ACT3 止まない雨


あの空からは考えられなかったのだが、その夜、雨が降り出した。


意識を半分だが無理矢理取り戻し宿へと自力で歩こうとする、
そんな無茶な奴の身体を支えて、俺は夢中で歩いた。
ようやく宿に着いたところで、すでにぽつりとだが降り出していた雨が本降りへと変わり。
奴と俺の姿を見た二人が驚いたような声を上げて駈け寄って来た。
「一体どうしたんだよ!?」
俺は俯く。
「・・・俺の、せいだ」
「どういうことですか?」
不審気に訊かれたから、
「・・・庇いやがった」
言葉にして、そうしたら後頭部を殴られたようなひどい頭痛を自覚した。
「三蔵・・・」
そう呟き俺を見る目前の男の表情ったらない。哀れんでるのか。悲しそうな顔しやがって。
「とにかく悟浄を治療しないと・・・ベッドに寝かせましょう」

















雨だ。まただ。
どれだけうなされても止まない雨。終わらない循環。
喪失の記憶が、こうやってまた色濃く塗り替えられていくのか。・・・時がその色を薄めても、また。
だから俺は。
もう二度と。
そう決めていた。きっとそうだったんだ。無意識の中で、きっと。

なのに。

・・・むりやりこじ開けやがった。



"お前にどうしてほしいとか、そうじゃねえだろうが"




もうこんな思い、したくはなかったのに――――――










「目、覚めましたか?」

「あ、ああ・・・」

「うなされていましたよ」

「・・・だろうな。嫌な夢、見たから」

「・・・そうですか」

「三蔵は、どうしてる?」

「塞ぎこんでます。そういう素振りを極力僕達に見せないようにしてますが」

「・・・・・・そうか」

「悟浄?」

「・・・・・いちばん・・・」

「え?」

「一番、やっちゃいけねえことをした」

「・・・・・・」

「あいつの前で、一番やってはいけないことを」

「そう・・・ですね」

「自分がクソみたいにむかつくぜ。・・・殺してえ位、腹が立つ」

「悟浄・・・」

「咄嗟、っていうのは怖いもんだな。何にも考えないまま・・・身体が動いてた」

「・・・そこで自分を責めるのは違うと思います。僕でも同じ事をしていました」

「・・・・・・」

「貴方がさっき僕に言ったこと・・・」

「あ?」

「少しだけ、分かりました」

「八戒」

「彼を労ることや支えることはできても、僕に救うことはできないって、そういうことだと・・・」

「・・・・・・ばーか」

「違うんですか?」

「救うなんて、誰にもできやしねえだろ。お前にも、俺にも」

「・・・そうかもしれません」

「なら、何が何でも引き摺り出すしかねえだろうが。・・・そういうことだよ」

「・・・・・・」

「・・・・・。何だよ。その顔」

「いえ、何でもありません」

「・・・あっそ」

「とにかく怪我を早く治してください。当分絶対安静ですから」

「はいはーい」

「・・・もう少しこっちを信用させるような返事をしてほしいんですが・・・」












夜半を過ぎた。眠れない。雨も止まない。
煩い雨音。
消えて欲しい音。
やがてそれは誰かの叫び声へと変わり。

“三蔵!伏せろッ!”

痛烈な痛みを胸に感じて、俺は息さえもままならなくなった。
喪失感。しかも、突然、無理矢理、奪われる。いつだってそう。

どうしてだ。
いらないだろ。なくなったって俺は生きていけるんだろう?そのつもりでここまで来たのに。




その時不意に、依存、という言葉が頭を過ぎって、俺は寒気すら覚えた。
一番あってはならないことだった。ひとりで生きていける力こそ俺の欲していたものだった。
根を作ってはダメだ。空気中に漂うように自由でなければならなかった。
だが。そう思ったのは何でだ。
結局俺は怖がっていただけなのか。
先に失うことが目に見えているから、それゆえ今を拒絶していただけなのか。
・・・違う。そうじゃない。
弱さが悪だと思ったんだ。だから強くあらねばならなかった。
強く・・・あらねばと・・・
「悟浄・・・」
お前は俺を弱くする。ダメにする。だから離れなければならない。
こんな理由は間違っているのだろうか。お前はあの時俺にどうしてと訊いたが。
けれど俺の答えは結局、単なる逃げ、だったんだな。
でも他にどうしたらいい。
この断ち切れない糸をどうすればいい。
教えてくれ。もう分からない。俺は縋ればよかったのか?
お前に縋れば俺は・・・どうなってしまうんだろう。怖い。まるで俺が消えてなくなるみたいだ。
そして、だからこそ、今すぐに、手遅れにならないうちに、俺は俺を消してしまいたくなるんだ。

消して。全て。





目を閉じたら、世界全てが水の檻に閉ざされていく様が浮かんだ。
雨が作る、水の檻。
深海の奥まで、沈んで行く―――――






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