【第4章】






〔4−1〕


「三蔵……」

悟浄はじっと三蔵を見つめていた。

閉じられた瞼の下で、眼球がぐり…ぐり…と動いている。
耳に届く三蔵の呻き声が、段々と大きくなってきた。
熱を帯びた唇から、くっと詰めた息が押し出されていく。
僅かに眉根を寄せ、何かを耐えているような表情を前にして、悟浄は決心した。

「一緒に堕ちるか、地獄ってトコまで ……」

低く呟くと、掴んでいた寝具を捲りあげ、単の寝間着を纏った細い身体に馬乗りになった。
苦しげな息を吐いたが、三蔵はまだ目覚めない。
うなされて脂汗を流し、シーツを握った指先は白くなっている。

悟浄が手にしていたのは荒縄だった。
指を開かせ、やっとシーツから離れた細い手首を掴み、その縄で素早くベッドのパイプに縛り付ける。
すると、三蔵の瞼がぴくんと動き、声が止んだ。
それを見た悟浄は、三蔵の寝間着の襟元を寛げ、勢い良く左右に広げた。
肌蹴た胸に直接、空気が触れる。
急激に冷やされた汗が肌を流れ落ちる感触に、三蔵はぱちりと目を開けた。

「…………?」

晒された白い肌に悟浄の指が滑り、舌が残っている雫を舐め取っていく。
意識を取り戻しかけた三蔵は、何が起こっているのか、まだすぐには理解できないでいた。
自分の肌を辿るモノの存在に、思考は夢と現実の区別がつけられない。
目の前にはただ紅い色だけが広がっていて…。
しかし、悟浄が肌から唇を離して顔を上げ、二人の目と目が合った時、三蔵が突然、叫び声を上げた。
闇雲に暴れたが、腕を拘束されているので身動きが取れない。
下半身もしっかり押さえ込まれて逃げ場が無い。

「三蔵、俺だ。 悟浄だ」

三蔵は固く目を閉じ、一切の接触を拒むかのように頭を振り続けた。

「俺がわかんねーのかよ!」

髪の毛を掴まれ、無理やりに顔を向けさせられる。
慄きながら目を開けたその先には、三蔵のよく知った男の顔があった。

「悟…浄……?」
「そうだよ、俺だよ。 やっとわかりやがったか」
「何故おまえが……何をしている……!」

縛られていることに気付き再び暴れ出そうとした身体を、悟浄がぐっと押さえ込んだ。

「おまえを抱く」
「何……だと?」

目の前の口から出た言葉の意味を咄嗟に理解することができず、三蔵の動きが止まる。
その隙に、悟浄が顔を近付けた。

「抱くっつったら抱くんだよ」
「んっ…!!」

悟浄の唇が性急に三蔵を捉えた。
荒々しく深く求めるそれは、くちづけなどと呼べるものではない。
ただの侵略だ。
うごめく舌に、思わず三蔵が歯を立てた。
痛さで咄嗟に顔を離した悟浄の平手が、三蔵の頬を張り飛ばす。

「ってーだろうが、ンの野郎っ!!」

それは偶然にも、三蔵が一度経験していた流れだった。
自分の上にいる悟浄に、襲ってきた暴漢の姿が重なっていく。
あの時の痛みを、三蔵の身体はしっかりと覚えていた。
あれが再び繰り返されようとしていると思った途端、血の気が引いていくのを感じた。

何故こんな目に遭うのだろう。
身ひとつもろくに守れなかった、こんなにも弱くこんなにも無力な自分。
どんなに痛くても、何とかその場さえやり過ごせばいつか終わる。
辛いなら、意識を手放すという方法だってある。
しかし、それは自分のあるべき姿か?

