◆ 11.


「入るぞ」

寝室は明かりが消されていた。
雨戸を開けたままの窓からは、まだ薄っすらと雲が残った向こうに、ぼんやりと霞んでいる月が見える。
その柔らかな光が、部屋にも忍び込んできていた。

宣言の通りに、三蔵は壁にくっつくように身を寄せてベッドの半分を空けていた。

「久しぶりだ」

横に滑りこみながら瓏洸が言うと、三蔵が僅かに身じろいだ。

「すまんな、俺のせいで」
「ばーか、何を今更」

瓏洸の手作りのこのベッドは、三蔵が運び込まれた時から三蔵専用になった。
もともと瓏洸は、家も家具も全て自分の手で作っている。
三蔵がここでの生活を承諾した後、寝室は三蔵に明け渡し、自分は居間の隅に新たに作ったベッドを使っていた。
だから、こちらを使うのは久しぶりのことだった。

「胡蝶、そんな姿勢では疲れるぞ。 もう少しこっちに来い」
「……」

あまりに壁際にいた三蔵を見て笑いながら、瓏洸が穏やかに促す。
けれど、三蔵は動けずにいた。

自分から誘ったようになってしまっているこの状況。
今夜、一人で眠りたくなかったのは本当だが、すぐ傍に瓏洸がいると思うと緊張で固くなってしまう。

「胡蝶〜」
「なっ!」

瓏洸は歌うように名を呼ぶと、手を三蔵の身体の下に潜り込ませた。
そのまま、三蔵を後ろ抱きにして自分の方へと引き寄せる。
胸元に抱え込んだ髪に顔を埋めて、瓏洸が大きく息を吸った。

「ああ、おまえの匂いだ」
「…どんな……?」
「香料は何もつけていないのに、香(かぐわ)しい」
「え…?」
「俺を酔わせる、いい匂いだ」
「やっ…」

思わず逃げようとした三蔵の身体を、瓏洸が逃すまいとしっかり抱え込んだ。
そのまま、うなじに顔を寄せていく。

「あっ……」

肌を辿る唇に思わず声が出た。
瓏洸は堪らず、三蔵をベッドに仰向けに押し付けた。

「悪い、我慢できそうにない」

片方の手首はしっかりと握られ、下半身も足で押さえ込まれている。
身動きが取れない三蔵は、近づいてくる瓏洸の唇から逃れることができなかった。

「…!!」

首筋を舌が這うと、触れられたところが熱くなる。
仰け反る白い肌に、瓏洸は夢中になった。
雄の発する荒い息遣いが三蔵の鼓膜を震わせる。

「胡蝶……」

もう耳に馴染んでいたはずなのに、初めて聞くような瓏洸の声。
想いが篭ったその甘い声が、三蔵の身体の奥に火を点けた。

「やっ……ぁ……」

耳朶を口に含まれると、喘ぎ声が漏れてしまう。
離れることなく肌を辿っていた瓏洸の唇が三蔵のそれを捕らえた。

「んっ!」

唇と唇が触れた途端、驚きに身体が跳ねあがりかけた。
けれど、瓏洸のくちづけは甘く優しく、三蔵の身体も心も溶かしていった。

「…ぁ………んんっ…」

角度を変える毎に唇の端から時折零れる声は、自分のものとは思えない。
頭の芯がくらくらする。

――あれ………

不意に三蔵は、この感覚を味わうのは初めてでは無いような気がした。

誰と…?
俺は、いつ、誰と……?!

その時、重なった二人の身体の間を、瓏洸の手が割って入ってきた。
中心部分に触れられた瞬間、三蔵の理性が制止を要求した。
思わず身を捩って唇から逃れると、それ以上進まないように瓏洸の腕を掴んだ。

「駄目……だ………」

ぎゅっと目を瞑り、力の限りに自分を押し留めようとする三蔵には、それ以上の無理強いはできなかった。

「すまなかった…もう、何もしないから」

瓏洸は三蔵の横にバタンと仰向けに転がると、天井を見つめて息を吐いた。

「あっちに戻る」

そう言って置きあがろうとした瓏洸の小指に、三蔵の指が絡んだ。
動きを止めて横を見ると、三蔵がさっきの体勢のまま丸くなっている。
そしてその手は、赤ん坊が大人の指を掴むように、五本の指で瓏洸の小指を握っていた。

「胡蝶…?」

拒絶されたはずなのに、と瓏洸が困惑していると、三蔵が握っている指に力を込めた。

「今夜は…まだ冷える……」
「お互い、湯たんぽ代わりにはなるか」

三蔵がこくんと肯いた。
それは、ここに居てもいいということ。

この先、もしもずっと一緒に暮らしていくのなら、お互いをもっと理解することが優先だろう。
身体を重ねるのは、それからでも遅くは無い。

二度と焦ったりしないように、と自分に言い聞かせ、瓏洸は三蔵の体温を身体の片方に感じながら瞼を閉じた。


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