◆ 12.


昨夜の雷雨が嘘のように晴れ渡っている。
八戒と悟浄は早速三蔵の元へ向かおうと、また悟空に留守番を頼んで宿を出た。

二人とも焦る気持ちを無理矢理押さえて、走り出さないぎりぎりの速度で歩いていた。
いつもなら軽口を叩く悟浄も、別人のような三蔵を見てからは口数が減っている。
今も、黙りこくったまま、ひたすら足だけを動かしているような状態だった。

「うわっ!」

街外れの十字路を曲がったところで、こちらに歩いてくる人とぶつかりそうになった。
慌てて謝ろうと顔を見ると、そこに居たのは三蔵の情報を教えてくれた村人だった。

「例の美人さんは……おたくらが探していた人だったかの?」

どこか心ここにあらずといったそわそわした様子で男が訊いてきた。

「はっきり確認したわけではないんですが…多分そうだと思います」

どこか冷たくも聞こえる八戒の返事に曖昧に頷きながら、男は辺りに視線をさ迷わせている。
何かおかしい、と八戒と悟浄が顔を見合わせると、やがて落ち着き無く動き始めた。

「なら…早く行った方がいい」

そう言うや否や、いきなり逃げようと駆け出した。

「待てよ!」

悟浄が追い掛けると、あっさりと捕まり、それからは観念したようにおとなしくなっている。

「どうしたんですか?」

先ほどよりは幾分柔らかい声で八戒が訊ねると、村人はおずおずと口を開いた。

今朝、妖怪らしい輩がやってきて、二人と同じ事を尋ねたと。
その妖怪も、金髪の僧を探しているとのことだった。
男は、「僧かどうかはわからないが、金の髪の人物がいるのを見た者がいる」 と返事をしたと答えた。
目撃した本人は昨日から泊りがけで出かけていたので、それ以上の追求はできない。
だから、あやふやに誤魔化して家までは教えなかったと言う。
しかし、見つかるのも時間の問題では無いか……と。

その遣り取りを、三蔵が欲しがった新聞を調達する為に朝早くから街に下りてきていた瓏洸が耳にしていた。
三蔵を捕まえようとした、紅い長髪に紅の瞳と黒の短髪に緑の瞳の男の二人組み。
話に聞いた通りの二人を偶然見つけたので、こっそり様子を覗っていたところだった。

(胡蝶の姿を見られていたのか……)

この二人は多分、記憶を無くす前の胡蝶を知っている人物だろう。
きっと、心配して探しているのだと思う。
けれど、今、胡蝶を自分の手から離すつもりなどさらさら無かった。

(それよりも…)

妖怪までもが胡蝶を探しているらしいというのはどういうことだ?
疑問は湧いたが、ぐずぐずしている暇は無い。

(胡蝶、無事でいてくれ!!)

瓏洸は自分しか知らない抜け道を使って、慌てて家へと戻った。


* * *


「胡蝶! どこだ、胡蝶!!」

扉を開けるのももどかしく中に飛び込んできた瓏洸の慌てた様子に、三蔵は何かが起こったと察した。

「どうした?」
「無事だったか!」

三蔵の問いには答えず、朝、出かける時に見たままの三蔵の姿を前にして、瓏洸はひとつの決心をした。

「すぐ戻る」

そう言って三蔵を待たせ、納屋から戻ってきた瓏洸が手にしていたのは、法衣などの衣服一式と経文だった。

「これは、俺が川でおまえを見付けた時、着ていたものだ」
「俺は……僧なのか……?」

真実を知らない瓏洸は 「詳しくはわからないが」 と困った顔になりながら、持っていた物を全て三蔵に手渡した。

「きっと、大事な物なのだと思う。 だから、身に着けていた方が安心だろう」

さあ、と急かして、寝室へ押し込んだ。

「おまえは俺が守るから」

中にいる三蔵に向かってドア越しに瓏洸が告げた言葉が、三蔵の心に引っ掛かった。

――守る……?

着替え終わった自分の姿を見て、三蔵は何かを思い出しかけた。

違う、俺は守られたいんじゃない。
誰かを守りたいわけでもない。
もう失うのは嫌だから、守らなくてもいいものしかいらない、と………

え?
失うって、何を?
守らなくていいものとは…何なのだ?

三蔵が必死で記憶を手繰り寄せようとした時、誰かが家の中へ押し入ってくる音がした。

「うわーっ!」

瓏洸の叫び声を聞き、慌てて飛び出した三蔵の目に、何本もの手を持つ異様な妖怪の姿が飛び込んできた。

「やはり生きていたか、探したぜ」

自分を知っているのか、と紫暗の瞳に僅かに動揺が走ったものの、三蔵は怯まずに妖怪を睨みつけた。

「いいねえ、その眼、ぞくぞくする。 紅孩児様には経文さえ渡せばいいことだし、ふふっ」
「やめろーっ!!!」

一歩、三蔵に近寄ろうとした妖怪に、瓏洸が体当たりしてきた。

「邪魔だっ」

三蔵の目の前で、妖怪の爪が瓏洸の喉を切り裂いた。
吹き出す血飛沫。
鮮血に赤く染まった身体がゆっくりと崩れ落ちる。

「こ……ちょ………」

幻を掴むように、ぴくぴくと震えながら三蔵に向かって伸ばされた手が、やがてぱたっと動かなくなった。


え…………
瓏…洸…………?
俺はまだ、おまえに何も伝えていないのに……
昨晩、俺がおまえを拒んだからか?
だから、これは俺への罰なのか………?
目を開けてくれ、返事をしてくれ、瓏洸………


「瓏洸ーーーーーーーーっ!!」

絶叫が辺りに響き渡った。


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