◆ 9.


三蔵が消えてから三日が経っていた。
寝る間も惜しんで探している三人は、川から一番近い街の宿に滞在することにした。
無闇に歩き回っても一向に見つからない現状は、時間のロスだけでなく自分たちの体力も消耗してしまう。
それで、拠点を決めて分担して探す方法に変えたのである。

「悟空、あなたの声はきっと三蔵に届くはずです」
「うん」
「だから、今日も頑張って、ここで三蔵を呼び続けていてください」
「わかった」
「僕達は少しでも手掛かりが無いか探してきますから」
「うん、気をつけて!」

悟空が宿でじっとしているのは本当は苦痛だろう。
しかし、自ら進んで留守番を買って出た。
三蔵は迷わずここへ来る、とそれだけを信じて。
その間に、八戒と悟浄は情報収集の為、外へ出掛けた。

「もう少し下流まで行ってみますか」

取り敢えず川まで来た二人は、流れに沿って下ってみることにした。
しばらくは民家も何も無い景色が続いている。
焦る気持ちを押さえて更に進むと、やがて林の向こうに煙が立ち上っているのが見えた。

「人が住んでそうだな」
「そうですね、どなたか見つけて訊いてみましょう」

煙を目指して足早に歩いていった先に、小さな村があった。
辺りを見まわすと、丁度、荷車を押している男がいたので、二人は急いで駆け寄った。

「すみません! お聞きしたいことがっ!!」


* * *


八戒と悟浄は、立ち寄った村で、「昨日、金髪の人物を目撃した人がいる」 との話を聞いた。
そこからは少し離れた山の中腹にひとりで暮らしている、瓏洸という男と一緒に歩いているのを見たと。
細い体付きで、肩には届かないくらいの長さの見事な金色の髪が目立っていたらしい。
遠目からだったが、綺麗な顔立ちだったそうだ、とも言っていた。
だから、瓏洸がいつの間にか嫁でも探してきたのかと、村で噂しあっていたということだった。

「金髪の女ねえ」
「見えないことも無いですからね」

その人物がまだ三蔵と決まったわけでは無いが、可能性は高いと考えた。

「行ってみっか」
「ええ」

二人は、下ってきた川をまた上っていった。
山へ入ることができると教えてもらった道は獣道のようで、進めど進めど、鬱蒼とした林が続くばかりだった。

「こんなとこにホントに人が住んでんのか?」
「間違ってはいないはずですが…」

先へ進んでいいものかどうか迷い始めた時、木々の向こうに、歩いている二人連れを見つけた。
背の低い方は大きな籠を両手で抱え、隣を歩いている籠を背負った男と肯きあいながら楽しそうに笑っている。
八戒と悟浄は、咄嗟にしゃがんで身を隠した。
信じられないものを見たとでもいうように、四つの瞳が見開いていた。

「……あれ、誰?」
「三蔵……ですよね……」

その、かつて目にしたことが無い笑顔を見て別人かと疑った。
しかし、額に真紅の印を持っている人物など、そうそういるはずがない。

「どういうことだ?」
「さあ…僕達との旅よりもここでの生活を選んだ、なんてことは考えられませんし」
「ああ……」
「選ばざるを得ない状況に陥っているのか……」
「ここに居ろとかって脅されてる、ってことか?」
「それは有り得ないでしょうね」

三蔵の性格からして、と八戒は苦笑した。

「なら、何だよ?」
「わかりません…とにかく、確かめてみましょう」
「おう、そうだな!」

駆け寄ろうとした時、三蔵の横を歩いていた男が三蔵に何か告げると、いきなり先に走り出した。
三蔵は、やれやれといった表情ながらも、笑みを浮かべたままでいる。

「丁度いい」

都合よくひとりになったので、悟浄が先回りして山道の途中で三蔵を待ち構えた。
そこへ三蔵が近づいてきて、道の真ん中でポケットに手を突っ込んで立っている悟浄と出くわした。

(やっと逢えた)

見つけられた安心のみが先に立ち、悟浄の顔はにやけていた。
しかし、三蔵はチラと一瞥しただけで、知らん顔して横を通り過ぎようとする。

「え???」

何もリアクションが無かったことに驚いた悟浄は、慌てて三蔵の肩を掴んだ。

「おい、待てよ!」
「離せっ、何をするっ!!」

三蔵は思いっきり悟浄の手を振り払った。

「そりゃ無いんじゃないのー?」
「誰だ…? 俺に何の用だ?」

誰……?
この俺に向かって誰だって?!

