【第2章】






〔2−1〕


薬品の匂いのする窓の無い部屋のベッドに三蔵は寝かされていた。
顔に貼られた絆創膏が痛々しい。

「綺麗な顔立ちなんだろうに」
「美人が台無しだな」
「まあ、こっちはたいしたことは無い。 腫れもすぐに引くわい。 じゃが……」
「ん?」
「肛門の裂傷が酷い」

悟浄の眉が苦しげに寄せられた。

「洗浄と処置は施したが、しばらく動かさん方がよいな。 今は薬で眠っておるから」
「…こんな夜中に悪かったな」

手を洗いながら喋る老人に、悟浄は申し訳なさそうな声で礼を言った。

「なに、これで貸し借りは無くなったかの」
「そんなつもりであん時アンタを助けたわけじゃねーって」

以前、この老人が酔っ払いに絡まれ難儀している場面に出くわして、悟浄が手を貸したことがあった。
そんな縁で、飲み屋で出会うと酒を酌み交わすくらいの仲にはなっていたのだ。

「いやいや、ずっと感謝しておったんじゃよ」
「こっちこそ、医者のアンタと知り合えて良かったと思ってるんだぜ。 例えモグリでもよ」
「わしみたいなモンでも、この町じゃ結構需要があってな」

うはははは、とひとしきり笑うと、老人は片付けを終えて出ていこうとした。

「今晩といわず、しばらくここでゆっくり養生すればいい」
「えっ」
「もう、追っ手も来ないじゃろうて」
「どういうことだ?」
「少し前、死人が出たという知らせが飛び込んで来た。 二人、鉛弾をくらっていたとか」
「それって……」
「わしもそいつらに家を荒らされたことがあるんじゃ。 だから、見付けた者が知らせに来てくれての」
「そっか」
「この町のダニのようなヤツらだったから、せいせいしたわい」

そう言って、老人は机に置かれた銃を一瞥してから、眩しそうに目を細めて、眠っている三蔵を見た。

「見かけに騙されちゃいかんということだな」

その通りだと、悟浄はうんうんと肯いた。

「丁度、明日から十日ほど出掛けるつもりでの。 その間、留守番を頼めるとありがたいんじゃが」
「いいのか?」
「ああ、患者が来ても追い返してよいからな」
「付き添い看護師に専念するさ」

白衣の天使なんてガラじゃねぇけど、と悟浄が冗談めかして軽く微笑む。

本当は、ここへ置いて欲しいと自分から頼むつもりだった。
こんな状態では、三蔵を動かすことはできない。
起き上がれたとしてもどこへ連れていけばいいのか・・・。
家にも寺にも、まだ帰れない。
まだ、誰にも会わせられない。
こんな三蔵を、誰にも見せたくない。
だから、老人の申し出は有り難かった。

「手当てに必要なものは出しておくから、薬棚には触るんでないぞ。 他のものは何でも適当に使って構わん」
「サンキュ。 あ、ちょっとだけ付いててくれるか? 心配している奴等がいるんで、先に知らせてくるわ」
「ああ、早く行って安心させてやれ」

老人は追い立てるように自分よりも大きな身体の背中をポンと叩くと、にっこりと笑って悟浄を送り出した。




〔2−2〕


悟浄が家に戻ると、八戒も悟空もまだ起きていた。

「三蔵と会えたぜ。 ちょっと仕事が立て込んでるらしい」

その報告に八戒は安堵の息を漏らしたが、悟空は膝を抱えて椅子に座りこんだまま固い表情を崩さない。

「で、頼まれ事されちまって……着替えを調達してきて欲しいって」
「着替え、ですか?」
「あの格好のままだとヤバイ場所にいかなきゃいけないらしいわ」
「どこなんですか?」
「あー、そこまでは聞いてなかったんだけど……」

やや、眼が泳いだのに気付いたが、八戒は敢えてそれ以上は突っ込まなかった。

「僕のでよければ洗濯したのがありますから取ってきましょう」
「えっと…俺もその仕事とやらに借り出されることになっちまって、持って行ったらしばらく戻らないと思う」
「……わかりました。 では、悟浄の分も一緒に用意してきます」

