ACT4 掴み取ろうとする



ガタン、と騒々しい音をたててドアが開いたのはその時だった。
それによって沈んでいた意識を急に浮上させられた俺は、反射的に音の方へと目をやる。
暗い部屋を切り取るように差し込む光。そして。

そこにはあいつが立っていた。

切られた傷が痛むのか僅かに身体を傾けて、不安定な様で・・・そこに立っていた。

「な、んで・・・」
俺はしばらく唖然としたまま奴の方を見ていた。
大怪我をしているのに何で立っていられるのか、とかそういう意味ではない。
もう二度と奴には会えない。それは奴が死ぬとかじゃなくて、でも、そんな気がしていたから。
そんなことあり得はしないのに、おかしな話だが。

「俺にもよく分かんねーよ」
奴は何でここに来てしまったのか、自分でも解りかねているかのように言う。
「ただ、妙な気分がした。お前の顔見たいって・・・そう思った」
焦ったからなのか、怪我のせいなのか、奴は少ししゃべり辛そうに、だが荒れた息遣いながら言葉を吐いた。
それから、ドアを閉め、さらに俺に近づこうと歩き出したところで、カクンと奴の身体がぶれる。
そのまま床に膝をついて蹲った、それを見た途端。
俺はベッドを飛び出し、奴の方へと駆け寄っていた。
苦しそうにうめいている奴の背中に手を置いて、表情を伺おうと顔を近づけた瞬間に。
「・・・!」
掠めるような動作で唇を奪われる。
「うそだっつーの」
見抜けよな、と笑いやがった。
「・・・ふざけるなッ」
腹が立って、・・・何に腹が立ったのかというと、慌てて駆け寄ってしまった自分にだが、
とにかく俺はその怒りを目前の奴の頭にぶつける。
「・・・って!殴ることねーだろ!」
叩かれた頭を抑えつつ、奴が喚いた。
自業自得だと俺が言うと、
「いつも振り回されてやってるんだから、これぐらいさせろよな」
と、幾分真剣さを含んだ声で返してくる。
振り回してるのはどっちだ、と俺は声には出さず心の中で毒づく。

そして、馬鹿馬鹿しい話だが、その後でようやく俺は今現在の奴と自分との位置関係に気付いた。

間近に感じる存在、それを自覚したら、途端に身体が強張った。
それに目敏く気付いた奴が不意に目を眇める。
俺は奴との距離をとるため身体を後ろにひいた。
奴はそれを引き止めることもせず、ただ俺を見ている。俺の言葉を待っているようだった。
俺は、だが、言葉が見つからず。
「怪我・・・」
「あ?」
「怪我は、へーき、なのか?」
俺のその言葉に奴は目を丸くさせ、その後でふっと笑みを零した。それには少し自嘲じみた影があった。
「ああ」
短く答えて、目を伏せる。
そんな仕草を見ていたら、胸の奥から衝動が突き上げてくるみたいで。
自分でもこれから何を言うのか飲み込めていないまま、言葉が口から外へ滑り出す。

「・・・あの時・・・太陽が照って、嫌と言うほど眩しくて・・・」
「?」
意味が分からない、といった顔をされたが、俺の口は俺の意に反して止まらない。
「眩しくて、何にも見えないまま、ただ頭の中まで光に覆われたみたいに、白くて」

「三蔵?」
「・・・手に触れたぬるっとした感触が何なのか分かった途端、その白が灼けるような赤に変わった」
呪いの様に染み付いた、視界の赤。
「・・・その時、俺は・・・」
そこまでで言葉が途切れた。突然の感情のフラッシュバックに襲われたのだ。俺は思わず身を震わす。



―――あの時。
死んでしまうとか失うとか、そういうそこから先の時間はその時一切頭になかったのだ。
ただあの血が、さっきまで人の体内に脈々と流れていた血が、手に染み付いて。



「・・・悪い」
奴が言った。

・・・違う。

悪いとかじゃない。責めているとかそういうんじゃないだ。
俺は、だが、奴に何を伝えたいのか自分自身でも分かっていなかったから何も言えなかった。
今、伝えたいことが確かにあったはずなのに。
それが何だったのか、一瞬で水が指の間をすり抜けるように、俺の思考から流れ出ていってしまった。
その後に残ったのは、居心地の悪さ。
この場所に居られない、そんな急迫な排除感。自分自身に対する。

「三蔵・・・」
俺は今どんな顔をしているんだ。お前にそんな顔をさせてる俺は。

逃げ出したくなって。

でも、動く前にそれに気付かれたのか。
「・・・ッ」
きつく抱きしめられた。
「ごじょ・・・ッ!」
「・・・悪い」
「・・・何かだ」
「悪い」
その言葉は何かを噛み潰しているみたいに苦々しくて、
俺に対する謝罪と言うよりは、自分に対する怒りみたいなものを必死に抑えこんでいる、そんな感じだった。
そういう言葉は、聴いているだけでもひどく感情を圧迫される。
・・・疑問が後を絶たなかった。そんな必要はないのに、何故お前はこんなにも俺に構うんだ。
何故必死で掴み取ろうとする?

分からない。

「・・・俺は、何も思ってはいない」
だから俺は言い聞かせた。
言葉にすれば、それが本当になると思ったのだ。
奴に言って、奴にそう理解させて、その後で自分が納得する。これでよかったのだと。
思えば妙な順番なのだが、俺はそんなことにも気付けない。
「三蔵・・・」
「お前は早く怪我を治せばいい。今回は俺のミスだ。・・・だからお前はもう二度とこんなことはするな」


言葉を放った次の瞬間、強く身体を運ばれた。ソファーの上だ。
押すようにして倒されたのだ。真上に奴の身体があった。
「・・・言いたいことは、ホントにそれなのか?」
俺を見下ろしながら奴は問う。
俺はこの体勢に対する反発にもがいたが、怪我人とは思えない力でもって肩を縫い止められ、動けない。
「どういう意味だ・・・ッ」
離せ、という意味も込めて、強い口調でそう訊き返すと、
「・・・もういいだろ」
「何がッ」
「もういいだろうが!てめーだけで何でも抱え込んでるような顔するなよ!」
びくり、と震えた。
叫ぶその声に驚いたのではなく。
心の闇を吐露するかのような苦しみが混じった言葉。それに俺は呆然とした。
だが、その言葉の響きとは裏腹に、奴は恐ろしいほど冷たい目をしている。
「何ひとつ悟れてなんかいねえんだよ、お前は。ずっと弱いまんまで、それ誤魔化したまま来ただけだろうが」
挑発のように言った。
「・・・何だと?」
「むかつくんだよ。そのふざけた価値観が」
「なっ・・・」
俺の驚きなどお構いなしに。
噛み付くようなキスが襲ってきた後、奴は淡々と行為を開始する。












次へ→


←三蔵サマCONTENTSへ

←SHURAN目次へ