【第13章】







〔13−1〕


「は…何だよソレ……」

宿に戻った悟浄は、我が目を疑った。
目の前に横たわる三人の身体。
部屋の中は荒らされており、動く物は何も無く、全てが止まっている。
三人揃って死んでしまったとでもいうのか…?

あまりに唐突なその光景に、思考がうまく働かない。
悟浄は一瞬、絶句して立ち竦んだ。

頼まれた買い物に出ていた間の出来事だ。
寄り道しなかったとは言わないが、ただ、通りすがりに助けた子供と、少し話をしたくらいのもので。
その子供は、悟浄についていろいろと訊いてきた。
別に構わないだろうと、せがまれるままに話して聞かせた。
それが、どんな結果を招くのかまでは深く考えもせずに。

日のあるうちに出たのが、帰り着く頃には辺りは薄暗くなっていたものの、それでも数時間経ったくらいだろう。
その間に、何があったというのだ。
この状況は何なんだ…?

(三蔵……っ?!)

おまえが死ぬなど有り得ない。
殺しても死なないようなヤツじゃ無かったのか?

その身体に触れたのは、つい昨日のことだ。
舌が、肌の感触や昂ぶりの熱さをまだ覚えている。
耳にも、切なげな息遣いや抑え切れずに漏れた声がこびりついている。
なのに、こんなのは嘘だろ……?
俺を殺すんじゃ無かったのか?!
おまえが先にいなくなってどうする!

「三蔵っ!」

駆け寄って生死を確かめたいのに、まだ現実感が遠く、身体が動いてくれない。
そこへ、背後から落ち着いた少年の声が聞こえた。

「アナタが望んだんだよ、お兄ちゃん」

現われたのは、悟浄が町で助けた子供、金閣。
助けてもらったお礼に、望むことをしてあげたと言う。

「てめェ、こいつらに何しやがった?!」

牛魔王の刺客なのかと問いつつ悟浄が錫杖を構えると、少年を大事そうに抱いていた化け物が暴れ出した。

「駄目だよ銀閣! その人は “イイ人” …!!」

慌てて止めようとした金閣の声と同時に銃声がした。
いつの間にか意識を取り戻した三蔵が、妖怪に向けて銃を構えている。

「三蔵、おまえ無事だったのかよ?!」
「勝手に人を殺すんじゃねぇよ」

悟浄は、三蔵が生きていた事実に驚きと喜びを隠せなかった。
一気に全身を血液が駆け巡り、視界が開けたような感じだ。
しかし、喜びも束の間、あとの二人の無事はわからないと聞き、また身体に緊張が走った。

例え相手が子供でも、この状況は許せない。
それなのに、自分自身も憤っていたはずが、三蔵が金閣に銃を向けた時、咄嗟に庇ってしまった。

仲間が襲われたのだから、コイツらは敵だ。
そんなのは言われなくてもわかっている。
なのに、三蔵を止めに入ったのは、子供のくせに痛がっている心を見てしまったから。

「僕、何も悪いことしてないっ!」

そう叫んだ金閣に、幼い頃の自分の姿が重なったのだ。
ただ紅い髪と紅い瞳だというだけで虐げられてきた、あの日々の自分と…。

悟浄が三蔵を止めた為に、子供と化け物には逃げられてしまった。
ぎり、と歯軋りした三蔵が、拳で悟浄の頬を殴る。

「あのガキの言う通り、これが貴様の望みなのか」

三蔵に殴られた頬よりも、その言葉の方が痛かった。

――― 俺の望み……って………

望んでいたのは、こんな光景では無い。
己の過去の言動を消したいと思ったことは確かにある。
だが、三蔵の存在そのものを消したいなどとは考えもしない。
逆に、自分が消えてしまいたいくらいなのに。
ましてや、八戒と悟空は関係無いのだ。

逃げないと決めた。
三蔵にも逃げさせないと決めた。
だから、これは自分が望んだ状況では無い。

一緒に過ごすのが辛い場合があるのも本当だけれど、自戒の意味も込めて三蔵と共にいる。
自分にとって、三蔵そのものが戒めなのだ。
己がやってきたことの。
これから、やろうとすることの。

最初は途惑ったものの、今ではこの旅がずっと続くような気さえする時もある。
それは、望みと言えるのだろうか?

