おれとウソップの住むアパートは大学から歩いて20分くらいの所にある。
外観に合った家賃の安さと何よりのポイントは、大学に行くまで2回しか曲がらなくて良いという事だ。
アパートの門を出て左に曲がり、道なりに歩き続けると大学が左手に見えてくるので、大通りに出たら左折する。ちなみにこの角には牛丼屋があるので帰り道も分かりやすい。
道を覚えるのが得意でないおれとしては凄く良い条件のアパートだった。



***


講義を終えて、真直ぐ辿り着いたアパートを見上げると、金髪が窓から顔を出していた。
手摺に頬杖をついてボケっと空を見ている。
確かあの窓の手摺は腐っていてヤバかったはずだ。
「おい、危ねぇからやめろ!」
「あ?ゾロ?」
金髪が窓から身を乗り出した。
手摺に体重をかける。
「アホ!引っ込んでろ!」
と言い終わらないうちに、手摺が嫌な感じで半分に折れた。
当然、寄り掛かっていた金髪も体勢を崩し、前につんのめる。
「バカが・・!!」
慌てて受け止めようと駆け寄った。
2階とはいえ、下はコンクリートだ。
正直、あの高さから落ちてきた金髪を受け止められるか分からない。
下手したら、コンクリートと合金に挟まれて死ぬかもなと思った。

しかし、いくら待っても金髪が落ちてこない。

見上げるとよじ登ろうと格闘しているアホがいた。
とっさに窓枠を掴んで、落下を逃れたらしい。
「鈍くせぇな・・」
「んだとコラァ!」
聞こえたらしく、ギャアギャアと金髪が喚いた。



「・・ちゃんと迷わずに帰って来れたのか?」
ムッツリした顔で「おかえり」と言ったきり、ぶー垂れたままの金髪に話かけた。
「当然だろ。GPSだって標準装備してんだよ、オレは!」
「何怒ってんだ。落ちそうになったのが恥ずかしいのか?」
「・・・・」
「手摺が腐ってたのはオレのせいじゃねーし、危ねぇって言ったろ?」
「・・・・」
無視かよ。
なら、おれにも考えがある。
「腹減ったなァ」
わざと聞こえるように呟いてみる。
案の定、金髪がチラリとこっちを見た。
やっぱアホだなと思った。
それには気付かないふりで、さらに言う。
「食うもんがねーから買いに行かねーとな」
「・・・・」
あきらかに金髪が動揺を見せた。
喰い付きたい話題だが、なんとか我慢しているらしい。
生意気な。
「コンビニ弁当でも買ってくるか」
そう言うと、案の定、キッ!と金髪が睨んできた。
でも何も言わない。
「・・・何だよ?」
「・・何でもねーよ」
以外とシブトイらしい。まあ、家電を虐めても仕方がない。おれは大人だ。

「・・お前、どんくらい料理作れるんだ?」
「・・レパートリーは基本が3000」
「へぇ、3000って事は・・一日3食で計算して・・全種類食うのに2年7ヶ月かかるってことか?」
「違う。おかずじゃねーのもあるし、主菜と副菜とか考えると1年分くらいだ」
「基本ってのはなんだ?応用とかがあるってことか?」
「ダウンロードすんだよ。おれの親会社のサイトで毎日新しいレシピが更新されてくから」
「ダウン・・ロード?サイトって事はインターネットか?」
「お前、本当にパソコン知らねーんだな」
金髪が呆れた顔でオレを見た。
「必要無かったんだよ、今までは」
「・・買った時に基本的なシステムとかは入ってるんだよ。んで、オレの場合は家事とボディガードのソフトウェアが組み込まれてる。データは常に新しいものがサイトにアップされてく事になってるから、そこからソフトウェアをダウンロードして実行すれば、オレのデータもいつも最新でいられるって訳なんだ」
「それは金がかかるのか?ネットって言うと電話だろ?」
「金はかからないぜ、電話回線じゃねーし、ユーザーの無償特典だからな」
「・・へぇ・・」
まあ、よく分からねーが、金が掛からないならいい。
「んじゃ、スーパー行くぞ」
「おう」
完全に機嫌が直ったらしい金髪が一緒に立ち上がった。


