【第12章】









〔12−1〕


砂漠を抜け、林を抜け、山や谷を越えて、四人はひたすら西へと走り続けている。

「今日も野宿ですね」

近くに適当な場所があるかどうか地図で探す為に、八戒は森に入る手前で一旦ジープを停車させた。

「あ〜、昨日の春巻、食っときゃよかった〜………」
「思い出し涎なんて垂らしてんじゃねーよ」
「腹減ってんだから、しょーがねぇだろ!」
「てめぇはずっとナンか口に入れてたくせにぃ」
「あんなオヤツじゃ足んねーんだよ!!」
「平和ですね〜」

狭い後部座席で騒ぎ始めた悟浄と悟空を尻目に、八戒がのんびりと呟いた。

「ふんっ」

横では、三蔵が鬱陶しがりながらも特にキレもせず、煙を口から吐き出している。
が、煙草を持つ手がふと止まった。

「チッ」
「やれやれ」

三蔵が煙草を投げ捨て、八戒が地図を仕舞った途端、辺りがざわめきだした。

「見付けたぞ、三蔵一行!!」

いつの間にか現われた妖怪たちに、たちまちぐるりと取り囲まれてしまう。

「うわっ、ひっさしぶりー!」

悟空は久々に暴れられると勢い付き、いきなり飛び出して行った。

「経文を寄越しやがれ!!」
「うぜぇ」

ジープから降り立った三蔵も、近付こうとする輩を次々と撃ち倒してゆく。

「やはり、すんなりとは進ませてくれませんね」

八戒が苦笑しながら、気の塊をぶつけた。

「何なんだよコイツら、全っ然減らねぇじゃねーかよ!」

倒しても倒しても勢いが衰えない敵の攻撃に、悟浄がうんざりした声を上げた。

「来なけりゃ来ないで、“恋しくなる” などとぬかしてたのはどこのどいつだ」
「モノには限度ってモンがあんだよっ!!」

次から次へと湧いて出てくる敵。
しかも、バラバラに応戦している四人とは違い、妖怪たちは上手く連携して攻めてくる。
ひとりが向かうと同時に、背後からも上からも飛びかかる、といった具合に。

「このままじゃ駄目です!」

敵の作戦に気付いた八戒が、集まるように声を掛けた。
だが、八戒に背中を合わせたのは悟浄と悟空だけ。
三蔵は協力する気などさらさら無い、といった顔で孤立している。

「三蔵っ!」

八戒が叫んでも、紫暗の瞳は声がした方を見もしない。
苦戦しているのが見て取れるので加勢したいが、自分たちも周りの敵を倒すのに必死だ。
慣れないコトは急にできるものでも無く、集まってはみたものの、攻撃自体はそれぞれが勝手に繰り出すだけ。
けれど、考える暇も足を止める余裕も無い。
三人は懸命に目の前の妖怪に向かって行った。

「しつけーんだよ、てめぇらっ!」

数が多いだけで特に強力な妖怪がいたわけでは無かったらしく、確実に倒して行くとやがて敵も減ってきた。
三蔵も何とか持ち堪えている。
しかし、あと少しで片付きそうになった時、不意を突かれた三蔵が妖怪のひとりに組み敷かれた。
圧し掛かられ、首を絞められ、その体勢のまま動けない。
銃も手から離れてしまった。

「うぐっ!」

目の前が遠くなりかける。
それでも、妖怪を引き剥がそうとする必死の抵抗は止めない。

…と、突然、三蔵を既視感が襲った。
首にめり込んでくる手の感触が、過去に絞められた場面を思い出させたのだ。
敵との闘いの最中、そして、悟浄とのあの最中……。

「畜っ…生……!」

(こんなヤツの手にかかってくたばってたまるかっ!)

力を入れてくる妖怪に対し、射殺すような視線で下から睨み付ける。

――― あの男を殺すまでは……

三蔵の眼差しが突き刺さり、優勢だと思って油断していた妖怪が、一瞬、怯んだ。
その隙に、懸命に手を伸ばして掴んだ小銃で、覆い被さる妖怪の腹を撃ち抜いた。

「うがっ!…」

動きの止まった身体が三蔵の上に崩れ落ちる。
その下から這いずり出ると、ごほっと咳をしながら、転がっている骸の頭に向かってもう一発撃ち込んだ。

「念入りなこって」

いつの間にそばにいたのか、悟浄がぼそっと呟く。
三人も三蔵とほぼ同時に片付け終えたらしく、銃声の残響が消えると辺りは静かになった。

「…行くぞ」

余計な言葉は喋らず、ただ一言を風に乗せただけで、三蔵はさっさとジープへと歩き出す。

「はい」

八戒が返事して、後の二人も促した。
三蔵は、どこか険しい表情で助手席に座っている。
誰もが無言のまま発車すると、エンジン音がやたらと耳に響く気がした。
疲れた身体を休ませる場所を求めて、四人を乗せたジープは森へと入って行った。