――― 俺の本当の望みは………




〔13−2〕


三蔵は無事だったが、悟空と八戒は仮死状態のままだった。
魂だけを持って行かれてしまったらしい。
鍵は、金閣が持っていた瓢箪。
あの中に二人の魂が吸い込まれた可能性が高いと考えられる。
早く何とかしないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。

てめえのケツはてめえで拭う。
それは、当然だろう。
三蔵は六道と、八戒は清一色と、旅の途中でぶつかった問題に、それぞれ己の手でけりをつけた。
今回は、悟浄がその局面に立たされている。
自分の不用意な言動が招いた結果ならば、自分で始末をつけなければならない。
そう考えて出掛けようとした悟浄に、三蔵も同行すると言い出した。
手は多いに越したことは無い。
逃げた子供と化け物を追う為に、二人は先ず情報を集めるべく酒場へとやってきた。

「子供は知らんが、化け物の話ならよく聞くね」

そこのマスターからは、繋がりがあると思われる情報を得られた。
一年ほど前から、町の裏手にある森に化け物が出没するという噂。
その化け物に襲われたのかどうかわからないが、煙たがられていた連中ばかりが変死しているということ。
自分たちが出くわした化け物と無関係では無いだろう。
悟浄はマスターに礼を言い、店を出ようとした。
だが、場所が悪かったのか運が悪かったのか、悟浄はそこでチンピラに絡まれてしまった。
昼間、子供を助けた時に倒した相手だ。

「次から次へと…大した疫病神だな」

その文句は聞き流しても構わなかったはずだ。
三蔵の口の悪さは今に始まったことでは無いのだから。
しかし、ただでさえ気が急いているのに、いらつく気持ちから、ついつい言い合いになってしまう。

「大体なぁ、貴様とは初めて会った時からウマが合わねェと思ってたんだよ!!」

元々、気性が合うなどとは思わなかった。
と言うより、ただの顔見知り程度の間柄でいるつもりだったから、そんなのは問題では無かったのだ。
自分と合おうが合うまいが、この先の人生に三蔵は関係無いと思っていたから。

なのに、今、こうして一緒に居る。
日々のほとんどを共に過ごしていると言っても過言では無い。
こんなにも誰かと顔を突き合わせている状況は始めてだ。
よく続いていると、自分でも感心するくらいに。

八戒とは少し生活を共にしたので、ある程度は行動や考え方がわかっていた。
お互い、必要以上に干渉しなければ、何の問題も無い相手だ。

悟空は、三蔵のおまけという印象だったが、その強さに圧倒された場面があった。
普段はただの煩い年下。
だが、戦いにおいては結構頼りになる。
そして、暇潰しの遊び相手。
八戒は、向こうが一歩引いて接している場合が多いから、感情のぶつかり合いなどあまり無い。
時々発散したい時は、悟空が格好の相手なのだ。

一方、三蔵とは最初から顔を合わせれば喧嘩腰の会話ばかり。
尤も、こちらが先に熱くなる方が多かったかもしれないので、冷静でいれば済むことなのは百も承知だ。
けれど、向こうも負けずに返してくるから、ついついヒートアップしてしまう。
それはそれで、いいと思っていた。
嫌ってまではいないが、ただウマが合わない奴、それだけだった。
それが……。

悟空が、「三蔵が戻らない」 と心配して駆け込んできたあの夜を切っ掛けに、二人の関係が変わってしまった。
そんな風になった原因を作ったのは自分の行動だが、事態は予想外の展開を見せ、更に関係は深まった。
初めて身体を重ねた、あの嵐のような何日かが過ぎ去った後は、もう決して会うまいと思っていた。
それなのに、共に旅に出るとは。

そして、旅先で見た、苦しみ閉じ篭る三蔵の姿に、自制心は脆くも崩れ。
行動に移してしまったのを三蔵のせいにしようとは思わないが、こちらの感情の波だけを理由にはできない。
波が立ったのは、切ないゆらぎを感じたから。
三蔵の心の揺れが、こちらまで伝わってきてしまったからだ。

