『終焉に捧げる星』シリーズ


アデス×クルーゼ

「行方不明」 C.E.70

小説 紫水様



ザフト軍の士官宿舎から、歩きでは少し辛い基地の端の端にある保養施設の一つ。

簡単に言えば軍専用の、特に士官用の酒場で、今夜は貸切で無礼講の歓迎会が行われていた。
ザフト軍の戦艦クラスの艦長ばかりの会で、新任の艦長たちが主賓だった。

主に、ローラシア級の艦長のことで、ローラシアから、上位に位置する高速艦の、旗艦となるナスカ級に昇進した者は、今夜はおまけ扱いだった。

又、今夜はいつにも増して、他の士官達から羨ましがられ、事後報告まで頼まれていたりする者も有り、参加者がそれぞれ期待に胸膨らませていたのだ。

理由は一つ。
この2月14日の『血のバレンタイン』の国葬の際『黒衣の独立宣言』をクライン議長が明言した。それを受けて、2月22日、連合の月への橋頭堡であるL1の『世界樹』攻防戦が始ま
った。

この世界樹攻防戦で、ジンにて出撃、MA37機、戦艦6隻を撃沈し、ネヴュラ勲章を受けたザフト期待の星、ラウ・ル・クルーゼが、新にローラシア級戦艦「カルバーニ」の艦長に抜擢され就任、今夜出席するという噂のためだった。

誰もが間近かにお目にかかりたいと願っていたのだ。
艦長クラスの高位士官でもだ。
人目を惹く銀色の仮面と、金色の髪が軍人には珍しく肩まで伸ばされ柔らかく揺れている、しなやかな長身は遠目にも憧れる英雄だった。

***

ここにも一人心惹かれている無骨者の艦長がいた。

名前はアデス。

30歳は過ぎていると思われる。胸の厚みのある、背の高い、軍人らしく茶色の髪を短く刈り込み、美男とは言えないまでも男らしいと言う賛辞が似合う、ナスカ級戦艦の艦長である。

プラントの政策に従い、口数の少ない、生真面目な面白みの欠ける男は、漸く結婚はしたものの、未だに、不規則な戦艦勤務の為に子供はない。
第3世代の出生率が…と言われると頭が痛いのである。が、こればかりは・・・

万が一のために自分の精子は妻の望みで凍結保存してあるので心配はしていない。
妻には更にコーディネートしてくれてかまわないと遺言はしてある。

軍人として心残りがないとは言えないが、、出港の度には覚悟はしている。

そして、このアデスは他のどの艦長よりもこの新米艦長を知っていた。

世界樹攻防戦では、MS乗りだったクルーゼと、その機体、ジンを載せていたのである。

そのときの隊長は、今はもう功績があったとしてアデスの戦艦を下り、プラントの軍司令部の
お偉いさんになったらしい。全てクルーゼの手柄のお陰であった。

その艦長であるから、アデスにも昇進の打診が確かにあった。しかし、艦を下りれば二度とクルーゼには出会えないような気がしたのである。

そして、昇進の代わりに、次の、ナスカ級の新造戦艦の艦長職を拝領することになっていた。
新造艦に乗り換えるだけである。クルー達もそのまま同じメンバーである。どの隊に配属されるのかは未定である。

***

時間丁度に歓迎会は開会された。
幹事の挨拶もそこそこに新人艦長の紹介になった。
ひときわ歓迎と冷やかしのヤジが起こった。やはり、クルーゼ艦長の登場だった。

無理もなかった。ネヴュラ勲章の英雄であり、最年少の若さの艦長。

彼には華があった。不審がられている銀色マスクもこんなにも照明が落とされている室内では時にはかえって、色気を醸し出すように感じられた。

普通に、ワザと目立たないような声で、他の者と同じような言葉でそつなく謝辞を述べているのであるが皆の目は彼に釘付けであった。今夜は、艦長クラス、ということで、男ばかりの飲み会になったが、その中にあって掃き溜めに鶴のごとく麗しい立ち姿だった。

アデスは、その物静かな彼が獲物を前にした時の気迫に、何度目を見開いたことか・・・

隊長の作戦に更に追加を迫り、ぎりぎりの捨て身に近い作戦に変更させたときには眉を顰めたものだ。それも、一度や二度ではなかった。

この男は、死に場所を探しているのか、敵味方両方の死神なのか?
あまり長生きの出来そうもない奴かもしれないと思った。敵味方の命を顧みない危険を感じたのだ。

宴もたけなわ、人々の輪の真ん中にいたクルーゼ艦長の姿をふと見失ったアデスは首を巡らした。
自分から押し掛けて話しに入ろうという性格ではなかったから、カウンター近くで、知り合いの艦長達と互いの無事を喜んだり、情報の交換や近況報告をしていた。そのときでも、アデスの眼は彼の姿を追っていたのである。

「今晩は、またお出会いしましたね、アデス艦長?」
「昇進おめでとうございます、クルーゼ艦長。」

艦長職の黒い制服に身を包んだ彼が、にこやかに私の横にいつのまにか立っていた。
その制服の色は彼の金の髪を更に際立たせて良く似合っていると思った。
グラスを持つ手はいつものように手袋を欠かさず・・・か。と、ふと関係のないことを思ってしまっていた。

