【第11章】







〔11−1〕


「やっと着きましたね〜」
「ったく、なーっかなか見付かんねぇから、騙されたかと思ったぜ」
「あいつらのこと悪く言うなよ! ちゃんと小屋あったじゃねーか!」
「へいへい、オレらを助けてくれた恩人ですからねー」

村を出る前に今後のルートを検討していると、宿の主人がやってきて助言してくれた。
一晩走れば砂漠を抜けられるが、次の町まではどう頑張ってもあと二日はかかる。
が、途中、砂漠が途切れてすぐの場所に、村人が町まで買い出しの際に共同で使っている小屋が建っている。
そこを、寝床に提供してもいいと言ってくれたのだ。
ただの掘っ建て小屋らしいが、近くには泉もあるとのことで、野宿を思えば申し分無い。
四人は感謝の言葉を残して、その村を発った。
そして、一昼夜走り続けて朝を迎え、砂漠を後にしたところで、ようやく目的の小屋を見付けたのだ。

今夜ここで一泊するだけでも、次の行程はかなり楽になる。
まだ傷が治りきっていない身体で動いている者が三人もいるのだから、できれば無理をしたくない。
けれど、起きられるようになった三蔵は、 「すぐに出発だ」 と告げた。
強行軍は今に始まったことでは無い。
三人は、一応文句を言いながらも、旅の準備を整えたのだった。

「水は泉から汲んでこないといけないらしいですから、悟空、バケツか何か探してきてください」

ジープに積んでいた荷を下ろしながら、八戒がてきぱきと指示する。

「わかった!」
「悟浄も一緒に水汲み行ってもらえますか?」
「ああ、散歩がてら行ってくら〜」
「僕は寝床の確保と食事の準備に取り掛かってますね」
「で、コイツは?」

悟浄が顎で示した先には、壁に凭れて煙草を吸っている三蔵が居た。

「三蔵は……、村で譲っていただいた新聞でも読んでおいてください」
「何だよそれ、コイツだけ何もしねーの? 怪我人は皆おんなしだっつーの」
「いえ、その新聞、読み終わったら火を熾す時に使いますから」
「あ、なーる…、って、それだけかよ、おいっ!!」
「あったぜ!」

戻ってきた悟空は小屋にあった幾つかのバケツを手にしていた。

「では、お願いしますね」

てめーが持てだの、ジャンケンだのと、賑やかな二人の声が段々遠ざかる。
泉は、小屋から少し離れた林の中にあるらしい。
砂漠の民が何度も行き来してできた道が一本通っているので、迷うことは無さそうだ。

「三蔵、中に入っていてください」
「……」

荷物を小屋に運び入れていた八戒が、じっと動かない三蔵に声を掛けた。
サソリ妖怪によって付けられた傷がまだ疼くのか。
村で手当てをしてもらえたおかげでかなり良くなってきているものの、完治とは言えない。
そんな状態で出発すると言ったのは自分だが、無理が祟っているらしく顔色が悪かった。

「村の皆さんにはよくしていただきましたね」

心配しているような言葉は敢えて口にせずに、世間話の調子で八戒が喋り出す。

「あの人たちの為にも、早くこの旅を終わらせなければなりませんね」

異変の影響で砂漠化してしまった土地にしがみついていた村人たち。
受けた恩を返すには、元凶を突き止めて対処するよりほか無い。
だから、四人は迅速に西へと進まねばならない。
そんな状況で、無理をして怪我を悪化させては何もならない。

八戒が言外に匂わせた “本当に言いたいこと” を察した三蔵は、無言のまま素直に従った。
大人しく小屋に入り、隅の椅子に腰掛けて新聞を広げている。
その様子を視界の端に収めた八戒は、穏やかに微笑むと自分の作業に取り掛かった。







「たっだいまー!」

元気な声を響かせて悟空が戻ってきた。
後には両手にバケツをぶら下げた悟浄も続く。

「これで四杯。 足りる?」
「そうですね、飲み水と調理用と洗い物用と…今のところはこれで大丈夫そうですね」
「結構近かったからさ、お代わりが要るなら何度でも行ってくるぜ!」
「ありがとうございます、悟空。 じゃあ、明日の朝、もう一度お願いしましょうか」
「了解! で、―――」