立ち止まって動けない三蔵の後押しをするのは、その時が二度目だった。
二度とも、方法としては尋常では無かったと言える。
しかし、その場面で自分ができたことといえば、それくらいしか思い浮かばなかったから…。
便乗して欲望を満たそうとしたのも否めないけれど、目的は違うところにあった。
抱きたいと思う気持ちが先では無かったのだ。

だから、あれからは三蔵を抱いていない。
欲情しないわけでは無い。
寧ろ、一緒にいるだけで心も下半身も反応しまくりだ。
懸命に抑えてはいるものの、我慢の効かない時も確かにある。
が、三蔵を前にすると、欲望をぶつけるよりも、吐き出させてやりたいと思ってしまう。
暗闇から救い出したいという気持ちが先に立つ。
それ故、現実に引き戻す手段として、見える部位に跡を残すだけに留めてきた。

最初に比べて、三蔵は変わったと思う。
旅の始まりはかなりピリピリしていたのが、ようやく悟浄の存在に慣れたのか刺々しさが無くなり。
そして、受け入れてくれているとまではいかないものの、拒絶反応が無くなった。

そばにいてもいなくても、その存在を意識してしまう相手。
今では自分の心の中にしっかりと棲み付き、根を張ったかの如く絡め取られてしまっている。

けれど、本質は何も変わっていないのかもしれない。
自分と三蔵との距離は、それほど縮まっていないと感じるから。
どれだけ共に過ごしてきても、何度か身体を繋げた事実があっても、決して変わらない気がする……。

「それはこっちの台詞だ!!」

悟浄に向かって、三蔵が負けないくらいの大声で叫ぶ。

「三仏神の命が下らなければ、貴様みてェなクソ河童と旅なんざ、こっちから願い下げだってんだ!!!」

この男とは、二度と会いたくなど無かったのだから。
自分を陵辱した男。
憎み倒しても殺しても足りないくらいの男。
だが、いつも心のどこかに引っ掛かっていた、この悟浄という男は。

旅に出てからも乱暴に抱かれたことがあった。
けれど、悟浄が自分を貫くと、状況が変化した。
この男を殺したいと思う暗い欲望が、自分を突き動かして前へと進ませるのだ。

認めたく無い。
自分が生きていく上で必要な人物などとは、決して思ったりしない。
なのに……。

気が進まないと文句を吐きながらも、ずっと共に旅をしてきている。
いくら三仏神の命だとは言え、本当に嫌ならいくらでも抗えたはずだ。
それを、その命を大上段に振り翳して、この男が側にいる状態を自分自身に納得させている。
この旅の間中は一緒に行動しなければならないのだと、正当な理由を盾にして言い聞かせている。

それは、悟浄も同じなのかもしれない。
どれだけ罵倒しようが、仲違いしようが、決して離れないと互いが知っているのだ。
離れるのは、どちらかが死ぬ時だろうと漠然と思っている。
だから、いつでもぶつかる時は本気だ。
そして、散々遣り合って気が晴れれば、終わってから隣にいるのは普通の光景で。
もう、その構図が定位置とも言えるものとして、身に染み付いてしまっていた。

今日も、言い合いの途中で一般人を巻き込んだ乱闘になった。
が、思いっきり暴れて全員を倒してしまうと、後は特にしこりも残らない。
それが、いつものことだった。







酒場を出た足で子供と化け物を探している途中、一旦状況をまとめようと、山の中で休憩を取った。
悟浄が町での出来事を三蔵に話し、三蔵も自分の見解を述べる。

現時点でわかっているのは、少年が金閣と名乗り、一緒にいた化け物を弟として銀閣と呼んだこと。
金閣の執拗なまでの善悪へのこだわり。
そして、金閣が “カミサマ” と呼んだ人物がいたこと。

と、会話の途中で悟浄がふと三蔵の背後に近寄り、経文が掛かっている肩に腕を置いて耳元で囁いた。

「……それよりさ、場所変えよーぜ、三蔵ちゃん。デバガメが多すぎだ」

三蔵は、ばっと手を振り上げて悟浄を払う。

「貴様に言われるまでもねぇよ」

ふざけた調子で触れてくるのは、八戒と悟空がいる前だけなのかと思っていたが、違っていたのか。
二人きりの現状を意識している、という思いを悟られまいとしたのが、相反する行動に出ているらしい。
そう三蔵は考えたが、実際は違っていた。

