シークレット・セッション
三蔵

小説 遊亜さま





シークレット・セッション◇1



 ▽ △ ▽



激しく降り続いていた雨が上がった。
空には、厚い雲が塊になってあちらこちらに残っている。

前方に連なる山々の向こうに太陽が落ちていこうとしていた。
夕焼けまであと少しという時だが、陽の光は、まだその強さを失っていない。
雲の切れ目から、眩しい光が地上に向かって伸びている。
その光が眩しすぎて、山は闇のように黒い陰となっていた。
太陽が沈んでいくと共に、すうっと細くなる光の筋。
まるで天まで届く階段に見えた光が、やがて、一本残らず消えた。

太陽が姿を隠すと場面が変わって、雲と空が暖色に染まる。
臙脂の空を背景に、灰色の雲が一際濃い橙色に縁取られる。
雨上がりの独特の空。
絵画のような、幻想的な色彩。

しかしそれも束の間、燃えるような赤が引いていくと、辺り一帯が薄紫色に覆われた。
やがて、隣にいるのが誰なのか判別しにくい、逢魔ヶ刻がやってくる。

黄昏は何故か人を不安にさせる。
と同時に、心の奥底に、妖しい何かを芽生えさせる。

――― 急ごう……

待っているであろう、あの人の元へ。
到着を待ち侘びているのは、僕ではなく、抱えた紙袋の中身だろうけど。

空の色に見入っていた八戒は、暗くなってきた道を足早に歩いて宿を目指した。






「ただいま戻りました」

声を掛けても、一瞥されただけで返事は貰えない。
いつものことなのに、今日はそれがひどく八戒の心を突き刺した。

「三蔵」

と、少し強く呼んでみる。

「あ?」

わざわざ、といった様子で新聞から顔を上げた三蔵は、邪魔するなとでも言いたげに八戒を睨んだ。

「煙草、買ってきましたよ」
「ああ」

まだ手元に何本か残っているのか、八戒が手にしたカートンには目もくれない。
視線は再び落ち、新聞の文字を追い始めた。

「労いの言葉くらいあってもいいんじゃないですか?」

出掛ける時は雨の勢いがかなり強かった。
濡れるのを嫌がって悟浄も悟空も買い出しに付き合ってくれなかった為、八戒はひとりで雑用をこなしていたのだ。
不足している物資があるのに、雨が上がればすぐに出発だ、と誰かが言うもので。
それで、ダメで元々と思いながらも、八戒は三蔵に 「手伝ってもらえないか」 と申し出てみた。

 『 ……… 』

沈黙が返事となり、八戒はわかっていた結果であるものの、勝手に出て来る溜め息を押さえられなかった。
三蔵が何かを手伝った事など、今まであっただろうか?
そのくせ、行こうとした八戒の背中に、

 『 マルボロ赤。…ソフトでな 』

とだけ淡々と言い放つ。
健気で働き者の下僕を見ようともせずに。

そんな行きがけのことを思い出すと文句のひとつも言いたくなって、八戒はつい口が出てしまった。
文句なのだということが三蔵にもわかったのか、新聞を捲ろうとした手がピタッと止まる。
ゆっくりと振り向いた三蔵と、見つめていた八戒の瞳がかち合った。

「嫌なら無理して行く必要は無い。 西へも、無理して付き合う必要は無い」
「三蔵……」

平常時でも極論になりがちなのに、不機嫌だとそれが一層酷くなる。
一言を求めただけが、いつの間にか根本的な問題にまで発展していて…。

いつもの八戒なら、ここでおとなしく引き下がっていただろう。
けれど、この時ばかりは黙っておれなかった。

「どうして貴方は、そうやって問題を掏り替えてしまうんですか?」
「何故おまえは、そうやって俺に絡む?」
「え……」

逆に問い詰められてしまい、八戒は言葉に詰まった。

言葉をぶつけながら、本当はわかっていた。
三蔵に絡むのは、自分を見て欲しいからだ。
ちゃんと一対一で相手して欲しいからだ。
怒らせたいのではない、全く逆の感情からなのだ。