悟空が辺りをキョロキョロと見回している。

「三蔵なら隣の部屋で休んでますよ。 寝台がありましたから、取り敢えず眠れる状態にしておきました」

その言葉を聞いて、悟空はどこか安心したように肩の力を抜いた。
今は、三蔵がゆっくり眠ってくれれば、それで嬉しい。

自分が暴走したせいで仲間を傷付けてしまった。
三蔵さえも、殺そうとした。
事態は何とか収まったが、あの時の感触はまだ悟空の中に生々しく残っていたのだ。

元の姿に戻り、気が付いてからまず頭に浮かんだのは、三蔵の容態だった。
生きていた事実に安堵した。
三蔵はそこいらの者よりも遥かに強いが、所詮は人間。
その存在は、脆く儚い。
三蔵をもうあんな目に遭わせない為に、自分は強くならなくてはいけない。
悟空は、砂漠の村を後にする時、改めてそう心に刻んだ。

そんな悟空を、悟浄も八戒も何も言わずに見守っていた。
今も、三蔵を気に掛ける気持ちが伝わってくる。
八戒と視線を交差させた悟浄は、悟空の首に馴れ馴れしく腕を回しつつ辺りを見回した。

「しっかし、掘っ建て小屋っつっても、結構ちゃんとしたトコだよな〜」
「重いんだよっ、悟浄!」

腕を振り解いた悟空が悟浄と叩き合っているのを見て、八戒は目を細めた。

「ええ、ライフラインが引かれていないだけで、あとはちゃんとした建物ですからね」

必要な日用品は使う者が持参するのか備品はほとんど何も無かったが、夜露が凌げるだけでも有り難い。

「大切に使わせていただいて、きちんとお返ししましょう」
「そうだな」
「うん!」

ぎゅるる……。

勢い良く返事した悟空の腹の虫が鳴った。

「えへへ、もう腹ペコ〜」
「急いで支度しましょう」

照れ臭そうに頭を掻く悟空に、八戒が優しく微笑みかける。

「悟空も手伝ってくれますか?」
「やるやるっ!」
「じゃあ、そのジャガイモの皮を剥いてください。 で、悟浄は―――」

振り返った先には誰も居ない。
八戒はふーっとひとつ溜め息をついた。

(仕方ありませんね)

仮眠を取っているだろう三蔵を思う。
さっき覗いた時は、安らかな寝顔をしていた。
静かな眠りは妨げたくない。
側に居ても何もできない自分は、邪魔しない為にただその場を立ち去るだけ。

そんな自分と違って、悟浄は三蔵の領域に踏み込んで行く。
…ように、八戒には思える。

例え三蔵が苦しんでも、悟浄になら止められる。
何故かそんな気がしていた。
だから今は、三蔵の側には自分が行くよりも悟浄が適任だと思った。

少しでも三蔵に食べてもらいたいから、腕を奮って美味しい料理を作ろう。
今、八戒にできるのは、それだけだった。




〔11−2〕


仮眠を取っていると聞いた三蔵は、悟浄が部屋に入っても静かな寝息を立てていた。
毛布を胸の辺りまで浅くかけ、手の先は外に出ている。
法衣を上だけ脱いだまま寝転んだらしく、肩も剥き出しだ。

毛布を掛け直してやろうと近寄った悟浄だったが、寝姿に見惚れてそのまま寝台の端に腰をかけた。
空気が動いても三蔵の寝息に変化は無い。
しばらくじっと見ていた悟浄の手が、安らかな寝顔に、つい、伸びる。
と、触れる直前、三蔵がぱちりと目を開けた。
そして、黒い手甲に覆われた細い指が、目の前にある悟浄の腕を掴んだ。

「何だよ、起きてたのかよ」

そう言って引っ込めかけた腕を、三蔵が引き止める。

「何?」
「……」
「俺に触られンのは嫌なんだろ?」
「ああ……」

言葉とは裏腹に、三蔵は悟浄を離そうとはしない。

「離してくれねーんなら、嫌がるコトしちゃうよ」

そう言いつつ顔に手を近づけるが、三蔵はそれを止めようとはしない。

「いいの…?」

指が頬に触れた。
三蔵はじっと悟浄を見つめている。
掌が顔を半分包み込んだ。
それでも三蔵は、掴んだ手を離さない。
悟浄の顔も近付いてきた。
あとほんの少しで、その唇が白い肌に届くという時、三蔵が口を開いた。

「おまえなら……」
「ん?」

寸前で止まったまま、悟浄は眼差しで言葉の続きを促す。

「おまえなら、俺を殺せるか?」
「あ?」

(八戒には無理だ。 多分、普段の悟空にも………)