予想もしなかった反応に悟浄が呆然としていると、三蔵の後方から八戒が追いついた。

「捕まえましたか?」

顔はニコニコとしているが、その台詞は三蔵にとっては人攫いに遭ったような恐ろしさを感じさせるものだった。
いきなりのことに、目の前に現れた二人が自分と関わりがあるかどうかまでは考えも及ばない。
とにかく逃げなければ、とそれだけを思った。

「どけっ!」

道を塞いでいる悟浄を突き飛ばすと、後ろも見ずに一目散に駆けて行く。

「え?」

八戒もまた、予想外の三蔵の行動に面くらい、すぐに追い掛けることができなかった。
三蔵の後ろ姿を呆然と見送った二人が見合わせた顔には、巨大な疑問符が付いている。

「どうしたんですか?」
「わからん……いや、あいつ、俺に “誰だ?” ってぬかした」

その言葉に八戒も、さっき自分を見た三蔵の目が他人を見るようだったのを思い出した。

「僕達のことが、わからなくなっているのかもしれませんね」
「何だと?」
「もしかして、記憶喪失……」
「マジかよー」

悟浄が転んだまま頭を抱えた。
せっかく見つけたと思ったのに、せっかくこの手に取り戻せると思ったのに、自分のことがわからないだと?

「クソッ!!」

地面に拳を突き刺す。
むしゃくしゃした気持ちを、とにかく何かにぶつけたかった。

「一応、無事は確認できましたから……今日は一旦、戻りましょう」

落ち着いているように聞こえる八戒の声だが、実は密かに激昂していた。

――他の者に向けられる笑顔など、見たくなかった……!!

三蔵が駆けて行った方向を見ながら、切れそうなほどに唇を噛み締めている八戒。
固く握った拳は、しばらくの間、わなわなと震えていた。



辺りが段々と薄暗くなっていく。
遠くで聞こえていた雷鳴が、徐々に近づいてきていた。


* * *


家に飛びこんだ三蔵が、バタンと大きな音を立てて扉を閉めた。

(追いかけてくるだろうか…?)

息を弾ませながらそのまましばらく扉を押さえ、外の物音を覗っていると、家の奥から瓏洸が出てきた。

「心配無かった、火は消えて…… どうかしたのか?」
「二人組みの男に捕まりそうになった」
「何っ?!」

瓏洸は三蔵が押さえていた手を外させると、慌てて外へ飛び出していった。
家の廻りを確認してから、少し離れた道まで走っていき、辺りを見まわしている。
扉の陰から瓏洸を見ていた三蔵は、知らないうちに手が懐を探っていたのに気付いた。

(ん? 俺は何をしようとしていたんだ?)

どこか手持ち無沙汰のような感覚。
この手は、危険が差し迫った時、何かを持っていたのだろうか?

そう考えながらじっと手を見つめていると、瓏洸が戻ってきた。

「もう、誰もいないようだ。 胡蝶、大丈夫だったか?」
「…ああ」

答えると同時に、抱きすくめられた。

「すまん、ひとりにして」
「い、いや、おまえのせいでは……」
「顔に見覚えは?」
「無い… ひとりは髪も目も赤くてにやにやしていて、もうひとりも顔は笑っていたが緑の目の腹黒そうな奴だった」

まだ身体を抱えられたままの三蔵は、瓏洸の問いに俯き加減でボソボソと答える。

「胡蝶は綺麗だから、女と間違われてしまったのかもな」
「…迷惑な話だ」

三蔵が身じろぎしたが、瓏洸は廻している腕にさらに力を込めて離そうとしない。

「とにかく、無事で良かった」
「瓏洸……」

強く抱き締められ息苦しささえ覚えた。
けれど、不安感に襲われていた先ほどとは違い、この逞しい腕は何よりも安心できる気がした。

「胡蝶」

吐息と共に自分に付けられた名前を囁かれ、三蔵は心臓が躍ったのを感じた。

「ここを離れて、俺とどこかで一緒に暮らさないか?」
「え……」
「誰も俺達を知らないところで、二人で、ずっと」
「……」

瓏洸の腕の中で、三蔵は迷っていた。

自分はどうしたいのだろう?
差し伸べられたこの腕を取るのか。
それとも、見失ったかもしれない誰かの手を探し続けるのか。

「考えておいてほしい」
「……わかった」

少し間があってから答えが耳に届くと、瓏洸は離れる前にもう一度だけ、ぎゅっと三蔵を抱き締めた。


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遊亜さんによると、瓏洸の声のイメージは中田譲治さんだそうです(〃∇〃) 晴臣〜///

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