ACT5 太陽を欲しがってる







この間の時とは何かが決定的に違う、それが分かって、俺はより一層の必死な抵抗をしたが、それが奴に通用するわけもなくて。
奴の負った怪我を攻めでもすれば逃げられたのかもしれない。
だがそれに気付いても、俺はその手段をスルーした。
そして、ただ身体をばたつかせるだけの惨めな抵抗だけをひたすら繰り返す。
その間にも行為は進んでいった。
他人との過剰な接触に身体全体が粟立つ。その後頭に重くのしかかる恐怖。
近づきすぎることの怖さ。伝わってくる体温の生々しさにまともな思考は麻痺する。
何も考えられなくなる
だが、鈍い頭痛のようなその恐怖心は途絶えることはなく。
事の最中に、時に奴と視線が絡むが俺の方から逸らした。
今自分の身体を貪っている相手が奴だとそう実感したくなかった。きっと。
だから抵抗を諦める代わりに固く目を閉じたのだ。そうすると他の感覚が敏感になる
がそれでも構わなかった。

視覚だけは、放棄したかった。

「・・・あ・・・」
酸素を求め口を開いた途端洩れた自分の声が、遥か彼方の他人事だ。
そして行為が進んでいくにつれて、寒気ともとれない奇妙な感覚が全身を覆い始めた。
そこで俺は止めていた抵抗をまた再開させる。

今のは何だ。わけのわからない怖さがあった。自分の感覚のはずなのにその名前が分からない。

すると閉じた瞼の上で奴が笑ったような気配がした。
「本気で抵抗してみろよ」
「・・・な、に・・・ッ」
「本気で抵抗してみろって言ってんだよ・・・できるならな」
また、挑発するみたいに言う。
それから身体を弄るその動作がより濃度を増していって、俺は思わず悲鳴を上げた。

喉の奥から洩れた、自分でも初めて聴く、甲高い声。
「・・・や・・・」
せりあがってくる何か。
「・・・い、いやだ・・・」
俺は震える声で言葉を無理矢理絞り出した。
その弱々しい意思表示に毒気を抜かれたのか何なのか、奴は瞬間、手を止める。

「・・・目ェ開けろよ」
俺は何故かそれに逆らえず、ゆっくりと目を開いた。

そこには。
誰かの顔と天井と。

ぼんやりとしていた焦点がぴったりと合った瞬間、息を飲む。
目の前の男が、奴だってこと。さっきからもちろん分かっていることだが、改めて噛み締めさせられたような。
普段の冗談めいた顔、からかうような会話、すべて遠い。

俺と奴との距離は?関係性は?・・・今まで蓄積されてきたはずの時間は、一体どこへいったのだろう。
どうして、こんなことになっているのだろう。
奇妙な冷静さを取り戻した頭で、ぼんやりそんなことを考えていた。

「そのままで見てろ」
そう命じる強さで吐き捨てると、奴はまた行為を始める。
奴の手が俺の身体に触れる。そこかしこに口付ける。
俺はさっきまで感じていたものとは種類の違う切迫した感情に頭を侵された。
それは、俺の全てを奴という存在に塗り替えられていくみたいな、そんな感覚でさえあった。
欲求に対する衝動、それでは済まされない、何か、別の・・・。
「・・・・うッ」
脳髄を突き抜けた鋭い痛み。
「ご、悟浄・・・」
俺は不安でつい名前を呼んだ。途端、益々深くなる痛み、そんな悪循環を生んで。

痛みの奥に何がある?
もう少しで見えそうなんだ。さっき伝えたかった何か。
俺は・・・。

「・・・・お、れは・・・」
口を開いた。だが躊躇ってまた閉じた。
その瞬間に急速に閉じていく扉。するとまたわけが分からない混沌だけが支配して。

「言葉を飲み込むな」
奴が言った。
「言いかけで止めるな。・・・お前は俺に何が言いたいんだ?」
・・・言いたいこと?
さっき見えかけていた。だがもう今は分からない。
奴が身体を貪るたび、身体が跳ね上がる。俺は、でも、何を話せばいいのか分からないんだ。