彼から声を掛けられ嬉しいはずなのだが、彼の社交的な笑みが、今夜は何故か、辛そうだと思ってしまった。
彼は追加の酒のカクテルグラスを二つカウンターから受け取り、私にドライマティーニは好きかな?と聞きながら一つを渡してくれる。

そして、そっと辛うじて聞き取れるほどの声で呟いた。

「その節は、苦労をかけました。」
「い、いや、軍人ならMSのパイロットなら戦って勝つのが当たり前です。私は、ただ、艦長として、隊員の帰ってくる艦を守るのも仕事と心得ているだけです。」
「そうですね・・・艦長と、MSパイロットは違うのですね。有難う・・・勉強になりましたアデス艦長・・・」

「艦を放ってジンで参戦しないで下さいね・・・」

と言いかけたのだが、ふと、彼はグラスに眼を落とし、吐息をついたように感じたので、言葉に出来なかった。

室内は酒飲み達の喧騒の場となり、小さな音や息遣いなど聞こえるはずもなく・・・・
そういえば、私に話しかけた声も精彩を欠いていたように思う。

少し、窺うように顔を見る。
仮面のせいで、表情はわからなかったが、管理職経験の勘が働く。

「クルーゼ艦長?」
「もう退出しましょうか?お疲れのご様子だ。」
「えっ?」
「もういいですよ、私が送りましょう。一人ではここから抜けて帰れそうにない。
野獣どもが放しませんよ。」

彼の姿を隠すために、野獣と化しつつある男達の方に自分の身体を移した。

バーテンからメモを貰い、先に退出する旨を書く。
バーテンに、我々が店を出てから5分経ったら今夜の幹事にメモを渡してくれと頼んだ。

バーテンはじっとクルーゼを見つめていた。
連れが、有名人のため、念のため新たに棚にあった、ジンのボトルを一本買い、その男に時間の確認と他言無用と言い渡した。

こんな時には自分の軍人らしい体格と、顔つきに感謝するアデスであった。

***

店を出て、酔客待ちのエレカに彼を乗せた。
行き先を入力する時ふと指が止まった。彼の宿舎を知らなかったのである。呼び戻されては困るので、とりあえず、自分の軍宿舎に車を走らせた。

走り出してから、あまりの彼の静けさに後部座席を見た。

酔っている顔色ではなかった。仮面で半分顔が隠れてはいるが、俯き背もたれに全身を預け、
唇を引き結び肩を上下させているのを見ると、何かを耐えているのはすぐ察せられた。

むやみに声を掛けるのも憚られた。
宿舎の建物の出入り口のすぐ傍まで車を寄せる。
そして、声を掛けた。

「少し休んでいってはどうですか?お茶ぐらい入れますよ。」

「はあ・・・有難うございます・・・でも御迷惑ですから・・・」

「年長者の言うことは聞いていても損はないですよ、辛そうですよ。誰にも言いませんから。
警備のチェックは先ほど済ませましたから、周囲には誰もいませんしね。」

ドアを外から開け、肩に手を添えた。びくっとされたが。大丈夫ですよ。と言いながら車から
下ろした。車は、自動回送運転に入力し、戻した。

ぼんやりと見ている彼に、肩貸しましょうか?と聞くと、大丈夫です。ときっぱり断られた。
これなら良いだろうと先にたって、歩き出した。心持ゆっくりと・・・

「ここです、単身赴任中ですから、綺麗ではないですが・・・どうぞ。」

玄関口の突き当りをリビングに使っていた。ソファを勧め、座らせた。
照明を間接の物に切り替え、先ず湯を沸かす。
飲料ディスペンサーも各部屋にはあるのだが、熱いお茶には向かないと思っている。

「申し訳ありません。」

と、言葉すくなに詫びる彼に相当酷い疲れを見た。

「ゆっくりリラックスした方が良いですよ。甘いものでも口にしては?」

と、チョコレート、クッキー類を皿に出す。湯が沸いたので、紅茶の葉をポットに入れ湯を注いだ。
「私の趣味でね。農業プラントの特定の地域で作られている茶葉ですよ。地球産より良いですよ。」
と、沈黙が辛くなり、なるべく、軍務から離れたことをゆっくりと静かに話すことにした。ポットから、カップに注ぐときの香に、この部屋に人を招いたのは始めてであることに気が付いた。

「熱いですよ、どうぞ。アルコールのほうが良かったですか?」
「有難うございます。アデス艦長・・・」

カップに伸ばした指が少し震えているのに気付く。緊張がまだ取れてはいないようだ。
隣に行き、カップを彼の手の平に載せた。
緊張しなくても良いですよ。と言いながら。

「申し訳ありません。」
「ゆっくり横になっていて下さい。私はシャワーをして来ます。ゆっくりしたら、気分が楽になったら宿舎まで送りますから。」

と、言い、隣のシャワールームに入った。
その後の彼の行動は・・・知らない・・・



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