しかし、そんな望みは口にできるわけがない。
だから、せめてもの譲歩で、こう言うしかない。

「ただ、“お帰り” って言葉が聞けたらと……雨が……冷たかったから」
「嘘だな」
「え?」
「偽るのもいい加減にしろ」

見透かされていたのか、と八戒は青くなった。
自分の願望が、いつの間にか気付かれるほどに出てしまっていたのか、と思わず焦った。
けれど、それを認めるわけにはいかない。

「何のことですか?」

八戒が精一杯の平静を取り繕って応える。

「それが鬱陶しいんだよ」

三蔵はそう言い放つと、新聞に目を戻し、勝手に会話を切り上げてしまった。

後に残されたのは、言いようのない気まずさと遣り切れない想い。
八戒はしばし呆然としたまま、動く事も話す事も忘れたようにその場に突っ立っていた。

――― 何がいけなかったんでしょう………

ようやく落ち着いて冷静に状況判断できるようになっても、欲しい答えは自分の中には用意されていなかった。
こんな時は、とにかく身体を動かすしか無い。
八戒は、ひとまず事務的にこの場を進めることにした。

「雨は上がりましたが、もう夜なので……出発は明日にしますか?」
「ああ」

相変わらず目も合わせてくれなかったが返事は貰えた。

「準備は整えておきます。 食事は、また時間になったら呼びに来ます」

それだけ言うと、八戒は煙草以外の荷物を抱え直し、三蔵の部屋を後にした。
今夜は一人部屋で良かったと、つくづく思いながら。



 ▽ △ ▽



襲撃はいつも突然やってくる。
それでも、自然と対応しているこの身体。

ただ、反応を示すのは、向かってくるモノに対してだけでは無い。
どれだけ心を閉じていても押さえ切れない、物理的な作用による興奮。
そんな感覚に囚われはじめたのはいつだったか。

それぞれが目の前の敵を倒した後、三蔵は誰にも告げず、ひとりジープから離れた。
静かに心を落ち着かせることのできるところを求めたかったから。
だが、今の三蔵には、そのような場所はどこにも無かった。
問題は環境ではなく、自分自身の内部なのだ。

しばらく歩いてみたが、どこに居たって同じ事か、と仕方なく適当に腰を下ろすことにした。
ゆっくりと紫煙を燻らせているうちに、頭が独りでに、さっきまでの出来事を反芻しはじめる。



嘗て三蔵には、命を奪うという行為を繰り返してきた事実が自分自身に重く圧し掛かっていた時期があった。
眠れない夜を過ごしたことも度々あった。
付き纏う影に悩まされ、己以外は全て敵だと見做し、精一杯に気を張り詰めていた毎日。

それから、いくつかの出会いを経て……。


 “ やったことは自分に返って来る ”


わかっているつもりだったが、改めてそうと自覚してからは、少し前を見ようとする目になったと思える。
相手を倒していく自分にも、いつか倒される日が来るかもしれない。
だが、それに怯えたりはしない。
因果応報ってモンなのだから、覚悟を決めるしかないのだ。

やがて三蔵は、自分以外の存在が傍にいるのを許せるくらいまでにはなった。
ポジティブな奴等に触発されたせいか、悩むなんて馬鹿らしいと思うようなことも度々あった。
根本的な生き方が変わったのではないが、物事の受け止め方に多少の変化は生じていたようだ。

殺生についても、自分が前へと進む為には必要な行為なのだ、と心に刻むだけにとどめた。
奪った命の火が消えて後に残った灰は、三蔵の内部にどんどん黒く降り積もっていく。
その闇を抱えて生きていく道を選んだからには、強くあることだけを望んだ。

だから、三蔵は殺し続ける。
行く手を阻む、全てのモノを。

そして……。

ある日、今までは無かった感覚が自分の内側で巣食っているのを見付けた。
いつの間にか、闘いの後に奇妙な高揚感が纏わりついている。
三蔵は、いつしかそれを黙認するようになった。