〔12−2〕


「ここなら、見通しも適度にいいし、如何でしょう?」
「どこでも構わん」

八戒の提案により、森の中の少し開けた場所に落ち着くことにした。
木々に囲まれているが鬱蒼とはしていないので、敵の襲来があってもすぐに察知できるだろう。

「どこ行くんだ?」

ジープから降りてすぐ、どこかへと歩き出した三蔵の背中に、悟空が問い掛けた。

「付いて来やがったら殺す」

振り向きざまにぎろりと睨むと、吐き捨てるように言う。
殺伐とした会話はいつものことだが、いつもより殺気立っている三蔵に対して、悟空は何も言い返せなかった。

「食事の支度をしておきますから、早めに戻ってくださいね」

八戒の声には反応も見せず、不機嫌な後ろ姿は木立の向こうへと消えて行く。
見送っていた八戒が 「やれやれ」 と口に出して溜め息をついた。
そして、三蔵の消えた方向を見つめたまま 「悟浄」 と呼んだ。

「んあ?」
「様子を見てきてもらえますか?」

二人きりにするのは本意では無いものの、不安定に見える三蔵をひとりにはしておけない。
自分が行っても苛立たせるだけかもしれないし、今は食事を用意しなければならない為、ここを離れられない。
悟空では、すぐに追い返されてしまうだろう。
だから、適任なのは悟浄だ。

「ああ」

短く返事した悟浄は、ジープに凭れて徐に煙草を吸い出した。

「あのワガママ坊主にも一服するくらいの自由時間は与えてやってもいいだろ?」
「ええ……。 では、お願いしますね」

顔を見ないままの頼みに、悟浄が片手だけ挙げて応える。
八戒はそれを目の端に入れると、ひとつ大きく深呼吸してから口を開いた。

「悟空はこちらを手伝ってください」
「お、おうっ!」

どこか不安げな表情で三蔵の残像を追っていた悟空は、八戒に呼ばれて慌てて元気に返事した。

「三蔵はすぐに戻りますよ」

それは、自分に言い聞かせた言葉だったのか。

「そうだな」
「ええ」

悟空の真っ直ぐな眼差しを受け止めて、八戒は知らずに入っていた肩の力をようやく抜いた。
自分は与えられた役割を全うしようと決めたのだ。
焦らなくてもいい。
無理しなくてもいい。
ここには、ちゃんと居場所があるのだから。

「さあ、明るいうちにやってしまいましょう」
「うん!」

八戒はいつもの笑顔を見せると、悟空に指示しながらてきぱきと身体を動かし始めた。







森の奥へと足を踏み入れた悟浄は、しばらく歩いて、木陰に身を隠しつつ煙草を燻らせている三蔵を見付けた。
袖の中で腕を組んで木の幹に凭れ掛かり、ぼんやりと空を見つめている。

「それ以上、近寄るな」

邪魔者には気付いていたらしい。
その姿を自分の目で確かめもせず、けれど、相手が誰だかわかっているように眉を顰める。

(何故コイツは、いつも俺の領域を荒らすのか……)

他の者なら、三蔵が拒絶の意志を示せば、文句を言いながらでもそれに従う。
なのに悟浄は、どれだけ拒もうとも屈しなかった。

いや、それだけでは無い。
その姿が近くに在ろうが無かろうが、頭が勝手に悟浄のことを考えてしまう。
今も、三蔵の脳裏を占めていたのはこの男だ。

身体にも心にも染み付いてしまった悟浄という存在。
その事実を認めてしまえば楽なのだろう。
求めるものは同じだと、口にできたら……。

だが、そんなのは己が許さない。
ましてや、この男になど……。

誰かを受け入れたり受け入れられたり、そうやって他人との繋がりが太くなると、動きが鈍る気がする。
人は所詮はひとりだ。
そう割り切った方が身軽だ。
それが、自分の生き方に合っている。
例え共に旅をしていようと、俺はひとりで生きていく。
そう決めたのだ。
なのに……。

