5時間して、ようやくバイトが終わった。さすがに立ちっ放しは疲れる。

今日は夕飯どうすっかなぁとコンビニに行こうとして金髪を思い出した。
そうだ、飯を作っておくように言ったのだ。パソコンが作る飯なんて想像も出来ないが、コンビニ弁当よりは旨いといいなと思いアパートに向かった。




オンボロアパートの門に着いて、ふと見上げると自分の部屋は真っ暗だ。
あの金髪がいるなら、電気が付いてるはずだ。
まさか、盗まれたのか?と思い、慌てて階段を駆け上がった。

玄関のドアにカギは掛かっていなかった。

くそ、32万ベリーもしたのに!
あのアホパソコン、ボディガード機能付いてるくせして、てめェの身体も守れねェのかっ!と血管が切れそうになった。あの貯金を貯めるのに、どれだけ苦労したか・・。
絶対、盗んだ野郎を見つけだして半殺しにしてやる!そう思って部屋の電気を付けた。

「おかえり」
目の前に金髪がいた。
「うお?!」
思わず後ずさった。




一一一状況が理解出来ない。




部屋は全く荒らされてなく、というか出掛けた時よりも数段、綺麗に片付いている。
金髪は別に争った形跡もなく、固まったままのおれを不思議そうに見ていた。

どうやら、泥棒が入ったわけではないらしい。


「てめェ、なんで電気付けねぇんだよ!」
ビビってしまった事に対する照れも手伝って、深夜なのも忘れて怒鳴った。
「電気?」
金髪は少し首を傾げた。分かってないようだ。
「部屋の電気だ!なんで真っ暗な中で突っ立ってやがんだ!」
「ああ?だって暗くても、おれ見えるし。勿体ねェじゃねーか、電気代が」
「見える?」
「そ、暗視機能付き。・・なんだよ、知らなかったのか?」
てめェ、常識ねーなぁと言いながら、台所に向かうヒヨコ頭をぶん殴ろうかと思った。
「飯、すぐ食べるだろ?それとも風呂が先か?」
「は?」
新婚のようなセリフに思わず脳味噌が固まった。

「飯、作っておけって言ったろ?」
「あ、ああ」
「どうすんだ?飯?風呂?」
飯と言う前に、腹の虫が盛大に鳴った。
金髪がその音に驚いて目を丸くする。
「・・まず飯だ」
「手、洗えよ」
金髪が苦笑して言った。



「食材ろくなもんなかったから」
とテーブルの上に金髪が1人分の食器を並べる。
「卵丼と吸い物」
そういえば、ずっと自炊してなかったから食料の買い置きなど殆どしてなかったのを思い出した。
「いただきます」
子供の頃からの習慣で、手を合わせて食べ始めた。
パソコンの作った飯なんてどんな味か心配したが、ちゃんと食える味だった。
ふと顔をあげると、金髪がじっと見つめている。
「なんだよ?」
「・・別に」
そう口で言いながら、顔が全然「別に」じゃない。
「お前も食うか?」
「食わねーよ。消化器官もねーのに」
まあ、そりゃそうか。
相変わらず、おれの顔を見てる金髪の表情にふと思い当たる物があった。

感想が知りたいのか?

前に付き合った女が初めて飯を作ってくれた時も、やっぱりこんな風におれの顔を見てた。

・・少し考えてから言った。

「・・普通」
パソコンにお世辞を言ってもしょうがない。
元々、お世辞とか気遣いとか苦手だ。それに嘘を言った訳じゃない。
言ったとたん、金髪がものすごく悔しそうな顔をした。

「まあ、こんなもんだろ。少なくとも俺より上手いと思うぜ」
一応、柄にもなくフォローしてみる。
「おれの実力はこんなもんじゃねェ!ちゃんと材料があれば、この百倍旨いもん、なんでも作ってやるっつーの!」
「高坊筆を選ばずっていうぜ」
「アホか!そりゃ道具の話だろうが!いくら優秀なおれでも材料や調味料が最低限なきゃどうにもならねーんだよ!高坊だって墨がなきゃ文字なんて書けねーだろーが!それと同じだ!鶏肉がなきゃ親子丼に出来ねーし、鰹節や昆布がなきゃ出汁だって取れねーんだぞ!みりんもねーし!」
金髪がギャンギャン喚く。
「うるせェ。分かったから黙れ」
辟易して言うと、金髪は不満そうに唇を尖らせて黙った。
その顔がガキみたいで少し笑った。



おれがシャワーを浴びてる間に金髪は洗い物を終えたらしく、風呂を出ると部屋の真ん中にポツンと座っていた。
人間っぽいけど人間じゃない。
分かってはいるが、部屋に誰かいるようで変な感じだ。
いや、実際いると言っていいのか?

