| 平穏な昼下がり、黒いスーツを着込んだ金髪野郎を右肩に担いでアパートへ向かっていた。 道行く人がギョっとした顔で振り向いたが、黒スーツがパソコンだと気付いてホッと胸を撫で下ろしたりしていた。拉致ってる訳じゃねェ!と文句を言いたかったが、どうせ知らない人間だ。勝手に驚いてろ!と無視する事にした。 なんでこんな事になったかと言うと、突然グローバルスタンダードだかIT化だか知らないが課題等の提出をすべてネットで行うハメになったからだ。 *** 最初、中古にしようと思ったのだが、ウソップが長く使う気なら絶対新品にしておけと力説するので新品を買いに駅前のパソコンショップに行った。 持ち金は38万ベリー。 単車を買おうと思ってバイトで貯めたなけなしの貯金だ。 あと少しで欲しかった単車が買えたのに、またふりだしだ。 パソコンなんかに興味などなかったから、基本的なスペックやら付属ソフトやら、説明が書いてあるがさっぱり分からない。とにかく分かるのは、どれも自分の持ち金では買えないという事だ。 大体、なんでパソコンという家電は人型をしてるのか。2足歩行させるための関節とか駆動モーターや人工皮膚とかのせいで高いんじゃないかと思えた。 モバイル用という小さいパソコンなら安いかと思ったが、逆に高額だった。そういえばウソップが、モバイルは後で改造に限界があるからやめとけと言っていたのを思い出し、もとのデカいパソコン売り場に戻ってきた。 さて、どうしたものか。 38万を頭金にして分割にするしかないのかと頭を巡らせていると、コーナーの片隅で金髪を発見した。 肩からセールのたすきを掛けている。 値段は32万ベリー。 スペックとやらを見ると別に悪い感じでもない。他のパソコンと似たような数字が並んでいる。ネットは出来るようだし、家事機能とボディーガード機能もついてるらしい。まあ、ボディーガード機能なんて、おれにはいらないがな。 店員を呼び止めて、金髪をくれと言うと、何だか渋い顔で「女性用なんですよ」と言う。 別にパソコンの機能があれば他はどうでもいいと言っても、まだブツブツ言っている。 結局、文句は言わない旨を一筆書いて商談が成立した。 *** 安普請のアパートのドアをあけ、金髪を畳の上に転がした。その重さに木造の床がミシリと鳴った。たぶん金髪の体重(・・いや重量か?)は100kgくらいだろう。 さすがに少し肩が凝った。 首筋を鳴らしながら冷蔵庫を開け、ペットボトルを出して飲んだ。ちなみに中身は水道水だ。 ディバックから付属品が入った箱と電話帳以上に厚い説明書を取り出して、これまた畳の上に放り投げた。説明書の厚さからして既に読む気力が出ない。大体、自分から欲しくなって買った訳でもないのだ。 取りあえず起動してしまえば、パソコンが勝手に説明してくれるだろうと思いスイッチを探した。確か学校のパソコンは耳の端子の横にあったよなと思いながら、金髪の耳のカバーを開いた。 「・・・どこにあんだよ」 スイッチらしき突起はすべて押してみた。 そんな訳あるかよと思いつつ、乳首も押してみたが、当然、起動しない。 「メンドクせーなぁ」 説明書の束の中から「さいしょに」という薄い冊子を見つけて電源の入れ方を探した。 「・・・マジかよ・・」 電源は股の間にあるらしい。 何でそんなとこにあるのかと思ったら、そのすぐ下に説明が書いてあった。 ボディーガードの機能として暴漢にスイッチを切られるのを防ぐために押しにくい股の間にしてあるらしい。 ちらりと金髪を見た。 担いで運んできたせいでショップで見たさらさらの髪はややボサボサになって、耳のカバーは開いたままで引っ張り出したケーブルがリボンのようだ。上を向かせた反動で唇が薄く開いて白い歯とピンクの舌が覗いている。 スーツは上半身だけ半端に脱がされてピンクベージュの乳首が丸見えだ。 さっき触った肌の感触は、冷たくてスベスベしていた。 なんでここまで精巧に作る必要があるのかと思う程、人間に近い。 まさか股間まで作ってねーだろうなと思いつつ、何だか卑猥な事をしているような気分になって生唾を飲み込んだ。 ズボンのチャックを静かに下ろす。 パンツは穿いてなかった。 驚いた事に股間もちゃんと作られていた。 ちょっと嫌な気分になった。 好き好んで野郎の股間など見たくない。作り物なのに妙にリアルで思わず目を反らした。 それでも、電源を入れなければパソコンとして使えない。しかたなく陰嚢を持ち上げるようにして、奥にあったスイッチを押した。 キュイィ−ンと共鳴するような音がしてパソコン独特のカリカリという音が小さく聞こえてきた。 