【第15章】








〔15−1〕


煙草による火傷の痛みは、二日もすれば忘れてしまえるほどだった。
普段は手甲に覆われて見えない部分なので、痛まなければ気にもしない。
痕が残るのも何とも思わない。
この身体には既に、いくつもの傷痕が残っているのだから。

いつの間にか増えてゆく痕。
いつの間にか消えてしまう、あの男が残した跡…。

日々薄くなる手首に付けられた印を、三蔵はなるべく見ないようにしていた。
だが、その行為自体が既に問題に対して意識を向けているのだということも、よくわかっていた。

手甲の下に隠れていれば目に触れずに済むのに、ふと指が辿ってしまう。
すると、胸の奥が疼きそうになる。
肌に吸い付かれる感触が蘇りそうになる。
それを無理矢理ぐっと堪えて、思いつく限りの罵倒の言葉を思い浮かべ、心の中で繰り返す。

――― エロ河童、ゴキブリ河童、クソ河童、腐れチンピラ河童………

ジープの助手席で眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいる三蔵を、八戒が運転の隙にちらっと盗み見た。

「三蔵、もう少しで着きます」
「ああ」

思考を中断させられた三蔵は、袂の中で組んだ腕を強く掴んでいた。







引き返してひとつ前の町まで戻り、山の入り口へとやって来たつもりが、以前とは様子が違っている。
入り口があったはずの場所には鬱蒼と木が生い茂り、簡単に中へは入れないのだ。
悟空が無理に分け入ってみたが、真っ直ぐに進みたくとも何度やっても同じところに出てしまう。
どうやら、結界が張られているらしい。
三蔵も銃を撃ち込んで試した結果、その結界は “念” によるものでは無く、“術系” だとわかった。

「破る方法はあるんですか?」
「―― あるにはある。…だが、これだけはできればやりたくはねぇがな」

尋ねた八戒では無く、三蔵は悟空をじっと見つめた。
視線を感じた悟空が、訝しげに三蔵を見返す。

「悟空、お前ならばできるかもしれん」

三蔵は、ゆっくりとそう告げた。







一枚、また一枚……。
悟空が硬い表情で衣服を脱ぎ始めた。
三蔵はその様子を黙ったまま眺めている。
時折、悟空が何か言いたげに動きを止めるが、三蔵は顎をしゃくって続きを促すだけ。
やがて、下着一枚になった悟空が諦めたような顔で三蔵の前に立った。
無言で向き合う二人を、八戒が横からじっと見つめている。

――― 三蔵…

三蔵の長い指が柔らかく筆を握り、悟空の身体に伸びた。
肌の上を滑らかに筆先が滑ると、みるみるうちに悟空の体表が真言(タントラ)で覆われてゆく。

――― 何故……

真剣な面持ちで休まずに手を動かしている三蔵。
悟空はといえば、とにかく三蔵の作業が終わるまで、と目を瞑り口を噤んで懸命に耐えている。
少し離れて立っていた八戒は、拾い集めた悟空の服を、知らぬ間にぎゅっと握り締めていた。

「フン、こんなモンか」

三蔵がようやく筆を止めた。
途端に、悟空が堰を切ったように三蔵の名を呼ぶ。
その瞬間、二人だけで構成されていた閉鎖的空間の壁が一気に取り払われたかの如く、八戒には感じられた。
そして、三蔵に労いの言葉を掛けようと動いた時、痛くなるまで指に力が入っていたことに気付いた。

「何だよコレ!?」

それまでの息詰まる時間が嘘かと思えるほど、いきなり賑やかになった。
書いている間は動くなと命令されていた悟空が喚いているのだ。

「あははは、カッコイイですよ悟空」

咄嗟に笑顔を作った八戒が、明るい声で悟空を宥めた。
我を抑え込むのは造作も無いこと。
八戒は自分の役割をよくわかっている。

…はずだった。







「くそーッ!!」

身体中に真言を書かれた悟空が山へと突入する。
入り口付近で、結界の媒体となっていた物を壊す雄叫びが聞こえた。
その声も段々と小さくなり、もう三蔵と八戒の耳には届かない。

