【第14章】












〔14−1〕


特に爽やかな目覚めだった、ということも無いが、不快な気分だというわけでも無かった。
今日もまた一日が始まる。
昨日の延長で、何も変わらない一日が…。
朝を迎えた三蔵は、ただそう思っていた。

座りの悪い奇妙な感覚に襲われたのは、悟浄と悟空を起こしに行った八戒がすぐに戻ってきた時。
「三蔵」 と呼び掛けてくる声に硬さが混じっている。
悟浄に関する問題が何か起こった、とすぐにわかった。

「こちらに来てもらえますか」

余計な説明は一切無い。
一目見てわかる状況だということか。
ドアを開けたまま待っている八戒の横を、三蔵は無言で通り過ぎる。
殊更ゆっくりと歩いたのは、ここで急いだところで何も変わらないと感じたからかもしれない。
八戒もそれは同じだったのか、特に急かすでも無く、黙って後ろを歩いていた。

悟浄と悟空が宛てがわれていたツインの部屋。
そこは、三蔵と八戒が使った部屋と同じ造りだ。
出入り口はひとつ。
窓は内側から施錠されている。
中に居たのは、口を開けたまま眠りこけている悟空ひとりだけだった。

「悟空。 起きてください、悟空」

八戒が揺り起こすと、開ききらない目を擦りながら悟空が顔を声の方に向けた。

「うー……何、もう朝メシ?」
「ええ、ひとつ問題が片付けば、ですが……」
「問…題?」

状況が把握できていない悟空は、上半身だけ起き上がったものの、まだぼんやりしている。
金色の瞳が、ふと隣のベッドを見た。
そこには三蔵が足を組んで座っている。

「三蔵……?」

この部屋は悟浄と二人で使ったはずだ。
さっき八戒の声で起こされたので彼が部屋の中に居るのはわかるが、何故、三蔵までここに…?

不思議そうな声を出した悟空は、そこで初めて辺りを見回した。
そして、部屋の中に自分を含めて三人だけという状態を、ようやく疑問に思った。

「あれ、悟浄は?」
「僕が起こしに来た時、既に姿はありませんでした」
「えっ?!」
「同じ部屋にいて気付かなかったのか」

怒っているのでも無い、どちらかといえば感情の篭っていない三蔵の口調。
悟空は逆に事の重大さを感じた。

「そんなっ…俺、ぐっすり寝てたから……」
「ベッドは綺麗なままでしたし」

三蔵が腰掛けているベッドは、最初に入った時にメイクされた綺麗な状態から変わっていないように見える。

「悟浄の私物が見当たりません」

そう言って、八戒はテーブルに目を遣った。
そこに残っていたのは、くしゃくしゃにされた煙草の空パッケージと、無造作に吸殻が押し込まれた空き缶。
まだ余分にあったはずの新しい煙草やライターはどこにも無い。

「――― 悟浄がいない?」

悟空が慌てて毛布を跳ね除け、ベッドの上に座り直した。

「便所とかじゃなくて?」

信じられないという気持ちと認めたくないという感情が、考え得る限りの可能性を引き出そうとしている。
しかし、「違うと思う」 と八戒に否定され、悟空は途端に焦りだした。

「…あいつ、もしかしてあの変なヤツ追っかけて行ったのか!?」

身を乗り出して叫ぶ。

「まあ、おそらくは」

沈痛な面持ちの八戒に肯定されてしまうと、悟空は現状を受け入れるしか無かった。
三蔵は黙ったまま煙草を口にしている。

今、はっきりしているのは、悟浄が出て行ったということ。
そしてそれは、本人の意志によるものだ、ということ。
その事実を確認したところで、八戒が三蔵へと顔を向けた。

「どうします? 三蔵」

一応、と前置きしてからの問いに、三蔵は一呼吸置いて 「知るか」 と答えてから、抑揚をつけずに続けた。

「昼にはここを発つ」
「……そう言うと思いました」

八戒が軽く嘆息しながら呟く。
しかし、途端に悟空が食って掛かった。

「何だよそれ!? 悟浄、置いてくつもりかよ!!?」

ここまで共に旅してきた仲間だ。
いつも喧嘩ばかりだが、それでも、与えられた任務遂行の為に必要なメンバーのひとりなのは間違い無い。
こんなところでこんなに唐突に離れるなどとは考えもしなかった。
だから、悟空は三蔵に反論した。
しかし三蔵は、同じように声を荒げたりはせず、