「何をピリピリしてんのかな、三蔵サマは」

軽口を叩きながら、悟浄が更に三蔵に近付く。

(何故俺は、この声を無視できない……)

身体を這う、内部に入り込む、その感覚を呼び起こす男の声。
受け入れたいなどと望んでいるわけでは無いのに、無意識の部分ではそうとも言い切れない。
…のかもしれない、ということに何時からか思い至った時、自分自身に驚愕した。

己の感情ごと否定するのは簡単なはずだが、身体が勝手に反応してしまうのは止められない。
そんな自分が歯痒い。

だからあの夜、半月が沈んでゆくのを見ながら決めた。
もう、この男を近付けてはならない。
そう……、決めた。

「消えろ」

三蔵が声を押し出す。

「どこで寛ごうと俺の勝手だろ」

苛立つ三蔵とは対照的に、悟浄はあくまでマイペースだ。

「チッ……」

言っても無駄だと思った三蔵は、相手が離れないのなら自分がこの場を去ればいいと考え、歩みを進めた。
だが、横を通り過ぎる時、腕を掴まれ引き寄せられて、さっき凭れていた木に身体を押し付けられてしまった。

「っ…何しやがんだ、てめぇっ!!」

睨み付けて抗議するが、前に立ちはだかる悟浄は眉一つ動かさない。

「さっき」
「…?」

脈絡の無い言葉に、一瞬、気を削がれる。

「何、勝手なコトしてたんだよ」
「は…?」

何を指しているのか見当がつかない三蔵は、じっと悟浄の顔を見つめた。

「何のことだ…?」
「無闇にヨソの男に乗っかられてんじゃねぇってこったよっ」
「うっ!!」

悟浄の掌が三蔵の喉元を押し上げた。
片手でも十分に首を絞め付けられる。
指先に少しでも力を加えれば、即刻気道が塞がれてしまうだろう。

「んぐっ……」

苦しむ三蔵が悟浄の手を引き離そうと掴んだが、握力の差からかびくともしない。
圧迫され、まともに呼吸もできなくなって、頭が段々ぼおっとしてくる。

「三蔵……」

悟浄が三蔵の耳元に顔を近付けて、そっと名前を呼んだ。

「おまえは俺のモンだろ?」
「だっ…誰がっ!! おまえが…俺の……」

その反応を聞くとにやりと表情を崩し、悟浄は手の力を緩めた。

「…はっ、はあっ………、っ!!」

呼吸を整え始めた三蔵が再び硬直する。
絞めるのを止めた手は首から離れず、今度はそこを撫で回していたのだ。

「くっ……」

三蔵の反応を見ながら、悟浄は唇が耳朶に触れそうなくらいにまで顔を寄せた。

「俺がおまえの何だって?」
「!」

自分の吐いた言葉が改めて耳に入り、三蔵は口走った内容に動揺した。

(何を言おうとしたんだ…俺は………)

「ちゃんと言ってくれねぇとわかんねーよ」
「何でもねぇ……」
「そうじゃねーだろ? おまえは俺の命をその手に握ってる。 だから、俺がおまえのモンってのは当然のコト」
「!……」
「だろ?」

わざと穏やかな声を出して囁くと、三蔵は思わず身震いした。
この声。
抗えなくさせる、唯一の声。

嘗て……。
お師匠様の声を聞くのは好きだった。
いつもおっとりと話す口調も気に入っていた。
けれど、いくら好きでも、その声で自分を見失うことなど無かった。
常に自分を保っていられた。

なのに、この男の声は違う。
気になる。
振り回される。

(俺を掻き乱す……)

だが、今、三蔵の身体が震えているのは声のせいだけでは無い。
悟浄が下半身をぐっと三蔵に寄せてきたからでもある。

「ぁ……」

いきなり身体が密着し、三蔵は逃げようと身を捩った。
しかしそれは、徒に相手を刺激したに過ぎない。

「そんなに押し付けて、何サカってんの?」
「なっ!……」

三蔵が抗議の声を上げる前に、首を撫でていた悟浄の手が、黒いアンダーシャツを下へ引っ張った。
晒される首筋。
そこに見えるのは、くっきりとした指の形。
妖怪に苦しめられた痕跡。