「ちょっと退け。布団敷くから」
畳んで隅に置いてあった布団を引っ張って適当に伸ばす。
突っ伏すように寝転んだ。足がだるい。
ふと金髪の方を向くと、相変わらず黙ったまま座っていて、おれをじっと見ている。
なんとなく居心地が悪い。
「お前は・・寝る時どうすんだ?」
「スリープの時か?別に立ったままでも横になっても大丈夫だけど」
暗い部屋に突っ立ったままの金髪を想像して唸った。
それはかなり無気味だ。
もし寝ぼけて起きたら、また驚く。今度は心臓が止まるかもしれない。
「んじゃ、横んなれ。あいにく布団はねーけどな」
「別にいい。関係ないから」
スーツの上着だけ脱いでハンガーにかけると、おれの布団のすぐ横に寝転がる。
「明日の朝は起こさなくていいのか?」
「じゃあ、8時に起こしてくれ」
「分かった」
カリカリと小さく音がした。
その音に、ああ、コイツはパソコンなんだと改めて思った。
「スリープはどうすりゃいいんだ?」
「おやすみってキスしてくれればいい」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





今、コイツとんでもない事言ってなかったか?



おれの空耳か?




「・・おい、今何て言った?」
「だから、おやすみって言ってキスしてくれればスリープに入る」

おやすみのキスだと?

おれがパソコン(しかも野郎型)に何でキスしなきゃならねーんだ!

「ふざけんな、他にやり方があんだろ?」
「あるけど、面倒だぜ?」
「うっせー、説明しろ」
すると金髪はムクリと起き上がって、部屋の隅を指差した。
「付属品の箱からキーボードとマウスを取り出して、俺の左耳アダプタに端子接続、右耳から映像端子を取り出して、そこのTVのAV入力ポートに接続。TVの画面をビデオ入力にしたら、画面の左上のボタンをクリックしてベーシックメニューに入ってスリープを選択する。了解?」

・・・・なんだって?
聞き慣れない単語に金髪の言葉が耳を素通りする。

「・・・他にねーのか?」
「ない」
きっぱり言い切った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・。

おれはもう眠い。

今から付属品の入った段ボールを開いたり、わけのわからんケーブルを繋いだりする気力はねぇ。
それにコイツは見た目は人間くさいがれっきとしたパソコンで家電だ。
物だ。
物体だ。



金髪の腕を掴んで乱暴に引いた。
おれの胸元に倒れ込むように金髪が崩れた。

「・・おやすみ」
金髪の少し開いた唇を見つめながらキスをしようと顔を寄せた。





突然、金髪の右手が割り込んで俺の顎を掴んで押し返す。
「誰が口にキスしろって言ったよ。どこでもいーんだよ、手でも足でも背中でも!」
心底バカにしたような口調に今度こそキレた。

「それを先に言え!このアホ!!」
げんこつで金髪の頭を殴った。

「・・っ!!」
金髪の頭は恐ろしい程固かった。
「いっ・・・て〜〜〜〜〜〜!!」
「そんな攻撃、おれに利くわけねーだろ。基本躯体は合金なんだ。骨砕けるぞ?」
そうか、パソコンの骨は合金で出来てんのか。と分かったところでもう遅い。
関節が悲鳴を上げている。

ちくしょう。

「あーあー、シップとかあったっけ?この部屋」
「・・うっせえ!」
嫌そうに言うところがまたむかつく。
家電の分際で。

「・・んじゃ、さっきの続き。どこにする?」
肩をすくめて、金髪がオーバージェスチャーで手を広げた。
「手ェ貸せ」
金髪がゆっくりと甲を上にして右手を差し出してくる。
そこに半ばやけくそで唇をよせた。
「おやすみ」
キスをすると、
金髪がニコリと笑ってから畳に倒れ込んだ。


どっと疲れた。


世の中の人間はみんなこんな事してパソコンを使ってるのかと思って、ちょっと空しくもなったりした。ウソップもあのクリーム色の髪のパソコンにおやすみとか言ってキスしてやがんのか?と思いながら、金髪を見ると、胸が呼吸するように上下している。
コイツ、息してんのか?と驚いて口元に手を翳すとわずかに空気の流れがある。
試しに胸に耳をつけるとドクドクと鼓動が聞こえてきた。
電源が入ってるかどうかの見分けなんだろうか?
まるで生きているようで、変な感じだった。

金髪が呼吸するのを眺めているうちに、いつの間にか眠っていた。

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