「成功したようですね」

入ろうとしても拒まれ、元の場所に戻された先ほどとは違い、奥へと進めているようだ。

「あと少し様子を見て、猿が戻ってこなければ俺達も中へ入る」
「わかりました」

いつものようにきっちりと返事をした八戒だったが、顔には複雑な色が張り付いている。

「…………三蔵」
「何だ」

三蔵は近くに転がっていた大き目の石に腰掛け、煙草を取り出して火を点けようとしていた。

「何故、悟空だったんですか? 僕じゃ無く……」
「あ?」

質問の真意がよく理解できず、三蔵は煙を吐き出すと眇めた目で八戒を見上げた。

「『お前ならばできるかもしれん』………」

少し前の三蔵の台詞を八戒が繰り返す。

「てめぇが説明してただろうが」
「真言を書けるのは三蔵だけで、僕では身体が大きいから書きにくい、と」
「わかってんじゃねーか。 それ以上、何が訊きたい?」
「……」

八戒はすぐに答えられなかった。
論理的に考えれば理解できることも、感情的思考に嵌ってしまうと納得できないのだ。

三蔵は迷うことなく悟空を指名した。
それは、現状打破に彼が最適だったから。
そこまではわかる。
だが、少しは自分も見て欲しかった。
見つめ合っていた三蔵と悟空は、まるでその場に二人しかいないかのような雰囲気を醸し出していて…。

――― それが、寂しかった………?

あの一瞬、自分は居ても居なくても構わないような気にさせられてしまった。
何の役にも立っていないのが、情けなくさえ思ってしまった。
いや、三蔵に必要とされていないと感じるのが怖かったのだ。

「悟浄だったら……」
「!……」

その名を口にした途端、三蔵を取り巻く空気が違ったように感じた。
緊張感を伴うようなぴりぴりした意識が、こちらにまで突き刺さりそうだ。

「だったら、何だってんだ?」

普段よりも更に低いトーンで発せられた声には、鋭い棘がありありと含まれていた。

「仮に……ですが、これと同じような状況で、三蔵と悟浄と僕しかいないと考えてください」
「……」

三蔵は眉を顰めたまま、口を挟まずに聞いている。

「その場合、貴方は誰の肌に真言を書きますか?」
「悟浄だ」
「!!」

即答した三蔵に、八戒は少なからず衝撃を受けた。
身体の大きい小さいで決めたのならば、候補が悟浄と自分の場合は当然自分だろう。
そう思っていたのに、違う答えが返ってきてしまった。
やはり、自分では役に立たないと、そういうことなのか…?

理由を聞くのが怖くなり、八戒は問い質すことができずにいた。
固まってしまった八戒を、三蔵がちらりと見遣る。
そして、徐に立ち上がると、まだ半分残っている煙草を投げ捨て、草履で踏み消した。

「特攻は、それしかできねぇ奴にやらせておけばいいことだろ」
「っ!……」

意外な理由を三蔵から聞き、八戒は目をぱちくりとさせた。

「血の気が多い奴の役目だと思ったんだがな」

三蔵は、近くの木に凭れながら理由を続けた。
僅かに耳を山中に向けている姿勢は、結界が本当に解けたかどうか窺っているようでもある。

「おまえは頭脳労働が得意なんじゃ無かったのか?」

意識の半分は偵察に使いつつ、三蔵が八戒に訊く。

「三蔵……」
「それとも何か? おまえも墨塗れになりたかったってのか?」
「いえ、残念ながらそういう趣味はありませんので」
「ならいいじゃねぇか」
「…ええ、そうですね」

そう答えながら、八戒は静かに息を吐いた。
いつの間にか入っていた肩の力も一緒に抜けてゆく。

三蔵と悟空の間には他の誰も踏み込めない空気がある。
三蔵と悟浄との間にも、二人にしかわからない何かがあるようだ。
そんなそれぞれの関係をどこか羨ましく感じていたのは確かで。