 『強くありなさい』

そう言われて、そうあろうと今まで努めてきたのではなかったのか?
諦めてしまえば、そこで終わりだ。
だが、そんなこと、

――― 俺が許さない

己の身は己で守るしかない。
一度ならず二度までも好きにさせるわけにはいかない。
これが課せられた試練ならば、逃げることはできない
相手が誰であるかなどはもう関係無く、三蔵はとにかくこの場を乗り切ろうともがきだした。

一方悟浄は、痛々しいほどに抵抗する三蔵に、哀れを通り越して苛立ちさえ覚えていた。
どうしてコイツはこんなにも強がるのか、と。
こんな風にされて抵抗するのは当然だ。
けれど、怖いなら、辛いなら、素直にそう吐き出せばいいものを。

三蔵はただ歯を食い縛り、悟浄では無く、見えない闇とだけ闘っているように見える。
自分に意識を向けさせようと名前を呼んでも、三蔵の瞳に悟浄の姿は映っていない。
それが、酷く悲しいことに思えて……。
切なそうに眉を寄せたのは一瞬で、悟浄の顔が次第に無表情になっていった。
暗い光を宿した目がすーっと細められていく。

暴れ続ける三蔵の髪を掴んで顔を上げさせると、口元に貼られていた絆創膏を乱暴に引き剥がした。
切れた傷口にじわりと血が滲む。

「っ…!」

一瞬、怯んだ隙に、足をずらせて細い腰を抱える。
同時に、既に取り出していた分身を二・三度扱いてから、無理やり三蔵に挿入した。

「!!!!!」

裂けるほどに口が開かれたが、三蔵の叫び声は声にはならなかった。
ろくな愛撫も施さず、しかも、まだ癒えていない傷を再び抉りながら、悟浄が自分自身を埋め込んでいく。

三蔵の脳裏に、見知らぬ男に犯された場面がフラッシュバックのように甦ってきた。
痛みと戦慄で目は見開いたままになり、その端には涙が滲んでいる。
これはまだ悪夢の続きではないのかと、思考が混乱してきた。

「あ…あ……」

恐慌状態に陥り、頭を振り乱す三蔵を見て、悟浄が制止の為に手を伸ばした。

「おまえを縛り付けているのはこの俺だろっ」

三蔵がまだ過去の恐怖に支配されているのが悔しかった。
だから、無理にでも現実に引き戻そうとした。

「俺を見ろっ!」

悟浄の手が首を押え付けた時、三蔵の内部がぎゅっと収縮した。
二人の身体の間に挟まれていた三蔵自身も僅かに質量を増している。

――― 三蔵……?

悟浄はそこで、自分でも思いがけない行動に出た。
目の前に曝け出されている、細く白い首。
そこに両手をかけると、悟浄はそのまま力を加えて絞めはじめたのだ。

「うぐっ……!」

三蔵が驚いて悟浄を見上げる。
今、はっきりと覚醒し、現実に悟浄が自分を襲っていることを理解した。
しかし、何故こんなことになっているのかまではわからない。
紫暗の瞳は瞬きもせず、ただ紅い瞳を凝視しているだけで。

そんな三蔵の反応を見て、悟浄が次第に指先の力を強めていった。
手の内に、この美しい生き物が在るという事実に震えつつ。
自分の姿が目の前の瞳の中に映っていることに喜びさえ感じながら。

段々と絞められるに連れ、三蔵は咥え込んでいる悟浄を食い千切りそうなほどに締め付けた。

「アソコが引き攣ってるぜ。 死ぬのが怖いか? それとも、気持ちいいのか?」

三蔵の瞳に映っているのは悟浄だけ。
他のものは何も見えない。
他のことは何も考えられない。
自分の全てを、命までもを悟浄に握られている。
そのことが、何故か………。

更に力を加えられ、三蔵の頭は芯に霞がかかったようになってきた。
すると、歪んでいただけの三蔵の顔が、ふと和らいだ瞬間があった。
恍惚とした表情にも見えるその顔は、暫し、痛みも忘れているのか。
あと少し力を込めれば完全に窒息するギリギリ手前で止めると、悟浄は首から手を離し三蔵の腰骨を掴んだ。

「おまえの頭ん中も身体ん中も、俺でいっぱいにしてやる!」
「はうっ!!……」

腰をぐいぐいと押し進め、これ以上は無理だというところまで自分自身を捻じ込んだ。

「まだだ三蔵! 俺のことしか考えられなくなるまで、おまえを犯し続けてやるからなっ」
「くあっ!!!!!」

身体に与えられる刺激に対して、三蔵はもう抵抗を示すこともできなかった。
何かを考える余裕など無い。
ただぎゅっと固く目を瞑り、揺れに合わせて自然と上がってしまう声を止められずにいるばかりで。
悟浄が圧し掛かり、三蔵の顔に手をやって、汗で額に貼り付いていた前髪をかきあげた。