「悟空」

と、静かに名前を呼んだ。
そして、椅子代わりにしていたベッドから立ち上がり、いつもよりも穏やかなくらいの声で諭すように話した。

「昨日言った筈だ。 これ以上拘りの無い事で足止めされるのは真っ平だとな」

それがかえって静かな怒りにも感じられ、「おまえも残るか?」 と訊かれた時、悟空は何も言い返せなかった。

「八戒」
「はい」
「出発の準備をしておけ」
「わかりました」

いつもと何も変わらない遣り取りがなされた。
その様子を、悟空がまだ複雑な表情で見ている。

「俺は部屋に戻る。 メシが食いたければ勝手に済ませろ」

淡々と告げて三蔵が出て行った後には、重い空気だけが残った。




〔14−2〕


――― 悟浄が姿を消した………?

八戒も一度部屋に戻り、身支度を整えてから悟空を連れて食事へと出掛けた。
その後、三蔵はひとり、自分が使ったベッドに腰掛けていた。
出発まで時間があったが、新聞を読む気にもなれず、他のことも何も手につかない。
頭の中だけが忙しく働いて、様々な場面をぐるぐると目まぐるしく甦らせている。

「………」

昨日の一件からして、何も無いままだとは思わなかった。
悟浄がいつもと違う様子だったのには気付いていたが、だからといって問い質したりなどはしない。
ただ、文句を言ってくれば言い返すだけ。
行動を起こすというなら止めないだけ。
そうやって、いつもと同じ反応をするまでのことだと思っていた。

何があっても先に進むと決めているのだから、予定を変えるつもりは無い。
障害は排除するのみ。
悟浄がその障害となるならば、迷わず切り捨てるだろう。

それは悟浄もわかっていたはずだ。
別行動をすると言ったところで、三蔵は引き止めもルートの変更もしないだろうと。
だから、何も告げずに出て行ったのか…?

しかし、考えたはずだ。
三蔵から離れて個人行動をするという行為が、どんな意味を持つのか。
今まで一緒に過ごしてきたならば、当然…。

三蔵は何となくだが、こんな状況になるような気はしていた。
悟浄なら目の前で殺された金閣をそのままにしてはおけず、何か行動に移すだろうと予測していたから。
てめえのケツをてめえで拭いに行った、ただそれだけのこと。
前もってそれをわざわざ口にしたりはしない、と。

なのに、何故こんなにもいらつくのか。
本人の意思で出て行ったのだから、放っておけばいいだけなのに。

頭の中から振り払おうとすればするほど、悟浄の姿がくっきりと浮かんできてしまう。
自分で自分の思考が止められない。

――― あんな顔は、初めて見たか……

金閣と化け物が逃げた後を追って山へと入って行ったあの時。
襲いかかってきた妖怪を倒したのはいいが、気の緩みから反撃に遭い、崖から落ちそうになった。
三蔵を助けたのは悟浄。
手の皮が剥けても構わず、崖下から三蔵を引っ張り上げた。

そんな悟浄に煙草の火を差し出したのは、ただの気紛れだ。
三蔵はそう思い込もうとした。
何故なら、こんな奴に情などかけてやるつもりは無いから。

『てめェはそーやって、肉体労働してりゃいいんだよ』
『………へッ』

どうせ途中では止められない旅なのだ。
ならば、手足として存分に使えばいいだけのこと。
下僕は下僕らしく。
単純にそう思って言っただけの言葉に、悟浄はいやに嬉しそうな声を出した。
そして、その表情はどこか照れたような、満足したようなものに見え…。

自分を組み敷く時とは別人かと思えるほど、その顔は三蔵にとっては意外だった。
つい悟浄の軽口に乗って、言い返してしまったくらいに。
けれど、その時はふざけた口調をいつもの軽いノリだと判断し、そこからは特に深くも考えなかった。

が、悟浄はそうでは無かったのかもしれない。
自分の身は自分で守るのが当然なのだから、それ以上の手助けなんてモノは必要無い。
今までそうやって戦ってきたのだ。
だが、悟浄は再び、身を呈して三蔵を守った。