何とか自分で作った通りに話を進められて、悟浄は八戒が部屋から去るのと同時に、こっそりと息を吐いた。
と、横から悟空が 「なあ……」 と悟浄を呼んだ。

「俺も行っちゃだめ?」

会いたい。
三蔵に会いたい。
会わなければ安心できない。
姿を見なければ納得できない。

いつもとは違う弱々しい悟空の様子に、悟浄は胸が詰まる思いがした。
だが、ここでありのままを伝えることはできない。
三蔵を大切に思っている二人だから、事実を知ればショックは大きいなんてものじゃないだろう。
何より、三蔵自身が知られることを望んではいないはず。
特に、悟空には……。

だから悟浄は、すべてを自分の胸の中に仕舞い込むことにした。

「 “猿には大人しく留守番してろと伝えとけ” って言われたから……悪ぃ……」
「……わかった」
「ちゃんと留守を守ってろよ。 三蔵が帰って来ても、いきなり怒鳴られたりしないようにな」

そう言いながら、悟浄が悟空のおでこをピンッと指で弾くと、いきなり悟空が立ちあがった。
だがそれは、いつものように歯向かおうとしたのではなかった。

「ホントに、三蔵は大丈夫なんだな?」

金色の瞳が、まだ不安に彩られている。
問われた時、悟浄の表情が僅かに苦しそうになったのを、戻ってきた八戒は見逃さなかった。

「大丈夫。 俺を…いや、あいつを信じろ」

大きな手が、くしゃくしゃと茶色の髪を掻き回す。
悟空はその手を払い除けもせず、されるがままになっていた。

「僕も、あなたを信じていいんですね」
「ああ」

悟浄の眼は八戒を真っ直ぐに捉え、揺らぎもしない。

「では、お任せします」

そのあまりの真剣さが逆に引っ掛かったが、八戒はいつものように穏やかに微笑むと着替えを手渡した。

「気をつけて」

慌しく出ていく悟浄を見送った後、八戒はしばらく玄関から動かずに、じっと姿が消えた方向を見つめていた。


――― 悟浄、本当は一体何が……?


その後ろでは、悟空が立ったままぎゅっと目を瞑って、拳を固く握り締めている。
二人とも、心の中でずっと、三蔵の名を呼び続けていた。




〔2−3〕


夢にうなされているのか、三蔵が苦しい声を上げている。
浅い眠りの合間に時々目を覚ますと、その都度、身体の痛みを感じた。


――― そうだ、俺は…………


僅かな覚醒の間に断片的に甦った記憶は、すぐに夢と混ざってゆく。



あの時……。



三仏神からの命を受け、とある件について人知れず調査をしていた途中のこと。
三蔵は町で二人組みの男から声を掛けられた。
が、外見に興味を示しているのがありありと見て取れたので、構わず無視した。
しかし、男達はしつこく付いてくる。
まこうと考えて裏道に入ったが、いきなり後ろから押え付けられ、何かを嗅がされた。
その後、意識が遠くなって…。

気が付くと、汚れた壁と天井が見えた。
どこか倉庫のようなところに連れ込まれたらしい。
まだ薬の効き目が残っているのか、頭痛がして身体も重い。

突然、下卑た笑い声が聞こえた。
先ほどの男達が見下ろしている。
三蔵は咄嗟に懐に手をやったが、目的のものはそこには無かった。

「探し物はこれか?」

目の前に立った男の手には、三蔵の小銃が握られていた。

「坊さんが物騒なモン持ってんな〜」
「返せ……ぐっ!」

睨み上げた三蔵の口に、銃口が押し付けられた。

「大人しくしていれば殺しはしねぇ」

男が、小銃をぐっと捻り込む。
苦痛に三蔵の眉が寄せられた。
その苦悶の表情は淫らな姿態を想像させるには充分で、男はたちまち欲情した。
生唾をごくりと飲み込む音が三蔵にも聞こえた。

「これは楽しめそうだな……こんなモンより、俺のを咥えてもらおうか」

三蔵から銃を引き抜くと、男は自分の屹立したモノを取り出した。
二人の男に組み敷かれ、力の入らない身体はあっけなく抵抗を奪われる。
だが、アンダーを引き裂かれながらも、三蔵は放り投げられた銃の行方をしっかりと目で追っていた。

下肢を覆っていたものはすべて取り払われ、渦巻く欲望のもとに白い肌が晒された。
たちまち、男達が吸い寄せられる。
それぞれの唇と手が三蔵を貪っていく。

抗おうにも抗えず、ぎゅっと目を瞑って耐えていると、唇に吸い付いて来たものがあった。
気持ち悪さに歯を食い縛っていたが、歯列をねっとりと舐め回された。
頬を強く掴まれ、口を開けてしまったところに、生温かいものが侵入してくる。
我が物顔で動き回る舌。
叫び出したいのを懸命に堪えて大人しくしていると、頬の拘束が少し緩んだ。
その瞬間、隙を逃さず、動き回っていた舌に噛み付いた。