「目を開けろ」

言われるままに瞼を上げると、ぼんやりと紅い瞳が見えた。

「今、おまえの中にいるのはこの俺だ。 わかるか? おまえを犯しているのは、沙悟浄だ!」

言うと同時に、ぐっと突き上げる。
三蔵の身体は叫び声と共に仰け反り、弓のようにしなった。
上がった顎を再び戻されると、さっきよりも間近に悟浄の顔があった。

「恐怖も、苦痛も、快楽も、全部俺が与えてやる」

言い終わると同時に、わなないていた唇が塞がれる。
再び始まった執拗な侵略。
しかしもう、三蔵は為すがままに、舌が口腔内を蹂躙していくのを受け入れていた。
悟浄は腰を打ち付けながら、息も奪うほどに激しく求める。
散々貪ってからようやく口を離すと、悟浄は三蔵の頬を掴み、自分を見つめさせた。

「俺は誰だ」
「っ…」
「答えろっ!」
「悟……浄……」

逃れられない状況下で与えられた命令に、三蔵は術にでもかかったかのように素直に従っていた。

「そうだ、沙悟浄だ!」
「あうっ!!」

最奥まで犯され、三蔵は隅々まで悟浄に浸蝕されていった。
忌まわしい記憶として残っていたものが、新たに悟浄との体験として塗り替えられていく。


ぎしぎしというベッドの軋み音は、まだしばらく止みそうに無い。




〔4−2〕


訪ねてきたあの夜からずっと、悟空は八戒の家にいた。
日中は特に何をするでもなく、ぼんやりと過ごしているだけ。
だが時々、ぴくんと耳が反応する。

三蔵が声を上げている気がして。
苦しんでいるような三蔵の声が聞こえた気がして。

三蔵は大丈夫なのだろうか。
……気になる。
本当は、今すぐにでも飛び出して確かめに行きたい。
けれど、悟浄に待っていろと言われている。
ただでさえじっとしているのは苦手だ。
それなのに、終わりが見えない時間を待ち続けるのは困難なことこの上ない。
動きたくても動けない悟空の表情は、いつまで経っても沈んだままだった。

「明日は買い出しに行きましょうね」
「え…」

静かな夕食の途中に、八戒が笑顔で悟空に言った。

「いつ戻って来てもいいように、二人の好きなもの、たくさん用意しておきましょう」
「あ……」

そうだ、動けないからといって落ち込んでいても仕方がない。
次に三蔵に会った時、自分が何をしてやれるかを考えなければ。
そして、いつも通りの姿を見せなければ。

「荷物持ち、手伝ってくださいね」
「うん!」

悟空は元気に返事をすると、先ほどとは比べ物にならないくらいの勢いで残りの料理を平らげていった。
その様子を、八戒は穏やかな眼差しで見守っている。

八戒とて、三蔵の身を案じていたのは同じだった。
あの夜の悟浄の違和感を覚える態度からは、大丈夫だという言葉を鵜呑みにすることはできなかったから。
手が足りないのならば、素直にそう言うだろう。
八戒だとて、今まで何度か三蔵の仕事を手伝ったことがあるのだ。
しかし、悟浄が三蔵の為に動いているのが、本当は仕事絡みではないのだとしたら…?

悟浄は三蔵に対して自分とは違った接し方をしている、と八戒は常々思っていた。
対等なのだけれど、少し距離を置いて、どこか牽制しあっているような。
かと思うと、妙に気を引くようにからかう時もある。
仲がいいのか悪いのかわからない、不思議な関係。

もともと三蔵と繋がりがあるのは、八戒と悟空だけなのだ。
無条件に三蔵を信頼し、何かあれば自分のことよりも三蔵を心配してしまう。
そんな二人には言えないような事態に、もしも陥っていたとすると…。

――― 僕達に言えないようなことって、何なのでしょう……?