けれど、自分にもこのメンバーの中できちんと役割があり、それは取りも直さず三蔵の為だ。
自分と三蔵との間にも、他の誰とも違う繋がりがあるではないか。
そして、三蔵を想う気持ちは、誰にも引けを取らないつもりでいる。
その想いを形にするかしないかは別として。

「三蔵…」
「まだ何かあるのか?」
「仮に、ですよ? また同じ状況で、今度は僕と貴方しかいなかった場合は、……どうしますか?」

先ほどとは違う落ち着いた雰囲気の八戒が、再び三蔵に質問を投げ掛けた。

「そう言えば、俺は本当のおまえをまだ知らねぇな」

三蔵がじっと八戒を見つめる。
本当の八戒。
そう言われて、八戒は一瞬、自分が隠している気持ちに気付かれたのかと、内心焦った。
しかしそれは、妖力制御装置を外して妖怪に戻った時の状態を指しているのだろうということにすぐに思い至った。

「三蔵」

動揺が伝わらないように心を落ち着かせながら、八戒がゆっくりと三蔵に近付く。
腕を組んで幹を背にした三蔵の前に立つと、紫暗の瞳を覗き込んだ。

「興味ありますか?」
「別に、今のおまえもおまえには変わり無いことだしな」

八戒が迫ってきたせいでの至近距離に対して動揺も見せず、また、真っ直ぐに向かってくる視線を避けるでも無い。
特別な感情は含ませず答えた三蔵に、八戒がどこか哀しい瞳で微笑んだ。

「機会があればお見せします。本当の僕を」

そう答えてから、今の気分は相反する二つの感情が混ざり合ったような感じだと、八戒は思った。
興味が無いと言われたことへの落胆と。
今の自分を、在るがままに受け入れてもらえているという安堵。

「……!」

衝動的に三蔵を抱き締めそうになった。
だが、辛うじて理性が働き、身体は動く様子も見せずに、ただ深緑の瞳だけが揺らいだ。
そして、反応を窺うかのようにじっと三蔵を見つめる。

しかし、三蔵は耳に届いたはずの八戒の言葉には応えず、するりとその場所をすり抜けた。
幹から離れ、悟空が突入した地点に立つ。
辺りは静かなままで、何の気配も感じない。

「……第一関門突破ってか?」
「――― おそらくね」

三蔵の言葉を聞き、八戒は意識をスイッチしつつ答えた。
二人だけの時間はもう終わりだ。

「チッ、フザけやがって」

三蔵は八戒を見もせずに、すたすたと先へ進んで行った。
そんな三蔵を真摯な眼差しで追いつつ、八戒は離れないようにしながら後に従った。

後ろを任されている。
この信頼は、何物にも替え難い。
今は、これ以上何を望むことがあるというのだ。

鬱蒼と木々が生い茂っていたのは入り口付近だけだったようで、進むに連れて視界が開けてきた。
行く先が明るい。
太陽の光もたっぷりと差し込んで、前を行く三蔵の髪にきらきらと反射している。

――― どこまでもついて行きます

黄金の元に集い、それまでとは違う新たな人生を歩むことになった。
自分が切り拓いたものでは無い、用意された旅路ではあったが、八戒はこの運命に感謝さえしている。
この先、何があっても、三蔵のそばを離れない。
その想いは、集まった全員が抱いていたはずだ。

「だから悟浄、覚悟していてください」

不敵にも見える笑みを浮かべた八戒が小声で呟いた。
想いの形はそれぞれ違うだろうが、三人とも三蔵の為に必要なのだ。
今は、それがはっきりとわかる。
だから、抜け駆けは許されないし、脱落も認めない。

「何か言ったか?」
「いえ、急ぎましょう!」

八戒の凛とした声が、風と共に木々の間を通り抜けて行った。




〔15−2〕


「……ふー……腹減った………なァんつって、どっかのバカ猿じゃねーんだしな」

口では関係の無いことを言ってはいるものの、脳裏に浮かぶのはただひとりの姿。

(怒ってっかな……)