一服にもならない休憩の後、更に森の中へと入り込むと、突然現われた何本もの触手。
金閣が持つ瓢箪から伸びた気味の悪いそれは、三蔵の身体に巻き付き、動きを封じた。

腕を捻り上げる。
胴体に巻き付く。
足を絡め取られる。
首にまで食い込む。

宙に釣られて草履の片方が脱げてしまった。
もがこうにも身動きが取れず、ぎりぎりと絞め付ける力に太刀打ちできない。
そのまま物の如くに扱われ、投げ出されて大木にぶつかりそうになった。

その直前、悟浄が飛び出してきたのだ。
幹との間に廻り込み、三蔵に襲いかかるはずだった激突を緩和させる。
だが、思い切り振り回された勢いは簡単に止まるものでも無く、悟浄が代わりに打撃を受けた。

思い掛けない悟浄の行動に、三蔵は驚きを隠せなかった。
自分に対してこの男がそこまですること自体、予想外だったから。

まだ、背後に悟浄がいる。
さっさと退けばいいものを、三蔵のそばを離れようとしない。
左腕が三蔵の腰をしっかりと抱えている。
それは、再び三蔵を奪われまいとするかのような、はっきりと意思が込められた力強さだった。

不意に、密着した背中から、身体が覚えている感覚が呼び起こされそうになる。
しかし、呻く悟浄の声が耳に届き、浮遊しかけた三蔵の意識は瞬時に引き戻された。

『男に乗られんのは趣味じゃねぇってのによ……』

痛めつけられても、弱音を吐かずに軽口を叩く。
それが悟浄という男だ。

あの時は切羽詰まった場を何とかすることだけに気が取られていた。
しかし、悟浄の言葉を改めて思い出すと、三蔵の中で急に羞恥心が湧き起こった。

男は願い下げだというのか?
やはり女の方がいいと、そういうことなのか?

――― この身体を…好き勝手に弄んだくせに……っ

三蔵はギリッと奥歯を噛み締めた。
身体中の血液が一気に蠢く感じになり、訳も無く火照ってくる。

この肌に触れた妖怪にまで、嫉妬に近い感情を向けていたんじゃないのか。
独占欲を剥き出しにしながらも、貴様が誰のモノか、はっきり言わせようとしただろうが。

『おまえは俺だけを感じてろっ!』

乱暴な口調を、まだはっきりと憶えている。
熱さも激しさも、身体に生々しく残っている。
それなのに………。

――― 俺を散々振り回しやがって…!

腰掛けていたそのまま後ろへと倒れ、ばさっとベッドに沈み込んだ。
大の字になって天井を見上げると、何も無いところに悟浄の顔が浮かんでくる。

――― 消えろっ!!

存在しない姿に向かって、心の中で罵倒した。
そして、両腕で額を覆うようにして視界を遮った。

朝から悟浄の声を聞いていない。
自分より長身の体躯も、長く伸ばされた紅い髪も見ていない。

――― 消えた……のか、あいつは………

「俺の前から……」

紅い瞳がいなくなった。
自分に向かってくる熱い視線が唐突に無くなってしまった。
声に出すと、否応無しに現実感に支配される。

別に……。
それでも構わないのに。
あの男が姿を消しても………。

望んで共に居たわけでは無い。
だから、この状況は歓迎すべきでは無いのか。
目の前から消えた方が良かったのだ。
もうこれで、あの男とは関わらずに済むから…。

『俺の前から消えろ』

以前、雨が降り続く山中の宿で、三蔵は悟浄に対してそう威嚇したことがあった。

『それは、今だけ? それとも、これからずっと?』
『……』

問われて三蔵はすぐに答えられず、僅かな逡巡の後、「どっちでも構わん」 と叫んだ。
しかし、あの時はもしもそのまま悟浄が姿を消しても、淡々とそれを受け入れたかもしれない。

…が、今はどうだ。
単独行動を、本当は素直に許せるのか?

『消えろ』

野宿を決めた森の奥で、悟浄に向かってそう言ったこともある。
ひとりになりたかったのに、奴が当然のように目の前に現われたから。

その時は、ただその場を離れて欲しかっただけだ。
旅が終わるまでは共に動くと決めたのだから、悟浄がずっと一緒にいる事実は容認しようとした。
ただ、もう心を乱されまいと、そう思って悟浄を遠ざけようとしたのだ。