ここであれこれ考えていたって仕方が無いことはわかっている。
けれど、悟空に向ける笑顔の裏で、八戒は不安要素までも思考してしまう自分を止めることはできなかった。




〔4−3〕


あれから、三蔵は悟浄に犯され続けていた。
時間の感覚も無く、ほとんど裸で過ごしているような状態で。
叫び声を上げる喉もとうに枯れ果て、身体の至るところに悟浄が辿った跡が刻み込まれていた。

とことんまで貪られてから、気を失うように眠りに落ちる。
時折、何かが口に与えられると、三蔵は無意識のままそれを飲み込む。
気付けばいつも、悟浄を体内に受け入れている。

その繰り返しの中で、次第に三蔵は、うなされることが少なくなっていった。







どれだけの時が経ったのか。
一番小さな明かりがひとつ点されているだけの部屋には窓が無く、昼なのか夜なのかもわからない。

目覚めると、三蔵はひとりでベッドに寝ていた。
久しぶりにぐっすり眠った感覚があった。
しかし目を開けた時、自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか、すぐには思い出せなかった。

しばしぼんやりしていた耳に、部屋の隅から微かな寝息が聞こえてくる。
三蔵はだるさを覚えながら上体を起こし、その音の元を確かめようとした。
薄暗い中で巡らせた視線の先に捉えたのは、ソファで寝入っている悟浄だった。
その顔を見た瞬間、三蔵はこの部屋で起こっていたことを克明に思い出した。

身体中の血が一気に逆流したような感じが湧き起こってくる。
三蔵はわなわなと震える自分を抑えられなかった。
ふと気付いて自分の身体を見ると、着せられている寝間着に乱れは無い。
肌も、風呂上りのようにさっぱりしている。
そのことが余計に、三蔵のはらわたを煮えくり返させた。

下半身を動かすと悟浄に攻められ続けた箇所がじくじくと痛んだが、無理やりベッドを下りた。
が、激痛に襲われ動きが止まった。
吸い込んだまま、呼吸も止まる。
少し落ち着いてからようやく息を吐き出すと、机の上に置かれている自分の銃が目に入った。
最後に使ったのはいつだったか…。
そんなことを考えながら手を伸ばそうとした時、袖から出た手首がいつもと違うことに気付いた。
両腕とも、上手にとは言えないが、丁寧に包帯が巻かれている。

「………」

三蔵はしばらく両手首を見つめていた。
この包帯の下には、縄で擦り切れてついた傷があるはず。
悟浄が自分にしたことだ。
ベッドに括りつけられ、いくらもがいても外せなかった。
暴れても、ただ徒に傷を増やすばかりで。
でも、それも随分と前のことのように思える。
縛られたのは最初だけだったかもしれない。
その後のことは、よく覚えていないと言った方が正しいのだが。

チッと舌打ちすると視線を上げ、銃を掴んで悟浄の枕元に近寄った。
紫暗の瞳が憎々しげに寝顔を睨んでいる。
徐に銃口をその額に向けた。
だが、それ以上動けない。

ギリ、と奥歯を噛み締める音が自分の耳元で響いた。
時が止まったようにさえ感じる。
長い長い一瞬。

と、銃を持っていた手首をいきなり、目覚めていたらしい悟浄に掴まれてしまった。

「っ!」
「何、もたもたしてんだよ」
「……」
「俺を殺したいんだろ?」

苦しそうな表情のまま、三蔵は口元を固く結んでいる。

殺したい?
そうだ、貴様など殺してやりたい。
だが、何故引き金が引けない……?
紅い瞳に見つめられ、目を逸らすことができない。
掴まれている部分が熱い。
鼓動が大きく打つのがわかった。
じっとしているうちに、息苦しささえ感じる。