黙って出てきてしまったのは、ひとりで片付けようと思ったからだ。
これで永遠の別れ、などとは考えてもいなかった。

自分が拘ったことなのだから、自分でケリをつけてすっきりしたかっただけ。
あとの三人に迷惑をかけるつもりも、手を貸してもらうつもりも無かった。
さっさと片付けて、何食わぬ顔でどこかで合流できれば、再び西へと向かうのはやぶさかではない。
見飽きた顔をつき合わせての旅にも付き合ってやろう。
…と、そう思っていた。

けれど、いざ離れてひとりになってみると、あの面子にはもう二度と会えないのでは、という気にもなった。
三蔵に、もう二度と…。
あのさらさらとした金糸の髪も、滑らかな白い肌も、心臓を射抜くような紫暗の瞳も、二度と…。

――― この手に抱けない……

「…って、違うだろっ……」

勝手に抜け出した理由のひとつがそれでもあった。
今のままでは、三蔵を………。

「とにかく、先ずはあのヤローを倒さねぇとな」

わざわざ単独行動を起こしてまでの決心が無駄にならないように。
三蔵と自分との関係を大事にしたいならば、と考え、悟浄はあの夜、こっそりと姿を消したのだ。
だから今は、三蔵のことは暫し胸の奥に仕舞っておく―――。

そう、決意も新たに歩いていると、突然森が途切れた。

「…何だコリャあ…」

現れたのは、どこまでも長く伸びた階段と、いくつあるのか数え切れないほどの鳥居。

「ここが神殿への入り口ってか…?」

この階段を上り切った先には、“カミサマ” と名乗る男がいるはずだ。
金閣と銀閣をおもちゃのように扱い、殺した男。
冷静になって考えてみれば、自分とは直接の関わりは何も無い。
だが、ここまで来てもう後には引けない。

「―― 行ってやろうじゃねえか」

咥え煙草でポケットに手を突っ込んだ悟浄が、睨み付けるようにして階段を見上げた。

「顔を洗って待ってろよ、“カミサマ”」







一歩一歩上って行くと、いつしか辺りが霧に覆われてきていた。
来し方も行く先も、どちらもはっきりとは見えなくなってしまっている。

以前にもこんな深い霧の中で立ち往生した場面があったのを、悟浄はふと思い出した。
あれは、まだ小さな頃、兄の後を追って行き、共に道に迷った時のこと。

『……おい、泣くなよ悟浄』
『泣いてねぇよ』

悟浄が泣きそうになると兄はいつも、「泣くなよ」 と声を掛けてきた。
そして悟浄は決まって、「泣いてない」 と答えるのだ。
そうすると、泣きたいという感情は乗り越えられ、次第に気持ちも落ち着きを取り戻す。
あの時も、兄はそう声を掛けてきた。

その後、崖から落ちかけた悟浄を助けて、兄は腕を傷付けてしまった。
それを見て悟浄の顔が歪むと、兄はまた優しい表情でこう言ったのだ。

『……泣くなよ?』
『…泣いてねぇよッ!!』
『ははッ、そーかそーか』

いつもよりむきになって返すと、兄は楽しそうに笑った。
そんな兄を見るのが、自分は好きだった。
辛さも悲しさも乗り越えられると思えた。

けれど、そこへ継母がやって来て兄に取り縋り、その女は兄だけを心配した。
その光景を見ると、悟浄は涙も引っ込んでしまった。

泣いたら負けだし、同情なんて真っ平だ。
泣いても自分が惨めになるだけだし、何も変わりゃしない。

あれから、何も変わってない…のか……?

「あんたなんかいなければよかった」

霧に紛れて、突然、継母が現れた。
…が、幻術だとすぐにわかった。
あの女は、自分を庇った兄が殺したのだ……。

だから!