しかし、悟浄はその言葉に従おうとせず、逆に三蔵を翻弄した。
三蔵の身体は本人の思うままにはならず、素直に悟浄に反応してしまう。

軽く絞首して力と欲を見せ付け。
俺のモノだと言わせようとし。
首筋と手首に鮮やかな跡を残して。
荒々しく口淫を施された。

「っ……」

つい声が漏れてしまう。
視覚を遮断したところで、頭の中までは簡単に切り替わってくれもせず。
寧ろ、鮮明に過去の出来事を思い出してしまった。

自分で自分が忌々しい。
思考の中断は諦め、気分を変える為、目を開けて伸びをするように腕を上に向けてみた。
気付けば、手甲に覆われた手首をもう片方の指が擦っている。

「チッ…!」

その腕をギュッと握り締め、胸に抱え込んで身体を横向きに丸めた。

「消えちまうだろうが……」

手首に付けられた印が。
肌が覚えている熱さが。

呟いた言葉が、空しくシーツに染みてゆく。
それさえも掻き集めようとするかの如く、三蔵は更に身体を小さく丸めた。

『消える前にまた付けてやる』

自分からそう言ったのでは無かったのか。
俺におまえを刻み付けておくのでは無かったのか。

……あれはいつだったか。
悪夢を見ていた時に、はっと現実に引き戻されると、悟浄が手首に唇を寄せていた夜があった。

『大人しくしてろ』

その次に来ることを予測して咄嗟に身構えたが、酷い凌辱は無かった。
だが、いつまた繰り返すかもしれない。
そう思って身体を固くしている三蔵に、悟浄はそれ以上触れてこようとはしなかった。
そしてその後は、うなされずに眠りに就けた。

いつしか、悟浄は執拗に、三蔵に跡を残すようになった。
消えそうになると、同じ場所に新しい印が刻まれる。
三蔵はそれを許していたわけではない。
黙認とも違う。
一応、抵抗はしているのだから。

新たに刻まれる瞬間を待ち望んでなどいない。
でも、悟浄に腕を引かれ、身体を密着させ、肌に唇が寄せられると、鳩尾の辺りに微かな痛みが走った。
きゅっ…と引き攣るような、そして切ないような、もどかしい感覚。
低く響く甘い声が吐息と共に耳から入り込み、理性が少しずつ奪われてゆく。

すると、いつの間にか己の分身が曝け出され、手や口で幾度か吐精させられた。
その瞬間に頭の中の全てを占めているのは、紅い髪と瞳を持つ男。

気付けば日常の中で、悟浄の動きを目が追い、耳が声を拾おうとしていた。
極力、表には出ないように注意していたものの、身も心も振り回されている、と言ってもいいぐらいだ。

それは、自分が求めていたことなのか…?

悟浄がいない、という現実を認めると、見付けてしまったのは心の中にぽっかりと空いた空虚な穴。
以前、悟浄が急に自分に触れなくなった時に感じた喪失感とはまた違う。
あの時よりも、寂しい……。

――― 何を馬鹿な!!

あいつがいなくなれば、もうこんな目に遭わされずに済むってのに。
ふと、凌辱された場面が甦ってしまった。

ズクン…!

下半身が疼く。

「!!」

悟浄の猛々しさを思い浮かべたせいで反応しかけてしまった分身を無視して、慌ててがばっと飛び起きた。
そのまま窓辺へと歩いて行き、外開きの窓を乱暴に開け放す。
三蔵は外を見ながら、いらいらとした仕草で煙草をふかし始めた。
しかし、勃ち上がりかけたままのそれは、容易には鎮まってくれない。

「………」

もうすぐ出発だ。
今は、自分で処理などできない。
いや、したくない。
これ以上、悟浄を想って己を慰めるのは、プライドが許さない。

何とか落ち着かせるべく、無心になろうと努力した。
遠くに視線を流し、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。
何気なく体勢を変えようとした時、軽く、局部が窓の下の壁に触れた。