前に居る悟浄に質問しているのに、三蔵の瞳は遠くを見ているかの如くぼんやりしていた。

「何、死にてーの?」
「………」
「てめぇのことくらい、てめぇでやれば?」
「ふっ…、そうだな」

三蔵の手から力が抜け、するりと落ちた。
解放された悟浄が、つと立ち上がる。
その場から離れて窓辺まで行くと、煙草を取り出し、慣れた仕草で火を点けた。

「生まれたからには、いつかは死ぬんだろ?」
「……」
「慌てる必要は無ぇんじゃねーの?」
「……」
「せいぜい最後まで足掻けや」
「貴様に言われずとも……」

――― そうするさ……

続く言葉は心の中で呟いた。

「ま、見届けてやるさ、玄奘三蔵法師の生き様ってヤツを。 おまえに殺されるまでな」
「…そうだったな」

それは、“三蔵” でも無く、何者でも無い、ただあるがままの自分が望んだこと。
そんな望みだけで生に執着していた己に気付いて、三蔵は自嘲気味に薄い笑いを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。

俺は、俺の為に生きて、俺の為だけに死ぬ。
そう決めていたじゃないか。
今は、走り続けるしか無い。
立ち止まっている暇は無いのだ。

紫暗の瞳を隠していた瞼が持ち上げられる。
視線が窓辺へ向うと、そこに佇む悟浄の後姿が目に入った。

「俺にも寄越せ」
「ん?」

前にも言われたっけ、と思いながら、悟浄が三蔵に近付く。

「これ?」

……でいいのか?

まだ、三蔵の煙草は残りがあったはず。
なら。

これがいい……のか?

「寄越せ」

睨み付けるでも無く、怒っているのでも無い、ただ淡々と三蔵が強請る。

「ったく、いつでもどこでもワガママなお坊様だこと」

冗談めかして悟浄は再び寝台に座った。
咥え煙草を指で挟むと、三蔵の口元へと運ぶ。
厚い唇が少しだけ開き、強奪品を咥えた。

一口大きく吸い込み、煙を肺に入れ、ゆっくりと吐き出す。
と、三蔵の眉が顰められた。

「不味い」

以前と同じ感想を繰り返す三蔵。
その言葉を聞いた悟浄は、三蔵の顔の両側に両手を付くと、上から覗き込んだ。

「俺様の大事な吸いかけを提供してやったんだ。 文句言ってねぇで有り難く吸え」
「………」

僅かに目を見開いて固まっていた三蔵が、突然ふんっと鼻で笑う。

「何だよ」
「別に……。 ああ、おまえのが無くなっても、俺のはやらんぞ」
「何だそりゃ! ケチケチしてんじゃねーよ、この生臭坊主っ!」

素知らぬ顔で煙草の残りを口にしている三蔵を見て、悟浄はチッと舌打ちしながら立ち上がった。

「ま、それ吸ったらアッチ来いや。 もうすぐ飯だからよ」
「ああ」

やれやれといった調子で三蔵に背を向けて、悟浄が部屋を出て行く。
その顔は、ドアを閉めた途端、目元も口元も締まり無く緩んでいた。







分けてもらった食材を使って八戒が作った食事は、量こそ満足のゆくものでは無かったが十分に腹を満たした。
砂漠の民にとっても大切な食料。
それを気前良く持たせてくれた彼等に、改めて感謝の念を抱く。

今まで、様々な人々と出会って来た。
恩を受けたことも度々ある。
それらに報いる為に、一刻も早く異変の元凶を突き止め、マイナスの波動の広がりを食い止めねばならない。
悠長にしている時間は無いのだ。
翌日、早々に出発する旨を確認すると、太陽が沈んだのを合図にそれぞれ寝床に就いた。




〔11−3〕


「やっぱりここか……」

三蔵が夜中に抜け出す気配を感じたが、その場では追わず、悟浄はしばらく時が経つのを待った。
やがて、八戒と悟空に気付かれないように抜け出して探しに行った先は、こんこんと水の涌き出る泉。

多分、ここだと思っていた。
食事の時、わかりやすい場所だと話していたのを、聞いていないフリでしっかり耳にしていたのだろう。
他に行くところもないこんな場所では、行き先として考えられるのは一箇所だけだ。

泉に着くと、岸辺に法衣やアンダーが脱ぎ捨てられているのが見えた。
包帯も解かれたそのまま、無造作に放置されている。

今夜は上弦の月。
他に何も明かりが無い為、半月でも十分に明るい。

更に近付くと、金の髪が水面でゆらゆらと揺れているのが目に飛び込んできた。
沐浴でもしているのか。
昼なら水浴びも気持ちいいかもしれないが、夜でもそうなのだろうか。