銃を撃つという行為に集中しているうちに、身体の芯が熱くなる。
そうなったら敵が倒れようと倒れまいと関係無く、しばらく元には戻れない。
もちろん、そんな状態になっても狙いを外すわけなど無い。
けれど、相手を倒し尽くしても容易に消えてはくれないのだ、その熱は。

そんな感覚を味わったのは経を読んでいた時くらいか、と思いを巡らせた。
無心での読経は、次第に周りと自分との境界が曖昧になり、得も言われぬ境地に達する事がある。
近いと言えばそうだが、とそこまで考えて、もうひとつの可能性に思い至った。

――― あの時に似ているのか……

チッ、と三蔵は小さく舌打ちした。

厄介なものだ、この身体。
己自身で制御できない。
気を抜くと、本能が勝ってしまいそうで……。

いや、制御など、しようと思う方が間違いなのか。
今更、不謹慎だなどとは思いもしない。
悶々として徒に時を費やすよりも、欲望の赴くままにさっさと処理した方が効率的だ。

そうするには、感じるままに身を任せればいいのか?
それは、自分で?
それとも、誰かと?

他人との行為を知らない訳では無いものの、三蔵はそれ自体に嫌悪感を抱いていたことは否めない。
忌まわしい過去の記憶が甦るから……。

だが、そんなものに縛られている方が煩わしい。
…と考えるようになった。
夜毎、相手を変えて遊び歩くヤツなんてのもいると知ったからか。
自制心の塊のような息苦しいヤツを見たからか。

苦痛なら我慢のしようもあるが、生殺しの状態は自分で自分にイライラする。
時には、身体の欲求に素直に従ってみてもいいか。


何か、キッカケさえあれば……。



 ▽ △ ▽



「また、出かけるんですか?」

悟浄が煙草とライターを取り上げたのが目に入ると、八戒の眉が僅かに顰められた。
昨夜も、きつい香水を纏って帰ってきたのは明け方近く。
悟浄から振り撒かれる安っぽい香りがその前の晩とは違っていたことに、同室の八戒は気付いていた。
旅先だからかもしれないが、それぞれの香りとは一夜限りの関係のようだ。
連泊の間、毎夜毎夜、適当な相手を探しては遊び歩いている悟浄。
その行動を八戒が理解し難く思っているのは、今に始まった事では無いのだが。

「なんだよ、自由時間をどう過ごそうと、俺の勝手だろ」
「そうですが……」

言い淀んでいる気配を感じ、悟浄はドアノブに掛けていた手を離して八戒の様子を覗った。

「まだ何かあんのか?」
「え……」

振り返った悟浄が問うと、八戒は反射的に俯いていた。

ここ何日かのイライラが溜まって、当たらなくてもいい相手につい当たってしまった。
なのに、その相手は怒るでもなく、こちらを気に掛けているような素振りさえ見せている。
自分には構わず出ていくものだと思っていたので、八戒は次の言葉がうまく出てこなかったのだ。

「訊きたい事があるなら答えるぜ」

黙ったままの八戒に特に焦れた様子でもなく、長話になっても構わないとでもいうように、悟浄が壁に凭れた。

「では、お訊きします」

いつか訊いてみたかったのは事実だ。
自分では出せない答えを、この男なら持っていそうな気がして。

「ど〜ぞ」

ポケットから煙草を取り出して火を点けると、悟浄は先を促した。
八戒が自分の腕を抱き締めながら、息を吸い込む。

「快楽に耽るのもいいでしょうが、それで後に何が残るというんですか?」

一気に吐き出した八戒に、悟浄はふっとシニカルな笑みを浮かべた。

大抵の場合は、イキたいから相手を求める。
我慢できない熱を解放する為に誰かを抱く。
が、それだけという訳でも無い。
煩わしいことも苦しいことも、何もかもから逃れて、一時の快楽に浸る。
そんなことはその場凌ぎにもなりはしないが、そうしなければやり切れない時が確かにあるのだ。
生きる辛さを紛らわせるには、手っ取り早い方法じゃないか。
酒に酔うのも目的はそれほど変わらない。
けれど、ぶちまけたかったり、包まれたかったり…そんな時には相手が必要だ。
弱い生き物なんだから、と悟浄はいつも自分を一歩離れたところから見ていた。