敵の気配を感じて、悟浄は咄嗟に三蔵を守ろうと身を寄せたのだ。
さっき、宿で見た光景がまだ頭から離れない。
三蔵の死体など、一生見たくも無い。
だから、後悔しないように、己の行動は全て三蔵の為に。
そう思っているのは、決して表に出したりはしないが。

敵とは言っても雑魚ばかりだったらしく、二人でかかればすぐに片付いた。
残るはあと一人。
だが、始末する前に、ついいつもの言い合いになってしまった。
その気の緩みに、妖怪が気付いてしまう。
あっ、と思った時は既に遅く、身を投げ出した妖怪が三蔵を巻き込み、二人して崖から落ちて行った。

「――― 三蔵………!!」

悟浄の悲痛な叫び声が辺りに反響する。
さっき、思ったばかりではないか。
三蔵を死なせないと。
この手で守るのだと。

が、身体は思いに忠実だった。
咄嗟に反応して延びた錫杖が、三蔵の腕にうまく巻き付く。
ずしりと手応えを感じて、悟浄は懸命にその場に踏み止まった。
二人分の体重が掛かっているのだから、堪えるだけでも必死だ。
すると、「落ちろォォ!」 という妖怪の狂気の叫びに続いて、一発の銃声が響いた。
その瞬間、ガッと下に引き摺られる鎖。
悟浄は錫杖を握ったまま、慌てて踏ん張った。

「しっかり支えてろ、この役立たず!!」

下から、三蔵の怒声が届く。
助けてもらう立場だというのに、高飛車な態度は変わらない。
こんなヤツ、他にはいない。
やはりコイツをこんなところで死なせるわけにはいかない。
悟浄は渾身の力を込めて、三蔵を引き上げた。

這い上がって来た三蔵も息が荒いが、助けた悟浄は力を使い果たし、地面に倒れ込み荒い呼吸を繰り返した。
だが、こんな時ほど悟浄の口は軽くなる。
見かけによらず重いだの、助けろなんて言った憶えはねぇだのと、いつもの言い合いが始まった。
助けられた三蔵もばつが悪いのと素直になれないのとで、普段以上に過剰に反応しているらしい。

「俺だって好きで助けたつもりはねーっつの」

傷付いた身体を見れば必死で助けようとしたのは一目瞭然だが、そうじゃないとうそぶく。

「……じゃあ何だ」
「落ちてるモン見ると拾いたくなんだろーが」
「貧乏性が」
「ほっとけ」

互いの軽口は、二人の気持ちを落ち着かせるのに役立った。
ようやく呼吸のリズムが戻った三蔵が煙草を吸い出す。
その時、悟浄が口に咥えたままだった煙草に気付いた。
喋っている途中、自力で吸おうとしたが、フィルターを口に咥えただけで力尽きたらしい。
ポケットから取り出して口まで持って行ったものの、それ以上は手が動かず火が点けられなかったのだ。

『おまえのが無くなっても、俺のはやらんぞ』

確か少し前、三蔵は悟浄に対してそう呟いた。
その時の光景が三蔵の脳裡に甦る。
まさか、そんな言葉を真に受けているとも思えないが、意地を張っているのか。
この男らしいと言ってしまえばそうだが、その強さが三蔵を動かした。

「チッ……」

構うつもりなど無かったのに、ライターを握っている手が伸びてしまうのを止められない。

(今だけだからな……)

さっき助けてもらった礼も言っていない。
元より、こちらから頼んだものでも無いのだから、言うつもりなどは無かった。
しかし、このままでは借りを作ったようで後味が悪い。
だからこれで帳消しだ。

「――― あ?」

火を灯したライターを近付けてやると、悟浄は一瞬、驚いた表情になった。
だがそれはすぐに、照れを隠したような笑みに変わる。

「さーんきゅ」
「ふん」

いつもの三蔵からすれば、悟浄がどれだけ傷付こうとも、無視するくらいは日常茶飯事だ。
それなのに、わざわざ自分の為に動いてくれた。
憎んでいる相手になら、そんな風に手を出したりはしないだろう。
助けてもらった恩など感じない男なのだし。

(三蔵……)