「おまえに跡を付けていいのは俺だけだ」

言いながら、悟浄が指の跡に被さるように唇を寄せた。

「そうだろ?」
「んっ……」

悟浄の声は、低く、どこか怒りを含んでいるかの如く、冷たくも聞こえる。
けれど、それとは裏腹に、喉元を這う唇は丁寧で優しい。

「つっ!」

赤くなっていた部分に、キスで跡を付け直す。
舌でべろりと舐め、ちゅ、と唇を当てると、しっかりと吸い付いて嘗め回し、鮮やかな跡を残した。

悟浄が顔を動かすと紅い髪が三蔵の頬や顎に触れる。
息遣いも肌を通して伝わってくる。
下半身には、はっきりとその存在を示している悟浄の欲情が密着していた。

全身で悟浄を感じる。
三蔵はぎゅっと瞼を閉じて、自分を鎮めるべく努力した。
だが、そうすることで身に受ける感覚は研ぎ澄まされ、更に敏感になってしまう。
引き剥がそうとしていた手はその目的を果たせず、ただ縋り付くように悟浄の上着を掴んでいた。

「おまえは俺だけを感じてろっ!」

悟浄が乱暴な口調で吐き捨てた。
目の前に三蔵が居るのに、手も唇もその身体に触れているのに、焦燥感を拭えない。
三蔵が妖怪に押し倒され首を絞められていた場面が、悟浄の頭から離れないのだ。

周りの敵を倒してその光景を目にした時、そこに自分の姿が重なった。
己が三蔵にしてきたこと。
取り返しのつかないこと。
もう、無かったことにしようなどとは思っていないが、だから余計に、第三者の目でそんな場面は見たくない。

三蔵を組み敷くのも、首に手を掛けるのも、自分だけが三蔵に与えられる感覚にしたい。
誰にも触らせたくない。
本当は誰にも見せたくないくらいだ。

数日前、泉のほとりで抱き締めた三蔵は、自分だけのものだった。
月光を浴びた裸体も、火照った身体の熱も、眉根を寄せて達する瞬間も。
そして、自分の名を呼ぶその声も、何もかもが。

迷いでも生じているのだろうか、とも感じられた顔は若干だがすっきりとして見え、この上なく美しかった。
このまま時が止まればいいとさえ思った。

けれど、それはひとときの特別な時間。
この手を離れた次の瞬間から、三蔵はもう誰のものでも無い。
脱ぎ散らかした衣服を身に着け、言葉も交わさずに小屋へと戻ったあの夜。
前を歩く背中に伸びそうになった手を、何度押さえ込んだか。

望んでいるのは、その身体を奪うことじゃない。
決して、そうじゃないから。
だから、今も―――――。

悟浄は目を細めると、おもむろに三蔵の腕を掴み上げた。
そして、法衣の袖の中に手を差し入れ、一気に手甲を脱がせてしまう。

「なっ……!」

肘の内側の柔らかなところに軽く口を付ける。
三蔵の曖昧な抵抗がもどかしい。
そのまま唇がずれていき、手首までくると、いつも跡を付けている場所をきつく吸った。

「っ…」

赤い印がひとつ付いた。

「俺は、おまえが欲しいんじゃねえ」

視線が交差する。

「…じゃあ、何だ……?」
「おまえに刻んでやりてぇんだよ、俺ってヤツを」
「……っ!」
「じっとしてろ」

低音での命令は、普段とは別人のように思わせる。
従う気など無いはずなのに、身体は素直に抵抗を止めていた。

「おまえに残ってンのは、俺が付けた跡だ。 よーく見とけ」

目の前に自分の腕を突き付けられた三蔵の瞳は、ただ一点をじっと見つめていた。

「こんなモン、すぐに消えちまう……」

あるはずだと思っていたのに、そこに無かった時の虚脱感。
既に、その感覚を知ってしまっている三蔵は、どこか投げ遣りにぽつりと漏らした。

「消える前にまた付けてやる」
「いらん…」
「おまえに俺を刻み付けてやる」

悟浄の声が、また低くなった。
三蔵に向けて発せられた言葉は、自分自身の決意表明にも聞こえ…。

「俺のことしか考えられなくしてやるっ!」

え、と目を見開いた三蔵の法衣の裾を割ると、その中に手を忍ばせてジーンズのジッパーを下した。
そのまま、中から三蔵の屹立しかけた分身を引き摺り出す。

「何し……っ!!」

慌てて局部を隠そうとした手は叩(はた)いて退かせると、見せ付けるように舌で自分の唇を舐めた。
その、いやらしい動き。
誘う視線と口元。
目を逸らせない三蔵。
思わず、分身がずくんと疼く。
すると、それに気付いた悟浄が素早く屈んで膝立ちになり、三蔵を口に咥えた。