分からない。
分からない。
記号の様に言葉が羅列する。

首筋を吸われ、走る鈍い痛みに声を上げた。

分からない。
その言葉を繰り返しながら、そして。

許容範囲を超えて、混乱がピークに達した。

「ああああ!」
俺は狂ってしまったかのような声をあげて、それからがむしゃらに暴れる。
脳を支配する混乱が、俺の身体を動かしていた。
「三蔵ッ」
奴は俺を抑えこもうとする。それでも尚激しくもがき、外れた右手で左から右へと意味もなく空を掻いた。
「・・・ッ」
指先の爪が何かを抉る感じがして、その衝撃に、俺の身体がようやく止まる。
目を開けると、奴の頬に一筋の赤があった。
俺の爪が奴の頬の皮膚を引っかき、傷つけたのだ。
「あ・・・」

血、だ。

俺は目を見開いたまま奴の頬のそれを見つめ。
「血・・・。血が・・・怖かったんだ」
今分かった、という風な言い方。
「あの時、俺は、お前の血が怖かった・・・」


“お前の血”、それが怖かったんだ。


「・・・三蔵・・・」
頬の傷はそのままに奴が呟いた。
そしてその次の瞬間俺ははっと我に返る。

・・・何を言った?俺は。

すると、奴は突然俺の頬にその手で触れ、それから労るような仕草で撫でた。

・・・同情のようなぬるい温かみ。
それはとても心地よいものだったが。

「やめろ・・・」
―――でも。
「・・・こんなものいらない。俺はこんなこと求めちゃいない」
俺は、弱くなるわけにはいかないから。
頬に置かれた奴の手を振り払う。頬に残った暖かさを感じてはいたけれど。
「勘違いするな。お前なんかいらない。俺はお前なんか」
「・・・・・もういい」
「これ以上近づくんじゃねえよ。俺に構うなよ。・・・もう」
不甲斐ない涙が俺の頬を、伝って。
「もう俺を掻き乱さないでくれ・・・ッ」
懇願のような響きが惨め過ぎた。でも俺は、これ以上侵されたら、死んでしまう。


奴は感情を極力隠した能面のような表情で俺を見つめ。








「もういい、三蔵」
そして奴は言った。
言った途端、奴の視線が鋭さを帯びた。
「俺が、全部、奪ってやる」
「・・・悟浄」
その目の絶対零度に俺は思わず戦慄する。
「お前の何もかもを、根こそぎ」
俺が目を見開いて。
それから―――――


――――そこに優しさがきっとあっても、奴は俺に痛みだけを刻み付けたんだ。
その痛みに翻弄されたまま、俺はその瞬間自分が喰われているような錯覚を見た。
ひたすら受身だった身体、でも、俺は、最後には自分からその手を後ろに回して。

・・・灼ける熱さに覆われた。

熱い。これまで感じたことのない、熱さ。
感情も思考も溶かすような熱に包まれて、俺の意識は少しずつだが確実に現実から遠ざかる。
瞳を閉じて。瞼の裏に黒い焦げを残した、赤。
そこにずっと焼きついていた雨の情景、それを消し去るように。
そして、意識を失う。・・・墜落する間際、俺は見たんだ。
熱で歪んだ視界の奥にある、全ての水を蒸発し尽くす真っ赤な熱のかたまり。
触れれば焼かれる。この身の一切、何も残らないほどに。




それでも、俺は。
あの太陽を欲しがってる。












(おわり)














ああああっ///悟浄があまりに格好良くて、痺れました//
素晴らしい小説をありがとうございます(T▽T)///
強くあることを己に課して、触れさせることも受け入れることもできない三蔵の痛々しさ…。
悟浄という人は、圧倒的な男っぽさで、
そんな三蔵に変化をもたらすコトのできる人だと改めて感じました//
変化することは、変化を受け入れる事はとても恐いものです。
そんな不安を、悟浄なら、熱いもので埋め尽してくれるのです

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