「俺の寝顔に見惚れてた?」

悟浄の声にはっとなった三蔵が慌てて抵抗しだした。

「くっ……離せっ」

掠れた声は、いつもの低音とは違って弱々しい。

「甘いんだよ」

悟浄は三蔵の腕を掴んだまま引き寄せると、ソファに組み敷いた。
ギリギリと締めつけられ、痛みで力が入らなくなった手から銃が離れて床へと落ちていく。

「三蔵サマからのお誘いとあっちゃ、断るわけにゃいかねーよな」

からかうような口調の悟浄に、三蔵はきつい瞳で睨み返した。

「そんな顔したって、そそるだけだっつーの」

獲物を狙う獣の如く、目を眇めて悟浄の顔が近付いてくる。
三蔵は思わず瞼を閉じ、身体を強張らせた。
それを見た悟浄は、触れる寸前で動きを止めた。

煙草の匂いのする息が口元にかかるのを感じる。
しかし、それ以上は何も起こらない。
三蔵が訝しげに目を開けると、すぐそばに真剣な眼差しの悟浄の顔があった。

「抵抗しねぇの?」

予想と違っていた表情に途惑った三蔵の目が、ふと悟浄の首に吸い寄せられた。
そこには、蚯蚓腫れになった生々しい傷跡がある。
視線に気付いた悟浄が、三蔵の首筋に指を這わせた。

「お揃いの傷、つけてやろうか」

つつ、と撫でられ、三蔵がびくんと身体を震わせた。

「いや、おまえは絞められる方が好きだったっけか」

その言葉で、三蔵の脳裏に悟浄との行為がありありと浮かんできた。
あの時は首を絞められ、傷を抉られ、苦痛にのみ支配されていた。

……はずだった。

けれど、思い出すとどこか違う。
痛みや苦しみや悔しさは確かにあった。
なのに、それだけではなかった気がする。

あの瞬間をどう言い表せばいいのか。
死がすぐそばまで来ていたかもしれないのに、恐怖というものは無かった。
自分を取り巻く何もかもがふっと消え失せ、苦痛からも世界からも解放されたような感覚。
視界が狭まり、ただ目の前に在る紅い色だけを感じていたあの時。
己という個体が宇宙と融合したような錯覚さえ覚えた。
思い返しただけで、何故か甘美にも思える瞬間。

三蔵の全てが、目の前にいる男のことだけで占められている。
思い出したくも無いはずなのに、身体が勝手に、刻み付けられた記憶を呼び戻す。
自分を襲った暴漢のことなど、今はどこかに消え去っていた。
そればかりか、悟浄とのあの感覚をもう一度味わいたいと密かに思ってしまう自分がここにいる。
組み敷かれているという現状でさえも、屈辱として感じることのないまま忘れてしまいそうで。

「…?!」

膨らみかけた股間が、圧し掛かっていた悟浄の足に押し返された。
その感覚で、三蔵は自分の身体が反応しかけていることに気付いた。

「あ…あ……!」

酔いが醒めたように、意識がいきなり現実に戻った。
そして、三蔵はパニックに陥った。
気付いてしまったのは、いつもの己らしくない自分。
こんなこと……こんなことはあるはずが無いのに!

悟浄が、今にも叫び出しそうな三蔵の唇を咄嗟に塞ぎ、動きが止まった瞬間に当身をくらわせた。
抗う間も無く意識を飛ばした三蔵。

「何も考えるな……」

そう呟いて、再び閉じられてしまった瞳を残念に思いながらも、ぐったりとした身体を抱き上げベッドへと運ぶ。

「おとなしく寝とけ」

寝具を掛け、呼吸が規則正しく行われているのを確かめると、悟浄は部屋を出た。
そっとドアを閉め、二・三歩歩いたところで立ち止まる。
煙草を探ったが、部屋に置いてきてしまったようだ。
ポケットから出した手は固く握られている。
その拳が、廊下の壁に叩き込まれた。

「畜生っ!!」


――― 傷つけたいわけじゃなかったんだ、決して

――― けど、“誰か” の跡が残るのは許せなかった

――― だから、過去を塗り替えるかのように、俺は…………あいつを………


三蔵を救う為、という名目で行った行為のはずだった。
しかし、それが正しい選択だったのかはわからない。
当事者で無い自分は、いくら考えたところで正解など得られないのか。
今までやったことは、ただ己の我侭を通しただけだったのか。

これから三蔵と、どう………

痛む拳をそのままに、その場にずるずると座り込んでしまった。
今、何も考えたくないのは悟浄の方だったのかもしれない。









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