「・・ロ、ゾロ!」
誰かが肩を揺すっている。
「ゾロ」
「・・るせぇ」
肩を揺さぶる手を振り払った。
「8時に起こせって言っただろ?」
「・・・・」
無理矢理、目を開ければ、金髪が上から呆れた顔で覗き込んでいる。
金髪が眩しくて目を閉じたら、再び猛烈な眠気に襲われた。意識が遠のく。
「おい、てめェ!寝るんじゃねェ!目ェ開けろ!」
ガクガクと揺さぶられる。
「・・・・・」
無視だ、無視。
おれは眠いんだ。あと5分くらい飯を喰わなきゃ寝てられる。
急に静かになったなぁと思った次の瞬間一一一一。


ケツに強烈な衝撃。


「っ・・て〜・・・!!」
「8時だっての」
目を開くと蹴り上げたポーズで止まっている金髪がいた。
このアホパソコン、人間を蹴るとはどんなプログラムしてやがんだ?
「てめェ!もうちょっとマシな起こし方、出来ねーのかよ!!」
「あ?」
首を傾げた。
「どうやって起こせば良いんだ?」
「・・普通の起こし方っていうもんがあんだろ」
「普通?でもおれ、対レディか対野郎モードしかねーもん」
なんだそりゃ・・・。
「・・・・・んじゃ、レディモードにしろよ」
「はあ?だって、お前男じゃん。無理」
「・・あっそ・・」
「朝飯、どうする?つっても材料ないから、おにぎりくらいしか出来ねーけど」
そういえば、昨日のバイトの帰りにコンビニで朝食の菓子パンを買うのを忘れた。
「何でもいい」
「すぐ出来るから、その間に顔洗えよ」
洗面台なんて洒落たものはこのアパートにはないので、
台所の流しでバシャバシャと顔を洗う。
用を足して便所から出てくると香ばしい匂いがしてきた。
「お、ちょうど出来るとこだぜ」
フライパンを覗き込むと、良い感じで焦げた焼きおにぎりがジュウジュウ言っている。
「・・・うまそうだな」
「ばぁーか、実際うまいんだよ!」
金髪がニヤリと笑う。
「別に普通の握り飯で良かったんだがな・・」
「アホ!海苔もねーし、具もねーし。塩むすびにしようにも、固まった怪しい食卓塩しかねーんだ。おれのプライドが許さねェ。そんなわけで必然的にコレってわけだ」
何やら朝からテンションの高い金髪に呆れつつ、渡されたデカい焼きおにぎりをパクついた。




「おーい、ゾロ!」
部屋を出たところで、ちょうど階段を下りてきたウソップとかち合った。
ウソップとは学科が違うが、同じ大学に通っているので、こんなふうに時々だが一緒になる。
ちなみに飛び級したウソップとおれは2歳違うが同じ学年だ。
「あれ?パソコン連れて行かねーのか?」
そういうウソップの後ろには例のカヤ2号が付いてきている。
「別に、用事ねーし」
「なんで?充電兼ねて連れ出した方がいいぜ」
「充電?」
「ああ、パソコンって自分で光発電してんだよ。コンセントからも充電出来るけど、電気代バカになんねーぞ。昔に比べて節電型になったって言っても10年前のエアコン並だからな。室内じゃ効率悪いから出来るだけ外に連れ出した方がいいんだよ。そうすりゃ電気代かからねーから」
「へぇ」
背後にある部屋のドアが開いて、金髪が顔を出した。
「何ごちゃごちゃ言ってんだ?出掛けねーのか?」
「お!ちゃんと動いてるな」
ウソップが嬉しそうにサンジを眺めた。
とたんに金髪の眉間にシワがより凶悪な目付きでウソップにガンを飛ばす。
「あんだ?この長っぱな野郎は・・」
睨まれたウソップが思わず固まった。
「おい、一般市民を威嚇すんな」
「へいへい」
「それにコイツは、おれのダチだ。ウソップ、覚えとけよ」
何だかまたカリカリ言っている。
「ウソップ、よろしく」
「お、おう!こいつはカヤ2号って言うんだ。ヨロシクな」
「宜しくお願いします」
「よろしく、カヤ2号ちゃんv」
ウソップに言った時と違って随分愛想が良くて驚いた。
これが、さっき言ってた対レディモードと対野郎モードの違いかよ?随分、露骨だな。
「お前、一緒に来るか?」
「え?」
「大学。まぁ、イヤなら家にいていいけどよ・・」
「行く!!」
とたんに金髪は目を輝かせ、でかい声で叫んだ。
それから、すぐスーツの上着を引っ付かんで、転がるような勢いで飛び出してくる。
・・・お前は散歩に行く犬か?と心の中でツッコミを入れつつ鍵を掛けた。