泉の近くの小屋で、ベッドに横たわる三蔵に煙草を吸わせてやったことがあった。
あの時、悟浄が伸ばした手を拒絶せず、素直に受け入れていた三蔵。
そのまま唇を合わせたい、細い身体を抱き締めたい…と、悟浄は本能のままに動きそうになった。
しかし、三蔵の中に潜む闇に触れてしまい、それ以上は何もできなかった。
ただ、三蔵が望んだ煙草を差し出してやっただけで。

三蔵を引き上げて力が入らないにも関わらず自分の煙草を吸おうとしたのは、つい習慣で手が動いただけだ。
以前三蔵から言われた、『俺のはやらんぞ』 という言葉のせいでは無い。
でも、本人はどう思ったのか。
思いがけずライターを差し出してくれた三蔵を見て、悟浄は微かに胸の奥が熱くなった。
決して交わるはずの無い二人の心が、ほんの少しだけ近付いた気がした。

が…。
安堵の時間は僅かなもので。
一服しようという体勢に入りかけた悟浄はいきなり三蔵に蹴り上げられ、唐突に休憩の終わりを告げられた。

「おら立て、クソ河童」
「ってぇな、何しやがんだよ!?」

蹴られた頭を擦りながら悟浄が抗議すると、三蔵がじろりと振り向く。

「てめェはそーやって、肉体労働してりゃいいんだよ」
「………へッ」

それは、役割を与えられたと言うこと。
三蔵のそばにいてもいいと言うこと。
いや、もっと自分に都合良く、悟浄はその言葉を解釈した。
つまり、「そばにいろ」と言われたのだと。

頭の後ろで腕を組んだ悟浄は、三蔵の後を付いて行きながら、にやける頬を押さえ切れなかった。




〔13−3〕


森の奥に進むと、そこでまた三蔵が金閣の瓢箪に捕まってしまった。
だが、悟浄が三蔵の銃を使って何とかその場を切り抜ける。
その時、誤って瓢箪自体も撃って破壊してしまった。
が、結果オーライとなり、八戒と悟空は無事に元の世界へと戻って来られた。

そして、四人揃ったところで、八戒と悟空が瓢箪の中の世界で出会った銀閣からの話を金閣に伝えてやった。
初めて直面した事実に驚愕する金閣。
そこへ現われたのは “カミサマ” と名乗る人物。
それは、三蔵法師に見える法衣を纏った男だった。

一撃で金閣の命を奪ったカミサマ。
実体はその場に居なかったカミサマ。
消えていく時の高らかな笑い声が、四人の心の中に暗い影を落とす。







金閣の遺体を埋葬して山を下り、宿に戻ってきた四人は、いつもと変わらない時間を過ごしているように見えた。
悟空と悟浄は食べ物の取り合いをし、三蔵がハリセンを振り下ろす。
それは普段通りの光景。
だが、八戒は気付いていた。
何事も無かったかの如く、明るく振る舞う悟浄の姿が、妙に不自然だったことに。

食べ物でお腹が満たされるとようやく落ち着いたのか、悟空がカミサマについて話し出した。
一体、何者だったのか、と。
それに対して三蔵は、「牛魔王の刺客で無い以上、自分たちには関係ない」 とさも当たり前のように切り返した。

「それって、アイツ放っといて先へ進むってこと?!」

これ以上拘りの無いことで足止めくらうのはごめんだ、と言う三蔵に悟空が食って掛かる。
しかし、三蔵は一睨みで抗議を抑え付けた。

「俺が行くと言ったら行くんだよ」

そんなのはわかっている、と悟空は渋々ながら身を引いた。
その様子を見ていた八戒は、何か含むところがある素振りを見せた悟浄がやはり気になった。

そして、三蔵も密かに感じていた。
いつもと何かが違うと。
何故なら、その夜、悟浄はさっさと悟空を同室に指名して、三蔵には一切接触して来なかったから。







「もうすぐ出発しますよ」

翌朝、別の部屋で寝ている悟浄と悟空を八戒が起こしに行った。
しかし、

「そろそろ起きて…――― 悟浄?」

部屋の中にいたのは悟空ひとりだけ。
悟浄のベッドは使われた形跡が無く、荷物も消えていた。
この状況から考えられる結論は、ただひとつ。

悟浄が、三人の前から姿を消した。






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