どちらにしたって、今のところ、自分の場合はそこに恋愛感情は絡んでこない。
一瞬の身体の繋がりだけがあれば、それでいい。

「それだけでいい、って時があんだよ」

悟浄が、旨そうに吸った煙をゆっくりと吐き出しながら答える。

先のことなどわからないなら、敢えて何かを残す必要も無い。
行く末に絶望しているのとは違う。
未来よりも、今なのだ。

「今を精一杯生きてんのさ、俺は。 自分に正直にな」

そう言った悟浄の瞳が “おまえはどうなんだ” と問い質しているようで、八戒は思わず目を逸らせた。

「…そうですか……無粋なことを聞きました、すみません」

悟浄には悟浄なりの考えがあったのだとわかったので、それは認めるべきだと思った。
しかし、八戒の苦しげな表情は、それでもまだ、その行為の意味がわからないと伝えている。
悟浄はポンと勢いをつけて壁から離れると、ドアへと歩み寄った。

「おまえさあ、ちったあ肩の力を抜けば?」
「え……?」

ドアノブに手が掛かる。

「正論ばっか吐いてたって、疲れちまうってこと。 ま、おまえに限ったことじゃねーけどな」
「あ……」

ノブが捻られる。

「相手にも、もちろん自分にも、多少の逃げ道も残しといてやんないと」
「逃げ道……?」

ドアが開けられる。

「俺はいろんな抜け道を知ってっから何とでもなるが、俺みたいのばっかりじゃねーから」
「……」

悟浄が八戒に向けて、軽く微笑んだ。

「ま、気楽に行こうや」
「悟浄……」

片手を挙げてヒラヒラさせると、悟浄はそのまま部屋を出て行った。

「行って……らっしゃい……」

後ろ姿を見送ったあと、八戒は近くにあった椅子にドサッと座り込んだ。
はあっ、とひとつ溜め息が出る。
身体が重く深く沈んでいくようだった。

「僕は…そんなに追い詰めてばかりいるんですか……?」

周りを、そして、自分を。

理詰めで物事を考える癖がついてしまったのはいつからなのか。
ひとつひとつの事柄に、いちいち理由を付けなければ納得できなくなったのは何故だろう。

理論武装できない事象に対しては、動きが取れない。
衝動的に突っ走るなんて、まず考えられない。
そんなことをしたのは、あの時だけ。

――― でも、花喃………あんなことになったのも、僕が君を追い詰めたから……?

もしも、もっと柔軟な思考でいられたなら、失わずに済んだものがあったかもしれない。
そう思うと、悔やんでも悔やみ切れないものがある。
だがそこで、愛した女性とは違う顔がふと浮かんできた。

――― そうだ、過去は変えられなくても……

間に合って良かった、と心の底から思った。
自分が抱えていた懊悩にケリをつけられそうな気がして。
このところ、欲望と理性がせめぎあい、バランスが危うくなっていたのを、どうすべきかと悩んでいたのだ。

押さえ込んでいたモノが簡単に出て行ってしまいそうな危険と、いつも隣り合わせだった。
辛うじて平静を保てていたのは、まだ理性が勝っていたからで。
けれど、その理性が強過ぎるのが曲者だったとしたら。

また追い詰めそうになっていた、大事な人を……。
いや、このままいくと、戻れないところまで追い詰め合っていたかもしれない。
悟浄が示唆していた、自分の他にもいるという、それに思い当たる人物がひとりいる。
彼は、八戒から見てもどこにも逃げ道を作っていそうに無かったから。

考え方を変える。
それだけのことで、八戒は目の前がぱあっと開けたような気分になった。

「こういうのを、パラダイムシフトって言うんでしょうか」

根底から覆された今までの概念。
固執していたものでもないが、当たり前だと思っていたことが劇的に変化したようで。
しかしそれは、不可逆な変化だ。
シフトした以上、元には戻れない。
いや、戻りたくない。
これ以上、大切な存在を失わない為にも、もっと自分を解き放とう。

