けられた。


***


寝転がったままの金髪の隣に座った。

「起きてるか?」
「…ああ」
なんとも気まずい気分を味わった。

おれにどうしろって言うんだ。無言の重い空気が部屋の中に充満した。

「…大学、今日は行かなくていいのか?」
ポツリと金髪が言った。
「あー、…まあ、それどころじゃねーし」
「行ってこいよ。オレなら平気だから、な?」
そう言って、おれにニコリと笑ってみせる。

堪らなくなった。

「…何してんだ?」
「頭撫でてる」
サラサラとした金髪の手触りを楽しむ。
金髪は吃驚した顔で、おれを見上げた。
それがあまりにも間抜け顔で。
思わず笑った。
「な、何だよ?」
少し赤い顔で金髪が言う。その顔を見たら、もっと虐めたくなった。
「おれがお前の事、嫌ってると思ってるのか?」
「え?」
「ウソップに言われた。お前が動かなくなったのは、おれの愛情が足りないせいだって」
いつも顔を覆い隠す前髪をみんな上に上げてしまうと、子供みたいに見える。
白いおでこを撫でると、金髪はぎゅっと目を閉じた。
「お前が嫌いだと思うか?」
「…だって、嫌いだろ?」
「嫌いじゃねーよ」
ペチっとおでこを叩いて立ち上がった。

よし、これで終わりだ。




そう思ったのに、予想外の切り返しがきた。

「でも好きじゃないだろ?」

驚いて振り向いて、しまったと思った。
起き上がった金髪と目が合う。
捨て犬みたいな目。

「そうだろ?」
言葉に詰まった。

たぶん、おれはこのアホパソコンが、…好きだ。

たぶん、実は、かなり気に入ってると思う。

そう考えて、顔が熱くなるのを感じた。

今おれは、派手に赤面しているに違いない。
思わず金髪から顔を背けた。
「…そんなこと、ねーよ」
ドッドッと脈が早くなるのを感じた。
恥ずかしい。家電相手に、赤面している自分が。

ズボンを引っ張られた。
「おれの目を見て言えよ」
金髪が何だかスゴイ事を言った。
「嘘じゃないなら、言えるだろ?」
アホか。嘘じゃないから言えない事だってあるのを知らねーのか。
「なぁ、ゾロ…」
その口調から、また寂しげな顔をしているんだろうと思った。
「…だから、おめーはアホだっつーんだ。おれの目なんか見なくても空気で読め!」
「空気で?」
「おれがお前の顔見て、素直に好意を表現出来るような人間か考えてみろってんだ」

しばし沈黙があって金髪が言った。

「お前、耳、真っ赤だぞ」

「おめーのせいだろ!」
ムカついて、金髪の頭を叩こうとして――、やめた。
かわりに頭をぐしゃぐしゃに掻き回す。

「…大学行ってくる」

グチャグ チャになった頭を抱え、吃驚した金髪に満足して、アパートを後にした。


1限は間に合わなかったが、2限には間に合いそうだ。



今日も良い天気だった。


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