ちなみにアパートからスーパーは少し遠い。コンビニはさらに遠い。
大学の反対側にあるし、どちらも歩いて10〜15分ほど掛かる。
だが、道順は簡単だ。なので、遠くてもおれにとっては大した問題ではない。
たぶん、このアパートに入居者が少ないのは、その辺りの不便さが関係してるのかもしれない。
自転車を使えばすぐの距離だが、この辺は自転車の盗難がやたら多いのだ。
おれも大学に入って2日で盗まれた。鍵を掛けておいたにもかかわらずだ。あまりの呆気無さにアホらしくなって、次の自転車を買う気になれない。以来ずっと徒歩だ。
ウソップも自転車を2台盗まれている。1台目が5日、2台目が3ヶ月。しかも2台目は盗まれないようにと、かなりアーティスティックに改造されていた代物だ。オレでは乗るのすら恥ずかしいような大胆な装飾だったのに、あれを盗む人間がいるかと思うと恐れ入る。どんな神経してんだか・・まあ、他人の自転車を平気で盗んでるようなヤツだから、その辺の頭のネジが2〜3本ぶっ飛んでんのかもな。結局、ウソップも自転車を諦めて徒歩になった。まあ、あいつは運動不足気味な所があるから、その方が却って良かったんじゃないかと思う。


「何食べたい?」
横を歩いていた金髪が言った。
「何でも。まぁ金に制限があるからな、安くて旨くて量があるモンにしてくれ」
「予算はいくらだよ?」
「まあ、500円位」
「なんだ、そんだけありゃ余裕だ」
「ガス代も入れてだぞ」
そんなの楽勝だと笑う。
「お前、あれ出来るか?」
「あれ?」
「・・あれだ・・生活費の・・計算・・」
「家計簿?」
「そう、それだ」
「出来る。っつーか、普通、どのパソコンでも出来るぜ」
「買い物とかも一人で出掛けられるんだろ?」
「当たり前だ」
「なら、あとで金渡すから任せて良いな?」
「おう」
いつもより金髪が嬉しそうに見えた。


スーパーに付くと金髪がカゴを取った。
入り口の壁に貼ってあったチラシを少し見て何やらカリカリやって、店内に入る。
「今日の予算は何日分でいくらだ?」
「2000円で・・何日出来る?」
「一日3食か?」
「いや、昼は学食で食べる」
「なら5日位だ。・・なぁ、4日にして調味料買っていいか?」
「ああ」
野菜を素通りして調味料コーナーに向かう。
「味噌はお前の出身地だと・・合わせでいいのか?」
「・・知らねェ、何でもいい」
金髪が味噌をカゴに入れた。次に塩をひと袋。胡椒をひと瓶。
「みりんとかっていうのは買わねーのか?ここにあるぞ?」
「ああ、明後日みりんが特売らしいから、また来る」
「・・・へぇ」
携帯のアラームが鳴った。
バイトへ行く時間だ。
「どうした?」
「これからバイトだ、金と鍵渡しとくから後頼む」
金髪にアパートの鍵と財布から2000円を出して渡した。
「今日の帰りは?」
「昨日と同じくらいだ」
「分かった。風呂も用意しとく」
「ああ」
・・何だか恥ずかしい会話のような気がした。
こういうのは、夫婦とか同棲中の恋人同士の会話なんじゃねーのか?
「何だ?」
不思議そうに首を傾げたそいつの金髪がサラリと流れた。
「な、なんでもねぇ、じゃあな」
「いってらっしゃい」
背後から金髪の声がした。
この前のような笑顔をしているであろう金髪を想像して、何故だかおれは激しく動揺していた。




バイトを終えてアパートに帰ったら、この前のように金髪が言うのだろう。
『飯?それとも風呂?』

そして、おれは眠る前に、おやすみのキスをするのだ。

あの、白い手の甲に・・。






一一一一目眩がした。


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