八戒は、思いも寄らぬ方向から沸き上がってきた感情を素直に認めた。


――― 我慢なんて、していられない……



 ▽ △ ▽



闘いが終わった。
なのに、まだどこか悶々としている自分がいる。
何なんだ、コレは。

悟浄はこのところ、自分の中に生じた掴み所の無い感覚としばしば遣り合っていた。

骨や身を切る時の手に残る感触は、決していいものでは無い。
けれど、その瞬間のぞくりとする感じ……。
後からぞわぞわと身体を這い上がってくるこの感じは、何と説明すればいいのか。

敵を薙ぎ倒していくと、次第に昂ぶっていく。
一人残らず片付けても、興奮が鎮まらない。
ハイになっている、と言ってもいいくらいだ。
身体の中に溜まった熱が、出してくれと哀願している。

――― こんな時は、女でも抱いて一発ぶちかましゃあスッキリすんだろうけどよぉ

そう思って見回したところで、何も無い山の中では適当なお目当てが見つかるはずも無く。
しゃーねーか、と自分で処理するという安易な方法で済まそうと場所を変えることにした。

「ちょっと一服してくるわ」
「一休みしたら出発ですからね」

後ろから投げ掛けられる八戒の声に手を挙げただけで応え、悟浄はジープから離れた。
林に入り、声も届かない場所まで来ると、先ずは本当に一服、と煙草を取り出す。
と、火を点ける寸前、カサッという物音が耳に届き、動きが止まった。

(まだ雑魚が残っていやがったか?)

音のした方へとそっと移動してみる。
前方の大木の陰に、誰かいる気配がした。
用心深く進むと、衣擦れの音と共に、よく知っている法衣の袖がちらりと見えた。

(あいつ、いつの間にこんなとこに……)

驚かしてやろうと忍び足で近付いて行く。
そこで悟浄が見たのは、やや紅潮した頬が艶(なま)めかしくも、ひっそりと佇んでいる三蔵の姿だった。

片手を持ち上げて空にかざしている。
その手が銃を持ったような形になり、目の前まで下りてくる。
しみじみと自分の手を見つめた後、人差し指の腹を唇にそっと当てた。
そのまま横にずらせるに連れて、ふっくらとした唇が薄く開く。
反対の手は、自分自身を抱くように身体に回されている。
やや顎を上げて目を閉じている三蔵を見て、悟浄は思わずごくりと生唾を飲みこんだ。

(ヤベェよ……マジかよ……)

己の分身が、さっきよりも硬さを増して痛いほどになっている。
悟浄は今まで、三蔵のことをこんなに欲望の対象として見たことは無かった。
けれど、もう駄目だ。
気付いた時には、身を乗り出していた。