1分程かかって、金髪がゆっくり目を開いた。 青い瞳だった。 目があうと次の瞬間、金髪が微笑んで言った。 「はじめまして、レディ」 「・・・おれはレディじゃねぇ」 そう言うと金髪は少し不思議そうな顔をしてあたりを見回した。 「おれの使用者のレディはどこだ?」 「使用者はおれだ」 「おれの使用者はレディと決まっている」 「そんな事知るかよ。おれがお前を買ったんだ。使用者はおれだ!」 とたんに金髪からカリカリと音が聞こえてきた。目がうつろになっている。 「おい!」 1分程待ったが反応がない。 早速、壊れたのか?とさすがにドキドキした。なにせ一筆書いたために返品が利かない。 取りあえず殴ってみるかと思った。 家電がおかしくなった時は右斜45度の角度で殴れば復活すると相場が決まっている。まず頭から行くかと思って右手を振り上げた所でドアからウソップが顔を出した。 「おう、ゾロ!お前がどこかの金持ちを誘拐したって噂で大騒ぎだぜ?」 「アホか、パソコン担いで帰っただけだ」 「もう買ったのか?っつーか、担いで?」 「あー、まあな。早速おかしくなっちまってよ。ちょっと見てくれよ」 「普通、担いで帰らねーぞ!大体、重くて持てねェし!店で起動すりゃパソコンが自分で歩くだろ・・まぁ、いいけどよ。どれどれ、お?」 金髪を見てウソップが固まった。 「お前・・野郎型買ったのか?」 「これしか新品で買えるのがなかったんだよ」 「しかも服脱がして何やってんだよ?お前そっちの気があったのか?」 「ある訳ねーだろ!電源探したんだよ」 「電源って・・で、今は何してんだ?」 「しらねーよ。使用者はおれだって言ったらカリカリ言い出して」 ふーんと返事をしながら、説明書をパラパラめくってたウソップがあちゃーと声を上げた。マジかよーと言いながら他の説明書も引っぱり出している。 「なんだよ」 「このパソコン、使用者は女と限定して開発したらしいな」 「それが何か問題あるのかよ?」 「大有りだ!ショップの店員は何も言ってなかったのか?」 「あー、まぁ。女性用なんでとか何とか。でも他のヤツは買えなかったからコイツで良いって言ったんだ」 ウソップが頭を抱えた。 「だから、なんだよ?」 「しょーがねぇなぁ・・カヤ2号から外部ディスク扱いでプログラム書き換えるっきゃねーな・・・」 ウソップは端子がどうのとブツブツ言っている。 「何言ってんだ?」 「お前が使えるようにコイツのソフト変更してやるっていってんだよ。取りあえず、こりゃ電源落すしかねーから・・・って電源ってどこだよ?」 耳のカバーを開けて覗き込んでるウソップに言ってやった。 「股間」 「はぁ??」 やはり普通のパソコンと違うらしく、ウソップが派手な間抜け面で驚いてる。 「押せばいいのか?」 「あ、ああ。数秒押しっ放しにすると自動的に電源が切れるから・・」 金髪のズボンの中に手を入れるとさっきと違って人肌に暖かい。フニャリとした玉の感触に思わず手を引っ込めた。 「どうした?」 「何でもねェ」 意を決して乱暴に手を突っ込んで、電源ボタンを押した。 しばらくして金髪は目を伏せたままで固まった。 電源が落ちると急に人形っぽく感じるのは青い目が光を反射しなくなるからだろうか。 「んじゃ、コイツしばらくおれが預かるからな。まー急いでやるけど、やってみねー事にはどん位かかるかわかんね−が」 「ああ、頼む」 斜上の部屋に住むウソップの部屋に金髪を運んだ。 「おかえりなさい」 遠距離恋愛中の彼女そっくりに自分で作ったと言うパソコンがニッコリと微笑んだ。 「おーただいま」 「ゾロさん、いらっしゃい」 「おう」 家電に返事をするのは、どうも抵抗がある。 「んじゃ、そいつココに置いてくれ」 足が邪魔だと言うので、体育座りにさせた。 「これでいいか?」 「ああ、お前バイトだろ?行っていいぞ」 「悪いな、今度何か礼するからよ」 ウソップの部屋を後にして、交通整理のバイトに向かった。 バイトの現場に向かう途中、パソコンとすれ違うたびに目で追った。おれもパソコンを買ったんだよなと思い、金髪が笑った顔を思い出した。 *** それから3日程してウソップがおれを呼びに来た。 「たぶん大丈夫だと思うが、まー使いながら改良してくしかねェな」 何やら説明をしていたが、専門用語が多かったり、話が脇にそれたりして何だか分からなかった。ようは、使用者が野郎でも動くようにはしてくれたらしい。 「それから、先に言っておくけど、動かなくなっても中でカリカリ言ってたらハードディスクが動いてる最中って事だから、この前みたく殴って直そうなんて思うなよ。