朧月夜のひとときは、胡蝶の夢の戯れに。 * * * ◆ 1. 「起きてる?」 「…」 「三蔵?」 「………」 「三蔵サマ〜〜〜!」 「うるさい」 「あいつら、どこ行ったんだろうな?」 「知らんっ」 ついさっき、野宿のジープから八戒が降りた後を悟空が追っていった。 「あー、目が冴えちまった」 悟浄がそう言うと、前の助手席でライターを使う音がした。 三蔵も同じように眠れないらしく、すぐに紫煙が立ち上っている。 「しっかし暇だね〜、寝る以外になーんもすることが無い夜ってのは」 「別に、俺はおまえと違って暇だとは感じてないが」 「つれない奴」 静かな夜。 ふと見上げた天空には、降って来そうなほどの星空が広がっていた。 三蔵がその星々に向かって煙を吐き出していると、しばしの沈黙を破って悟浄が口を開いた。 「なあ、賭けしない?」 「んあ?」 突然の申し出に三蔵の眉が顰められる。 「このコイン、裏と表のどっちが出るかの一発勝負」 「賭けの対象は?」 「勝った方が煙草一箱おごる、ってのは」 「ケチ臭ぇ」 ふっと鼻で笑ってそっぽを向いた三蔵を引き留めようと、悟浄が助手席に身を乗り出した。 「んじゃ、1カートン! これでどうよ」 「俺に勝てると思ってんのか」 「やってみなきゃわかんねーだろ」 目を眇めたまま、三蔵が身体を少しずらせて半身を悟浄に向けた。 それを合図に、悟浄がコインを上に弾く。 落ちてきたところを片手で掴むと、もう片方の手の甲に被せた。 「さあ、どっち?」 「表」 迷う素振りも見せずに三蔵が答える。 現われたコインは、表を見せていた。 「俺の勝ちだな」 「ったく、いきなり負けかよ〜」 がっくりと肩を落とした悟浄をチラッと見た三蔵の口の端が、笑ったように上げられた。 半分は嘲笑っぽくもあったが、憮然としている表情よりはよっぽどいい。 と、悟浄は悔しそうな顔をしながらも、そっと三蔵の横顔を盗み見ていた。 「何だ?」 視線に気付いた三蔵の怪訝そうな声に対して、悟浄は首を横に振る。 「いいや、何でもねぇ」 いつもの仏頂面に戻ってしまったのを残念に思いながら、悟浄はシートに深く身体を沈ませた。 「チクショー、すぐにリベンジしてやる!!」 「おまえの出費が嵩むだけだぞ」 前に向き直った三蔵が腕組みしながら呆れたように言うと、悟浄が口を尖らせた。 「たいした自信だな」 「当然だ、おまえ如きに負けるような俺ではない」 「んじゃ、サル相手にでも腕を鍛えておきますか」 「未成年から巻き上げようってのか?」 「何、保護者さんとしては気になるって?」 「…ふんっ、誰が」 「だってよー、八戒相手じゃ、やる前から勝負は見えてるしー」 「俺が相手なら勝てるとでも?」 「五分五分ってとこかな」 「ほざけっ! いつでもかかってこい、思い知らせてやる」 「おー、望むところよ…って、やっと帰ってきたぜ、あの二人」 連れ立って戻ってきた悟空と八戒に、悟浄は 「どこ行ってたんだ〜」 と声を掛けた。 「おまえら、こんな夜中にデートか〜?」 「ちげーよ、星を見てたんだよ」 「星ぃ?」 「うん、八戒が起きたから何かと思って付いていったら空を眺めてて。 で、俺も春の星座を教えてもらってたんだ」 な、と悟空が八戒を見上げた。 「今夜は見事な星空が広がってますからね」 穏やかに笑みを浮かべて答えながら、八戒は運転席に戻った。 三蔵はいつの間にか目を閉じている。 「煩くしてると怒られちゃいますよ。 さあ、朝までもう一眠りしましょう」 ヒソヒソ声で告げられ、後部座席の二人も素直に従った。 静かになった車内で、三蔵は目を閉じたまま考えていた。 ――つい、ムキになっちまったか 悟浄に負けるつもりなどさらさら無いが、八戒ほどの勝率は自信が無い。 まあ、負けたとしても払うのは俺じゃねぇし。 使えと渡されたカードがある限り、己の腹は痛まないと思うことで、自分を納得させた。 その後ろでは、悟浄も閉じた瞼の奥で、ひとりほくそ笑んでいた。 ――さっきはうまくいったぜ 次へ→
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