「三蔵……」
「!!」

突然現われた男に、三蔵は驚きを隠せない。

「失せろっ」

吐き捨てるように言ってすぐに自分も立ち去ろうとしたが、悟浄に肩と顎を押さえ付けられてしまった。

「…ひとりで何してんだよ?」
「貴様には関係ない」

睨みを効かせても、悟浄はただ見つめ返すだけ。
振り払おうとすると腕を掴まれ、三蔵は更に身動きが取れなくなった。

「離せっ!」
「ヤだね……あんな顔をしてたおまえが悪いんだからな」

言うと同時に、悟浄が三蔵の唇を奪った。
しばし呆然としていたが、すぐに突き放そうと力の限りもがく。

一瞬、唇が離れた。
その隙を狙って、三蔵が悟浄の頬を殴った。
しかし、繰り出された拳は、すぐさま捕まえられてしまった。

「痛ぇよ」

悟浄は頬をさすりながら、それでも三蔵の手を離そうとはしない。

「足りねぇってんなら」

三蔵の空いていた手が、懐に仕舞われてあった小銃に伸びた。
だが、悟浄は気にした風でもなく、ただじっと三蔵を凝視している。

「……何だ……」

居た堪れず、三蔵が口を開いた。

「俺を殺すのは簡単だろうけどよ」

左手は三蔵の手を掴んだまま、もう片方の手を木の幹につけて三蔵を囲うようにし、悟浄が顔を近づけた。
逃げ場を失ってやや固くなった三蔵の耳元に唇を寄せる。

「その前に、もっとイイコトしようぜ」
「何を……っ!」

両足の間に腿が割り込み、耳に息を吹きかけられると、三蔵の身体が竦んだ。

「おまえも……なんだろ?」

厄介だよな、オスって動物はよ、と苦笑している紅い瞳の奥底が、欲情していること伝えている。
それを見た三蔵の目が細められた。

「貴様も……か」
「そーいうコト、だから俺と…」

悟浄の唇が近付いてきた。
しかし、三蔵は顔を背けてそれを阻止した。

「三…蔵?」
「ヤりたければ、ひとりで勝手にやってろ」
「何でっ?!」

せっかくの気分を殺がれて隙ができた悟浄の手を、三蔵がようやく振り払った。

「貴様の手なんざ、借りたくもねぇ」
「どーしてー、俺じゃ不満かいっ」
「問題外だな」

腕組した三蔵が呆れたようにそっぽを向く。

「あ〜、おまえ、怖いんだろ?」
「何がだ」

見下すように言った悟浄に、三蔵はつい反応してしまった。

「俺にハマるかもしんない、って思ったら」
「涌いてんのか、てめぇ」

悟浄を見据えたまま、三蔵の眉間に皺が寄る。

「じゃあ、恥ずかしいんだ?」

更に悟浄が畳みかけると、三蔵は 「ケッ」 と視線を逸らせた。

「話にならんな」

これで切り上げたつもりの三蔵だったが、悟浄はまだ諦めていなかった。

「三蔵サマってば、純情〜♪」
「殺す」

再び、小銃に手が伸びる。

「怒ってんのは、図星だから?」

三蔵の眉が一度、ぴくっと寄せられた。

「誰がだ」
「経験、無さそうだモンなー、そりゃ拒むわなー」
「勝手に決め付けるな」
「あれ、チェリーボーイじゃ無かったんだ?」
「一々おまえに言う事では無いな」
「なら、大人のお遊びくらい、何てこと無いっしょ?」
「ふんっ」

言い返さないのは、肯定なのか。
紫暗の瞳が迷うように揺れたのを、悟浄は見逃さなかった。

「で、どうすんの?」

身体は離さないまま、幹に両手をついて悟浄がまた三蔵を囲う。

「あ?」
「八戒がすぐに出発って言ってたから、今は時間ねぇぜ」
「おいコラ」

間近に迫る紅い瞳に反論するが、効き目は薄かった。

「宿屋に着いてから、ってことでいいか?」
「話を勝手に進めるなっ!」
「三ちゃんたら、我慢できないのぉ?」

逃れようともがく様を、悟浄はわざとからかう。

「てめぇ……」
「往生際が悪いぜ、ったく」
「何だと?」
「ココにちゃんと付くモン付いてんなら、男らしく受けて立ってみろよ」

悟浄の腿が押し上げられた。
その拍子に、三蔵の分身が下から擦られる。

「っ!……」

突然湧き起こったむず痒いような快感に出そうになった声を、三蔵は慌てて押さえ込んだ。
悟浄の指が頬をなぞっていくのも、やっとという体(てい)で耐えている。

「夜まで待てる?」
「……待つだけのことはあるんだろうな?」

不利な形勢を認めたくない三蔵は、勤めて平静を装うと、敢えて挑発するように言い返した。
それに対して、悟浄が 「もちろん」 と自信有りげな笑みを浮かべる。

「損はさせねぇぜ」

ふんっ、という冷笑を、悟浄は同意と取った。
もう一度、一瞬だけ、三蔵と悟浄の唇が重なる。

掠め取るような悟浄のキス。
目を開けたまま受ける三蔵。
それは密約の成立。

更なる熱を閉じ込めて、二人は時間差をつけてから別々にジープへと戻っていった。



 ▽ △ ▽

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