「うっ!!」

逃すまいと腰を抱え込み、荒々しく口淫を施す。

「…やめ…ろっ、離せっ……!」

三蔵は押し退けようと必死に抵抗を試みる。
しかし、後ろは木に阻まれ、悟浄の腕でしっかりと腰を固定されている状態では、どうしようもできない。

「ん………っ、はっはあっ………っ!!」

息を詰め、吐き出し、また追い上げられて、うっと力が入る。
声は漏らすまいと奥歯を噛み締めているが、快感には勝てない。
その気は無くとも、微かな声が吐息と共に溢れてしまう。

「あっ…ああっ、うっ……っ……」

荒い呼吸の間隔が狭まる。
半眼で瞼を震わせながら、三蔵は耐えることしかできない。

けれど、抵抗はいつしか空しいものと成り果て。
三蔵の手は悟浄の髪の中に埋まり、力の入った指がその頭をしっかりと抱えていた。
顎が上がり、後頭部が木に擦られる。
仰け反った喉元は何度も苦労しながら唾を飲み込んでいる。
もう限界が近い。

「うっ……くっ………離…れろ………」

この状態で吐き出すのを拒む三蔵が、下半身で蠢く紅い頭を引き剥がそうとする。
しかし、半ば哀願しているようにも聞こえる声での命令は無視して、悟浄は昂ぶりを更に追い上げた。

「悟浄……っ!!」

髪を乱して頭を左右に振り、がっと仰向いた瞬間、三蔵は頂点に達した。

ごくり。
三蔵の放ったモノを飲み込む音が聞こえる。
だが、本人はそれに反応さえ示せない。
まだぜいぜいと喘ぎながらも、三蔵は呆然としたままだ。
その姿をちらっと確認すると、固い表情の悟浄は素早く後始末を済ませて身支度を整えさせた。

「歩けないなら抱いて行ってやるけど?」

白い頬に手を添えて顔を覗き込む。
その台詞でやっと思考を取り戻した三蔵は、僅かに目元を桜色に染めながらも慌てて悟浄の手を振り払った。

「…いらんっ……」

虚勢を張る姿を見ていると、悟浄は何となくだが安堵を覚えた。
崩れそうになっていた危ういバランスが元に戻ったような感じ、とでも言えばいいのか。
そして、同時に湧いた、それとは相反する暗い感情。
悟浄は宙に浮いていた手をポケットに突っ込んだ。

「なら、さっさと行こうや。 あんまし遅いと、変に勘繰られっぜ」
「……」

誰のせいでこんな状況に陥っているんだ、と言わんばかりの視線を投げ付けると、三蔵はようやく歩き出した。
その後ろから少し距離を置いて続く悟浄は、わざと三蔵から目を逸らせている。

上弦の月の夜以上に押さえが効かなくなっているようだ。
そんな自分に気付いてしまっても、今はどうすることもできない。
だから、手を伸ばしても届かないように離れ、視界から外す。
それが、今できる、そして、しなければならない精一杯の行為だと思った。

(やべェよな……)

それでも、三蔵を想う気持ちは止められない。
近付けば触れずにはいられなくなる衝動も内包したままで。

色々と抱え込んでしまう三蔵を、少しでも解放させてやれるのは自分だけだ。
勝手な大義名分に効力など無くとも、それに縋るしか無い。

「さあて、今日は何を食わせてもらえっかなー」

わざとらしく無い陽気な声を出すくらいの演技は朝飯前。
ポケットの中で拳をきつく握っているのも、気付かれたりなどしない。

「猿に負けない食い意地だな」

三蔵がいつもの調子で返してきた。

「おめーも、もっと食えっ」
「ふんっ……」

何気ない会話。
それが、こんなに嬉しい。
そして、こんなにも切ない……。




〔12−3〕


翌日、早々に次の町に辿り着き、すんなりと宿も決まって落ち着いたところで、八戒が神妙な声を出した。

「ジープ、どうしました?」

ジープがぐったりしている。
熱が酷く、風邪かもしれない。
連日、走行し続けた為、疲れも溜まっているのだろう。
ここで無理をさせるわけにはいかない。

「この町に二日三日滞在してもいいですか?」
「―――ああ」

八戒が問うと、三蔵は新聞を読みながら返事をした。

「徒歩で行くったってタカが知れてるんだ。 この際、仕方ねぇだろ」

足が無いと移動もしにくい。
その為、四人はしばしこの町に留まることとなった。

そして、悟浄が買い出しを頼まれた為、ひとり宿を離れる。
それが、次の事件の始まりだった……。



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