大学に着き、研究室に行くというウソップと途中で別れた。
講堂に付くとナミがいた。隣には、いつものようにトナカイのパソコンが座っている。
「おはよー、ゾロ。パソコン買ったの?」
おれが口を開く前に、とんでもない猫撫で声が聞こえてきた。
「ああ〜、なんて美しい・・!!こんな野郎に買われる前に貴女と巡り逢いたかった!!」
呆然とするおれの前で、金髪が仰々しくナミに跪いている。
「・・・か、変わったパソコンね」
さすがにナミも驚いたらしく顔が引きつっている。
「てめぇ!何アホな事してやがんだ!」
拳固で殴ると痛いので、平手で金髪をはたいた。
「え?何が?」
「『何が?』じゃねェ!普通にしてろ!」
跪いたままの金髪の首根っこを捕まえて無理矢理立たせた。
「普通じゃん、おれ」
「どこが普通だ!いきなり歯の浮くような事、抜かしてんじゃねェ!」
金髪はさっぱり分からねェという顔だ。
「お前!今からおれが良いっていうまで口開くな!いいな!!」





一一一気が散る。


ただでさえ、話の内容が聞き取り辛いジイさんなのに、隣で盛大に唇を尖らせて不貞腐れたアホパソコンのせいで講義に集中出来ない。なんなんだ、その顔は。泣かすぞ。





「しっかし、あんたがパソコン買うなんてね〜。しかも人間型。それも・・」
「うっせぇよ」
明らかにバカにした顔でナミが近付いてきた。
チラリと横を見ると、金髪の顔はデレデレになっている。
命令が効いてるのか黙ってはいるが、態度が露骨に怪しい。
「新品?」
「ああ」
ナミが金髪の顔を覗き込んでいる。それだけでアホパソコンがメロメロな顔になった。
・・恥ずかしい。
何でおれは、こんなアホなパソコンの隣に座ってなくちゃならねーんだ。
「ねぇ、あんたって『その道』の人だった訳?」
「ああ?その道?」
「ホモだったのかって聞いてんのよ」

ホモ?


一一一っていうとアレか?確か、男が好きだって言う・・・・・。

「んな訳あるかぁ!!」
「何よ、今の間は。怪しいわね」
「怪しくねェ!お前がいきなりアホな事言い出すから固まっただけだ!」
完全におれはナミの奴におちょくられているらしい。
「名前とかあるの?」
「ああ」
「教えてよ」
「何で?」
「呼ぶ時、便利じゃない。それとも『ゾロのパソコン君』って呼べって言うの?」
「・・・・・サンジ、だ」
「へぇ。サンジ君かぁ〜・・・・。そう。・・・プーッ!」
ナミが腹を抱えて笑い出した。
「何笑ってんだよ?」
「あんたが、パソコンに名前付けちゃう日が来るなんてね〜!!マニアの第一歩ね」
「別におれが付けた訳じゃねェ。何とかっつー設定で決まってたんだ」
「サンジ君、はじめまして。私はナミ、この子はチョッパーっていうのヨロシクね」
おれの話を無視して、トナカイのぬいぐるみをサンジの目線まで持ち上げている。
「ヨロシク」
トナカイも何やら言っている。