「っ!…」

声には出さずに呻いた三蔵の背筋を、微妙な感覚が這い上がった。
僅かに呼吸が荒くなる。

「はぁ……っ………」

少しだけ………。

三蔵は、快楽を放棄することを諦めたように目を閉じた。
手で触れられた、口に含まれた、その瞬間の感覚だけを呼び起こす。
外の喧騒が耳に入らなくなってきた。

窓枠を掴み、腰を壁に押し当てる。
手とも口とも違う別の刺激が加わって、そこに意識が集中する。
分身が更に質量を増してゆく……。

その時。
ノックも無しにドアが開いて、八戒が入ってきた。

「三蔵、お待たせしました。 ジープの準備もできています」
「…ああ、わかった。 すぐに行くから先に下りていてくれ」
「はい、……では、荷物を運んでおきますね」

喫煙しつつ外を見たまま顔を向けない三蔵を、八戒は僅かに訝しんだ。
けれど今、三蔵の心にあるのは悟浄のことだろうと思い、それ以上の詮索はしなかった。

自分は三蔵に従うのみ。
再び生を与えられたこの身体は三蔵の為に使う。
そう決めたのだから、余計な考えは邪魔なだけだ。
ジープを運転して先に進ませるのが己に与えられた役目。
八戒はできるだけ心をニュートラルな位置に保とうと努めた。
そして、自分の役割をこなすことだけに気を配った。

バタン、とドアが閉まる音を聞いてから三蔵が振り向く。
八戒が出て行ったのを確認すると、ひとつ大きく息を吸い込んだ。

「………」

息を吐き出すと共に、その表情がみるみる険しくなってゆく。
眉間に皺が寄った。
咥えていた煙草を親指と人差し指で摘む。
そして、まだ赤く燃えている先端を徐に掌で握り込んだ。

「ぐっ…!」

熱さと痛みに顔を歪めながらギュッと握った次の瞬間、その拳を壁に叩き付けた。

「くそっ……………」

自分に対してなのか、それとも悟浄に対してなのか。
遣り切れない怒りを壁にぶつけ、三蔵はさっきまでの己の行動を意識の外に追い払った。

三蔵は生身の人間だ。
手甲越しとはいえ、火を握れば無事では済まない。
まだ赤くなっていた前と同じ部分に、新たに軽度の火傷跡が上書きされただろう。
それは、悟浄が何度も重ねて付けた唇の跡のようでもあり……。

結果的に、ジンジンと痛む掌が他の感覚を忘れさせてくれた。
自分は痛みでしか物事を乗り越えられないのか。
ならば、アイツの行動にも一理あったということにもなる。

「ふっ……」

三蔵は自嘲気味に口の端を歪めた。
そして、手の中でバラバラになった屑を床に撒き散らすと、窓もドアも開けっ放しのまま部屋を後にした。




〔14−3〕


順調に次の町に辿り着き、食堂ではゆっくりと食事ができた。
それなのに、何かしっくりこない。
三人ともその原因に気付いてはいるものの、誰も特に口にはしないまま、宿を取り部屋に入った。

地図で確認すると、どうやら半分の行程はこなせたようだ。
天竺までもそう遠くは無い。

「余計な手間さえ取らなけりゃあ、何の問題も無い」

何でも無い風に言った三蔵の言葉尻を、八戒が聞き咎めた。

「問題無い……ですかね」

「何だ」 と聞き返す三蔵に八戒は 「別に?」 と答え、話題を変えるようにして煙草の吸い過ぎだと注意した。
しかし、三蔵は意に介せず、黙々と吸い続けている。
そんな三蔵に、八戒が静かに切れた。

コーヒーを要求した三蔵に対して、どんっとお代わりを差し出す。
いつもの丁寧なサービスとは別人のようだ。
顔はにこやかなままなのが、また性質が悪い。

場の緊張感が次第に高まってゆく。
売り言葉に買い言葉で、三蔵と八戒の会話は険を含みだし、ここぞとばかりに言い合いとなった。
やめさせようと割り込んだ悟空が “悟浄” の名を口にした時、三蔵の怒りがピークに達しそうになる。

「その名前を口に出すんじゃねぇっ!!」

そこへ、窓ガラスを割って妖怪たちが侵入してきた。

「見つけたぞ、三蔵一行!!」

が、既にもやもやしていたのだから、三蔵がブチ切れるのはいつもより早い。
妖怪の台詞が終わるのも待たず、銃を連射した。

「……フン、バカらしい」

三人が喧嘩になったのも、もとはと言えば悟浄の勝手な行動が原因。
無性に腹が立ってきた三人は、鬱憤を晴らすかの如く、「クソ河童!!」 と叫びながら次々と敵を倒していった。

「さっさと片して、この間の町に戻るぞ!!」
「当たり前です!」

三蔵の指示に、気功を繰り出しながら八戒がすかさず叫び返す。

「必ず見つけ出して、ブッ殺す!!」

満月の空に、三蔵の怒声と銃声が響き渡った。







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