じっと待っていると、ようやく三蔵が上がってきた。
悟浄が居るのに気付いた様子だが、裸体を隠しもせず堂々としている。

「大胆だな、おい」
「貴様如きに見られたところで、減るもんじゃねぇ」

三蔵は自分が脱ぎ捨てた衣服に手を伸ばそうとした。
しかし、その前に悟浄が立ちはだかる。
まじまじと見つめる視線が、新しい傷で止まった。

「……傷だらけだな、おまえ」
「ふっ…今更」

キッと睨み付けてから背を向けた三蔵を、悟浄が後ろから大きなタオルでくるんだ。
柔らかい。
そして、優しい。
予想外の感触に、三蔵の動きが一瞬止まった。

「読みが当たったな」
「……賭けの時も、それくらい当たればいいんだがな」
「てめっ!」

軽口を叩くものの抗おうとしない三蔵を、悟浄がタオルごとぎゅっと抱き締めた。
んっ、と声を漏らして、三蔵が思わず仰け反る。
その首筋に、悟浄が唇を寄せた。

「何…してん…だ……」
「洗い流せたかどうか、確かめてんの」

何を、と三蔵が問い掛ける前に、再び悟浄の舌が三蔵の肌を這う。

「っ!…」

強く長く吸い付く。
じわっと痛みが広がる。

紅い瞳に映ったのは、白い肌に刻まれた跡。
太陽の下で見れば、色鮮やかな赤い色をしているのだろう。

三蔵は悟浄を振り解こうと、胸の前で組まれた腕に手を掛けた。
しかし、その手は逆に素早く捕まれてしまう。

「今日は脱がせる手間が省けたな」
「……」
「久しぶりな気がするぜ、ここに付けるのは」

悟浄はわざわざ三蔵の耳の側で、掴んだ手首を音を立てながら舐め始めた。
抱き込まれている三蔵は思うように身動きが取れない。
やがて、悟浄の唇は手首にも吸い付いた。
ちゅ、と軽くくちづけてから、ちゅうちゅうと強く吸う。

この感覚……。
痛みさえ快感に感じてしまう。
久々に付けられる、悟浄が残す赤い跡。
この跡を目にする間は、他のことを考えないで済んだのだ…。

三蔵が僅かに意識を自分の内部に向けた時、悟浄のもう片方の手が下へと動いた。
その手はやがて、局部に辿り付く。

「!!」

タオルの上から形を確かめるようになぞると、三蔵がくっと息を止めた。

「ひとりで愉しむにゃ勿体無ぇ夜だろ」

悟浄の手が三蔵を握り込み、感じる部分を攻め続ける。
漏れそうな声を我慢している三蔵は、次第に息遣いが荒くなってゆく。

「声、我慢すんな」

さっきまで吸い付いていた手首から口を離さずに、悟浄が低く囁いた。
だが、三蔵はまだ懸命に耐えている。

突然、悟浄の手はタオルの重なりを割って中へと侵入し、三蔵自身に直接触れた。
うっ、と三蔵が息を吸い込んだまま硬直する。

「俺しか聞いてねぇんだから」

手首を攻め尽くした舌が、次は耳朶を甘噛みした。
その間にも、局部を扱く手は止まらない。

「三蔵」

耳元で声を出さずに呼ばれた名前は、吐息と共に三蔵の内部へと入り込む。
跡を付ける以上の行為に及ぶのは、雨が降り続いた山の中の宿で無理矢理に身体を繋げた時以来だった。
あれからキスさえ交わしていない。

あの時、三蔵は改めて 『殺してやる』 と誓った。
旅が終われば、この男を……。

だが今は、その誓いを思い出す余裕も無かった。
ただ、身体の奥から湧き起こる熱に浮かされて。
昂ぶった分身から、その熱を吐き出したくて。

いつしか三蔵は、悟浄の指と唇に翻弄される自分を許していた。
無闇に抵抗せず、波に身を任せる。
そして、遂に声を上げた。

「悟浄ッ……」

その瞬間、三蔵は己を絡め取る男の手の中に熱を解き放った。
いつの間にか掴んでいた男の腕を、自分の身体にぐっと押し付けながら。







(やっと戻ってきましたか……)

悟空は本当に寝入っていたが、出て行った二人に気付かない八戒では無かった。
しかし、後を追うような真似はしない。

だから、出て行った時と同じ姿勢で、作り物の寝息を立てて、戻ってきた二人を迎えた。
二人一緒だったことに、安堵と嫉妬を覚えつつ。

明日は、朝早くから出発だ。
安全運転の為にも、睡眠は十分に取らなくてはいけない。
八戒は、無理にでも頭を空にして自分を眠りに就かせた。

月だけが見ている静かな夜。
遠くで、鳥の鳴き声が聞こえた気がした。






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