ディスクが壊れる可能性があるからな。もし壊れたら修理代がすげーぞ」 「へいへい」 「じゃー、おれは寝るからな。勝手にソイツ持って行けよ」 この3日間ろくに寝てねーんだよとか何とか言いながら、ふとんに潜り込むウソップに礼を言って、再び金髪を担いで部屋に戻った。 電源を入れ、しばらく待つと金髪が目を開いた。 この前と同じようにニコリと笑う。 「はじめまして」 「・・おう」 おれが返事をしたとたん、金髪が嫌そうな顔をした。 「おれの使用者は・・」 「おれだ」 ますます金髪が嫌な顔をする。 ぶん殴ってやろうかと思ったがウソップの言葉を思い出してぐっと堪えた。 パソコンなんかにこれ以上、金を掛けたくない。 気が付くと、金髪は目をやや伏せてカリカリ音を立てていた。 また壊れたのかとドキドキして金髪の様子を伺っていると、少しして口を開いた。 「まず最初に、本機の使用にあたり、以下の契約内容に同意頂けますか?第1項、」 「同意する」 説明が長くなりそうだったので慌てて言った。 「ユーザー登録を行います。あなたのお名前は?」 「ロロノア・ゾロ」 再び無表情な金髪からカリカリと音がする。 「お誕生日は?」 「11月11日」 なんでそんな事を聞くんだ?と思いながら住所だの電話番号だの続く質問に答えて行く。途中から心理テストのような質問になって、何なんだ一体・・と思いつつ、10分程かかって、ようやく質問が止んだ。 ユーザー登録が完了しましたと言ったので、やっと使える状態になったらしい。 金髪が顔を上げた。 「あー、もう最悪だ」 眉間にしわを寄せて文句を言う。 「なんで使用者が野郎なんだよ」 「おれがお前を買ったからだろ」 「買うなよ。おれは女性向けなのに」 「うるせぇな」 安かったんだよ、と言うのは可哀想な気がして黙った。 「で、パスワードは?」 「何が?」 「おれが他の人間に勝手に使われないようにプロテクトかけるんだよ。例えば、この先お前が日記つけたりするとするだろ?そーいう個人情報を見られないようにする事が出来るんだよ」 「おれが日記なんか付けるか」 「じゃあ、お前がエロサイト行った履歴とか隠せるぜ」 「んなもん、見るか」 だんだんムカムカしてきた。パソコンってヤツは素直に命令に従ってるだけの家電のはずなのに。どうしてコイツはこう反抗的なのか。 「とにかくパスワード入れないと何にも出来ないぜ?」 「それを先に言え!」 「んじゃ、どーぞ」 金髪のふざけた眉毛が目に入った。 「・・ぐるぐる」 「却下、短い。6文字以上30字以内だ」 「ぐるぐるまゆげ」 何を言われてるのか気付いた金髪の眉間にとたんにしわが寄った。 「・・喧嘩売ってんのか?てめェは」 「なんでも良いんだろ?」 「・・それはひらがな?カタカナ?ちなみに全部同じにしない方がいいぜ。本当は意味のない言葉の方が良いんだけどな」 「じゃあ、グルグルがカタカナ」 「OK。”グルグルまゆげ”ね」 また目を伏せてカリカリ音が聞こえた。 「登録できたぜ。んで、おれは何をすりゃいい?」 「別に、今は用事ねぇよ」 「そうかよ」 金髪が少し寂しそうな顔をした。 「あー、おれバイト行くから。・・お前を使わない時はどうすりゃいいんだ?電源切るのか?」 「電源は基本的に一度入れたら、ずっとそのままだ。使わない時はスリープにする。人間でいうと寝てる状態かな。まー実際は寝てる訳じゃないけど。名前呼ぶかタイマーセットしとけば起きるから」 「名前?」 「おれの名前。初期設定は『サンジ』だ。変更するか?」 「いや、いい」 「スリープの命令は?」 「・・いい。お前、家事出来るんだろ?」 「ああ」 「帰ってくるまでに部屋掃除しといてくれよ。あと飯も」 「掃除道具と飯の材料は?」 「この部屋にあるものは適当に使って良い。・・っと、もう行かねーと」 放り投げてあったバックから財布だけ取り出してポケットに詰め込んで玄関に向かう。 「帰りは?」 「12時過ぎ位だ」 スニーカーの紐を締めながら答えた。 カギを探そうとしてパソコンがいるなら閉めなくてもいいかと思い直し、立ち上がってドアを開けた。木のドアがギィとレトロな悲鳴をあげる。 「じゃあな。留守番しとけ」 振り返るとすぐ近くに金髪がいた。後をついてきたらしい。 「いってらっしゃい」 起動した時とは違う、すこし照れたような顔で笑う。それが妙に人間くさい。 「おう」 そういえば、「いってらっしゃい」なんて見送られるのは何年ぶりだ?と思いながら、アパートを後にした。 |