惑わされたりはしない。
その姿を見ても、心が痛むことは無い。

「ホラ、あんたは今も独りじゃない」

(母さん………)

もう昔の自分じゃ無いと気付いた時には、幻術の継母に向かって錫杖を振るっていた。

――― ………生きて

何で、三蔵と、八戒と、悟空の顔なんて思い出しちまったのか。

悟空とは食べ物の取り合いなど日常茶飯事だったが、ストレス発散の為にはいい喧嘩相手だ。
口煩く構われて閉口したことがあったものの、八戒が細々と世話を焼いてくれるのは、今は嫌では無い。

そして、三蔵……。
その姿を思い浮かべた途端、胸の奥から熱いものが涌き上がって来る。

「変わったのは、俺かもしんねぇわ」

そう声に出すと、何かが眦から零れ落ちた。
……涙……?

『泣くなよ』

兄の声が耳の奥でこだまする。

――― ああ、そうか……いつだって、“泣いてもいいんだ” と……

「……判り辛ぇよ、クソ兄貴」

悟浄はしばらくの間、その場に座り込んで泣いていた。
いつ以来か、もうわからないくらい久しぶりの涙が頬を流れるに任せて。




〔15−3〕


悟空が首尾よく結界を破った。
あとは悟浄を追うだけだ。
無事に山に入ることができた三人は、ひとまず休憩を取ることにした。
今の姿のままでは嫌だと悟空が訴えたものだから。

山中で見付けた川に入り、悟空は懸命に墨を落とそうと頑張っている。
少し離れたところで三蔵と八戒がその様子を見ていた。
まるで世間話でもしているかのような長閑な雰囲気に包まれて。

「いやー、何かピクニックみたいですねえ」

悟空の為にタオルを用意して待っている八戒が楽しそうな声を出した。

「……どこが」

そう言いながら、三蔵も木の根元に座り込んで、のんびりと一服している。
ここに酒でもあれば、気楽に飲み始めるだろう。

そこへ悟空が戻ってきて、「川べりに落ちていた」と、拾ったハイライトの吸殻を二人に見せた。
悟浄がこの場所を通ったのは間違いないようだ。
ならば、前進あるのみ。
しかし、ふと行く手を見遣れば、そこは激山道。

「………」

三人は一瞬絶句したが、迷わず突入を決行した。







獣道をようやく抜けると、次に待っていたのは長い階段だった。
ご丁寧に霧までかかっている。
三人は罠であることは承知の上で、悟浄がこの先にいるであろうことだけを考えて上り始めた。

しばらくはひたすら上り続けるだけで、単調な景色に感覚が麻痺しそうになる。
と、そこへ人影が現れたのに気付くと、気楽な足取りで下りてきたのは見知った顔だった。

「悟浄!!」

驚く三人に対し 「カミサマならひとりで倒してきた」 と軽く報告しただけで、悟浄はさっさと行き過ぎようとした。
その長身の体躯を、悟空がいきなり殴り付ける。

「何しやがんだ!」

倒れた悟浄の手を、八戒が踏み付けた。

「―― よくもまぁ平然と戻って来ましたねぇ、いい度胸です」

八戒がこれ以上は無いという微笑で悟浄を見た。
後ろからは三蔵が小銃を構えて悟浄に狙いを定めている。

「覚悟はできてんだろうな、クソ河童」
「え…? ちょっ…」

何か言い掛けた悟浄に向けて、三蔵が発砲した。
すかさず、錫杖を取り出す悟浄。
四人の間に緊張が走る。

「何故俺が偽者だと判った…?」
「……」

三人の動きが止まった。

――― ニセモノだったのか……

怒りが勝っていたせいで、幾分判断力が鈍っていたかもしれない。
けれど、三人はその偽者の登場さえも悟浄のせいにして、更に怒りを増幅させた。

「…一度やってみてぇと思ってたんだよ、そのバカ面に向けてブッ放すのをな」

それは、紛れも無い本音だ。
三蔵は誰よりも、この姿をした男を殺したいと思っていたのだから。

「ま…待て!! やめ……」

制止の言葉も聞かずに、三蔵が偽悟浄の額を撃ち抜いた。
人の姿は数珠に戻り、身体を形作っていたものがバラバラと崩れてゆく。

「予行演習は済んだな」

三蔵が段上に向けて足を踏み出すと、悟空と八戒も後に続いた。

「次は本番だ」


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