「ギャッ!!」

顔が離れたと同時に、拳が飛んできた。

「ふざけた真似してんじゃねーよ!!」

舌を噛まれた男が、無抵抗の三蔵を容赦無く殴り続ける。

「噛み切られたら敵わんな」

口淫させようと用意していた男は、まだ殴ろうとしている男を止めると三蔵の肩を押え付けさせた。

「悪いことをした者にはお仕置きだ」

脳震盪を起こしかけていた三蔵は、その声をぼんやりと聞いていた。
男は三蔵の膝裏に手を沿えて足を折り曲げると、剥き出しになった秘所に自分の分身を宛がった。
その時、これから起ころうとすることを三蔵ははっきりと理解した。

「!! や、やめろっ!!」
「遅ぇよ」

頭側の男が、シャツの切れ端を三蔵の口に詰め込む。
同時に、三蔵に乗っていた男が腰を進める。
三蔵の身体が陸に打ち上げられた魚のように跳ね上がった。

「うぐっ!!!」

何の準備もできていないそこは、ミリミリと引き裂かれながらも侵入を許さざるを得なかった。
男は無理やりに根元までねじ込むと、やがて前後に動き出した。
初めての場所に異物を受け入れた三蔵は、襲ってくる激痛を必死で耐えていた。
濡れていないそこでは、にじみ出てくる血が潤滑油代わりになってきている。
その為、最初よりは幾分スムーズに動くようになったが、三蔵にとってはただただ苦痛でしかなかった。

「うおっ!」

やがて、男が吼えるような声を上げてひとりで達した。
三蔵の奥に放出された精液が、男が引き抜いた時に一緒に流れ出てくる。
身に受けた痛みとショックで、三蔵は暫し呆然としていた。

「充分に濡れたから、おまえはすぐに入るだろうよ」

場所を入れ替わると、もうひとりの男が三蔵の身体に手をかけた。

「もう、我慢できねーよ」

足を掴むや否や、一気に三蔵を貫いた。

「っ!!!!!」

滑りがよくなったといっても、そう簡単に入るものではない。
また血が流れる。
ぎゅっと眉根を寄せ、三蔵はひたすらに、果てしない激痛と闘っていた。
性器を弄られても感じるどころではない。

この男は溜まっていたものをすぐに吐き出した。
三蔵は、半ば気を失ったようにぐったりと動かないでいる。

「コイツのココ、女よりもいいぜ」

三蔵の上から退いた男が、イッたばかりだというのに舌なめずりして、まだ物欲しそうに三蔵を見ている。

「とことん楽しませてもらおうか」

そう言って、最初の男がまた三蔵に覆い被さってきた。
身動きしない細い身体を満足気に見下ろして圧し掛かろうとしたその時、三蔵が男の腹に蹴りを入れた。
思いがけない反撃に驚いた男が、腹を押さえたまま蹲る。
三蔵は身を起こしざまにもう一人を殴り飛ばすと、素早く部屋の隅へと移動した。
そして、そこに落ちていた小銃を拾い上げ、すかさず発砲した。

向かって来ようとした男の額に一発。
逃げようとした男の背には二発。

ここはまだ町の中だろう。
銃声を聞き付けて、誰かがやってくるかもしれない。
三蔵はその格好のまま、痛む身体を引き摺りながら建物を後にした。

そこから、どこをどう歩いたかわからない。
人目を避けてとにかく裏へと廻ったが、幸い誰にも会うことは無かった。
やがて、だんだんと意識が遠退くのを感じ、足が縺れて倒れ込んだ場所で動けなくなった。



それから……。



薄っすらと目が開いた時に見えたのは、見覚えの無い部屋だった。
さっきの場所とは違う。



……さっき……?



――― そうだ、さっき俺は……


突然、うわあと悲鳴が上がった。
三蔵はまだ、夢と現の間を彷徨い続けている。
だが、身体に感じる痛みが、凌辱の事実を生々しく掘り起こす。

その様子を、枕元で老人がじっと見守っていた。
年輪を刻んだ手が、暴れ出した三蔵の腕を取る。
慣れた手順で鎮静剤が打たれた。


――― ここはどこだ……?


意識がぷっつりと遮断されると、三蔵はまた眠りに落ちていった。










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