金髪と目が合った。

どうやら喋りたいらしい。

「・・・デレデレすんのと口説くのはやめろ。普通に出来るなら喋って良い」
金髪がコクコクと頷いた。

「こちらこそヨロシク、ナミさん、チョッパー!」
ニッコリと笑って二人(・・・いや一人と一台か?)と握手をしている。
「サンジ君って笑うと可愛いのね」
「ええ?ナミさんこそ、凄く可愛・・・」
笑った顔のまま、止まった。
「え?ちょっと、サンジ君?」
「あ、お前!人のパソコン壊すんじゃねェ!」
「私は何もしてないでしょ?・・フリーズしたみたいね、これは」
金髪の前でひらひらと手を振っていたナミが言った。
「フリーズ?」
「固まったのよ。再起動するまで動かない状態ってコト」
「サイキドウ・・・??」
「あんた、再起動も知らないの?」
「・・知らねェ」
「チョッパー、サンジ君診てあげて」
ナミが机の上にトナカイを乗せた。
「ゾロ、サンジを診てもいいか?」
「ああ」
何をするのか見ていると、サンジの耳カバーを開けて中を覗き込んでいる。両耳同じように覗き込んで振り返った。
「ゾロ、サンジの電源ボタンはどこだ?」

・・・電源ボタン・・・・。
フニャリとした暖かい玉の感触が右手に蘇った。

「ゾロ?何変な顔してんのよ。電源ボタンくらいどこにあるか知ってるんでしょ?」
「いや・・まぁ・・」
ナミの目線が痛い。
それから逃れようと顔を背けたら、今度はトナカイと目が合った。
「電源ボタンを押して強制的に電源を落して、もう一度電源を入れないとサンジ動かないよ?」
「・・・それは、アレか?ボタンを数秒押しっ放なしにするっていう・・」
「そうだよ」
「・・・・・・」
まさか、ここで股間に手を突っ込む訳にはいかない。ナミに何を言われるか分かったもんじゃない。
「ちょっと、どこにいく気?」
金髪を担ぎ上げて講堂を飛び出した。すれ違った何人かが驚いたように振り返る。

手っ取り早く便所の個室に入った。
便座の蓋を下ろして金髪を座らせる。重さに耐えかねて蓋がメキメキと鳴った。
笑顔のままなのが空恐ろしい。
ファスナーを下ろし、乱暴に手を突っ込んで電源ボタンを押した。

何が悲しくて、こんな怪しげな場所で怪しい行為をしなきゃならねーんだ。
こいつが売れ残ってた理由って、電源ボタンの位置が問題だったんじゃねーのか?
しかも、おれはコイツを持ち上げて運べるが、普通のましてや女には運べないだろう。
そしたら何か?
もし雑踏でフリーズしたら、その場で股間に手を突っ込まないといけないって事だろ?
・・・そりゃ、笑えねーだろ・・・。
いや、今のおれの状態も笑えねーがな。
個室に入る時、用を足してた奴が驚いた顔で振り向いてたのを思い出し、暗い気持ちになった。

金髪の電源が落ち、ガクリと弛緩する。
便座から落ちそうになるのを抱きかかえるようにして再度、電源を押した。

金髪がゆっくりと目を開く。
「あれ?ココどこだ?」
「大学だ。お前、こっからアパートまで一人で帰れるか?」
「あ?ああ」
「先、帰ってろ」
鍵を金髪の手に押し込む。
「何で?お前は帰らねーのか?」
「まだ講義があんだよ」
「そっか」
なんだか落胆している金髪を強引に立たせて送り出した。

「ちょっと、どこ行ってたのよ?サンジ君は?」
講堂に戻るとナミが駆け寄ってきた。
「帰した」
「え?何で?動いたんなら問題ないでしょ?」
「うるせーよ、教授来たぜ」
ナミが渋々自分の席に戻っていった。

あのアホパソコンが無事にアパートに戻れるか心配になって、次の講義の内容もあまり頭に入らなかった。


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